因果。嫌な言葉だけれど、それが現在の言葉に一番ふさわしいと俺は思う。元の世界で魔術師協会に追われ。逃げてきた幻想郷でも同じ組織に追われる。しかも今後の幻想郷の命運まで関わって来た。どうやら、魔術師協会とは前世から因縁があったとみえる。なんて、妙な考えまで出てきてしまった。

「宗司、この幻想郷では定期的に異変が起こる。いえ、誰かがおこしている」

 帰り道、パチュリー様からこんな事を言われた。

「貴方は自分の責任だと感じているようだけれど、そんなことはないわ。今回の件は八雲紫が原因。宗司が気に病む必要はない」

 そう言ってくれたが、やはり俺の所為でこうなったとしか考えられない。俺が幻想郷に飛ばされなければ、魔術師協会もここに気付かず、幻想郷は幻想郷のままでいられたのかもしれない。もちろん、ここに来たのは不可抗力だけど。それは俺がおとなしく魔術師協会に捕まっていれば・・・・・・やめよう。今更だし、あの時、魔術師協会から逃げ出すことしか俺は考えていなかったのだから。全てはifでしかない。

 紅魔館地下、大図書館。小悪魔が出迎えてくれた。

「お二人ともご無事だったんですね! 良かった〜」

 安堵の表情だったが、俺たちのボロボロの服を見ると、慌てて着替えと風呂の準備をしてくれた。もちろん、俺は自分で用意したけど。シャワーと着替えをすませ、図書館入り口近くのテーブルで小悪魔の淹れてくれた紅茶を味わう。茶葉はディンブラ。バニラの香りを持つ、優しい味の紅茶だ。本来はアイスティーに使われるが、ホットでも意外といける。

 一息ついた所で、簡単に小悪魔に事情を説明する。話を聞いた小悪魔は。

「やっぱり宗司さんは凄いひとなんですね」

 何故そうなる?

「どう飛んだらそういう結論になるんですか?」

「だって、幻想郷に異変を起こすのは決まって力の強い方々、幽霊の親玉さんとかウチのお嬢様とかです。宗司さんもそうなりますよね」

 喜んで良いやら悪いやら。それに。やっぱり、俺が原因なのだ。考え込んでしまった俺を見て、小悪魔がおろおろし始める。

「え? え? また何か私、変なこと言いました?」

「小悪魔、宗司も今は紅魔館の住人でも、元は外の世界の人間よ。強い=凄いになるのは妖怪だけ。異変なんか起こっても迷惑なだけでしょう」

「そうなんですか・・・・・・」

 入浴を終えたパチュリー様が戻ってきた。って!

「こらー!」

「何よ、うるさいわね」

「寝間着で出てくる主がありますか!」

 そう、パチュリー様は寝間着姿だった。パープルの薄いナイトウェア。枕を抱きかかえている。

「いいじゃない、どうせこの後寝るんだから」

「良くありません! 僕の事を気遣ってくれるなら僕が男だと言うことにも気を遣ってください!」

「面倒」

 そう言いながらも枕を置き、上にカーディガンを羽織る。・・・・・・準備してるんじゃないか。まさかとは思うが、これも狙い? さっきまでの暗い思考はどこかにふっとんでしまった。いや、そうでもないけれど。まぁ、いいか。取り敢えずパチュリー様に聞いておきたい事がある。

「パチュリー様。八雲紫って、結局なんなんですか」

「そうね」

 パチュリー様が席に付くと、小悪魔が紅茶を出す。受け取り、香りを楽しんでから、一口。

「彼女は『囲い』。大昔に幻想郷と外の世界を切り離した張本人。何を考えているのか解らないところがあるけれど、その行動は全て幻想郷のためにしていること。もっとも、悪ふざけにしかみえない」

「彼らに協力しているのも、その一環だと?」

「おそらくね、あれが全てではないのでしょうけど。彼女なりに今の幻想郷に思うところがある。そんなところだと思うわ」

 長生きしている妖怪は人間が及ばない程の知能を持つと言われているけれど。たしか必ず異変には関わっているとか、なんとか。

「異変は何かを為すためのきっかけだと?」

「そう。でも今回の件、異変とはちょっと違う」

「異変では無い・・・・・・外の世界の人間がやってきて、さらに人が死んでいるのに?」

 思わず、責めるような口調になるが、パチュリー様は気にした風もなく。

「幻想郷の異変は天変地異に近いの。冬が終わらなかったり、赤い霧が一面を覆い尽くしたり、季節に関係なく様々な花が咲き乱れたりする。確かに亡くなった人たちは気の毒だけど、いつもの規模と比べると地味なのよ」

「人が、死んでるんですよね・・・・・・でも、亡くなる人がでるのは珍しいと思います」

 小悪魔が引き継ぐ。

「そうね、大きな異変でないけれど、被害が大きい。だけど巫女は出ていない。彼女にとって動くほどの事態ではないということかしら」

 博霊の巫女。異変とあれば直ぐに駆けつけると言うが。

「今度、話を聞いてみる必要がありそうね」

 ため息と共に呟いた。

でも、そんなことをしなくても解決のしようは有る。さすがに、これ以上耐えられる程、俺は強くない。やはり俺は此処に来るべきでは無かったのだし、これ以上ここに留まって良いような存在ではない。周りに害をもたらすようなモノがこの幻想郷にいていい訳がない。どんなに気がそれても、この考えは俺を苛む。

「やっぱり、僕の所為ですかね」

 疑問ではない。何となく疑問の形をとったが、これは断定だ。

「ちょっとそれは」

「言わせてください。幻想郷で起こったことの無いタイプの異変。僕がここに来て、僕が狙われて、僕がいる紅魔館が狙われた」
「宗司」
 一度はき出した言葉は止まらない。思考は停止している。
「おまけに主まで危険にさらして・・・・・・。これが僕の所為でなく誰のせいだと言うんです? 僕が素直に」

「宗司!」

 パチュリー様の今まで聞いたことの無いような声。恐らく、どんなに面白い読書の邪魔をされても、ここまでの声をだしはしない。小悪魔も唖然とした表情で目を丸くしている。パチュリー様は俺を睨み付け、震える唇を開いて。

「それ以上は言わせないわ。恐らく、宗司は正しい。私が言ったことも気休めにしかなっていなかった事も解る。でもね、宗司。貴方は、今、何者?」

「・・・・・・何者?」

「そうよ、宗司の今の立場。貴方は何? 何の為に此処にいて、誰のために此処にいるの?」

 一息つく。

「それとも、自分の言ったことも忘れてしまったのかしら? そんないい加減な人間を、私は執事にした覚えは無い。私が知っている執事は、もっとしっかりと自分の立場を、自分のやるべき事を見据えていたはずよ。こんな事で私を裏切らないで」

「・・・・・・」

「さあ、答えて。あんた、誰?」

 まっすぐに。俺の目を見据えて、パチュリー様。ねむたげな表情ではない。誠実に、切実に、俺が何者かを問うている。俺を、引き戻そうとしている。

 停止していた思考が戻り始める。徐々に主の言葉が心に染みてきた。
 俺は、なんて、馬鹿な事を言い始めたのだろう。俺の所為で人が死んだ。俺の所為で紅魔館が狙われた。俺の所為で、パチュリー様に危険が及んだ。ならば、俺が責任を持って立ち向かわなくてはいけないことだ。もはや赤の他人ではない、紅魔館の住人なんだ。それに、俺がいなくなったからといって。此処が狙われなくなる保証など、何処にもない。むしろ、八雲紫が言ったように、消滅しかねない。パチュリー様の執事として、紅魔館の一員として、立ち向かって行かなければ、俺は何にもなれなくなってしまう。それに、八雲紫はなんて言った? 『貴方は既に幻想郷の人間』そう言った。幻想郷の人間が、幻想郷の為に動かなくてなんとする。リベリオンと対峙したあの時に、腹は、決まっていたはずだ。

 泣き出しそうなパチュリー様。俺は、主にこんな顔をさせていたと? 
 正面から見つめ返して、口を開く。

「私は、幻想郷の人間で、紅魔館の人間で、パチュリー様の執事です。それ以外の何者でもありません」

 自分に忠誠を。逃げ出して放棄することを、俺は良しとはしないはずだ。

「そして申し訳ありません。私は、パチュリー様の執事で有ることまで放棄しようとしていました。私は成すべき事のために、私として貴女に仕えましょう」

 頭を下げる。

そうだ、俺はパチュリー様に惚れて、紅魔館に居場所を見つけて。パチュリー様の為に死ぬと自分に誓った。不可能な状況においても、あらゆる可能性を探し、活かす。それが、俺の本分だ。

ややあってから、声がかかる。

「顔を上げて」

 パチュリー様を見る。その表情は、泣き出しそうなままだったけど。安堵のようにみえた。

「それでこそ、貴方よ。改めてお願いするわ。文車宗司。これからも、私の執事でいてくれるかしら?」

「ご命令とあらば」

「違うわ。命令じゃなくてお願い、だから。貴方の言葉で答えて」

 虚をつかれた。そう言えば、パチュリー様が俺に『命令』したことって無かった気がする。いつも『お願いできるかしら?』って。

俺の言葉、か。

「勿論です。パチュリー様のおそばにいさせて下さい」

 言葉としては、あまりにもチープだったかも知れない。だけど。
「うん」

 満面の笑顔で、頷いてくれた。立ち上がって、こちらに寄ってくる。気を利かせたのか、小悪魔の姿は消えていた。パチュリー様は俺の髪の毛を梳くように撫でる。成る程、これは、なんてゆうか、気持ち的にくすぐったい。

「じゃあ宗司。もう一つお願いがあるの」

「なんでしょう?」

「私の事はこれからパチェって呼んで」

「え? いやそれは流石に・・・・・・」

 流石に、どうだろう。その愛称で呼んでいるのはお嬢様くらいだろうに。俺にそう呼ばせていいのか?

「あら、小悪魔の事は『こあ』って呼んでるのに、私は駄目?」

「そ、そんなことはないデスよ?」

「じゃあ呼んで?」

 いや、本人が良いならいいんだけど。でも。いや、ここは度胸。多分。

「パ、パチェ様」

 はずかしー!

「駄目」

 駄目が出た!?

「呼び捨てで」

 んな殺生な! パチュリー様は意地の悪い笑顔で俺が呼ぶのを待っている。必死にいい訳を探すが、どれも効き目が有りそうにない。駄目もとでも言うか。

「な、なぜに?」

「私の信頼を裏切りかけた罰よ。我が儘くらい聞いてもらうわ」

 そう言われるとぐうの音もでない。しかしあえて抵抗。

「執事が主を呼び捨てにするわけにはいきません」

「その主が望んでいるんだけど?」

「それじゃ示しがつきませんな」

「誰に?」

 うっ! 一番新参の俺に示しも何もない。ぐぬぬ。

「呼んでくれないの?」

 ずずいっと、顔を近づけてくる。近い近い! 顔近いです!

「・・・・・・パチェ」

 負けました。まけました! お前ら文句あるか!?

「うん、じゃあご褒美」

 すい、とパチュリー様の顔が近づく。ラベンダーの香りと、髪の毛が鼻をくすぐった。
 額に柔らかい感触。口づけられた、ようだ。一瞬で、幻覚かと思ってしまったくらい。

 離れたパチュリー様の顔はほんのり赤く染まっていた。

「これから沢山トラブルに見舞われると思うけれど、それは貴方だけが背負うものではないわ。みんなで協力して、解決していきましょう? 私に貴方がいるように、貴方には私がいる」

 腕を後ろに組んで、そのまま下がり、テーブルに置いてあった枕を取る。

「じゃあ、私は寝るわ。また明日からよろしくね。お休み、宗司」

 そう言うと、とてとてと、小走りに部屋へと戻って行った。

「お休みなさい」

 と答えられたかどうか。額に口づけされた時点で、思考は完全に停止していた。

 な。

 なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?

 心拍数が上がりだす。16ビートもかくや、と言うほどに。いやいやいやいや、信頼と敬愛の証としてのキスだから! ちゃうよ、ちゃうから。光栄に思いこそすれこの感覚は間違ってるからな! とはいえ、なんだか寸止め・・・・・・って違うし!?

 俺が静かにのたうち回っていると、横合いから視線を感じた。本棚の陰から、小悪魔が顔を覗かせている。

wktk♪」

 ぶち。

「てめぇこあ! 表出ろ! 弾幕勝負だ!」

「宗司さんがキレた!?」


エピローグ

 紅魔館パチュリー専属執事。文車宗司。彼の物語は。ここから始まった。

「と」

「お疲れ様。お茶どうぞ」

「有り難う」

「これは、何かモチーフがあるの?」

「事実。実際に有ったことだ」

「ウソ。こんな事聞いてない」

「君は解らないだろうね。ここではないどこかは、無限に存在するよ」

「聞き飽きた台詞」

「まぁまぁ。そう言わず。見てやってくれ。まだ続くんだから」

「そっか。取り敢えず、読ませて頂戴」

「終わらない夢なんてないが、終わらない夢を夢みる事は出来る」

第壱話 了


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