意志
「私も半分吸血鬼だ、使い魔の一つや二つは扱えてね。見ていたよ、全部」
どくどくと、傷口から命が零れ出す。とっさに自前の魔力だけで障壁を張り、致命傷は免れたが、出血が酷い。激痛を堪え、応急的に錬金術で血小板の凝固を促進。血だけは止めようとするも。失敗。半分くらいしか固まらない。
「ひどいお嬢ちゃんだ。一人で殲滅しろだなんてな」
連続して襲いかかってくる様子が無いので、続いて鎮痛。
「お前は盾としてしかみられていない」
無視。集中を続ける。
「それにさっきの言葉だよ。絆がどうとか言っていたが、それはお前の言葉じゃない。お前の言葉には意志が見えないね。それは頭では解っているが理解まで至っていないということだよ」
百も承知だ。未だに真意がつかめない。
「そうそう、何でわたしがこんな事を言うかと言うとだよ」
含み笑い。また「い」の多さに嗤ったのだろう。
「化け物にはなるべく後悔して死んでほしくてね。心も潰さないと気が済まない」
唇が嗜虐的につり上がる。
「心が死んで肉体が死ぬ。普通一度しか経験できない事を二度も経験出来るんだよ。貴重だと思わないか?」
俺はこいつの心が既に死んでいるとしか思えない。
「なんとか言いなよ」
剣風。肩口が断ち切られる。激痛。
「っがあ!」
「うん、それでだ」
悲鳴を返事としてさらに喋るリベリオン。こんな人間にひとが付いてくる理由が解らない。正義という正当性は人格まで正当化させてしまうものなのか。
「たとえばあの悪魔の小娘、上手いねえ、手練手管を知り尽くしている。巧みにお前を凹ませ、楽しませ、誘惑する。悪魔の鏡だよ」
「たとえばあの中華娘。怖いね、われわれがいると解っていながら、お前に重傷寸前の傷を与えた。実に計算されている」
「たとえばあの人間のメイド。おまえは行くべき指針を与えられたように感じたのだろう、だが、それもお前を泥沼へと誘う罠だよ、既に人間ではない」
「後は」
一息つく。どこまで、そんなことを言うつもりだ。
「パチュリー様とかいったね?」
ぴく、と体が反応してしまう。リベリオンの唇がさらに深い弧を描く。弱点を見つけた拷問吏の顔。
「可憐な少女だ。『守ってくれる?』なんて言葉にときめいたかな? だが所詮、あれも魔女だ。君を都合の良い盾にする誘惑の言葉でしかないよ。お前に対する好意なんてこれっぽっちも持っていない。あるのは打算と生じる利益の事だけだよ」
剣風。太ももが断ち切られる。もはや悲鳴もあげられない。
「さしずめ、お前は、研究対象だよ。半神半人なんて、魔術師協会の格好の研究対象じゃないか。あそこで嫌と言うほど学んだろう。あの魔女も同じだよ」
哄笑。美声でやられると脳に響く。
「やはり魔女は水に沈められ、火あぶりにされ、生皮をはがれるのがふさわしい」
グリモアを握りしめる。痛いほどに。いたみなんて、とうにかんじないのに。
「お前は此処の住人全てにだまされているよ、証拠に、こんなに傷だらけなのに誰一人助けに来ない」
大上段にレイピアを構えて、一気に振り下ろす。特大の剣風。食らえばまっぷたつだ。いくら半神で治癒能力が高くても、二つにされてしまえば復元のしようが無い。
「さぁ、滅せよ」
俺は動けない。否、動かない、動く動機がない、動く必要がない。動く必然性がない。俺の周りは自らの血で真っ赤だ。動くなんて出来るわけがない。ましてや止血なんてとんでもない。
もったいないじゃないか。
「ゴーレム」
2度目の召喚。ただし土で出来たゴーレムではない、俺自身の血液で錬成されたブラッド・ゴーレムだ。剣風がゴーレムに直撃する。これだけの圧力を食らえばどんなゴーレムでもバラバラだ。だがこいつは違う。剣風を取り込み、さらに特大にして跳ね返す!
「む」
リベリオンはレイピアを立てて、防御しようとするが、巨大化した剣風は分裂。無数の刃となり、リベリオンを切り刻む。ケブラー素材もなんのその、カソックをボロボロにし、顔には無数の裂傷を作った。だが、まだリベリオンの顔からは嗤いが消えない。
「面白いよ。お前。だが、ブラッド・ゴーレムはその強力さ故にゴーレムの受けた痛みを術者も負うことになる、ここからは無意味な、私が圧倒的に有利な我慢比べかな?」
「うるさいよ」
リベリオンの言葉をそっくり返す。丁寧に声まねまでしてやった。
「下らないことべらべら喋りやがって。俺がだまされている? それがどうした」
ゆっくりと、顔を起こす。失血で意識がもうろうとするが、無理矢理意識を奮い立たせる。意志がない? 上等だ、ならば俺のありったけの言葉をくれてやる。
「誰も助けに来ない? 当たり前だ、未だ信用されてないんだから」
気力だけで立ち上がる。怒りで痛みも感じない。
「そして、そんな事は関係ねぇ、受けた恩は全て恩で返す。だまされたなら仕方がない。むしろ、そんなことで立ち止まって周りの全てが信じられなくなるより遙かにマシだ!」
吼える。傷は深い、だがそんなことは二の次だ。
「貴様の杓子定規で幻想郷を語るんじゃねえよ。否定しかしないものに道なんてある訳がねえ!」
腹の底から、全てをぶつける。こんな人間に、負けるわけには行かない。「文車妖妃」が子、宗司として。可能性を閉ざすものに屈する訳にはいかない。
「俺はパチュリー様の下で生き、パチュリー様の為に死ぬ。こんな馬鹿みたいな事で、こんな何も成さない事で、俺は死ぬわけにはいかねぇ!」
「パチュリー様パチュリー様と! お前は他人に生きる理由を求めるかよ? それこそ無意志だ」
「違う、全ては俺の欲求の為だ。俺の信念の為だ。滅私なんて知らない。俺は俺に忠実に生きる。その結果が、誰かに尽くすという形になっただけだ」
俺の言葉を受けて、リベリオンの表情が消える。
「屁理屈、所詮は化け物かよ」
ため息。理解されようなんて思っていない、どうあっても、こいつとは相容れないのだから。あの腐った嗤いを消せただけで、舌戦は俺の勝ちだ。
リベリオンは構えをとる。先にこいつが行った通り、こっからは不利な我慢比べだ。それでも、やるしかない。勝算は、ある。
覚悟を決めた、そのとき、俺とリベリオンの間に、何かが降り立った。
日傘を差した、小柄な吸血鬼。紅魔館が主、レミリア・スカーレットだ。リベリオンに背を向け、無表情に俺を見上げている。何もよめない、俺に撃退を命じた本人が、助けに来たとも考えにくい。くそ、血が足りない。頭が、回転しない。いったい、何のために。 威圧感は感じない、敵意も感じない。ただ、厳かだ。口唇が、言葉を紡ぐ。
「不グルメ宗司」
惜しい! 思いっきり噛まれた。変なキャッチコピーみたいだ! とか突っ込みたい!けど此処は流すべきとこだ。突っ込み禁止!
「はい」
にいっと、笑う。怖いハズだけど、何故か安心感のある笑い。
「ドMね」
ずっこけた。
「なんで!?」
「だってそうでしょう? 誰かに仕える事が自分の悦びだなんて」
「漢字を間違えています! 悦じゃなくて喜!」
「おんなじよ」
「・・・・・・」
さいですか。
「面白いわ、自分の欲望に忠実であるが故に、あなたの言葉には嘘がない。尽くす事も、その笑顔が見たいというあくまで自分の願望のため」
お嬢様が俺の手を取る。
「気に入ったわ、尽と欲。相反する言葉だけれど、あなたはそれを両立している」
威厳のある表情で。
「あなたが何者であろうと関係ない。自分に忠実であること、他人に誠実であることを証明したあなたを、紅魔館の一員と認めよう」
言葉が、理解出来ない。いや、理解はできている。単に、吸血鬼がこんな事を言うのが信じられないだけだ。打算と陰謀にまみれていようと、俺は自分に忠をつくせれば良かった、それなのに、何故こんなに、誠実なのか。何故こんなに、嬉しいのか。
「や、ぶっちゃけ、どうでもよくなったから別に居ても良いよ、ってだけだから。感動されても困る」
カリスマブレイク!? 台無しだ! 返「心」を要求する! スゲー尊敬したのに!
・・・・・・んん、まぁ、これが紅魔館の主なのだろう。気分屋で、我が儘で、それでいてカリスマがある。そのどれもが、行き過ぎているだけ。
「さて、盛り上がってる所悪い」
何度目か解らない剣風。お嬢様は眼光だけで、その剣風をはじき散らす。リベリオンは気にした風も無く。
「レミリア・スカーレットだな?」
お嬢様は沈黙。ただただ、リベリオンを眺めている。
「メインターゲット登場、ってとこだ。感謝しろよ、話が終わるまで待っ」
「黙れ、下郎」
周囲の体感温度が一気に下がる。紅から金に変わった瞳が、リベリオンの口まで閉じさせた。ギラリ、と輝く瞳。

「図に乗るな、貴様など私に話しかける事すらおこがましい。本来ならこの場で心の蔵を取り出してやる所だが、今は新しい仲間を迎えて気分が良い。早々に立ち去るならば見逃してやる」
「お嬢様?」
みすみす逃がすんですか? と言おうとした俺を片手で制して、リベリオンに見えないように、俺にウインク。まかせなさい、と。
リベリオンは逡巡、一番の宿敵を前にしているが、思ったより強そう。しかも怪我をしている今では厳しい。これからも戦い続けるには、大きな怪我を負うわけにはいかない。そんなところか。そして、お嬢様がトドメの一言を放つ。
「これ以上ここに止まるならば、紅魔館の全戦力を以て、貴様を破壊する」
気付けば、妖精たちと妹様以外の紅魔館の住人が、俺とお嬢様の後ろに集結していた。
それぞれが、リベリオンを睨み付けていた。流石に分が悪いと悟ったか。じりじりと後退するリベリオン。そのとき、リベリオンの横の空間が「裂けた」。
「貴様か、何だよ」
「何だとは酷いわね、助けに来たのに」
裂けた空間から、声。女のものだ。
リベリオンは何も言わず、裂け目に這入る。ただ、最後に俺を見据えて。嗤う。俺も嘲笑で反してやった。リベリオンが裂け目に這入りきると同時、空間が閉じられた。
後には、戦闘で荒れた庭。飛び散り、乾き始めた血糊。何故か、首無しの死体は無くなっていた。その光景をみたお嬢様は「庭が・・・・・・」と苦い顔。
風が、頬をたたく。辺りに人の気配は無い。取り敢えず、戦闘は終了したようだ。
突然の目眩。やば、流石に血を流しすぎた。その場にへたり込む。
「宗司っ!」
泣きそうな表情のパチュリー様が駆け寄って来た。
「まだ落ちたら駄目よ?」
お嬢様に言われる。
「解ってます」
ブラッド・ゴーレムの固定を解除。解除と同時、血液が体内に戻ってくる。ブラッド・ゴーレム最大の特徴は、解除と同時の失った血液を補充する事だ。とはいえ、傷を回復するものでは無いので、しっかり止血をしておかないと無駄になる。だが流石に、出血箇所が多い。加えて俺は切断に弱いので上手く行かない。悪戦苦闘していると。
ふわり。
紫の髪の毛が、目の前に垂れる。つづいて、柔らかく包まれる感覚とラベンダーの香り。
パチュリー様が、横から俺の頭をかき抱くようにしていた。ええええええええ?
「ちょ! まっ、パチュリー様?」
「いいから、止血を続けて」
そう言うと詠唱を始める。
「生命と目覚めを司りし木行よ、こふ、傷つき疲れたものに、その慈愛と力をもって癒せ」
木行による回復。あー、既にばれたんだ。
優しい輝きに包まれ、体に力が戻ってくる。傷が深いため、塞がるには時間がかかりそうだ。だが、止血だけは滞りなく出来た。
「あの、パチュリー様」
「黙って集中して」
いや、止血は終わったですよ? 丁度パチュリー様の頭が俺の頭上に有るため、顔は見えない。向こうからは見えているはずだから、多分、目をつぶっている。
「血は止めました。スペルカード使わないんですか?」
「さっきあなたに使ったので切れた」
「じゃあ、誰かから借り」
「嫌」
きっぱり。
「私がいる限り、宗司は私が治す」
ちょちょちょちょ! 身に余る光栄だけどなんか凄く恥ずかしいんですがっ!?
見れば、パチュリー様の髪越しにみんなを確認出来た。
にやにや。
聞こえる! 俺には聞こえる! 形容詞が音として聞こえるっ! イスクさんまでにやにや音を発している。なんだこの人! 共鳴現象は人体に影響を及ぼすけど無表情のイスクさんにまで伝染するなんて。これで一つレポートが書けるぞ!
なんだか人として考えてはいけないことを連ねている気がする。みんなから見られて恥ずかしいのも有る。でも一番の問題は、少女が俺の頭を抱えているため、胸が右顔面に押しつけられている。意外にもゆ、ゆ、ゆ、ゆっくり! ・・・・・・なぜ自分の思考までごまかすんだ、俺は。
いや、気持ち良いのですよ? 嫌な訳がないけど。時と場合を心得る男ですから。
だけど、どうにもならないので素数を数えながら身を任せる。みんな見てないで仕事してくれよー。
さほど時間もかからず、傷は塞がる。完全とはいわないが、十分だ。
「あの、傷、塞がりましたけど」
「まだ完治ではないわ」
「いや、もう大丈夫ですから」
「駄目」
「あんまり頑張ると倒れますよ?」
実際、回復術は体力の消耗が激しい。だからスペルカードでやるのが普通。と小悪魔に聞いた気がする。特にパチュリー様は体力が無い。
「大丈夫。私が倒れても宗司が守ってくれる」
「流石に過大評価ですって! さっき危なかったし」
「自信ない?」
悲しそうな声。
・・・・・・わざとやってんじゃないか? この人。まったく逆ベクトルだが、リベリオンの言うことも一理ある気がしないでもない。でも流石に倒れられては困るので、強攻策に出ることにした。美しくない、というか汚いのでやりたく無かったけれど。
「パチュリー様」
「聞こえない」
思わず笑ってしまう。ブックモードばりに強情だ。
「あの、当たってるんですけど?」
無反応、これくらいじゃ動じないか。ならば。
「意外と着やせするんですね」
「っ!」
ぴくっ、と反応するが、離す気配はない。む、しぶとい。
「C・・・いや、もっとありそうですね」
ぶるぶると震え始め、うでの力が緩む。良し、もう一押し。
「ちょっとわかりにくいデス、もっとおっぱいを押しつけていただけますか?」
「むきゅ〜っ!!!!!!!」
奇声。目を見開き、腕で胸元を庇うようにして跳び退く。片腕がふりあがって、ビンタの体勢。だが、自分と同じく俺の顔が真っ赤なことに気づき、その姿勢で固まる。
「ば、ば、ば」
溜。
「馬鹿! 変態! 色情魔! おっぱいとか言うな馬鹿!」
・・・・・・自分で言わせておいて何だが、凹む。死ねとか言われなかっただけ良しとしよう。
「けふっ・・・・・・。人がせっかく治してあげていたのに」
下をむいてぼそりと呟く。いや、貴女の体力的にも僕の精神的にも限界でした。にやにやしていた小悪魔の顔が、なぜかだんだん不安そうになっていったのも怖かった。
そんな俺の考えを余所に、お嬢様から声がかかる。
「さて、宗司」
「はい」
「どんな感触だった?」
「今はやめといたほうが良いかと」
パチュリー様の手には「セントエルモピラー」のカード。高熱の火柱を発生させる魔法。
「残念」
いたずらっ子の目でいうと、居住まいを正して。
「じゃ、改めて、自己紹介しなさい」
正式に、紅魔館の一員として迎えられるための儀式。
「文車宗司です。付喪神『文車妖妃』と人間のハーフです」
「つくもがみ?」
「長い年月、人に使われることによって、魂が宿った物の事よ。妖獣や妖怪に近い存在ね。希に仙人化することが有るって」
美鈴さんの疑問にパチュリー様が答える。うなずいて、補足。
「文車妖妃は仙人化した書物の付喪神で、私の能力は受け継いだ内の一つです、といってもこれしか受け継いでいませんが」
他に、紙化、書物渡り、履歴探査など色々あるが、どれも使えない。まぁ、最大の能力である引き出しが使えるので充分ではある。本の付喪神故、属性が木行。切断と金行に弱い。止血が上手くいかなかったのもそのためだ。※1
「あの凶悪神父との関係は?」
「あの男・・・・・・リベリオンは、僕が魔術師協会に捕らえられた時に、えーと」
少し整理。
「魔術師協会についてから話さないとですね」
「いらない」
お嬢様からストップがかかる。
「今回直接関係がなさそうだし、宗司の痛い話を聞いてもしょうがないもの」
話したくない事は話さなくて良い。ということらしい。えっと。
「昔一緒に戦った事が有るけど今は敵、で、よろしいですか?」
「充分」
お嬢様は満足そうに頷いた。
「こちらからも改めて。宗司、あなたを『動かない大図書館』パチュリー・ノーレッジの専属執事として迎える。紅い悪魔の住む館、紅魔館へようこそ」
その言葉と同時、みんなが口々におめでとう、とか、これから宜しくとか言われた所で、意識が切断された。体力と体は大丈夫でも、精神のほうが睡眠を欲していたみたいだ。
※1:陰陽五行思想。木火土金水。木は土に克(か)ち、土は水に克ち、水は火に克ち、火は金に克ち、金は木に克つという五行相克の考え。宗司は紙、つまり木属性なので金(属)属性に弱い。逆に五行相生というのも有る。
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