前進

 

 目が覚める。もう既に見慣れた、簡易シャンデリアのついた赤茶色の天井。できているシミの位置からして、俺のあてがわれた部屋だ。誰かが運んできてくれたらしい。

 パターンからいくと「3度目ね、突然倒れるからびっくりした」なんて言葉が聞けるはずだけど・・・・・・。

 そう思って顔を横に向ける。目の前に紫色の髪。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なぬ?

 まて、まて、まてまてまてまてまてゐっ! 落ち着け。ひとつひとつ解決していこうぜ、兄弟。いいか、まず目の前にあるものの確認からだ。人間の髪の毛だ、ロングで紫色といえばパチュリー様しかいない。帽子がないので他人という可能性もあるが、きわめてその確率は低い。よって帽子を脱いだパチュリー様で間違いは無い。OK。

 次にこの状態で目の前にパチュリー様の頭が見えるという状況における可能性。


 添い寝。もしくは事後。


 いやいやいやいやいやいやいや! 未だ早い! それは結論ではない! 

 もうちょっと観察しろ、まだ情報があるはずだ! そう、俺の服! 着てる、寝間着。駄目だ、参考にならん。パチュリー様の頭、つむじ、確認。腕、確認。

 ・・・・・・お?

 よく見れば、こちら側に頭のてっぺん。枕元に向かい、両腕を枕にして頭を乗っけている格好。椅子を引き寄せて座り、顔を伏せて寝息をたてている。俺を看病していてそのまま眠ってしまったようだ。

 つうか、シングルベッドに余裕がある時点で気付け、俺。自分の妄想力を恨んだのは初めてかもしれない。

取り敢えず、身を起こす。時計確認。夜の9時。

 なんとも中途半端な時間に起きたものだ。紅魔館では、ほぼ毎晩何かしらパーティーがある。今日なら「変態神父撃退記念」とか名打たれた宴会が開かれている頃だ。今から行っても邪魔になるだけだろう。パチュリー様をこのままにしておく訳にもいかない。

 「どうしたもんかね」

 小声でひとりごちる。パターンからいくと、独り言を言うと大抵なにかしら起きるはず。

 ・・・・・・。

何も起きない。今日はパターンに嵌らないらしい。少女を起こさないように慎重にベッドからおりる。寝間着と言っても作務衣だ。このまま出歩いても問題はない。

寝ているパチュリー様に感謝の言葉と毛布をかけて、部屋を出る。熟睡しているのか、身じろぎひとつしなかった。「むきゅ」という寝言は聞こえたが。

「茶でも飲むか」

 口に出すと喉の渇きを覚えた。そう言えば昼間から飲み食いをしていないのか。給湯室に行けばクッキーくらいは有ったはず。

思い立って、給湯室に向かう。部屋の並びに一番近い給湯室に入ると、小悪魔がいた。ぱくっと、クッキーを頬張ったところ。小悪魔がこちらに気付いて顔を赤くする。食べる瞬間を見られて恥ずかしいのだろう。悪戯心がむくむくと頭をもたげる。

目礼をしてきたので、手を挙げて返す。

「よう、こあ」

「むぐっ?」

 咀嚼途中のものをびっくりして飲み込んでしまった模様。

「$#○&@*¥×☆!?」

 あ、詰まった。どんどんと、食道のあたりを叩いている。俺は慌てて水を汲み、小悪魔にわたす。受け取ると、こっこっこっ、と喉をならして、水と一緒に詰まったクッキーを流し込む。

「ぷはっ」

「すみません、そんなに驚くとは思わなくて・・・・・・」

 小悪魔は暫く肩で息をしていたが、突然、両手で俺の肩をがしい! と掴んだ。

「宗司さん」

 顔はうつむいたまま、低い声で呼びかけてくる。ぎりぎりと、爪が肩に食い込んでいた。いかん、怒らせたか? 明らかに悪いのはこちらだし、ちゃんと謝っておこう。

「ご、ごめ」

「宗司さんっ!」

 がばっと顔をあげると、そこには鬼の形相・・・・・・ではなく、何故かきらきらと輝く瞳。

「宗司さん、私を『こあ』って呼んでくれるんですねっ!?」

 は?

「い、いや、今のは冗談ですよ?」

「紅魔館の一員になったから呼んでくれるんですね?」

「いや、だからですね」

「私を窒息死させかけたお詫びに呼んでくれるんですね?」

「ちょっと、落ち着いてください」

「呼んでくれるんですね?」

「あの」

「呼んでくれないならパチュリー様に『宗司さんに無理矢理犯されましたー(泣)』って言います」

「なにぃっ!?」

「うふふ〜。いくら紅魔館の一員になったと言っても、私の方が奉仕歴長いですからね。さて、パチュリー様はどちらを信じるでしょー?」

 こ、小悪魔が脅しだと? きらきらした目のままで、恐ろしい事を言うなんて。いつのまにこんなスキルを身につけたんだ?

「『俺はパチュリー様の下で生き、パチュリー様の為に死ぬ』ってかっこいい事を言ったそばからの不祥事。困りますよねー?」

「く、お・・・・・・」

「そ〜しさ〜ん?」

「わ、わかりました、こあ」

「やたーっ!」

 万歳をしながらその場でくるくると回り始める小悪魔。ものすごく嬉しそう。

「宗司さんに〜『こあ』って呼んでも〜らえ〜る〜♪」

 滅茶苦茶なリズムの歌を歌い始める。そんなに嬉しいのか。いや別に「こあ」って呼ぶのが嫌だとかそういんじゃなくて、なんとなく、なれなれしすぎると思って拒否していたのだけれど。まぁ、こんなに喜んでくれるならやぶさかでない。

 紅茶は小悪魔が既に淹れていたので、カップを取り出し、注ごうとすると、小悪魔が声をあげた。

「だめですよぅ手酌なんて、私が注ぎますから〜」

 俺の手からティーポットをひったくると、カップに注いでくれた。アールグレイの香り。

 酒じゃないだろうに。テンションが落ち着いていない。

「うふふ〜」

 気にせずに飲む。甘い物を食べる事を前提に淹れてあるのか、ちょっと濃いめ。やはり小悪魔が皿に開けていたクッキーをつまむ。ラング・ド・シャ。バニラエッセンスの香りが鼻孔をくすぐる。もう一口、紅茶を飲むと、人心地付いた。

「こあ」

「はいっ! 何でしょう? 宗司さん? 何でも聞いちゃいますよ〜」

 それはおかしい。またもや悪戯心が涌いてきたが、自爆警報もでたので止めておく。

「今後、どうするか聞いてます?」

「あ、はい。それはまた明日、話し合うそうです。取り敢えず今夜は『文車宗司歓迎パーティー』だそうですよ」

「主賓の僕がいないのに?」

「起きても連れて来るなって言われてます」

 酷い。体を気遣っての事だろうけど。連れてくるなは酷い。

「ちょっと緩くないですかね。もうちょっと警戒した方が」

「レミリア様が言ってたんですけど、今晩邪魔をした奴は消し炭にするそうです」

 怖! ま、まぁ、それだけ、歓迎されていると言うことだ。光栄に思っておかないと。

「でも、それならなおさら、僕が呼ばれない意味がわからないんですけど」

「図書館組は図書館組でやりなさい、って言ってましたよ。パチュリー様も最近は賑やかな所に出て行きますけど、やっぱり静かな方が好きなかたですから」

 成る程。妙な気の使い方をする吸血鬼だ。普通の上司なら「良いから一緒にきて騒げ!」とかいって個人意志を拒否権ごと無効化される。

「で、そのパチュリー様ですけど、どうしたんですか? 宗司さんの看病をなさっていたはずですけど?」

 首をめぐらす小悪魔。周りを見ても給湯室の壁しかないだろうに。

「お休みになってます」

「宗司さんのベッドで? さっそく手をつけたんですかぁ!?」

「つけてません!」

 思考飛ばしすぎ。F1レーサーも真っ青だ。

「椅子に座ってベッドに突っ伏して寝てます。お疲れなんでしょう」

「毛布はかけてさしあげました?」

「もちろん」

「なら、問題無いです。パチュリー様、お部屋でも本読んだまま寝てたりしますから」

 主に対して扱い酷くないか? 小悪魔がそういうならそうなのかもしれないけれど。

「こあは、パーティーに出なくていいんですか?」

「はえ? 私は図書館組ですよ?」

 そんなことはわかってる。

「そうじゃなくてですね、こあは、その方が楽しいんじゃないかと、いや、仲間はずれにしようとか、そう言うことではないのですが」

 小悪魔はぽかんとしていたが、くすりと笑うと。

「いいんです。確かに賑やかなのは大好きですけど、パチュリー様と宗司さんの側にいるときの方が好きですから」

 そう言うと、はにかんだ笑顔を見せる。

「私も宗司さんと同じで、パチュリー様に仕える事がお仕事と同時に、うれしいんです。宗司さんのあの言葉を聞いてから、ちょっと自信がでました」

 無我夢中ではき出した言葉が、人に自信を与えるなんておもわなかったけど。

「そう、ですか」

「はい」

 照れ隠しか、もしゃもしゃとクッキーを食べる小悪魔。

「ほうひえは」

「飲み込んでから喋りましょう。また詰まりますよ? そういえば、なんです?」

 ごっきゅん、と飲み込んで、紅茶をひとすすり。

「宗司さんは、何でパチュリー様に忠誠を誓うんですか?」

 ぶっ! 飲みかけた紅茶をふきだしてしまう。

「そう言う流れじゃないでしょう!?」

「私は小悪魔だから空気読めませ〜ん。別に恥ずかしい事じゃないでしょ? で、なんでですか?」

 むしろ話の流れとしては不自然ではない。小悪魔は疑問に思った事を言い、それを俺が嫌がっただけだ。問いつめる口調ではなく、単なる疑問として聞いている。

 小悪魔は、笑顔でまっすぐ俺を見つめている。こりゃごまかしたら直ぐにばれそうだ。

「こあは、さ」

「はい」

「ないですか? 恋愛感情とか、性別とか、人種とか、そういったものは全く関係無しに、その人に惹かれてしまう事って」

 それが、家訓とか関係なく、俺がパチュリー様に仕える理由。

こくこくと小悪魔は頷く。

「ありますよー。一目惚れですね?」

「そう言われると元も子もないんですが・・・・・・」

「私も同じですから」

 えへへ。と照れる小悪魔。

「でも良かった、正直に答えてくれて、誤魔化したらピチュンするところです」

「ほう、こあ如きが弾幕バトルで僕に勝てるとお思いですか?」

「わかりませんよ〜。宗司さんに『こあ』って呼んで貰った今の私はスーパーこあーです」

 あちょー、と構えてみせる小悪魔、怪鳥の構え。

「こしゃくな、名付け親である私に勝とうなど千年早い!」

 対して此方は餓狼の構え。名付けてはいないが。

「ししょー! 私は今、貴方を超えるっ!」

「来いこあ! ジツリョクの差を思い知らせてくれる!」

 どーん。

 今此処に! 夢の師弟対決が実現する!

 ・・・・・・なんだこのノリ。

 ぷっ、と、どちらからともなく吹き出す。

「ほら、パーティに行かなくてもこんなに楽しいです」

「本当に、そうですね」

 こんなに楽しい同僚がいるなら、なんの問題もないだろう。

「そーしー」

 突然、眠そうな声が聞こえてきた。声の方、給湯室の入り口を見ると、まるで夢遊病者の体でパチュリー様が立っていた。帽子は被っていない。俺の部屋からそのまま出てきたのだろう。片手で毛布を引きずっている。眠たそうな、というか寝ている目だ。ふらふらと寄ってきて、俺を見上げる。因みにパチュリー様の身長は俺の首くらいまで。

「おこしちゃいましたか?」

 パチュリー様はふるふると首を振る。

「そうしこそ、ねてなきゃ、だめじゃないの」

 ろれつが回っていない、殆ど寝ている。やべえ、可愛い。

「せわのやける、しつじね」

 とん、と俺の胸に頭を預ける少女。

「すー」

 寝た!?

 その様子を見て、小悪魔がくすくすと笑う。

「その分だと今日はもう起きませんね。私が扉開けますから、宗司さんはお部屋に連れて行ってください」

「了解」

 パチュリー様を抱え上げる。軽い。羽のように、というと言い過ぎだが、腕に負担がかかる程じゃない。パチュリー様の部屋までいき、小悪魔が扉をあけてくれる。

「あ、そうだ」

 突然、何かを思い出したのか、声を上げる小悪魔。

「ちょっと崩れてる本棚が有るんです。私、直してこないと」

「それなら僕も手伝います」

「大丈夫です、パチュリー様がおっしゃったように、宗司さんもまだ寝てなきゃだめですって。顔が疲れてますよ?」

 あれ、そうかな? 気付かないうちに顔に出ていたらしい。

「じゃぁ、パチュリー様をお願いしますね〜。おやすみなさい」

 すいーっと、飛んでいった。姿が見えなくなるのを確認して、パチュリー様の部屋に入る。中を見るのは初めてだ。特に俺の部屋と変わったところは無い。ベッド、机、椅子、衣装棚。違うところと言えば、やや広く。ベッドがセミダブルな位か。後は鏡面台。

 机にはラベンダーが飾ってあり、雑多に魔術器具が置いてある。女性の部屋特有のオーラが薄い。別に何かを期待していたわけじゃないけどさ。ラベンダーの花言葉の一つは、確か・・・・・・。止めよう、下衆の勘ぐりだ。

 ベッドに寝かして、毛布を掛けたところで、袖を引かれる。パチュリー様に捕まれた。少女は半目を開いて、此方を見上げている。

「どうしました?」

 答えず、暫く俺の方をぼーっとみている。静寂。

「そーし」

「はい」

「ねていなきゃだめって、いったでしょ」

 ぐい、と予想外の力で引っ張られる。突然のことにバランスを崩し、パチュリー様に覆い被さるように倒れる。何とか体重を掛ける事は免れたが、頭が隣り合う様な形になってしまった。

「ちょ! パチュリー様?」

 耳元に息がかかった。ぞくり、とする。いかん、いかんぞ!

「しょうがないから、わたしがそいねしてあげる」

 何をおっしゃいますのですか!? 心拍数が跳ね上がる。

「べつに、そーしがあったかいからとか、そういんじゃないから」

 ツンデレ!? つうかデレデレじゃねえか! 耳元で囁かれているので破壊力抜群。さらにパチュリー様の呼吸が体で感じられる。ラベンダーの香りと、パチュリー様の体の感触とで、どんどん理性メーターがエンプティに近づいて行くのが解る。だめだって! 勘違いするな。パチュリー様は寝ぼけてるだけなんだから! 忠誠ってのはこういうもんじゃないし!? 必死で己をつなぎ止める。
 これは、や ば い !

「くー」

 ・・・・・・。

ゆっくりと、と身を起こす。

 今の幸せそうな寝息が聞こえなかったら、危険だった。心拍数と顔の熱が、徐々に平常値へと戻ってゆく。

「全く、パチュリー様の方がリベリオンより強敵ですよ」

 言って、冷静さも一緒に引っ張ってくる。今度は羞恥心が襲ってきた。主に対して欲情するなど、あってはならない。自分に忠実なのであって、決して欲望に忠実ではないのだから。ふと気配を感じて、扉の方を見る。少し開けた隙間から、小悪魔が覗いていた。

wktk♪」

「くおら

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