タタカイノウタゲ
私が、パチュリー様の後に続いて中に這入ると、レミリア様にパチュリー様が噛み付いていた。
「レミィ、どういうこと? あんな無茶を。彼はイスクとは違うのよ?」
いつものパチュリー様らしくない。でも、その気持ちは痛いほど解る。だけどレミリアお嬢様は全く気にしていない。
「そんな事はわかってるわ」
「なら!」
「パチェ、貴女も気付いてるでしょう? あの男が、純粋な人間ではないと」
え? 私は戦慄した。確かに力はもってるけど、宗司さんは普通の人間に見える。
「・・・・・・確信したのはさっきよ」
パチュリー様も同意する。そんな・・・・・・。「でしょうね」と、レミリアお嬢様は頷いた。
「外の人間にあんな力はない、せいぜい知識があるくらい。でもあの男は不信な点が多すぎる。何より、私の食指が動かない。人間でない証拠。だから正体を知りたいの」
悪魔の私から見ても、今のレミリア様の表情は悪魔らしすぎた。
「回復力が高すぎる、いくらなんでも治癒スペルで直ぐに動けるようになるなんておかしい、パチェはそう思ったんでしょう」
「そうよ。でも、だからってこんなやり方!」
「あらぁ? いつもは冷静な貴女がどうしたの? イスクの時もそんな表情はしなかったじゃない。興味の出てきた研究材料が壊されちゃうのがそんなに悲しい?」
「ちがっ!」
「それとも」
レミリア様の表情が変わる。悪魔らしい表情はそのままで、悪戯っぽい笑み。
「惚れちゃった?」
一瞬、パチュリー様が固まる。無表情にもどると、絞り出すように。
「違うわ」
嘘だ。でも、次に出てきた言葉は、肯定のしるし。
「宗司は、私を守ると約束してくれた。それをこんな事で無くしたくないだけ」
「なら信じなさい」
レミリア様の表情が変わっている。ううん、相変わらず悪魔的な表情だけど、雰囲気が全然違う。もっと、やさしいものに。
「パチェの執事は貴女を守るために、やりとげると」
「・・・・・・はぁ。レミィの考えは時々解らない」
怒りを通り越してあきれた。そんな雰囲気のパチュリー様は、再び表情を引き締めた。
「でもレミィ」
「何よ?」
「宗司が死にそうになったら、私は迷わず助けに入るから」
その答えに、レミリア様はニイッと唇をゆがめると。
「安心して、そのときは私も出る」
・・・・・・悪魔の私が神様に祈るなんて存在意義に反してる。それでも、私は祈った。祈らずにはいられなかった。お願い、パチュリー様と、私のために、宗司さんを。
「宗司さんを、無事に帰してください」
何人かのカソックを引き連れてきた男は、やはり俺の見知った顔だった。もっとも、向こうは此方を覚えてないだろうが。
浅黒い肌、刈り上げた頭髪に黒いサングラス。特注であろう、ケブラー素材の青いカソック。手にはソウドオフショットガン。腰には意匠を凝らしたレイピア。本来は儀礼剣だが、人外のモノには効果的だ。特に俺には。大柄な訳ではないが、その威圧感で何倍にも大きく見える。
ダンピール・ザ・リベリオン。吸血鬼を殺す能力を持つ、ハーフ・バンパイア=ダンピールの中でも、もっとも過激で、冷酷な魔人。吸血鬼に家族を殺され、その復讐心のみで異形を狩る。故に名前ではなく、復讐鬼と呼ばれる。男は尊大な足取りで来ると、約5メートルの距離で足を止めた。しげしげと、俺の顔を眺める。もっとも、サングラスのせいで目線は何処をむいているか、わからないけど。
「おや? お前、確か・・・・・・フグルマ、だったか? ヴォドブルグ攻城戦の時の」
男にしては高い声。でも、美声といって差し支えない。歌うように喋る男だ。
そして意外にも、リベリオンは俺を覚えていた。
「その節はどうも、あのときの最高功労者に覚えていてもらえたとは光栄だ」
大嘘。こいつだけには覚えて欲しくなかった。
「ああ、お前は面白かったから。それは覚えているさ」
「ダンピール! お知り合いでしたら説得して・・・・・・」
どん!
突然、声を掛けた男の顔がはぜ割れた。さっき襲ってきた壮年の男だ。
「うるさいよ」
硝煙をあげるソウドオフ。首が消失した男。血をまき散らしながら倒れてゆく体。
俺は声も上げられず、ただ呆然とその光景を見つめるしかなかった。そんな俺にお構いなく、リベリオンは話を続ける。・・・・・・散弾を撒きながら。
「確か、なんとか神とかで?」
どん!
「魔術師協会に捕まって」
どん!
「モルモットにされそうになった所を」
どん!
「逃げ出したんだったか?」
どん!
一言毎に、銃声一つ。美声と銃声の交差。
リベリオンの周りにいたカソック達が、声もなく首を失い、倒れて行く様子は、さながら、地獄絵図の様だ。辺り一面が、朱に染まる。昼間だというのに一気に夜になったかのような錯覚。もっとも、朱い夜なんてあればの話だが。
「それが何でこんな所に?」
どん!
最後のひとりが倒れると、丁度弾が切れたのか、ソウドオフを後ろに放り投げるリベリオン。がらん、と乾いた音をたてて落下する。人を殺した事など、意にも介していない。
今更ながら、怒りがこみ上げてきた。恐怖を押し殺すために。
「お前っ! なにしやがる!」
人間に対しては(彼なりに)紳士的で、ハンター連中からは尊敬までされていたのだ、こんな事をするなんて考えられない。
「本なら何でも出せるんだったか? 爽快だったな、お前の出した炎がゾンビどもを焼き払っていく様子」
「人の話を聞け! なんで人間を殺す!?」
「うるさいよ」
さっきと同じ台詞。声質、温度、速度まで全く同じ。この男にとっては殺戮も呼吸と同じだというのか。
「こんなところに住んでる時点で人間じゃない。こんな世界はありえない。私にとってはお前も、ここの住民も、化け物も、みんな一緒だ。だからこいつらも手駒、いや、デコイ程度のものだ」
「この・・・・・・!」
恐怖を塗りつぶす怒りでなく、素で頭に血が上る。
「化け物で有りながら一緒に戦った者が、今度は化け物を守る側として現れ、そして狩られる。ふん、お前は最初から私に殺される運命だったんだな」
「お前も化け物だろうが」
絞り出す。頭がどうにかなりそうだった。
「そうさ、だから全ての化け物を滅ぼした後、私は私という化け物を滅ぼす。それが私の復讐だ」
「あんたとヘルシング郷は、もうちょっと話が通じる人間だと思ったんだけどな」
「まさか、ヘルシング郷は私よりもえげつないよ」
ふふふ、と含み笑いをするリベリオン。そこで笑いがでる神経からしてもう相容れようがない。わかっていたことだけれど、問答は無用だ。リベリオンが、腰のレイピアを引き抜く。
「では、やるか」
まるで「散歩にでもいこうか」と聞こえそうな声色。
刹那。
ひゅん。
レイピアを振り下ろした剣風が、俺に襲いかかる。避ける俺。
そのまま剣風は、庭に生えていた大木を切断して消失。重い音をたてて、大木が横倒しになる。凄まじい切れ味。ありえねえ! 剣を高速で振ることで、大気を割り、真空波を発生させる。口で言うのは簡単だが、現実問題、大気を切断するほどの剣速を出すことは不可能である。人間には。吸血鬼の力と人間の技を持つダンピールだからこそ、可能な技。
グリモアを引き出す。風の精霊に呼びかけて、全ての飛び道具を無効化する結界を紅魔館に張る。強力な結界だが、生物には無効。
「お前は本気で化け物を守るつもりかよ?」
おれの張った結界を見て、リベリオンが問いかける。
「何を今更。お前から見たら俺も化け物なんだろ?」
「違いないな」
いいながらも、二度、三度と剣風が飛んでくる。必死で避ける。大気がゆがんで、辛うじて見えるものの、実際はリベリオンの剣の振りを見て避けている。先行して避けられるが。目に見えないものを対象とする回避に使う集中力は尋常じゃない。
「しかし解らないな」
「何が!?」
精霊術のグリモアをしまい、錬金術のグリモアを引き出す。
「お前も吸血鬼を滅した中にいたんだ。奴らの危険性を承知でしているのか?」
次々と飛来する剣風。会話しながらでも、その勢いは衰えない。
「こっちの吸血鬼とあっちの吸血鬼はちょっと違う。なんて言ってもあんたにはわからないだろう、さ!」
ばん! とグリモアを持っていない手で、地面に掌を付く。
「ゴーレム!」
呼びかけた地面が隆起。次第に人の形を取ってゆき、3メートル弱の土で出来た巨人が現れる。土とは言っても、魔力で補強された土だ、生半可な事では破壊されない。
「いいさ、言ってみろよ。言うまでもないが私はおしゃべりが大好きなんだ」
「さんざん『うるさいよ』とか言いながらよく言うよ!」
「やけに、『い』の多い会話だな。おっと、そう言いながらもやはり『い』が多い」
聞こえてくる含み笑い。こいつとは笑いのツボが絶対に会わない。だが律儀に答える。こいつの喋りを黙って聞きながら戦闘するなんて、冗談じゃない。
「ここの吸血鬼は人を襲わない。殺しもしない。何故かは解らないが、恐らく誰かと契約してる。そう考えでもしないと説明がつかないんだよ」
言いながら、ゴーレムを盾にして、その背中越しに楔の弾丸を放つ。がきんがきんがきんと、ことごとく弾かれる。何発か命中するも、耐刃性の高いケブラー素材に阻まれる。高速で飛来する弾丸を無効化するケブラーっていったい何キロあるんだよ!
「だから? ひとを喰わない化け物だから滅さないとでも?」
ゴーレムにヒビが入り始める、限界が近い様だ。
「まさか、仲間意識が強いからだよ」
「おなじ化け物どおしと言う訳か」
含み笑い。
「それも違う、俺がそのなかに入れるとは思わないけど、あの人たちには絆がある。喧嘩をしようと、罵ろうと、対立しようと切れない絆がある、魔術師協会の人間なんぞよりよっぽど人間らしいと思わないか?」
「おまえ、愚かだよ」
ひときわ大きな剣風が飛んできて、ゴーレムが破壊される。射線が通る。
「お嬢様、とか言ったか、ひどいものだ」
「なに?」
まるで見ていたかのようなその言葉に、一瞬硬直してしまう。それがいけなかった。
返す刃で放たれた剣風を避けられず、袈裟懸けに切られる。吹っ飛ばされて、膝立ちの姿勢を取ったところで激痛、弾ける鮮血。目の前の地面にぼたぼたとおちてゆく赤い血。
「化け物は存在するだけで滅しなければならない。そこに理由などない。その存在自体が罪なんだよ」
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