俺の言葉に、鬼の少女は唇を笑みの形に歪めた。

 つまりは、逃げた後に再び捕まった典雅が、新たな刺客として送り込まれてきたかもしれないということ。タイミングも、そんな感じ。

「いいね。変わってない。その冷静な読みの速さで、あたし達は逃げることが出来た」

「誤魔化さないでください」

「誤魔化してないよー。あたしは面倒なのが嫌いなの知ってるでしょ?」

「確かに、正面から堂々と。が君のポリシーです。刺客ならわざわざ射命丸さんに付いてくる訳もありませんが、それこそカモフラージュかも」

 友人を疑うのは最低だが、そのくらい時期が悪い。

「なんであたしが恋人を襲わなきゃいけないのさー。あ、恋人なら良いのか?」

「時と場合によりますね」

「困ったなー。突っ込みも無し? こりゃ証明が難しい」

 あまり困っていなさそうな顔で典雅がいう。このやりとりなら、大丈夫そうではある、のだが。どうにも納得がいかない。ヘルシング郷の例もある。あそこは既に何でもやる。

 困っているのは俺も同じ。こう切り出してしまった以上。簡単に引けない。このまま疑わなければどんなに楽な事か。少なくとも、自分が好意を抱いている相手に疑いを掛けなければならないというのは、身を切る感覚にも似ている。親友や恋人を疑った経験のある人なら、一度は体感したことがあるはず。

 だから俺は今、危険を冒している。俺の力では典雅を倒すことは不可能に近い。一対一のこの状況。もし典雅が敵なら、彼女にとって絶好のチャンスなのだ。

なぜこんな状況をあえて作り出したかというと、それは彼女の能力が関係してくる。詳しい説明は省くが、簡単にいうと人払いの結界を張るようなもの。しかも殆ど無意識に。だから、典雅が少しでもここに人が来てはまずいと思えば、その能力は発動してしまう。

つまり、この後誰かがこの部屋に入って来たとすれば、彼女に害意は無い。逆にだれも入って来れないようなら、それは都合が悪い。つまり敵ということになる。理論的に穴があるとお思いだろうが、ここで俺を拘束、もしくは殺害をしなければ効率が悪い。なぜなら、俺がもう、典雅を疑ってしまっているから。二度目は無い。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 かなり気まずい空気が流れる。張りつめている、といって良いだろう。典雅は一見くつろいでいるようにも見えるが、心のなかではいらだっているか、どうすべきか判断しているかのどちらかだ。俺はといえば、燕尾服の懐に手を入れた状態。つまりは臨戦態勢だ。彼女もそれを解っているから、どちらにしろ簡単には動けない。

 俺の計算では、そろそろ咲夜さんかイスクさんが紅茶のお代わりを持ってくるはずだ。
 案の定、部屋にノックの音が響く。まだだ、ここから。

「宗司、良いかしら?」

 咲夜さんの声。

「どうぞ」

 がちゃりと、応接室のドアが開き、咲夜さんが室内に、一歩踏み出し、た。

同時。

「「ふーっ」」

 典雅と俺が、同時にため息をつく。俺は懐からゆっくりと手を引き抜き、典雅に見えるように掌を開いて見せる。なにも持っていませんよ、と。典雅はすっかり冷めてしまった紅茶の残りを、一気にあおる。

「なに? まずかった?」

 咲夜さんが室内の微妙な雰囲気を感じ取ったのか、部屋の入り口付近に立ったまま怪訝な顔で聞いてくる。

「いいえ、助かりました」

 どちらにしろね。

「? 良くわからないけど、お代わり持ってきたわ」

「有り難う御座います」

「直ぐにちょうだいなー。すっかり喉が渇いちゃったよ・・・・・・」

 咲夜さんは典雅と俺のティーカップに紅茶を注ぐ。

「あ、射命丸さんは帰りました、窓から」

「あの天狗は・・・・・・」

 こめかみを押さえて、うなる咲夜さん。窓枠を見て、ため息。多分、足跡がついているのだろう。

「はぁ。後で掃除ね。宗司、そろそろお昼だけど、どうする?」

「もう少し話をさせてください、古い馴染みなんで」

「わかった、パチュリー様にはそう言っておくけど、あんまり主を待たせちゃ駄目よ?」

「はい」

 咲夜さんは典雅に目をやると、頭を下げた。

「先ほどは失礼いたしました。ウチの者のご友人とは知らず、無礼をしましたわ」

 それに対して典雅は手を振って答える。

「そんなにあらたまらないでよ。なんか窮屈でさ」

「お客様に対してそれは出来ません」

 ぴっと、背筋をのばすメイド長。馬鹿丁寧でも慇懃無礼にならない所が凄い。俺だったら単なる嫌味にしかならない。

「お食事はどうされますか?」

「いいよー。もう食べて来たから」

「そうですか。ではお帰りの際は宗司に見送らせますので。失礼いたします」

 一礼して出て行く。なんか、すげー。

「はぁ、どうなることかと思ったよ」

 それには俺も同感である。肩が凝ったのか、ぐるぐると腕を回す典雅。俺も首をならす。こきりと、かなりいい音がした。

「よく我慢しましたね、有り難う」

「宗司君が考えてる事はなんとなく解ったからねー。久々に集中したよ」

 一気に紅茶を飲む。不思議な位丈夫な口だ。

自動で発動する能力というのも考え物だな。とにかく、典雅に対しての疑いは消えた。まずは謝らないと。

「ご免なさい」

「だからいいよー。宗司君の疑いが晴れたんならあたしも報われる」

 笑って返す。ここで感謝の言葉をならべたら、堅苦しいとか言われるんだろうからやめておこう。取り敢えず、最初の疑問に戻る。

「どうして幻想郷に、というか、どうやって幻想郷にきたんですか?」

 疑いは晴れたといっても、これは聞いておかなきゃならない。何かのヒントになる可能性だってあるのだから。

「宗司君に会いたくて頑張ったの☆」

「お帰り願いましょうか」

「まって! 懐に手ぇつっこまないで! 真面目に話すから!」

 俺が勝てないといっても、直接攻撃がメインな典雅にとって、俺の攻撃はかなりいやらしい。追い払うならいくらでも方法は在る。勿論本気じゃないけど。

「でも頑張ったのはホント。あたしの故郷から此処に来れるんだ」

「なっ?」

 直接繋がっている所があるのか!? そりゃまずいんじゃ。

「大丈夫、あたしたちじゃなきゃ入れないし。一族はあたしを残して全滅してる」

 俺の思考を読んだように、典雅。そう言えば、唯一の生き残りとして魔術師協会に連れてこられたんだっけ。

「それに入り口塞いで来ちゃった。あの連中ならなんとかしてしまうかもしれないからね」

「そうですね・・・・・・」

 魔術師協会に対してやりすぎるという事はない。首を切ってもまた生えて来かねない連中ばかりだから。

「で、その代償がこれ」

 そういうと、典雅は髪を掻き上げる。一番後ろの角が、ちょっと欠けていた。

「大丈夫なんですか?」

 鬼にとって、角は強さを表すバロメーターのようなものだ。角を失った鬼は「角無し」と呼ばれ、仲間から蔑まれる。傷が付いてもよろしくは無い。実際に力を失った例もあるという。

「うん。ここに来ちゃえば関係ないでしょう。無くなった訳でも無し」

「そうですけど・・・・・・」

「あんたが凹んでどうすんのさ? まぁそんなわけで、今は伊吹萃香っていう鬼と一緒にいるよ」

「萃香さんですか、よく飲むでしょう?」

「さすがにあの量はあたしでも無理」

 うんざりした表情で舌をだす。萃香さんは一日中酔ってるからな。鬼の一族は総じて酒好きだが、彼女のそれは尋常ではない。

「それで宗司君の話を聞いてさ、射命丸に付いてきて、様子を見に来たってわけ。びっくりしたよー。まさか同じ所に逃げ込んでるなんて」

「僕の場合は襲われた所を、次元の魔法使いとかいうおっさんに飛ばされたんですけどね」

「ふーん、君も襲われたんだ」

 君も、ということは、典雅も追いつめられてギリギリ逃げて来たのだろう。飛ばされたにしろ、逃げ込んだにしろ、同じ世界にきたというのは何か運命めいたものを感じる。

「お? お? 宗司君にゃっとその気になってくれたのかな?」

「残念。僕らは赤い糸でなくてピアノ線で繋がっているのです」

「指きれちゃうじゃん!」

 けらけらと笑う。俺も笑った。

「それは別として、どう? あの時みたいにあたしと組まない? なんだか奴らが追ってきてるみたいだけどさ。今あたしたちが組めば撃退出来るかもよー?」

 ん、凄く魅力的なお誘いだ。でも・・・・・・。

「生憎、今は主が居る身ですから」

 断った。今の俺はパチュリー様の従者で、僕で、召使いで、執事だ。それを曲げるつもりも、パチュリー様の下から離れる気もない。

「そっか、メイドさんがそんなこと言ってたっけ。てっきり宗司君は一匹狼だと思ってた」

「そうですか? 僕は基本犬属性ですよ。自分にも、他人にも」

「いにゃあ。失敗したな。そうと解っていればにゃりようはあったのに」

 うーん、と考え込む。まぁ、関係が限りなく近かった事も無かったわけではない。でも、それだけの話だ。

 典雅は思考を切り替えたのか、此方を向いて口を開いた。

「主さんて、女?」

「そうですよ、パチュリー・ノーレッジさんです」

「惚れてるの?」

「ええ、僕が誰かの下にいるということは、そういうことです」

 即答。自分の意志で此処にいる。そうはっきりと言った。

「うんうん、自分以外にも護るものを自覚している男は格好いい」

「おだてても何もでませんよ?」

「期待してないよー。そんなに魅力的な主さんなんだ?」

「僕にとっては、ですけどね」

 もっとも、他人がどう思おうと関係ない。あの人の魅力は言葉では伝えづらい所にあるのだから。見える所から忠誠は出てこない。

「そかー。一度会ってみたいね」

「今はちょっと。そのうち機会もあるでしょう。共闘なら、此方も願ったりです」

 残念そうな顔をした典雅に、紅茶のお代わりを注ぐ。

「さんきゅ。あーあ、振られちゃった。宗司君を嫁にする計画がぱあ」

 大仰にため息をついてみせる。なんとも典雅らしい言い方だ。俺が嫁かよ。苦笑しつつ突っ込んでみる。

「鬼なら鬼らしく、その辺の男でも掠って妾にでもしたらどうです?」

「ふつうの男が私のペースについて来れると思う?」

「自覚はあるんですね・・・・・・」

 自重すればいい女なんだろうに。いや、充分か。

「宗司君丸くなったよね。前はもっと物言いがきつかった気がする」

「思ったことをそのまま口に出さないようにしただけです。本質はあの時のままですよ」

 単に腹黒くなったともいうが。簡単に思考を読まれているのであんまり変わっていないような気がする。

 典雅は紅茶を飲み干すと、席を立ちながら言った。

「じゃ、あたしはこれで帰るけど。なんかあったら呼ぶんだよー。飲み会の最中だろうと寝ているときだろうとトイレの最中だろうと駆けつけるから」

「最後のは止めてください」

 そんな会話をしながら、門まで典雅を見送る。美鈴さんは相変わらず寝ていた。後で咲夜さんにちくっておこう。

「今日は有り難うございました、懐かしい顔が見れて、嬉しかったですよ」

「ほんとに何かあったら呼んでよー?」

「わかってます。頼りにさせていただきます」

「よろしい。じゃ、またね、宗司君」

 手を振って、木々の間に姿を消した。長身の後ろ姿は、木々の間にあっても良く目立つ。しばらく見え隠れする姿を眺めていた。

「背の高い女は格好良いね」

「宗司さんはああいった方が好みなんですか?」

「そうですね、背が高くて、スタイルがよくて、格好いい。なによりおっぱいが・・・・・・」

 あ。

 おそるおそる横を向く。いつの間にか、小悪魔がいた。どうして此処の住人は俺の意識の外から近寄ってくるんだ!?

 小悪魔は自分の小振りな胸をつかむと、上目遣いに見上げてくる。

「おっぱい。おっきい方がいいですか?」

「いやその」

「そうですよねー。パチュリー様にしがみつかれた時も、幸せそうな顔していましたもんねー?」

「あうあう・・・・・・」

 非難の目で此方をみながら、にじり寄ってくる小悪魔。恋人に失態をみられた様な気分だ。決してそんな関係では無いのに。いつにない小悪魔の迫力が、そんな気分を呼び起こさせた。決してそんな関係では無いのに! 大事な事なので2回言いました。

 小悪魔はお嬢様を彷彿とさせる意地の悪い笑みを浮かべながら、さらに寄ってくる。

「私のも、誰かに揉んで貰ったら大きくなるかも? かもかも?」

 なりません。と言えない自分の臆病さが悔しい。寄ってくるのに合わせて後ずさりしていたら、門の壁にぶつかった。後がない。

「ええ、と、そ、そうだ! こあ、何か用事があるんじゃないですか?」

 図書館でパチュリー様に説教を食らって居るはずの小悪魔がここにいるということは、何か用事が出来て出てきたということ。買い物とかそういった様子ではないから、俺を呼びに来たと推測。

「あ、そうでした! 図書館が大変なんです!」

 ぐっじょぶ俺! って何ぃ!?

「何かあったんですか!?」

「魔理沙さんとパチュリー様が喧嘩してるんです!」


目次へ戻る

トップへ