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一月程の時が流れた。こんな表現するほど時間はたってないけどさ。
二週間の間に咲夜さんから色々な事をたたき込まれた。拷問のような教え方をするメイドだ。
十六夜咲夜(いざよい・さくや)は白銀のボブカットに、赤い瞳。ややつり目できつい感じだ。性格もきつい。しかしそれに見合った能力を持っている。メイド長。彼女の作るスイーツは絶品。破壊的と言っても良い。一流のパティシエでも彼女の腕には舌を巻くだろう。何でもそつなくこなし、作業も早い。聞いたところによると、時間を遅くして作業をしているらしい。反則すぎる。
そんな事を言えば俺の能力も十分反則だけど。お嬢様に至っては、運命を操るとか。重ねて恐ろしい。
二週間の実習期間を経て、やっと咲夜さんから及第点を頂いた。なにしろ今まで奉仕活動なんてしたことが無かったのだ。家事一般は出来ても、特有の心配りを身につけるまでが時間がかかった。力仕事はイスクさんと組んでやることが多い。イスクさんは、灰色の髪の毛、同じく灰色の瞳を持つ、中肉中背の青年だ。隻腕。理由は知らない。常に誰に対してもタメ語。名前も呼び捨て。それでいて不快感が無い。人徳というものか。パチュリー様が言ったように「いい人」を体現したような奴だ。「いい人」なんてのは間抜けの言い違いだと思っていたが、ここまで「いい人」だと逆に納得してしまう。
紅魔館にはメイドの格好をした妖精がいるが、彼女たちは何もしない。それどころか喰っちゃ寝している。ここのモットーは「質より量」。それにしたって酷いと思うが。やはり吸血鬼の考えは理解不能だ。そして妖精と並んで仕事をしないのが門番。紅美鈴(ほん・めいりん)。朱色のロングヘアー、薄水色の瞳。元いた世界で言う人民服を着ている。帽子には星形の飾りがあり、「龍」の文字が書かれている。長身。見た目は人間だが、妖怪。いつも立ったまま眠っていて、その現場を咲夜さんに見られては説教されている。通称「中国」因みにその呼び方をすると泣く。ただ、何度か起きているところを見掛けた。背筋を伸ばし、直立不動で微動だにしない。不覚にも目を奪われた。何人たりとも此処は通さない。という意志が、全身から見て取れた。中国拳法。特に八極拳と太極拳を極めた中華小娘。でもやっぱり寝ている。何なんだ?
あともうひとり、此処には住人がいる。イスクさんがボロボロになっているのを見掛けて、何事かと尋ねると、フランドールという少女の遊び相手をしてきたらしい。お嬢様の妹でフランドール・スカーレット。紅魔館二人目の吸血鬼。地下から出てくる事はあまりないが、みかけたら注意しておくように、と言われた。イスクさんに、だ。悪口どころか不平の一つも零さないイスクさんから、個人的にも危ないと思われている。相当だ。見掛けない事を祈ろう。
パチュリー様専属執事と言う役柄上、図書館での仕事をすることが多い。今日も図書館で、小悪魔さんと書棚の整理を行っていた。意外と人が入るらしい。
着慣れてきた燕尾服。こなせるようになった仕事。でも未だ図書館の広さが把握出来ずにいる。
「改めて見ると、でっかい図書館ですね。迷いそうだ」
そんな言葉が口をついて出る。
「蔵書数は100万を超えています。パチュリー様が書かれた本も多いんですよ」
やや高い位置を飛び、本を整理しながら、小悪魔さんが応える。
とにかく大きい。要所々々に椅子とテーブルが備え付けられている。分類は大分類、中分類、小分類に分けられ、そこからさらに番号が100桁。大体を覚えるだけでここまでかかり、やっと小悪魔の案内付きでだが、整理が出来るようになった。パチュリー様がどこに何の本が有るかは全て把握しているので、後は指示通りに動くだけ。小悪魔さんも多少はおぼえているらしい。
「二人で手分けして出来たら効率が良いんでしょうが、すみません、まだ案内無しは無理です」
そう言うと、小悪魔さんはとんでもないと言うように手を顔の前でぶんぶんと振る。
「そんなことないです。広いから、ひとつの棚を二人で整理した方が効率はいいんです」
む。そういやそうだ。相手がどこをやったか解らなければ、無駄に動く事になるし。
「動けなくなった時に近くに誰かいると心強いですから」
じつは本に埋もれて出られなくなった事もあるんです。と舌をだしながら小悪魔さん。
天性だ。この子は生まれる種族と場所を間違えている。メイド喫茶で働けば一発ナンバーワン間違いなしだ。
「それに・・・・・・」
すっと、床に着地するとも、もじもじしながら。
「誰かとおしゃべりしながら仕事をするのは、楽しいです」
フラグまで立てやがった! 何だ? 俺はこのフラグを回収すべきなのか? いやいやいや、無条件で慕われるなんてゲームじゃ無いんだから。小悪魔さんの素直な感想だろう。ただ、行動がいちいち可愛いのだ。名実ともに小悪魔。って、誰が上手いこと言えと? 俺か。
「あああの、パチュリー様の仕事が楽しくないんじゃなくて、えーと、なんていうか」
俺がだまっているのを見て、不安になったのか、そんなことを言い始める。
俺は苦笑。
「解ってます、小悪魔さんはパチュリー様を慕っている。加えて一緒に仕事ができる人間が増えて嬉しいんですね?」
「そう、それです!」
ぱぁっと、花が咲いたように笑う。さすがに一月毎日見ていれば、おぼろげながらも人間関係は見えてくる。思考には聡いが、感情には鈍いから、自信の無い部分もあるけれど。俺自身本の虫だから、経験よりも知識に頼る方が多くなってしまっている。
「つきましてはですね、宗司さん」
小悪魔さんには似合わない言葉の使いかた。アクセントが微妙におかしい。
「私に対して、さんづけと、敬語止めませんか?」
またフラグみたいな事を。
「何故です?」
「だって、私はパチュリー様に使役されるために呼び出された『名も無き小悪魔』です。種族名に敬称はつけませんよね?それに宗司さんは、自ら望んでパチュリー様の役にたとうとしているし、それにそれに」
ん、と息をつく。
「ヒト、です」
ちょっと、イラッとした。馬鹿馬鹿しい。理論的に聞こえるが、劣等感かよ。悪魔なら悪魔らしく狡猾に人間を陥れてこそだろうに。まぁ、人間にしてみれば人間が一番の悪魔な訳だが。この娘でなければ殴ったうえに今思ったことを辛辣にぶつけてやるところだ。
こう誘導するのが悪魔の所行とも言えるが、契約者でない俺を陥れる意味は無い。確実にこれは、この娘の本心だ。
「それは、勘違いです」
言葉を選ぶ。油断すると怒鳴ってしまいそうだった。感情にまかせて怒鳴るなんて、そんなみっともない事は出来ない。しかし言い方はきつくなるだろう。
「呼び出されたとはいえ、貴女も望んでパチュリー様に使えている。僕と変わらない。そして貴女の方がパチュリー様に仕えている時間が長いのだから、先輩です。先輩にタメ語を使うなんてできませんよ。僕がため口を使うのは、家族か、敵です。」
目下にも敬語。これは単なる嫌がらせ。
「だから、敬語は止めません」
頭は下げない。ここで頭をさげれば、彼女は傷ついてしまうだろうから。つうかこれ以上空気を悪くしたくないのが本音。謝ったら気まずくなる。
案の定、小悪魔は怒られたように小さくなっている。だから、代わりの事を口にした。
「ですが、敬称の件は了解しました、小悪魔」
言うと、小悪魔は顔をあげてくれた。困ったような笑顔だったが、それでも笑顔だ。
「解りました、それだけでも嬉しいです」
「重畳です」
「さらに親しみをこめて『こあ』って呼んでくれるともっと喜びますよ?」
「却下します」
「けち」
笑い合う。どん底の空気になることは回避できたようだ。まったく、小悪魔は変なことを言い出すし、俺は感情が出ちゃうし。精進が足らない。
ちりん。鈴の音が響く。パチュリー様の呼び出しだ。1回で小悪魔。2回で俺。3回以上ならした場合は二人とも呼ぶときだ。
「呼ばれましたね、宗司さんは引き続きお願いします」
「はい、それでは」
ぱたぱたと飛んで行く小悪魔。
あ、パンツ見えた。なんとは無しに独りごちる。
「白か、清楚でよろしい」
「何が白でよろしいのかしら?」
っ!!!!!!!!!?
声を上げなかったのは我ながら合格だ。一息で無理矢理呼吸を整えて、振り向く。パチュリー様が低空に浮いて本を読んでいた。
さあ、ここからだ、冷静に、クールに、動揺を悟られてはならないっ!
「はい、白は元々良い色ですが、小悪魔の下着の色を見て改めて清楚で良い色だとはんだんいたしましたしだいにてそうろうということであります」
なんという自爆っ!冷静に言おうとしたら正直に見たことまでいっちまってやがんの。ばーかでー。いったい誰だよ。どうしょうもないぜ。・・・・・・よう、俺。
台詞の後半訳がわからないのは、本を見ているだけのパチュリー様の目がどんどん冷えてゆくのを見てしまったからだ。いや、正面から見るのもきついが、こっちを見てないでやられるのもかなり嫌だぞ?
「眼福?」
「はい」
「いやらしい」
「すみません」
「注意しないのも最低ね」
「返す言葉も御座いません」
「罰としてねじ切るから」
「なにを!?」
「うるさい、読書の邪魔をしないで」
「横暴だ!?」
こちらを横目で見るパチュリー様。瞳は冷えたままだ。
「冗談よ」
「冗談ですか」
また本に目をもどす。
良かった、何をねじ切られるにしても生活に支障をきたす所だ。
「ええ、読書の邪魔ではないわ」
「そっちですか!?」
「いづれにしろ」
目を伏せて大きなため息。
「自重してね。信用なくすから」
「肝に銘じておきます・・・・・・」
つうかこの人いつからここにいたんだよ。全く気配しなかったぞ。それに小悪魔を呼んだならここに居るのはおかしいだろうに。後半の疑問を口にすると、「咲夜でしょう」とのお答え。あー、鈴を鳴らすのはパチュリー様とは限らないのか。
「小悪魔とはずいぶんとうち解けたようね」
前半の疑問も解消。最初からいたらしい。
「賢くて冷静なのに、感情が高ぶったり、いったん焦ったりするとぼろが出るのね、貴方は」
「お見苦しい所をお見せしました」
「いいわ、悪人で無い証拠」
褒められた気がしない。馬鹿と言われたように取ってしまう俺はひねくれ者だ。
「部下が仲良くなるのは嬉しい事よ。宗司はいつも壁を作っているように見えるから」
止めてくれ。だが実際、普通に敬語を使っているのは壁だ。俺は内面を覗かれるのを極端に嫌う。第三者の目をもっているくせに、自分を正せない。
「小悪魔には敬語なんて使わなくて良いのよ?仲間なんだから。イスクも、咲夜も、美鈴も」
「聞いていましたよね、僕が敬語を使わないのは家族と敵だけです」
知らずの内に、不機嫌な声。少女はまたもやため息。
「頑固者」
「良く言われます」
「宗司がそれで良いならいいわ。早く家族になれると良いわね」
「・・・・・・」
本を閉じる。
「さて、それよりそろそろ宗司に教えておかなければならない事があるの」
「何でしょう?」