決着と契り
体中から煙をあげて、ヘルシング郷は両膝をついていた。これでもかというくらいに魔術防御が施されたコートだったのだろう。それが燃え尽きただけで、本人は生きている。もう抵抗する気力もないようだが。まさに、精魂尽き果てている。
パチュリー様は肩で息をしている。時折咳が混じり、辛そうだ。
「大丈夫ですか?」
大丈夫。と首だけ振って俺に答える。魔力を大量消費したんだ、無理もないけれど。弱体魔術の効果が切れたようなので、俺は起きあがり、動かないヘルシング郷にゆっくりと近づく。もちろん、警戒したままだ。
「ヘルシング郷」
「何だ」
意外にはっきりとした答えが聞こえた。思わず飛び退いて身構える。
「警戒せずとも良い、何とか自分を『強化』しているだけだ。動けはせんよ」
深いため息。
「よもや、病に負ける事になろうとはな」
「それも策でしょう?」
「いや、筋萎縮も秘薬も本当だ。後は君たちが油断してくれれば良かった」
「見事に引っかかりましたよ。まさか禁断症状を抑えてしまうなんて」
「どういう事?」
パチュリー様が口を挟む。
「秘薬のメモはワザと、って事です」
「嘘・・・・・・。それじゃ時期が合わないじゃない?」
パチュリー様の疑問はもっともだが、それ以前に疑問点がいくつもあった。そもそも、あんなメモを残す方がおかしい。というより、あのメモしか出てこなかった事が不自然なのだ。あの程度のものならもっと出てきておかしくはない。セキュリティの為の徹底したペーパーレスをあんな事のために破ったりはしない。ニコラスの日記の文章もわざとらしい。具体的すぎる。正確にいつ書かれたものか解らなければそれで良い。
自然とパチュリー様の疑問も解ける。俺に「引き出させる」ようにし向けたのだ。これから戦う相手の情報を手に入れたいと思うのは自然。それなら俺の能力が生きてくる。病気の事と秘薬の効果に気付けば、弱体化していると考える。最初から、俺のために用意された罠だった訳だ。
「ちょっと待って、じゃあなんでこの男は宗司の思考を読めるのよ」
「僕の先生だったからです」
魔術師協会時代、戦闘に関するイロハを教えてくれたのはヘルシング郷だった。魔術師協会から請われ、臨時講師として新人に戦う方法を教えていた。生きる方法と心構え、武術をしこんでくれたのはお袋。ヘルシング郷は、その活かし方を教えてくれた。この人を敵として認識出来ないのにはそんな訳がある。
「解るのならば徹底的に敵の情報を集めろ。そう言ったのは貴方でしたね」
「君は優秀な生徒だった。あのまま協会に残っていれば、私の右腕として引き抜いたモノを」
「ご冗談を。それに魔術師協会が外部に僕の存在を許すはずが有りません。いづれはモルモットになっていましたよ」
ふと、最初の疑問を思い出した。
「ヘルシング郷、何故僕を消すためにあなたが出てきたんですか? 貴方なら、ましてや病気ならば、断ることも出来たでしょう」
「言ったはずだ。私は『物の怪』を退治しにきたのだ。君も含めて」
「嘘ね」
今度はパチュリー様が否定。引き裂かれたローブで血を拭いながら、ヘルシング郷に話しかける。
「少なくとも宗司を殺そうとはしていなかった、違う?」
「・・・・・・」
「貴方は宗司に対応可能な攻撃しかしていない。正体を知っているなら、もっと突くべき点はあったはずよね」
「ふふ」
ヘルシング郷の口が皮肉げにゆがむ。
「よもや物の怪に見抜かれようとは」
「主に対しての暴言は許しません」
ヘルシング郷が目を見開く。
「本気か? 物の怪の主など」
「2度は言いませんよ? それなら僕も物の怪です」
グリモアを引き出して構えて見せる。
「成る程、君の認識と私の認識は違うと言うことか」
その考え自体、この幻想郷では無意味なものなのだけれど。それで納得出来るならそれで良い。
「そういう話なら私たちもまぜなさい」
横合いから、簀巻きにされたリベリオンが転がってきた。お嬢様が投げたらしい。こんな長いロープをどこから取り出したんだか。どうやらリベリオンは気絶しているらしい。ピクリとも動かない。
「吸血鬼か。貴様などにいうべきことは無いが、いいだろう、聞かせてやる」
「随分と嫌われたものね」
くすりと笑いながら、お嬢様が言う。ドレスがあちこち切れていたが、外傷はないようだ。咲夜さんの方が酷い。至近距離の不夜城レッドをかわし損ねたらしい。やや服のほつれを気にしている。
深いため息の後、ヘルシング郷は口を開く。
「そもそもの始まりは、次元の魔法使いが君をここに逃がした事からだ」
「でしょうね」
「興味を持った魔術師協会は彼を問いつめた。最も近い最も異なった次元など、そうそうあるものでは無いからな」
そこで、老人は皆を眺め回す。
「書物の中だけだと思われていた存在が、現実に有る。魔術師協会はまず安全を確保するために私たちを送り込む事にした」
「安全の確保、ですって?」
咲夜さんが憤った様に言う。調査もせずに危険分子と判断されようなものだ。
「吸血鬼、鬼、魔法使い、妖怪、亡霊、此処ではない人間、その存在自体が彼らにとって有害とみなされたのだよ。私は断った。先にソウシが言ったとおり、別の世界の物の怪など直接害をもたらすとも思えない。それに教え子を襲えなどと、論外だ。だが奴らは、私を脅した」
一息。そして絞り出すように。
「孫が人質に取られた」
「そこまでやるかっ!?」
本来ならあり得ない事態だ。魔術師協会は普通一般人とは無関係にある。それを!
「そしてこの病だ。永久的な薬の保証までされた。もはや、私に選択権は無かった」
ヘルシング郷は頭を下げる。
「済まない、私も俗人の一人に過ぎないのだ」
・・・・・・だれが責めることが出来よう。孫の命、自身の命を握られて、誰がさからえようか。魔術師協会、一般人や魔術師にはもっと人道的な組織だと思っていたが。
「リベリオンは喜んでいたが、こやつは異端だ」
傍らに倒れているリベリオンを一瞥し、此方を、お嬢様を見る。
「さあ、吸血鬼よ、我らは負けたのだ。好きにするが良い」
「何もしないわ」
「何?」
あっさりと答えたお嬢様に対し、ヘルシング郷はあっけにとられていた。
「生憎、幻想郷にいる人間には手が出せないのよ。」
全く忌々しい。とお嬢様が続ける。やはり、なにかあるらしい。
「そんな事より、どうやってお前達がここに来れたのかを知りたいのだけど?」
「魔術師協会も方法は解っていない。次元の魔法使いは既に姿を消していて行方も知れない。だがそこに」
「そこまで」
突然、空間が裂ける。裂け目は、ヘルシング郷とリベリオンを飲み込み。口を閉じる。そして、新たな裂け目が開かれた。
「ごきげんよう、皆さん」
姿は見えない。裂け目から声だけが聞こえてくる。からかうような音色。八雲紫だろう。
「紫、解っていたことだけど、貴女が黒幕ね?」
お嬢様がきつい口調で問いつめる。
「さぁ? どおかしら?」
「邪魔したりして、なんのつもり?」
「全部わかっちゃったら面白くないでしょう」
「貴女の遊びにつきあってる暇はないの」
いつも暇そうにしてるくせに・・・・・・。お嬢様が此方を睨む。はい、しっかり読まれてます。
「遊びじゃないわ、私はいつでも幻想郷の事を考えている」
うってかわって真剣な口調。
「一つだけ教えてあげる。そこの文車宗司は『目』。今回はこれでおしまいだけれど、これからもしょっちゅう何かが起こるわ。上手くやりなさい」
「何を・・・・・・」
なんとなく、そんな気もしていたが、話が繋がらない。俺が、中心? 確かにこの騒動をもってきたりはしたけれど、単にそれでは済まない感じだ。
「逃げちゃだめよ。貴方は既に幻想郷の住人なのだから」
俺は何も答えない。否。答えられない。俺がいなくなれば済む。という問題でもない。のか? 怪しいことこの上ないが。嘘は感じられない。ならば、全部おれの所為ということになる。魔術師協会の標的になったのも、幻想郷の人間が死んだのも、紅魔館が、幻想郷が襲われたのも・・・・・・。
「レミリア、殺さないでいてくれたのね」
口調が元に戻る。幾分か、安堵をともなった声色。
「当たり前でしょう。契約は契約だもの。破るのは人間だけ」
「ちがいないわ」
笑い声。くぐもって聞こえるのは、口元を何かで隠しているせいだろう。
「そんなことよりヘルシングとかいうのの事情は平気なんでしょうね? 私はどうでもいいけど、宗司は気が気じゃないと思う」
「ええ」
「さてね、人間の事情なんて私には解らない」
淡々とした口調。この妖怪は・・・・・・。いや、妖怪というのうは、本来こうなのだ。
「冷静ね。もっと取り乱すかと思ったわ」
「じたばたしても始まりません。僕には向こうに干渉する術がない。貴女ならできるのでしょうけど」
「今私は敵ではないと?」
「少なくとも。ひっかきまわされて気分は悪いですが」
そう、敵ではない。根拠の無いカンでしかないが、この妖怪は全てを見切っているように思える。踊らされるのは癪にさわるが、だからと言って敵に回す理由にもならない。
笑声。
「いいでしょう、人間についてはなんとかするわ。後は、あなた達次第」
「何がよ?」
「幻想郷の行く末よ。今まで通りか」
それとも。
「消滅するか」