精鋭
襲撃からおよそ1週間がたった。そのあいだ、彼らからの襲撃も無い。他に襲われたという話しも聞かない。至って平和な時が流れていた。全く楽観視は出来ないが。
思い立って、パチュリー様に許可を貰い、美鈴さんと手合わせさせてもらう事にした。自らパチュリー様に願い事をするのはこれが初めてかもしれない。
「珍しいわね、宗司からお願いだなんて」
パチュリー様もそう思ったらしい。何故か、ちょっと嬉しそうな顔をしていた。
「いいわ、やってみて。私も興味ある」
こんな感じでお許しが出た。時期的に不味い気もしたが、今やっておくことのメリットも大きい。限定とはいえ、妖怪に対して自分の力がどこまで通用するかの分析。強い相手と戦っておくことで得られる教訓。自信の弱点。対峙するかは不明だが、相手は化け物並の力を持った人間だ。自分を鍛えておいて損は無い、むしろ有益だ。パチュリー様も、ギャラリーとして見ているとのこと。俄然、気合いが入る。このために中国拳法を必死で勉強したのは内緒だ。
紅魔館中庭。門に這入ってすぐの所だ。時は昼下がり。遠巻きにパチュリー様と小悪魔が腰を下ろして見物している。立ち会いにイスクさん。小悪魔が「宗司さんがんばれー」なんて声を掛けてくれたが、答える余裕は無い。目の前の八極拳士は、既に闘気を纏っていた。
俺は燕尾服ではなく、白の着流しと黒の袴だ。正式な装束だが、場所とマッチしていないのが自分でも笑える。
「二人とも、準備は良いか?」
イスクさんが声を掛けてくる。
「はい」
「いけますよ」
静寂。俺は構えを取らずに、やや腰を落とした無行の位。美鈴さんは大八極基本の構え。イスクさんが手を振り上げ。
「はじめ!」
ぐん、と美鈴さんの体が沈む。体をひねり、足の配置が独特。これは! 撃ち出されたように、美鈴さんの拳が迫る。箭疾歩。太極拳の技の一つで、遠い間合いを一瞬にして無くしてしまう打撃技。不意を打たれればかわすことはまず不可能。俺もぼさっとしていた訳では無い。体を開いて美鈴さんの拳の外側に避ける。右手で腕を掴み、左足を膝裏に差し込んで、左腕を首の正面から裏拳をするつもりで引き倒す! ほぼ空中で受けたため、たまらず仰向けに転倒する美鈴さん。しかし即座に後転すると、膝立ちで起きあがる。
ダメージはないはず。本来なら腕を掴んだまま、寝技に持って行く繋ぎの投げ。掴んだ腕を切られてしまったために逃がしてしまった。美鈴さんはびっくりした顔。
「避けられるとは思っていましたけど、まさか投げ返されるとは思いませんでした」
ゆらりと、起きあがる。
「少し、本気を出します」
美鈴さんの気の質が変わる。八卦掌の構え。直進ではなく、円を描く動きで接近するつもりだ。殴り合って倒す試合ではなく、どちらかが一撃入れれば終わるという戦い。俺は倒して寝技に持ち込み、極まれば勝ち。美鈴さんは俺に頸を入れれば勝ち。分が悪いように聞こえるが、相手を転倒させる目的ならばこちらの方がバリエーションは豊富だ。
美鈴さんが動く。緩慢な動きに見えて、かなりの移動速度。八卦掌独特の歩法で、相手を撹乱する効果がある。達人が使うと分身しているように見えるというが、美鈴さんはその域に達している。
こりゃ、下手に動かない方が良いな。俺を中心として回る。突然動きが止まったかと思うと、既に目の前。上歩頂肘。手のひらで受け止めるも、美鈴さんはそこを起点に回転。背腿。俗に言う後ろ回し蹴りだ。スウェイバックで避けると、
「ふっ!」
踏み込みの震脚と共に右掌が飛んでくる。単把だ! 地面が陥没するほどの気の練り、食らえば確実に落ちる。左腕で巻き込むようにいなして、上方に力を逸らす。美鈴さんの上体が泳ぐ。懐に潜り込み、右手で顎下を掴んで、逸らした力も利用して持ち上げる! このまま地面に叩きつければ直ぐには起きあがれない。ところがさるもの、俺の首に脚を引っかけると、刈り取るようにその脚を振り抜く。脚長げぇ! 俺はその場に倒れ込み、美鈴さんは回転してやや離れた位置に着地、間髪入れず、踏みつぶしにかかって来る。俺はごろごろと回転。反動で距離を置くように飛び起きる。目の前に両掌。疾い! 腕の隙間に下から合掌を差し入れ、思い切り両腕を開き、腕ごと弾く。危険な返しだが、避けれず、ガードごと吹っ飛ばされる攻撃にはこれしか無かった。弾いた左腕を両手で掴んで、美鈴さんの真横に踏み込む。掴んだ腕を引っ張りあげ、刀を振る要領で引き倒す。ちゃっかり膝裏に脚を残すことで倒す投げだが、その脚を外され、後退と同時に蹴りを食らう。
「ごふ」
不十分な体勢からの蹴りでも効く。思わずよろめくが、美鈴さんは仕掛けてこなかった。
「く」
左腕をかばっている。蹴りを食らう直前に、腕をひねっておいた。ダメージは殆ど無いだろうが、嫌な痛みがはしったはず。実質被害は無いが、動きを止めるには十分。
「返し技が嫌すぎます。なんで避けられるかなぁ」
「貴女は踏み込みが鋭すぎます、自重してください」
美鈴さんは素直に、俺は皮肉に、お互いを讃える。既に本気モードのようだ、彼女がさっき放ってきた技は、奥義の一つ、猛虎硬爬山。当たると死ぬ。いやマジで。みれば、踏み込んだ地面が蜘蛛の巣状に割れている。おそらく吹っ飛ばずに、背骨が折れて崩れ落ちていたに違いない。いまさら、背筋に冷たいものが走る。
「殺す気ですかっ!?」
「大丈夫、パチュリー様が治してくれます、多分」
思わずパチュリー様の方を向く。少女は首を振った。「無理」と目で伝えて来る。ぎゃー!
「臆しました?」
「馬鹿言わないでください」
売り言葉に買い言葉。どうしょうもないが、本気を出させてしまったのだ、ここで逃げたら男が廃る。恐らく次からは掴ませてくれない。いなしてからの投げを完全に警戒されている。さらに長引かせるとこちらの体力が保たない。なら、仕掛けるのみ! 彼我の距離は約2メートル。踏み込みは一瞬。低い姿勢でタックル気味に突っ込む。迎撃に膝がとんでくるが、外側ににげる。小さく旋回して踵斬り。不発。相手は既に空中にいた。ものすごい勢いで旋風脚が襲ってくる。否応なくガードさせられる。腕が弾けるんじゃないかと思う程の衝撃。ぐらつく。美鈴さんは踏み込んでくると、こちらの顎をめがけて下から拳を放つ。通天砲。これさえ避ければ!
「う、おおおおおっ?」
鼻先をかすめるようにして拳が抜ける。チャンス! 胸ぐらをつかんで、踏み込んで押す、逆らおうとしたところを、逆腕も取って思い切り引き寄せる。引き寄せざま後ろに倒れ込み、脚の全体を使って相手の足首に引っかける。浮き技。捨て身投げの一種で、決まればお互い倒れるしかない。しかし、引き手を切られたうえ、跳んで抜けられる。引き手の掴みが甘かった! あわてて身を起こすが、既に遅い。初撃の崩拳はガードしたものの、崩れた体制では後ろに回り込みざまの靠(背中での体当たり)を食らうことしか出来ず、前のめりによろめく。
「發っ!」
背中に衝撃。次いで全身に衝撃。通された・・・・・・。
がくりと膝をつき、そのままの状態で体が動かなくなる。
「そこまで!」
イスクさんが制止をかける。つっても俺は指一本動かせないけどさ。しっかり加減してくれたのか、体が動かないだけで意識もはっきりしている。つまり痛い。
「いやー、文車さん強いですよ、最後の双掌、うっかり本気で打つ所でした」
マジかい。美鈴さんが俺の両肩を掴み、気を流す。ある程度、体に自由が戻った。手を貸しておこしてくれる。背中に激痛、咳き込む。背骨ヒビでもはいってんじゃないか?
「ホントですよ? あそこまで体勢崩されるなんて、魔法でも使われてるんじゃないかと疑いました」
「それは単純に知識の差ですよ。不意をつかれたようなものです。美鈴さんは合気柔術を知らなかった、俺は八極拳を知っていた。それだけの事です」
「そうかなー」
「宗司、謙遜しすぎるのも嫌味だぞ?」
イスクさんにたしなめられる。
「己からみても、二人の実力は拮抗していた。もっと誇って良い」
そうなのかな。納得しがたいが、でも美鈴さんに本気を出させたのは、俺としても良かったかも。小悪魔が飛んで来るのが見えた、高速で。おいおいおい、あぶねえ!
「宗司さーん!」
どがっ!
「おぐぶるるるぁっ!?」
飛んできた小悪魔の頭が俺の腹に突き刺さる。風景が早送りされたように一気に後退。吹っ飛ばされて、満足に受け身もとれず、ごろごろと転がった。うーげー、転がっている最中ちょっと戻した。仰向けに寝転がる。
小悪魔は俺が立っていた位置に回転して着地、熱っぽく語りはじめた。
「凄い! 凄いです! 宗司さん! 美鈴さん相手に互角の戦い! あと一歩およばず負けてしまいましたけど、それでも私は言いたい! よく頑張った! 感動したっ!」
どこぞの元首相か、おまいは。イスクさんと美鈴さんは苦笑してしまっている。未だに俺を吹っ飛ばした事に気付かず、熱弁を振るっている小悪魔を尻目に、パチュリー様が近づいて来た。俺の横にちょこんとしゃがみ込む。顔をのぞき込んで一言。
「怪我はない?」
「小悪魔に突撃されたのが一番いたいです」
「そう」
そういうと、何も言わずに、俺の顔を見つめてくる。恥ずかしい。思わず声を掛ける。
「パチュリー様?」
「何?」
「いや、あの、その」
「凄いのね、宗司は」
「はい?」
いきなり言われて理解出来ず、反射的に間抜けな返事をしてしまう。
「最初は小間使い程度にしか考えて無かったけれど、本は出せるし、ちゃんとスペルカードは作れるし、この間といい、今日といい、見事な戦いをする」
ぽん、と俺の肩に手をおく。
「咲夜から聞いてるわよ、貴方の家訓も本当みたいね」
「パチュリー様に嘘をついた覚えは有りませんよ」
「それは嘘」
くすり、と笑う。
「宗司になら、私の身の回りを任せられる」
恐らく、執事に対しては最大級の賛辞。
「私を、守ってくれるかしら?」
「御意に」
にっこりと、笑ってくれた。そして気がつく。パチュリー様が俺に対して満面の笑顔をみせてくれたのは、これが初めてな事に。もっと、強くなろう。この方の読書の邪魔は、誰にもさせはしない。
紅魔館の2階、窓から、レミリアと咲夜が、文車達を見下ろしていた。
「ふうん。溶け込めているじゃない」
「彼の努力の賜ですね」
「そんなイスクみたいなのが短期間に2人も来るなんて」
「何かの前触れ、でしょう」
「あら、咲夜もそう思う?」
「ええ、宗司には前だけ見るように言いましたが、外の人間が来すぎです」
「私は退屈しなければ何でもいい」
「お嬢様はそれで良いかもしれませんが・・・・・・」
「でも咲夜」
「はい」
「宗司の事を人間と思っているようだけど」
「違うんですか?」
「警戒しなくていい。あなたの見立て通り害はないから」
「はい」
「でも、あいつには食欲を感じない」
「それはどういう・・・・・・」
「そこまで、敵が来た」
レミリアの紅い瞳は、楽しげに光っていた。