天狗と鬼
「来客? 僕にですか?」
イスクさんの事はひとまず置いておいて、つうか本人に聞けば良い。深く考える事でもない。廊下の掃除を終わらせて、咲夜さんに次の仕事を貰いにキッチンに行くと、いきなり客が来ていると彼女に言われた。それも二人。
「誰か解ります?」
聞く。俺に来客なんてものすごい低確率なんだが。そもそも会いに来る人間がいない。
「天狗と鬼よ。宗司も読んだことあるでしょう? 『文々。新聞』。あれを配ってる天狗」
「はぁ、あの方ですね。面識はあります」
「鬼の方は知らない。なんでも宗司の知り合いだとか言っていたけれど?」
昼食の仕込みをしながら、手を止めずに話をする咲夜さん。
「伊吹萃香(いぶき・すいか)じゃないんですか?」
萃香は小さな少女の外見をして、頭に大きなねじれた一対の角を生やした幻想郷の鬼だ。紅魔館のパーティには必ず参加し、いつも極上の酒を持ってくる。
「違うわね、ついでに勇儀とも違う。3人目の鬼ってところかしら」
星熊勇儀(ほしぐま・ゆうぎ)は、姐さんという言葉がふさわしい感じの鬼。角は額に一本。幻想郷二人目の鬼だ。しかしそれ以外の鬼は確認されていないときいたけれど。少なくとも鬼に知り合いは居なかったような?
「取り敢えず会ってみたら? 中国は寝ていたようね。あとでお仕置き」
かちゃん、とテーブルにティーセットを置く咲夜さん。
「私は昼食の用意で忙しいから、貴方が淹れなさい」
そう言うと、仕込みに戻る。片手間で用意してしまうところがこの人の凄いところだ。俺は礼を言って、ティーセットを持ち、応接室に向かう。普段なら使うことの無い部屋だが、咲夜さんはそこに通したらしい。
応接室に付くまでの間に、考えてみる。外の世界でもろくな知り合いは居なかったし、鬼の知り合いは・・・・・・。まさか、まさかね。
深く考えないようにして、応接室の扉を叩く。
「ほーい」
うわ。
「失礼します」
扉を開けて、中に這入る。咲夜さんが言った通り、天狗と鬼がテーブルに着いていた。天狗の少女は此方を確認すると、立ち上がって一礼。
「どうも、文車さん、その節はどうも。清く正しい射命丸です」
「お久しぶりですね、射命丸さん」
射命丸文(しゃめいまる・あや)。天狗。黒髪をショートカットにして、兜巾(ときん)を被っている。黒色の瞳。白のパフスリーブシャツに黒いリボンタイ。黒い膝丈のスカート。一本高下駄風の靴。背中には大きなカラスの翼。いわゆる烏天狗。因みに鼻は高くない。幻想郷最速のブン屋と言われている。常にカメラを持っており、なにか面白いことを見つけてはカメラに納め、風のように去っていく。
「宗司君ひさしぶりー」
無視。
「射命丸さん、今日はどんなご用ですか?」
紅茶を注ぎながら尋ねる。好みが解らないのでスタンダードにダージリンにしてみた。
「文でいいですよ。実は今回の異変についてと、そこの、」
「僕も宗司で結構です。それならお嬢様に聞かれた方が良いと思いますが、何故僕に?」
続きを言おうとするのを遮って疑問を投げかける。出来れば全く触れずに終わりたい。紅茶を二人に出す。射命丸さんは微妙な顔をしていた。頼む、察してくれ!
「ここのお嬢様は、話をはぐらかしてばかりでまともな話が聞けるとは思いませんので、あなたにと。ついでに宗司さんのことも詳しく」
文花帖を開いてペンを取り出す射命丸さん。良し!
「わかりました、そうですね。何からお話したら良いですか?」
「ではまず、異変の黒幕から」
「宗司君にゃーい」
無視。
「いきなり黒幕からですか?」
「外の世界の人間の仕業だということは解っていますから、いきなりずばりで」
「成る程、でも良くわからないんです」
「無視すんなよー」
無視。
「解らないんですか?」
「ええ、八雲紫がからんでいるのは確かなんですけど」
「紙妖怪さーん?」
無視無視。
「ああ、あの人が関わっているのですね」
「寂しいだろー」
無、無視。
「そうなんですよ」
「宗司ちゃーん」
無、
「自爆する紙妖怪! 宗司!」
無理!
「うるさいですよ典雅!」
あ、しまった。
「お、ようにゃっと反応したね? お姉さん忘れられたかと心配したよー」
女はにやりと笑うと、ぐびっと豪快に紅茶を飲む。火傷しろ。
森崎典雅(もりさき・てんが)。亜麻色のソバージュがかかったロングヘア。琥珀色の瞳。美白肌。すらりとした鼻筋。おれと同じくらいの長身。モデルを思わせる容姿をしている。薄青色のドルマンスリーブのシャツに、タイトなGパンという出で立ち。翡翠の首飾りを身につけている。最大の特徴は右耳の後ろ、その上から斜め下向きに生えた、髪飾りの様な三本の角だ。
「貴女を忘れるような人は脳がどうかしてるのでしょうね」
ため息。彼女は俺と一緒に魔術師協会を逃げ出した人間の一人だ。角のせいで鬼と呼ばれているが、日本に古くからいる「隠(のん)」と呼ばれる民族。ただ、特徴が鬼と変わらないので間違いではない。華奢に見えるが、その実、山をも砕く力持ち。「や」が「にゃ」に変化するのが口癖。萌えキャラのつもりか。
さっきから悪口ばかりで申し訳無いのだが、別に典雅の事が嫌いな訳では無い。呼び捨てだし、スタイルいいし、なによりこの娘がいなかったらあそこからは逃げられなかった。ただ、この娘は直ぐ調子に乗る。思考だけでも悪口を言っておかないと大変な事になる。
「そうかそうか、あたしの事が忘れられない位に好きなんだー?」
「嫌味です」
これだもの。脳内変換で全てポジティブ思考にする技はもはや神掛かっている。
「典雅の相手はあとでしてあげますから、今はおとなしくしてください」
「ほーい」
こうやって話を引っ張らない所が典雅の良いところだ。大人しい性格ではないが、出所を弁える。
「ちゃんとしたお知り合いだったのですね。てっきり余計なものをつれてきたのかと」
射命丸さんは安堵の表情。
「ものとはなにさ」
「いきなり私を捕まえて『文車宗司の知り合いだからつれてけー』何て言われて。引き離そうとしたら付いてくるんだから怪しさ満載じゃないですか。私に付いてくるなんて尋常じゃないですよ」
なんだかな・・・・・・。射命丸さんは気を取り直して此方を向く。
「そうですか。隙間の妖怪がからんでいるのでは落ち着くまでは調査も進みそうにないですね。」
さらさらと万年筆を走らせて、新たなページを開く。
「さて、つぎです」
きらり、と射命丸さんの目が好奇心に輝く。経験上、こんな目をした人間からはろくな質問がきた覚えがない。
「先ほど森崎さんが『紙妖怪』とおっしゃっていましたが、人間ではなかったんですね?」
あー、そういえばこの人には、というか紅魔館の面子しか俺が文車妖妃だって知らないのか。初対面の時も特に触れなかったし。
「そうですよ。正しくは本の付喪神と人間のハーフですが」
「なぜ隠していたんです?」
「僕は人間だなんて一言も言ってないとおもいますけど」
「ふむ、外の世界からは人間しか来たことが無いから、そう思いこんでしまいました」
言いながら万年筆を走らせる。ほんとにマスコミなんだな。
「では貴方の能力は?」
「教えると思いますか?」
「まぁ、それが普通の反応ですよね」
手は止まらず、書き続ける。どうやら俺の対応の仕方まで細かく書き込んで居るようだ。
「本を出す能力だよ」
「ほう」
「典雅!」
横から典雅が口を挟む。射命丸さんだって納得していたのになんでまた!
「良いじゃん、へるもんじゃなし。こっちの妖怪は力を誇示するもんでしょ?」
「僕は強くないから隠すんです」
まぁ確かに、「本を出す程度の能力」なんてパッと聞いた限りじゃ強そうじゃないしね。それでも、強気に出た俺の体面というものがあるだろうに。
「うん、あなたに聞いた方が宗司さんの事が解りそうですね!」
「でしょでしょ?」
前言撤回。出所を弁えるのは自分に都合が良いときだけだ。
こうなってしまうと典雅は止められないので、黙る事にした。協会時代の恥ずかしい事まで言われたが、あえて否定も肯定もしない。変に否定するといらん噂が立つ。
「ふむ、お詳しいですね。宗司さんとはどういった関係で?」
「恋人」
「違います」
さすがにそこは突っ込みを入れる。射命丸さんもそう思ったらしく、苦笑い。
「えー、なんでさ? 寝食を共にした仲じゃん?」
「施設の中で寝食を共にしただけで恋人になるんですか?」
「袖振り合うも恋人の縁」
「変な言葉を作らないでください」
凄まじい。何股掛けることになるんだ? 正しくは「袖振り合うも多生の縁」だ。しかも意味を違って捉えている節がある。良いけど。俺だって全ての日本語が正しく解っている訳じゃない。ああ、話がそれた。
「まぁ、お二人の仲が良いのはわかりました」
射命丸さんは文花帖をパンと閉じ、席を立つ。
「お帰りですか?」
「ええ」
「あれ? あたしの取材はしないの?」
テーブルに頬杖をつきながら、典雅が言う。されたいのか。
「それも興味深いですが、今日の所は宗司さんにお話を聞ければじゅうぶんです」
「たいしたお構いもできませんで申し訳ありません」
「いやいや、紅茶、ごちそうさまでした」
そう言うと、窓を開けて枠に手を掛ける。
「そこから出るんですか?」
「失礼は承知ですが、ここの人たちはちょっと苦手なんですよ。それでは」
敬礼の様に腕を上げると、翼をはためかせて窓から帰って行った。
「風の様な天狗ですね」
思わず、感想が口をついて出る。もっとも天狗は、特に烏天狗は風を操るイメージが強いのでそんまんまという事も。
「あーあ、取材うけたかったな」
「君は帰らないんですか?」
「宗司君に会いに来たのに何で今帰るのさ。まだ話もしてないじゃん」
正論。何となく反射で言ってしまった。そんなことよりだな。
「何故典雅が幻想郷にいるんですか?」
典雅を見てから一番聞きたかった事だ。文さんの前だと話がややこしくなるから黙っていたが、重要な事だ。何故俺と同じ世界にいた人間が、幻想郷にいるのか。最悪・・・・・・。
「最悪、典雅を敵とみなさなきゃいけなくなります」
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