イスク・秦・パラドクス

 デザートを食べ終わって一息つくと、また図書館を追い出された。なんでも魔法使い三人で重要な話があるらしい。さっきはうるさいとかいっていたのにまたコレである。お茶の時間まで戻って来なくて良いとか言われたし。執事のあり方に疑問を持ってしまった俺を誰が責めることができよう? しかも小悪魔は良いというのだからさらに解らない。男って損だよなー。しかもまだ図書館の片付け済んでないし。

 あてもなくぶらぶらしている訳にもいかないので、また咲夜さんの所に仕事を貰いに向かう。本来は自主的に何かするのが普通なのだろうけど、図書館の外は管轄外だからなぁ。

 かなり難しい顔をして歩いていたのか、すれ違う妖精たちがびっくりした顔で俺に道を譲る。さっきの話でさんざんエロ扱いされたので、それで避けられているじゃないかとますます難しい顔になってしまう。そんなことは全く関係ないのだけれど。

「お、宗司」

 ふいに、声を掛けられた。イスクさんだ。

「どうした? こんなところで」

「イスクさんこそ。この時間はお嬢様の食後のお世話では?」

 そう言うとイスクさんは難しい顔をして。

「なにやらフランドールと咲夜と重要な話があるらしくてな。重要な話ならば己もいてしかるべきだと思うのだが、男には聞かせられないとか言われて追い出された」

「奇遇ですね、僕も似たような感じです」

「そうか。損だな、男は」

「損ですね」

 男二人が廊下で難しい顔をして立っているのを何事かと思ったか、妖精達が遠巻きに俺たちを見てこそこそとなにやら喋っている。

「宗司、ここで立ち話もなんだから外に出ないか?」

 妖精達の視線が不快だったのか、そんな提案をしてきた。

「構いませんけど、お仕事とかないんですか?」

「ああ、呼び出しがあるまで好きにしてて良いそうだ」

 急に自由時間と言われても困る。紅魔館に基本休みは存在しないから、時間が空くと手持ちぶさたになってしまう。

「美鈴の様子でも見に行こう」

「ですね」

 外に出ると、昼下がりの良い天気だった。昼寝するには絶好の気候。ちょっと肌寒いので油断すると風邪を引きそうだけど。またあの門番は眠っているのだろうか。なんとなく妙な期待をしながら正門に行くと、おや、起きてる。

「ええ! お二人ともどうしたんですか!? 揃ってサボり!?」

「基準を美鈴さんと同じにしないでください」

「じゃあ逢い引きですか!? そんな関係だったなんて! 黙ってるなんて酷いです!」

 美鈴さんはBL好き、と。

「違うぞ。やることがなくてな。様子を見に来た」

「やることが無いって・・・・・・?」

 美鈴さんは眉を潜める。イスクさんから「やることがない」なんて言葉が出るとは思ってもみなかったのだろう。

「実は・・・・・・」

 話を聞いて美鈴さんは納得したようだった。うんうんと頷くと。

「それは仕方がないですね。女性の話は複雑ですから」

「って何でそうなるんですか!」

「は?」

 俺の突っ込みに美鈴さんが目を丸くしている。

はっ!? しまった、こあと同じ感じで突っ込みをいれてしまった!

 だってあの娘、こういう反応したときは絶対ずらして来るんだもの、反射というものは恐ろしい。

「いや、ご免なさい、その通りです」

「ですよね? 間違ってませんよね? 私」

 やたらと不安そうな美鈴さん。いかんいかん。

「美鈴、異常ないか?」

「此処にお二人が暇をもてあまして居ることが既に異常です」

 その通り。

「それ以外はおおむね。氷の妖精とか闇の妖怪とか来ましたけど特に用もないようだったので追い返しました」

「ふむ」

「天狗と鬼が来たのは解ってますよね?」

「て、天狗と鬼!?」

 うろたえ出す。ああ、やっぱり寝てたのか。

「も、勿論覚えていますよ。鬼がお帰りになる際、宗司さんが小悪魔に詰め寄られていたのもバッチリおぼえてます!」

「そこだけピンポイントで起きてたんですか」

 なんとも嫌な場面を見られたものだ、この人なら無害だろうから問題ないけど。

「また咲夜さんからお説教される・・・・・・」

 そんな俺の心配を余所に美鈴さんはガタガタ震えはじめた。

「そういえばそんなこと言ってましたね」

「やっぱり!」

 愕然とした表情で叫ぶ美鈴さん。

「今回は何時間正座させられるんだろう・・・・・・」

 既に彼女の頭の中にはどうやって怒られるかの構想ができあがっているらしい。それなら真面目に仕事すりゃあ良いのに。びしっと立って居れば格好いいんだから。

 イスクさんはそれを見て苦笑。と言っても唇の端がゆがんだだけなので勝手にそう判断しただけれど。何かを思いついたのか、此方を見て口を開いた。

「宗司は以前、美鈴と手合わせしたことがあったな」

「なんです唐突に?」

 あれは軽くトラウマ。俺が中途半端に強かった為に、美鈴さんが手加減しそこねて、危うく死ぬところだった。あれから毎日の鍛錬は欠かしていないが、今戦っても正直勝てる気がしない。勿論体術限定の話。引き出しが使えるなら五分だと分析してはいる。

「いや、時間もあることだし、己と手合わせしてみないか?」

「イスクさんと?」

 思わず聞き返す。あまりそういった事をやりそうにないイメージがあるから。

「鍛錬の一環だ。レミリアを護るといっても、主より弱いようでは話にならないからな」

「僕もそんなに強くは無いですよ?」

「だからだよ、己と咲夜で紅魔館の双璧なんて言われているが、お前も加わってくれれば心強い」

「そんな恐れ多い」

「前にも言ったが謙遜することは無い、それとも、パチュリーを護るのに力はいらないと?」

「それこそまさかですよ。解りました。お願い致します」

 無口で無愛想だが、なかなかどうして、口が上手い。パチュリー様を引き合いに出されては断りようがないじゃないか。最初から断るつもりなんてなかったけれど。一度躊躇うのは、俺の悪い癖だ。

「武器は何か使えるか?」

「杖術なら、人並みには扱えますが・・・・・・」

「よし、美鈴」

 イスクさんが声を掛ける。

「ひいいい! 咲夜さん! いったいそれは何に使うんですか!?」

 居もしない人物に向かっておそれおののいている。どうやらあっちの世界に行ってしまわれたようだ。目の焦点が合っていない。

「美鈴」

「だめですだめです! そんなことされたら流石の私でも壊れます!」

 いったいどんな妄想をしてるんだ? イスクさんは美鈴さんの肩を掴み、がくがくと揺さぶる。

「美鈴、帰ってこい。おい美鈴」

「あうあうあうあうあう」

 イスクさんは暫く躊躇った後、その名を呼んだ。

「中国」

「中国って呼ばないでください!」

 うがーと、イスクさんの腕を掴み返して叫ぶ美鈴さん。

「あ、あれ? イスクさん?」

 目が覚めたようだ、きょろきょろと辺りを見回している。

「今そこに咲夜様がいらっしゃいませんでしたか?」

 恐れおののく声色。咲夜様て。

「呼び方変わってるぞ。そんなことより、長杖はあるか? 宗司と手合わせしたいんだが」

「手合わせですか? ええ、六角棒ならありますよ」

「ついでに立ち会いをやってもらえると助かる」

「わかりました、ちょっと待ってて下さい、今持ってきます」

 美鈴さんはそう言うと、門の裏から5尺くらいの棒を持ってきて、俺に手渡す。

「どうぞ」

 受け取って、確かめる。樫の木で出来た杖だ。六角形に形が整えられている。先端部分は金属で補強され、刀でも受け止められそうな位丈夫だ。

「気を付けてくださいね、イスクさんはびっくりするくらい強いですから」

「美鈴さんがそこまで言うのなら、覚悟しておきましょう」

 事接近戦においては無敵の美鈴さんにここまでいわせるのだから、相当のハズ。間合いを取ってイスクさんと対峙する。そういえば。

「イスクさん、妹様から聞いたんですけど、隻腕じゃないって?」

 こう対峙してみても、やっぱり左腕は存在していない。

「まぁ、待て。今からその答えを見せよう」

 イスクさんが右腕を一振りすると、その手には剣が握られていた。剣先が四角い諸刃の剣。突くことを想定して作られていない斬首用の処刑剣だ。剣の腹の部分には「盛者必衰」と彫り込みがしてある。それを左の肩口にあてがうと、

「ぬっ!」

 ぞぶり、と嫌な音を立てて剣を突き刺した。刺さるようには出来ていないため、無理矢理ねじ込んだ感じ。俺はその異様な光景から目が離せない。

「イスクさん!?」

 思わず駆け寄りそうになるが、不自然さを覚えて思いとどまる。剣をねじ込んだ位置から血が全く出ていない。さらには剣の鍔まで埋まっているのに、逆側から剣が突き出ても居ない。呼吸を止めて見入る。

「顕現」

 一言、イスクさんが唱えると、左の肩口から何かが構成されてゆく。がちゃがちゃと金属のかみ合うような音をたててできあがったモノは、白銀に輝く金属質の腕。太さは普通の腕の3倍。長さは15倍。流線型で、三本の指にはそれぞれに爪のような刃が付いている。

「コレが己の左腕。『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』だ」

 全く体のサイズに合っておらず、バランスとしてはまがまがしい感じすら受けそうなのに、それはその名の通り神々しい雰囲気を纏っていた。

「いいんですか? それイスクさんの切り札でしょう?」

 圧倒的な存在感に気圧されながらも、軽口を叩いてみる。イスクさんはいともあっさりと答えた。

「別に、俺の戦いの基本だ。今回は攻撃と防御にしか使わないし、飛び道具も使わない。それでも妖怪を簡単に捻り潰すくらいの力はあるがな」

 裏を返せば襲撃されたときは戦ってすらいなかったと言うこと。マルチウエポンであり、見せた位では何の弱みにもならないという自身も伺える。

 ・・・・・・これは、美鈴さんの時以上に気を抜いたら死ぬな。六角棒を持つ手がじっとりと汗ばんでいるのが解る。

「では、双方準備は宜しいですか?」

 美鈴さんが片手を上げて言う。俺は軽く顎を引いて頷き、イスクさんは右手を挙げて答えた。

「はじめっ!」

 二人とも動かない。俺は六角棒を下段に構えたまま。イスクさんは左腕の爪を閉じたり開いたりしながら様子をうかがっている。あそこまで巨大な腕だ、振るスピードはともかくとして、切り返しの速度や全体のスピードは遅くなるはず。俺はもともと後の先を取る戦い方だから、初撃をまって反撃したほうが良いはず。

 そこまで考えた所で、イスクさんが仕掛けてきた。左腕を大上段に振りかぶり、ダッシュで突っ込んでくる。迫り来る凶爪。下手に受け止めれば棒ごと断ち切られるし、受け流そうとしても角度を間違えれば吹っ飛ばされる。斜めからくるそれを、軌道の外側に大きくかわす。下手に見切ろうとすれば持って行かれるおそれがある。

 すかさず六角棒を突き入れる! 死角だし、何より振り抜いた腕は直ぐには戻せないはず。

 がつん、と堅い手応えと共に、視界が回転。平衡感覚を失うも、何とか着地する。突いた右腕が、びりびりとしびれていた。イスクさんの方を見れば、振り下ろしたハズの左腕が、今度は振りあがっていた。切り返しの速度が遅いなどととんでもない。銀色の光が六角棒をなぎ払う所までしか見えなかった。

 冷たい汗が背中を流れる。自分の見積もりは、どうやら甘すぎたようだ。

「勘違いしてないか? コレは己の左腕だ。自分の体に振り回されたりはしない」

 此方を見据え、鋭い視線で忠告するイスクさん。今更ながら、妹様の言った事を思い出す。曰く、あんなに器用に両腕を使う人間は見たことがない。

リーチも威力も桁違いで、さらに普通の腕と同じように動く。まずい。急に自分の持っている六角棒が、細枝に思えてきた。これ以上気圧されたら動けずに負ける。

「あんまりに綺麗な腕だからみとれてしまいましてね」

 軽口を一つ。イスクさんは笑うでもなく。

「そうだな、己も最初は美しいと感じた」

 頷いて、ぎりりと左手を握りしめる。

「だがこれ以上怖いモノはない」

 視線が左腕に行ったのを確認、そこで一気に間合いを詰める。後の先では無く、先の先を取らなければまずい。なるべく低い姿勢で突進。時計回りに回転、遠心力を乗せて六角棒を横に叩きつける。杖術の横振りは非常に避けずらい、握りから少し先は全てヒッティングポイントだし、木独特のしなりと、遠心力を乗せた攻撃は大抵の防御ごと破壊する。刃物ほど致命傷は与えられないが、ストッピングパワーはピカイチだ。

 隙をついたとはいえ、左腕を掲げて防御するイスクさん。もしこのまま振り抜けば、俺の腕の方が負けてしまう可能性がある。先ほど弾かれた感覚から言えば、間違いなくそうなるだろう。だから俺は、攻撃が当たった瞬間に六角棒を手放した。

 少しでも早ければすっぽ抜けるし、遅ければ此方が腕を痛めるタイミング。衝撃が「機械仕掛けの神」に伝わる一瞬。

 地を這うように接近。左腕の可動範囲の内側に入り込む。防御に使った「機械仕掛けの神」はその一瞬だけは動かせない。腕を伸ばして胸ぐらを掴もうとするが、そこに右腕が迎撃に来た。それも織り込み済み! 逆に殴りに来たその右腕を左手で取る。そのまま右腕を引き寄せ、体当たりするように、こめかみに右肘を入れる。衝撃でイスクさんがよろめく。このまま体重を掛けて倒せば、取った右腕を極められる。

 その時、首根っこをひっつかまれ、ものすごい力で地面に叩きつけられた。

「がっ、は!」

 肺の中の空気が押し出されるが、地面を転がって大きく距離を取る、転がりざま六角棒を拾うのは忘れない。膝立ちで立ち上がる。どうやら左腕に捕まって投げ飛ばされたようだ。落ち着いて、呼吸を整える。イスクさんは右手で左のこめかみを押さえて呻いていた。

 本来ならこめかみを強打された時点で一瞬意識が飛び、相手を掴んで投げ飛ばすなんてことは出来ないはずだけど、そこは紅魔館の双璧。流石に一筋縄ではいかない。

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