始動
覚醒。体のチェック、腹部の傷、手当済み。出血無し。全身の打撲、問題なし。
助かった、みたいだ。
「一日で二度も死にかけるなんて、貴方も忙しい人ね」
俺のせいじゃないし!?
聞こえた方を向くと、ノーレッジさんが本を読んでいた。
本日二度目。寝かされている場所は最初に目が覚めた場所と同じ。
「もう夜よ。働いてもらうのは明日から」
ふぅ、とため息。
「全く、レミィの悪戯も困ったわ。勤務初日から使い物にならなくなったらどうするつもりかしら」
「機嫌がわるかったのですかね?」
むしろそうとしか考えられない。八つ当たりされたのかと思うと腹も立つが、結果的に許可してもらったのだからチャラとしますか。もとより、選択権は無いのだから。
「逆よ」
「はい?」
ナニカオソロシイコトヲオッシャイマシタカ?
「あんなに絶好調でハイテンションなレミィを見るのは久しぶり」
いや、確かにハイテンションでしたが。うえ? うえ?
「気をつけなさい、レミィは暇つぶしとなると手段を選ばないから」
なん・・・・・・ですと・・・・・・?
暇つぶしの為に人一人を恐怖のどん底にたたき落とすデスか? しかも機嫌が良いときに? いや、まぁ、吸血鬼の考えなんて理解できるかも怪しいけど。
あれ?
「ノーレッジさん」
沈黙。先を促す為の沈黙だと判断。
「レミ・・・・・・、お嬢様の両脇にいた人達。イスクさんと咲夜さんでしたっけ? どういった方々なんですか? 普通の人間とは思えないのですが」
「人間よ、普通の」
すっぱり。嘘だぁ。
あのプレッシャーの中にいて平然としてるのが普通の人間?いやいやいや。
「咲夜は以前からここのメイドをしているわ。時間を止めたりものすごい量のナイフを投げたりする優秀なメイドよ」
「それだけ聞くとスゲー怖いんですけど・・・・・・?」
「それと」
無視ですか、そうですか。
「イスクは、レミィの特にお気に入り。不思議な人よ、一番新参なのに皆から一番慕われているわ、凄く無表情だけど、いい人、ね」
「いい人」
「それ以外に表現の仕様がない。ついでに彼はレミィの鉄壁のボディーガード。間違ってもレミィに手を出さない事ね」
「正解だろうと間違いだろうとそんな事はしませんよ」
願わくはあんな体験は二度としたくない。
「つまり、二人ともお嬢様に対抗出来る力を持っている、とそういう事ですか」
「違うわ」
いつの間にかこちらを見ている魔女の瞳。
「あなたにもその内わかる」
眠そうなのに力強い瞳に射抜かれて、疑問の言葉を失う。紅魔館の本質はそんなところには無い。そういう目。
ノーレッジさんはこちらを見つめたままだ。
「何か?」
「あんた、誰?」
「は? 何を」
「真面目な話よ。レミィの魔眼が効かない人間なんてそうはいない。普通の、ううん、外から来た人間に彼女の魔眼を弾く事なんて不可能」
しくじった、かな。
「もっと言えば、そうね。貴方は他種族に対して理解がありすぎる、私の時も、小悪魔の時もそうだし、ツェペシュの末裔と聞いただけで、貴方の動揺が大きくなった。身に染みて吸血鬼の恐ろしさを、識っている」
知っている、ではなく識っている。と彼女は言った。
「もちろんあの場のほぼ全員が気づいていたわ。でも、私の客人ということで不問になった」
・・・・・・。
「私も貴方の事を識らなければ、私の執事として認める事はできないわ。」
沈黙が場を支配する。魔力が光源であろうシャンデリアやデスクランプは音も立てないで、ただ煌々と輝く。風の音もせず、小悪魔もいない。
「ノーレッジさん、今欲しい本とかありますか?」
「話を」
「そらしてはいません。ありませんか?」
納得のいかない顔だったが、少し考えると応えてくれた。
「稗田阿求の「東方異聞録幻想郷縁起」第二十七巻」
俺は寝かされていたベッドの毛布に手を突っ込む、掴んで、それを引っ張り出す。
「嘘・・・・・・」
ノーレッジさんの目が見開かれる。毛布から出した俺の手にあるのは、さっきノーレッジさんが口にした「東方異聞録幻想郷縁起 二十七巻」。
もちろん、毛布のなかに有った物ではない。
「嘘よ、その本はほとんど印刷されなかった絶版本よ?」
「なら、確認してみてください」
ノーレッジさんに本を渡す。背表紙をあけて、発行日、作者、後書きも確認。
巻頭からパラパラと捲って。
「本物だわ」
ため息と、ちょっとした高揚。そんな雰囲気がみてとれる。
「コレが、僕の能力です」
文章化された物を引き出す程度の能力。とでも言おうか。
文章化されたものをコピーして呼び出す。
地味に聞こえるが、いまやって見せたように絶版本から、単に文章化されているだけの資料まで引き出せる。図面や設計図も可能だ。もちろん既存の料理本やファッション誌も。
本のタイトルや、何が書かれているかさえ解れば、引き出しは可能。
ただしあまりにも曖昧な、たとえば「凄い本」とか「なにが書かれてるか不明な機密文書」、単に「エロ本」とか。それでも書かれた日付さえ特定出来れば問題なくこの能力は発動する。たとえその文章が現在失われていたとしても。
ぶっちゃけ禁書や人の日記まで引き出せるため、かなり危ない能力だ。人一人を社会的に抹殺できる。俺の名誉のために言うが、経営していた古本屋にあった本は、すべてオリジナルだ。社会のルールは破っちゃいけません。とはいっても、この宣言には意味がない。俺が引き出した本は確かにコピーだが、本物と何の違いも無ければ、それは既に本物であるからだ。パソコンの中の文章は無理だが、一度プリントアウトされてしまえばそれは引き出しの対象となる。自信はないが、恐らく紙媒体ならなんでもござれ、だ。
「な、成る程ねっ」
あり?ノーレッジさんの顔がちょっと赤いか?気のせいだとは思うが、興奮しているようにも見える。
「この能力と、多少ですが魔術も扱えます。人間というよりは魔法使いに近い存在ですね。今は、コレで勘弁してもらえませんか? そのうちお話できると思います」
ノーレッジさんは先ほど引き出した「幻想郷縁起」の表紙に目を釘付けにしたまま動かない。
「ノーレッジさん?」
呼ばれて弾かれたように顔をあげる少女。
「な、何?じゃない。ええ、それで、良いわ」
言われて胸をなで降ろす。本で釣ったような感じがしないでもないが、今できることはこのくらいだし。多分、喜んでくれたみたいだからよし、か。
あ、そういえば、重要な事を忘れていた。
「ノーレッジさん」
「なななななななな、なにかしらっ?」
半分開いていた幻想郷縁起を、パン!と手を合わせるように閉じて応える。
・・・・・・こんなキャラだったか?この人。しかもさっき開いてたじゃないか。
俺は居住まいを正すと、まだ顔の赤い(確信した)少女の目を見て、
「有り難うございます」
きょとん、とした顔。
「二度も命を救って貰った。その恩返しをさせて貰える機会も貰った」
察したのか、真顔になる少女。俺の次の言葉を待つ。
「貴女に、お仕えさせていただきます。ノーレッジ様」
頭を下げる。今までで、数度しかしたことのない行為。
「宜しくお願いするわ、宗司。貴方を執事として迎えましょう」
その言葉を聞き届けてから、俺は顔をあげる。優しい表情が、出迎えてくれた。
「じゃあ、私からの最初のお願い。ノーレッジじゃ無くてパチュリーと呼んで」
「解りました、パチュリー様」
うん、と、うなずくと、パチュリー様は踵を返した。
「じゃあ私は本を読、寝るから、貴方の部屋はここからまっすぐ行った所にある右端の扉、隣が小悪魔でその隣がわたし、足りない物があったら小悪魔に言って、それじゃお休みなさゲフゥ!」
なにやら咳の様なものが聞こえたが、歩調を見る限り気のせいだろう。
パチュリー様の執事心得その1。パチュリー様は本が絡むと人が変わる。