第弐話

食い違い

「文車宗司は有用です。その能力は魔法以外の何者でもありません」

「故に危険、と?」

「そうです、早急に捕獲し、我々の管理下におくべきです」

「管理下においてどうする」

「むろん、我々の役に立ってもらいましょう」

「能力だけ取り上げてか」

「相手の意志など問題ではありません。あの能力こそが我々に必要なモノ」

「いつから我々はそこまで堕ちた」

「相手は人間では有りません。考慮など、最初から存在しないのです」

「君は教会の人間でもあったな。その思想は危険だよ」

「人外をのさばらせておく方が問題です!」

「自業自得といったところか・・・・・・」

「なんですと?」

「こちらの話だ」

「・・・・・・」

「文車宗司を連れ戻す事について異論はない。好きにしろ」

「私に任せていただけるので?」

「ああ、ただし必ず、私の元に連れて来い」

「御意に」

 まどろみ。目が覚める直前の、浮遊感にも似た感覚。ぼんやりした頭で最初に知覚したのは、温もり。ふとんのそれとは違う、別の、自ら暖かさを発するもの。冷える朝の温度から、反射的にその温もりに手を伸ばす。ふにょっとした、柔らかい感触。どうやらこれが、あったかいようだ。大きな物のようなので、此方からごそごそと移動してしがみつく。

 うん、柔らかくてあったかい。人サイズで抱き心地も良い。春眠暁を覚えずとは良くいったものだ。秋だけど。気分よく惰眠を貪ろうとした直前に、違和感。

 ・・・・・・待て。

 俺は寝る前に湯たんぽなんか用意したか? つうか湯たんぽなら温かくて堅くて小さい。だ。二つも条件に食い違いが出ている。おかしい。では抱き枕か? いや、抱き枕は自分から熱を発したりしない。俺が抱えて寝ない限り温かくはならない。最近はあるらしいが、紅魔館にそんなものは置いていない。

 あるぇ〜?

「宗司さん・・・・・・」

 近くで小悪魔の声。起こしに来てくれたのかな? そう言えば、今何時だろう。

 そう思って、まぶたを上げる。

「宗司さんて、積極的なんですね」

 小悪魔の真っ赤な、それでいて嬉しそうな顔が目の前にあった。

 パチュリー様の時のような勘違いではない。俺は、小悪魔を、抱きかかえていた。いや、小悪魔に、絡まっていた。おでことおでこがくっつき、右腕を首の下に回し、左腕は背中を抱え、腹を密着させて、両足は小悪魔の足に絡めていた。身長は俺の方がかなり高いため、だいぶ余っているが。

 !?

「ぬ」

「にゅ?」

「ぬぬぬ」

「にゅにゅにゅ?」

「ぬわーーーーーーっ!」

 某クエストのパパの断末魔に似た叫びを上げる俺。極力小悪魔に衝撃を与えないように振りほどいて、体のバネだけで後方にダイブ! ベッドから落下。盛大に尻餅をつくが、そんなことは二の次三の次だ。一気に壁際まで後退り。後頭部を痛打。しかしそれも気にならない。

「なななななななななんっ? なん? なんなんにんにんに? にゃー!」

 野生化。

「わわっ、宗司さん落ち着いて、深呼吸深呼吸」

「すーはー、すーはー」

「すーはー、すーはー」

「すーはー、すーはー」

「ヒッヒッ、フー」

「それ違う!」

 それはラマーズ法だ。因みに5段階あって、この3段階目が一番有名。

 小悪魔への突っ込みと、ラマーズ法の解説で多少冷静になってきた。偉大なりラマーズ法。だめだ、まだ混乱している。よし、もう少し続けよう。余談として、伊東さんは出産時にこの呼吸法を無視して「アン、ドゥ、トロワ」と言っていた。バレエ出身の彼女にはこの方が落ち着いたらしい。ラマーズ法も堕ちた物だ。

 アホすぎる思考をしながらも観察。まず部屋。装飾品は殆ど無く、小さい本棚には推理小説と漫画が乱雑に仕舞ってある。壁には、のみの市で見つけてきた、作者不明の魚の絵。よし、俺の部屋。寝ぼけて小悪魔のベッドに這入ったということは無い。

 続いて小悪魔を見る。服装はチェック柄のパジャマ上下。ベッドの上に起きあがり、両手を膝の間において、崩した正座の格好。いわゆる女の子座りをして、此方を心配そうに見ている。やや前傾姿勢の為、胸が強調され、実際のサイズより大きく見えた。これがワイシャツ一枚とかとかだったら最強である。何が?

「大丈夫ですか?」

 背中と耳元の羽をぴこぴこと動かしながら、気遣うように聞いてくる。

「だいじょうぶです。そんなことよりですね」

「はい?」

「なぜこあがぼくのべっどに?」

「パチュリー様から頼まれてですよ?」

 さも当然の如くだ。

「ことわらなかったんですか?」

「断る理由なんて、ないです」

 目をそらして、また顔を赤くして言う。

「いやいや! 身の危険とか感じなかったデスか?」

「そこまで含めて言われたというか? むしろ望むところと言うか?」

「ありえねぇ!? つうかこあ馬鹿でしょう!」

「酷い! 確かに馬鹿ですけど、こないだの晩はあんなに激しくお互いをぶつけあったのに!」

「誤解を招くような言い方は止めてください! あれは弾幕バトルでしょうに!」

「師匠は弟子がお嫌いになったのですね・・・・・・」

 よよよ、と泣き崩れる。そのネタをまだ引っ張りますか。

 待てよ?
 パチュリー様に言われた? んなばかな。

 俺は立ち上がって、未だ泣いている、多分嘘泣きだが。小悪魔に近づいて、肩に手を乗せる。

「宗司、さん?」

「悪かったな、こあ。こあも恥ずかしいのに、俺が取り乱してちゃあしょうがないよな?」

 ゆっくり、顔を近づけてゆく。あえて敬語は省いた。なるべく、優しい表情を心がけて。

「えと、あの、その」

「可愛いよ、こあ」

「うー・・・・・・」

 うつむいた小悪魔の顎に手を掛けて、此方をむかせる。小悪魔は目をつぶって、俺を受け入れようとしていた。唇が触れ合う寸前。

 がばっ!

 小悪魔に頭から毛布をかぶせた。

「!? !? !?」

 毛布の端をベッドの縁に挟み込み、さらに懐から分厚い辞書を引き出して四方に置き、重しにする。

「むー、むー!」

 これで簡単な事では抜け出せない。さらにだめ押しで状況を作り上げておこうか。見当を付け、だいたい小悪魔の耳の辺りに口を寄せて、小さく囁く。

「んっふっふっふ。これでこあはここから出られなくなりました。早く出ないと僕が召喚した色欲怪獣(笑)に食べられちゃいますよ〜?」

 一瞬、小悪魔の動きが止まる。直ぐに、暴れ出した。

「い、いやですよぅ! 宗司さん! むぐっ。いぢわるしないで下さい!」

 俺は追い打ちを掛けるように、ぱむ、とベッドの端を叩く。

「あうー、食べないでぇー」

 色欲怪獣(笑)に襲われると勘違いしたようだ。もちろんそんな怪しいものは召喚していない。小悪魔が暴れるせいでベッドがぎしぎしと軋みを上げる。

 よし、完璧。俺は音を立てないように、部屋から出る。扉は完全に閉まっていて、誰かがいる様子もない。そろりと、完全に気配を消してから右隣の部屋に近づく。本来なら小悪魔の部屋だが、そのドアを僅かに開け、覗く。

 予想通りというか、予想外というか。そこには人影があった。それもよっつ。

 パチュリー様、お嬢様、咲夜さん、イスクさん。手前から順番に、俺の部屋側の壁にコップの口を押しつけて、底に耳を当ててしゃがんでいる。いわゆる盗聴スタイル。つうかコップて。ずいぶんとアナクロな。イスクさんだけは、呆れたように見える表情で、お嬢様の隣に立っている。あんたらどんだけ暇なんだ。
 自室から、小悪魔の声が響く。

「宗司さん! 宗司さぁん!」

 その声に少女3人は反応。

「さっきから凄いわね、宗司は」

 感心したようにお嬢様。

「そうですね! あの宗司がここまで激しいなんて想像もつきませんでしたわ!」

 やたらと興奮したように咲夜さん。

「ふんふん」

 パチュリー様は顔を真っ赤にして聞き入っていた。

 小悪魔としては恐怖の叫びなのだろうが、聞く側からしてみれば、状況も手伝って喜悦の叫びに聞こえるらしい。

「宗司さぁん。 あっ! 駄目です、そんなとこ駄目ですよぅ〜」

 どうやら四隅に置いてある辞書にぶつかったようだ。どこにかはしらないけど。つーか半分ワザとやってないか? 小悪魔。

「おっおっ? 何かしら? 何かしら?」

「攻め方を変えましたね。意外とテクニシャン?」

「むきゅ」

 あんたら俺を何だと・・・・・・。

「ええい、まどろっこしい!」

 お嬢様はそういうと、コップを捨てて直接壁に耳を当てる。そっちの方が聞きづらいと思うのだけど。因みにあまり広い部屋では無い。クローゼットも有るので、小柄な女性とはいえ、3人も壁際に並べば狭い。

「お嬢様邪魔です!」

「うるさいわ咲夜! 貴女こそ! それに聞こえないじゃない!」

「お嬢様暴れないでくださいな。余計きこえなくなります」

「パチェ! もっとそっち詰めてよ」

「・・・・・・」

 三者三様に暴れ始める。見かねてイスクさんが口を挟んだ。

「3人とも。いい加減にしたらどうだ? いくらなんでも悪趣味じゃ」

「「「イスクは黙ってて」」」

 パチュリー様までもが素早く振り向いて、3人が異口同音に言う。睨み付けられたイスクさんは、やれやれと首をふると、此方を見た。目が合う。

(ちょっと、そのままで待ってて下さい)

 目線で意志を伝える。かなり難しい。それでもイスクさんは理解してくれたようで。

(OK)

 と合図を送ってくれた。俺は一度部屋に戻る事にした。さぁて、どうするかね。


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