出撃
図書館。俺は、パチュリー様と打ち合わせをしていた。
「恐らく、レミィと咲夜でリベリオン。私と宗司でヘルシングに当たることになりそうね」
「ええ、やっかい過ぎますからね」
パチュリー様にはリベリオンの能力を説明した、といっても、俺が知っている限りだから、攻撃方法は不明だけれど。関わりはリベリオンより深いが、謎が多すぎる人物だ。
ヘルシング郷は集団戦闘だと後衛に徹する。それは彼が弱いからではなく、物の怪に対する知識とその希少な魔術さ故、直接攻撃がくる所には周りがださせないためだ。
変化魔術。物体や生物の強度を変える魔術だ。基本の一つだが、彼の変化魔術は度を超えている。本来、物体を鉄くらいの堅さにするのが限界だが、彼の手にかかるとダイヤモンド並みの硬度を持つ。逆に脆くすることもある。これは普通、生物には効かないのだが・・・・・・彼は生物にまで弱体化の効果を及ぼす事が出来る。簡単に言うと筋力が落ちる。それも歩くのがやっとの位に。接近戦を挑んだ場合、まず勝てる相手では無い。射程、範囲共に不明。恐らく、調節可能。
「詠唱は長目です。射撃で牽制し続ければ、そうそうは唱えられない、ハズです」
「はず、ね」
パチュリー様は苦い顔、不確定要素は少ないが、重要なところが不透明なのでは意味がない。
「宗司、ヘルシングについて書かれた何かは無いの?」
「一通り引き出してみましたけどね、歴史書かオカルト雑誌です。信憑性は低いですね」
歴史書には秘術についてなんか書かれていないし、オカルト誌に自分の得意技をベラベラと喋ったりはしない。仮にあったとしても、真実の十分の一も話してはいまい。そういう人だ。
「魔導書みたいなものは無い?」
「魔導書、成る程」
パチュリー様が魔法使いだからこそ思いついたのだろう。
ここ数十年間のヘルシング郷の書いた魔術に関する、手帳、あるいは書物。そう念じて「引き出す」
紙ペラ一枚。
「なんですとっ!?」
思わず声を上げるが、直ぐに思い当たる。恐らく、紙媒体ではなく、データとして残しているのだろう。スタンドアローンのロックがかかったコンピューターなら、下手に暗号化した書籍にしておくより安全だ。もちろん消える可能性もあるが、覗かれるリスクに比べれば安い。
取り敢えず、紙を読む。
「ガジュツ、サフラン、シャクヤク、レンゲツツジ、ベラドンナ、オクリカブト」
「薬草ね。小悪魔、そこの8番目の薬草辞典持ってきて」
小悪魔が近くの本棚から百科事典を持ってくる。
「これですか?」
「有り難う。えーっと」
パラパラと捲り始める。順次、読み上げた薬草の効果を書き出して行く。
「効果は色々あるけど、どれも共通して鎮痛作用があるわ。他に何か書いてある?」
「エオルー、イス、ユルを加え、抽出。書いてあるのは以上です」
ルーン文字だ、それぞれに意味があり、何かしらの効果を発揮する。薬草と合わせる意味はサッパリだが。
「薬草と、ルーン。これは秘薬の組み合わせ」
パチュリー様は思案顔。というより、思い出そうとしている顔。
「何か心当たりでも?」
「保護、停滞、防御のルーンと鎮痛効果の薬草。これを組み合わせて出来る秘薬は・・・・・・」
ぱっ、と顔をあげる。
「思い出した、抑制の秘薬だ」
「まんまじゃないですか?」
「あらゆる病気の症状を抑えるのよ、風邪薬とは訳がちがう」
手近にある魔導書を開く。
「高純度の黒曜石にルーンを刻んだ物を使うの。それを粉状にして抽出する」
目当ての物を探し出して、読む。
「あった、これだ。効力:疾患の症状を抑える。病気の種類は選ばす、全てに効力を発揮するが、依存性、常用性が高く、さらに高コストであるため、直ぐには治療不可能な難病に限定して使われるのが望ましい。精製者の技量が低い場合、依存性はさらに強くなる。薬を絶った場合、主な症状として幻覚、錯乱など精神に異常をきたす」
「麻薬じゃないですか」
「そうね、でも代わりに効果は折り紙付きよ、強烈な感染病ですら抑えてしまうから」
「特効薬が出来るまでの繋ぎとしては最適ですか・・・・・・」
「ヘルシングは何か難病にかかっている可能性が有るわね。病院のカルテとか出せるかしら?」
「有ったとしても、病名か医師の名前が解らないと流石に無理です『ヘルシングのカルテ』じゃあ曖昧過ぎますからね」
こうなると、日記もパソコンの中だろうし。
まてよ?
処方のメモがある、ということは、誰かがヘルシング郷に口答で伝えたと言うことだ。その場に居るならば自分でメモを渡せば良い。ということは電話で話したということ。単に買い出しのためにメモっただけだとも考えられるが、試してみる価値はある。『ヘルシングが抑制の秘薬の製法を聞いた相手の、それに付いて書かれた日記』どうよ!?
正直曖昧だとは思うが、情報量が多いので何とかなるかもしれない。引き出す。果たして、日記は出てきた。
自分で言うのも何だが便利すぎないか? この能力。そしていやらし過ぎる。
かぶりをふって雑念と自己嫌悪を追い払い、日記を開く。暫く普通の日記が続く。極力、個人の内容にはふれない用にしていたが、いくつかはどうしても入ってきてしまう。ニコラスという錬金術師らしい。字体から、神経質な性格で有ることが読み取れる。
暫く読み進むうちに、目当ての文章にたどり着いた。
− どれくらいぶりだろうか。ヘルシングが電話を掛けてきた。抑制の秘薬を精製したいという。劇薬なので使用法を問いつめた。暫く渋っていたが、どうやら筋萎縮性側索硬化症にかかったらしい。私は直ぐに製法を教えた。放置して良いモノではない。−
「筋萎縮性側索硬化症?」
「筋肉が収縮してしまう病気です。3〜5年で死に至る難病で、有効な治療法は発見されていません」
病名が解ればカルテも引き出せる。
「間違い有りませんね」
カルテに目をとおして、確信。ヘルシング郷は難病を抱えている。日付も最近のもの。治療法が見つかったとは考えにくい。現在も薬を服用しているだろう。
「薬の効力は長くて一週間。仮にここが最初に襲われた時に幻想郷に来たとして、確実に効力は切れてる。保存の利くタイプの秘薬じゃないから、新たに作る必要があるわ。」
そして材料入手の至難さからいって、まず新しい薬は作れていない。高純度の黒曜石なんてそう簡単に手には入らないし、ハーブもあるかどうか不明。オマケに買い物などしていないだろう。
そうなると疑問が一つ。なぜそんな状態で幻想郷に送られて来たのか、だ。リベリオンの口ぶりからいって、送り込まれた事に間違いは無いが、それだとなおさら解らなくなる。
首を振って、疑問を頭の隅に追いやる。今はそんなことを考えても仕方がない。ヘルシング郷が弱体化しているという事実がわかれば良いのだ。あれ? 今何か・・・・・・。
「あまり気分は良くないけれど、付け入る隙はみつけたわね」
「当初の目的とはかけ離れてしまいましたが」
パチュリー様の言うとおり、気分は良くない。でもこれは既に生存競争だ、四の五の言っていたらこちらが殺される。
「依存症状が出ているなら魔術の頻度は落ちるでしょう。あくまで落ちるだけですけど」
生涯を物の怪退治に費やしてきた男だ、精神力はおして知るべし。
「後はリベリオンの『吸血鬼殺し』ですが、此方は殆ど無視して良いかと」
「どういうこと?」
「直接噛み付かなきゃいけないんです」
ダンピールの吸血鬼殺しは、一様に噛み付いて血を吸うことだ。2対1の状況で成立出来るとは思えない。
「そのために特化はされていますが、一対一の限定条件が必要です。俺と戦っているときに剣風しか使って来なかったのは、それしか使えないからです。僕としては接近戦を挑みたかったくらいですが、きっちり読まれてました」
「レミィがおもしろがって不用意に近づかなければ良いのね」
「そうなります」
楽観視するわけではないが、勝算は充分にある。もちろん油断は出来ないが。
柱時計が鳴る。どうやら、時間のようだ。
「行きましょう、頼りにしてるわ、宗司」
「この身に変えましても、お守りさせていただきます」
うん、と何故か少し悲しそうな顔でパチュリー様が答える。
「いってらっしゃいませ、二人とも、お気をつけて」
そう言った小悪魔に答えて、もう一度パチュリー様の方を見たときには、その表情は消えていた。気のせい、か? 様々な疑問を残して、図書館を後にする。