部屋に戻ってみると、小悪魔はまだじたばたしていた。

「そーしさーん。いつまで私こうしていればいいんですかー?」

 流石に何もないことに気付いたか、脱出したくてあばれている様だ。隣からは、まだ喧嘩しているのか、騒がしい音が聞こえて来る。

 四隅の辞書をどけて、かぶせていた毛布を取ってやると、汗だくの小悪魔が出てきた。髪の毛なんかぐしゃぐしゃになっている。毛布に包まれて暴れていればこうもなるだろう。

「ひどいですよぅ、いったいどんなプレイなんですか?」

 前言撤回。全く解っていない。やっぱり半分ワザとだったようだ。

「プレイとかそう言うんじゃ無いです。隣の音、きこえます?」

「隣?」

 小悪魔は耳元の羽に手を当てる。あれ耳なのか。

「お嬢様いい加減にしてください!」

「主に意見するとは良い度胸だわ!」

「ふたりともうるさい。ほとんど聞こえなくなったじゃない」

 ぎゃーぎゃーと言い争う声。小悪魔はびっくりした顔で。

「私の部屋に侵入者が!」

 今のを聞いてそう言う結論は出ないと思います。

「違いますよ、お嬢様達が聞き耳をたてているんです」

 とたん、小悪魔の顔が茹でられた様に赤くなる。

「ええ!? あのマニアックなプレイを聞かれていたんですか?」

「だーかーらー」

 頭を抱える。取り敢えずグリモアを引き出して、さっきまで小悪魔が暴れていた音を再生。風の魔術の応用だ。次いで、小悪魔に事情を説明。ようやっと理解してくれたのはいいが、こんどはふてくされてしまった。

「なんだ、宗司さんがその気になってくれたのかと思って期待しちゃいましたけど、勘違いだったんですね。それにしたって酷いです。wktkしてた私が馬鹿みたい」

 しょんぼりしている。いや、だからなんなのさ。その好感度MAX具合は。正直小悪魔にここまで好かれる理由がまるで解らない。ともかく、フォローはしておこう。俺だってせっかく好いてくれている小悪魔の好感度をあえて下げようなんて思わない。行き過ぎるのは問題だけど。

「いや、申し訳ないです。今度こあの頼みなら何でも一つ、聞きましょう」

それを聞いた小悪魔の瞳が怪しくきらりと輝く。

「何でも良いんですか!?」

「ちゅーとか直接的なものやエロいのは却下します」

「むぅ・・・・・・」

 しっかり釘は刺しておく。でないと何を言われるか解らない。反応からすると、その手のお願いだったみたいだけど。あぶあぶ。

 ともかく、小悪魔を連れて隣の部屋に再び戻る。ドアの隙間から中を伺う。

「それにしても凄いですね、ペースが変わらないですよ」

「パチェ、大変よ〜。貴女体力ないから」

「なっ、何の話かしら?」

「とぼけないの〜」

 さっきからかなり際どい会話だ。18禁指定になるぞ? そうなってはたまらないので、扉を開けて中に這入る。物音に気付いて三人が此方を見る。頭上にびっくりマーク。

「宗司!? 小悪魔も!」

 いち早く気付いたパチュリー様が驚きの声を上げる。慌ててコップを背中に隠す。イスクさん以外の全員が驚いた顔で此方を見ていた。その後のお嬢様の行動は早かった。ガラス製のコップを紙のように握り潰すと、何事も無かったように。

「あら宗司、ごきげんよう。ちょっとパチェと話があってね、小悪魔の部屋を借りていたの。もう話は終わったから、戻るわね。ふああ、眠い。行くわよ、咲夜、イスク」

 素晴らしい反応。悪戯の手慣れた感じがなんとも。

「ちょっと! レミィ!」

「イスクー、行くわよ〜」

 文句を言おうとしたパチュリー様をガン無視。俺の横をすり抜けて行く。捕まえようとしたが、のばした手を咲夜さんにぴしゃりと叩かれた。

「宗司、気安くお嬢様に触れることは許可していないわ」

 などと言っているが、ほっぺたに流れる一筋の汗を俺は見逃さなかった。

「僕の憧れていた瀟洒なメイドさんは何処に行ってしまわれたのでしょうねえ?」

 ぴくっ、と咲夜さんの口元が引きつる。だだじゃ帰しませんよ?

「全く嘆かわしいですねぇ。主人の軽率な行動を諫めるのもメイドの仕事の内だと思ったんですが、どうやら、僕の勘違いだった様です」

 俺の出せる声色の中でもっとも皮肉な声を出してやる。自分で気持ちが悪いくらいに。たとえるなら、とぼける犯人を追いつめる刑事。しかし百戦錬磨にして紅魔館のメイド長を務めるだけはある。切り返してきた。

「あら、主であるパチュリー様を置いて逃げだそうとした貴方にそんな事が言えると思って?」

 ぐさ! どっからその情報を・・・・・・。

「二人とも矛を収めろ。宗司、後は己から言っておくから。・・・・・・すまんな」

 イスクさんが間に入る。貴方はいいんです。どうせお嬢様と咲夜さんに無理矢理つれてこられたんでしょうから。その意図も予想がつくし。

「わかりました」

 引く、咲夜さんも、ちょっと申し訳無さそうな表情をしていた。調子にのってしまった。みたいな。主従3人組を見送ってから、本日の生け贄に指定されたパチュリー様を見る。凄く気まずそうな顔。

「パチェ、なんでこんな事をしたんですか?」

 解ってはいるが、あえて聞く。ちょっときつい口調になるのは致し方ない。パチュリー様は後ろ手に隠していたコップを近くの机に置くと、俺から目をそらして。

「宗司に、お礼がしたくて」

「お礼?」

「ほら、いつも身の回りの事をしてもらってるじゃない? この子もそうだし、宗司はこないだの事で元気無い感じだし。だから二人に何かしてあげたいかな、と」

 小悪魔の頭を撫でながら、そんなことを言い始めた。いや、だからってこれは。

「それとこあを僕のベッドに潜り込ませる事と何の関係が?」

「だって、男の人ってそうゆうのがいいんでしょう?」

 パチュリー様が恥ずかしそうに、言った。いや、男が全員そうかと言われると微妙だし、なにより。

「こあに対するお礼にはなってないんじゃないですか?」

「快諾してくれたけど? それなら二人とも喜ぶと思って。小悪魔は可愛いし」

 思わず小悪魔を見る。いや、可愛いのは認めますが。

「はえ? 宗司さんは嫌なんですか?」

「だーかーらー」

2回目だぞ、この台詞。

「お礼ってのはそういうんじゃないです。それにお礼なんか。僕はパチェに見返りなんか求めてないんですから」

「それじゃ私の気が済まないもの。でも、男の人にどうしたら喜んでもらえるか解らなくて、一生懸命考えたんだけど」

 恐悦至極。でも問題が有りすぎです。

「で、誰に吹き込まれたんです?」

 絶対、と言い切って構わないだろう。パチュリー様がこんな事を考えつくハズがない。

「レミィに相談したら、これをくれたの」

 一冊の本を差し出してきた。

「拝見します」

 受け取って、タイトルを見る。『執事の飼い方』

 なんぞこれ! と軽く目眩を覚えながらも本を開く。

−執事は普段から様々な事でお世話になっている存在。ご褒美をあげて、普段からの感謝を伝えるのも、主としてのつとめです。給金やお休み以外でお礼をしたいとお考えのあなた。 そんなとき、男の執事なら女性をあてがうと喜びます。同じ職場の女性など効果的でしょう。執事は大いに感謝するはず。仕事効率も−

 ・・・・・・。

 もはや言うべき言葉が見つからない。これを鵜呑みにするパチュリー様もどうかと思うが、これを書いた馬鹿はいったい何処のどいつだ!?

「ふむふむ」

 いつの間にか小悪魔が後ろからのぞき込んでいた。

「こあは見ないでください」

「えー、私も見たいですよぅ」

「駄目です」

 必死にのぞき込もうとする小悪魔に対して、本を高く上げて回避。

「ぶーぶー」

「むくれても駄目な物は駄目です」

 変に影響されるに決まってる。つうか小悪魔が執事の飼い方とか知ってどうするんだ? ぱたんと本を閉じると、著者名が目に入った。

『姉紅』

 聞いたことのない名だ。いや、妹紅の親戚? それとも中国人・・・・・・? 否、アナグラム変換臭いな。姉、紅。紅、姉。スカーレット、シスター・・・・・・スカーレット姉!?

「ってお嬢様かい!」

 思わず床に本を叩きつける。ビターンと、やたらいい音がした。

「宗司! 本を粗末にしない!」

 パチュリー様の叱責が飛ぶ。

「すいません、つい。でもこれお嬢様の悪戯ですよ?」

「え?」

 本を拾い上げて著者名を調べる。みるみるうちに、怒りと羞恥心でパチュリー様の顔が赤くなっていった。もともと聡い少女だ。答えを言わずとも冷静に見れば見抜く。

「宗司、小悪魔」

「「はい」」

「ごめんなさい、まんまと騙されたわ」

 苦虫を噛みつぶしたような顔でパチュリー様が謝罪をする。

「いやいやいや、そんな。パチェの感謝の気持ちだけでも僕は嬉しいんですから。お気になさらないで下さい」

「そうですよー、私は宗司さんに抱きしめられて役得でしたし」

 小悪魔ーっ!

「・・・・・・宗司、あなたやっぱり」

 パチュリー様の鋭いまなざしが俺を射抜く。さっき盗み聞きしてたのに!?

「それ以上は何もしていませんよ!? 寝ぼけていただけですよ!?」

「なら、いいけれど。でも、危うく二人にまで恥をかかせる所だったし・・・・・・」

「僕が怒ってるとすれば、皆と一緒に盗聴してた事です」

 そうだ、それが一番の問題。

「それは・・・・・・レミィがいずれ必要になる事だからって・・・・・・まさかそれも!?」

 そう、多分単なる暇つぶしだ。寝るまでの。お嬢様にしてみれば俺が小悪魔を襲ってしまおうと、焦ってあたふたしてようと、どちらでも良かったに違いない。パチュリー様はワナワナと体を震わせる。

「宗司、小悪魔」

「「はい」」

「レミィを殺しに行くわ」

 ギャー! 殺気が! マジの殺気が!?

「パチェ! 早まっちゃ駄目です! 親友なんでしょう?」

「そうですよ! どうしちゃったんですかー?」

 小悪魔もさすがにまずいと思ったらしい。ふたりがかりで抑えかかる。

「いくら親友とはいえ大切な執事と(しもべ)を陥れようとしたのは許せないわ。うふふふふふ・・・・・・ロイヤルフレアで灰にして川に流してアゲナイト

 パチュリー様の目の色が正常ではない。珍しく何度も感情が激しく変化したため、混乱して正気を失ったようだ。目の中が渦巻き状にぐるぐるしている。

「パチェ、彼女達が僕を元気づけようとしてくれたのは理解していますから。今回も僕が自爆しただけですって!」

 そう、前回の騒動で紅魔館が襲われたのは俺に責任があり、恥ずかしながらふさぎ込んでしまったのだが、パチュリー様のおかげで復活出来た。それでも微妙に元気が無いのを皆に見抜かれていたらしい。あの人達なりの励まし方だろう。いまいち怒りきれないのはそのためだ。だが、パチュリー様の方が騙された形になって、変な所に被害が出ている。

「でもそれだと宗司さんが被害者の様な気が?」

「しっ」

 小悪魔が言うのを止める。そう認識されては困るのだ。

 ぎぎぎ、と人形のように首を動かして俺を見るパチュリー様。いや、普通におっかないんだけど?

「ジバク?」

「そうです、だってこあが僕のベッドに這入っていたからといって、あんなに焦らず、クールに対応していれば良かったんですから」

 無理だけどな。朝起きたら美少女が同じベッドで寝ているのだ。それで動揺しない男がいたら相当なプレイボーイ(笑)か、ガチホモでしか無かろう。いや? 逆に同性愛者はあせるかも?

「お嬢様たちもそれでちょっと調子に乗っちゃっただけでしょうから。今回は全部恒例の自爆ですよ、自爆」

 理論のすり替えでもないし、明らかに俺が被害者なんだけど。とにかく今は冷静さを失っているパチュリー様を鎮めるのが先決だ。たとえ自爆に定評の有る男との汚名を自ら被ろうとも、紅魔館が図書館ごと壊滅するのだけは避けなければならない! 

 紅魔館の三大実力者のぶつかり合いなんて見たくも無いです。もう一人は妹様ね。

「そう、そうね。宗司の自爆なら問題は・・・・・・無い?」

「無いですよ」

「ありませんね」

 俺と小悪魔がたたみ掛ける。ここで思考をし直されるとまたバーサクしかねない。パチュリー様は納得いかなさそうな顔でいたが(当然だ)とりあえずは冷静になってくれたようだ。

 でもパチュリー様の気持ちを無下にするわけにもいかないので、アドバイスなぞしてみる。

「パチェ、お気持ちは凄く嬉しいんで、もうちょっと普通に考えていただければよろしいと思います。難しく考えなくてもパチェの気持ちがこもっていれば、僕は何でも嬉しいですよ」

 パチュリー様はちょっと考えたようだが、此方を向いて、

「成る程。解ったわ。じゃあ宗司、楽しみにしてて」

「はい」

「つまり」

 小悪魔が口を挟む。顔いっぱいの笑顔。

「三人でするんですね!?」

「「しないから」」

 俺とパチュリー様の声がハモった。

 やれやれ、朝からこんな調子じゃあ今日一日がおもいやられる・・・・・・。

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