夜。秋も深まってきて、図書館内の温度もやや下がって来ていた。肌寒さに息をつく。多分、冬には室内でも息が白く染まるに違いない。柱時計が、
10回。重い音を立てて時刻を知らせる。

 昼間に崩れた本棚の整理は、小悪魔に手伝って貰ってなんとか9割方片付いた。本来はもうとっくに終わっているはずだったのだけれど。

「しょっ・・・・・・と。これでこの本棚は終わりですね」

「有り難う御座いますこあ、助かりました」

 隣で浮かんでいる小悪魔に感謝の言葉を掛ける。高い場所にある本を移動するには通常、はしごを使う。はしごは可動式では無いので、動かすのに苦労する。普通に飛べる小悪魔はその労力とは無縁。

 俺も浮かぶことは出来るけど、グリモアで片手が塞がるし、集中しないとだから作業するのには向かない。

 同じ書棚の2カ所に整理すべき本があったので、俺と小悪魔で分担作業をしていた。そんなわけで、俺は今はしごの上で浮いている小悪魔と向き合っていた。

「お互い様ですよー。宗司さんが居ないときは私が全部やってたんですから」

 言われてみればそうか。図書館の掃除も以前は咲夜さんがやっていたらしいが。同時に此方の整理も終わったので、はしごを降りていく。先に降りた小悪魔は此方を見上げて。

「宗司さんええケツしてますねー」

 げへへ、とスケベ親父のような笑みを浮かべている。わきわきとさせた両手がいやらしい。俺ははしごを下りるのを止めて。

「このまま両足から自由落下するのとブランチャーするのとどちらがお好みですか?」

 俺の脅しに一瞬頬を引きつらせるが、切り返してきた。

「じゃあケツから落下で。顔面狙いでお願いします」

「女の子がケツとか言っちゃ駄目です!」

 小悪魔の口からケツという単語が出るのと、みょうな変態さ加減に耐えられなくなりマジ突っ込み。あ。

「よし! 今回は私の勝ちですね」

 ぐっと、ガッツポーズをとる。最近俺と小悪魔の間ではやっている遊びだ。小悪魔がボケをかましてマジに突っ込んだら俺が負け。逆に俺の突っ込みに小悪魔が屈したら小悪魔の負け。絶対的に俺が不利なのだけど。現在26敗。エロネタは鉄板で負ける。

「こあ、今日は色々あって疲れてるから出来れば手加減して欲しいのですが?」

「にゅ、宗司さんが疲れたなんて口にするとは、よっぽどです」

 実際酷く疲れている。朝から休む暇も無く来客とトラブルだったからなぁ。

「そうだ!」

 閃いた、といった感じで小悪魔が手を打つ。此方をみてにっこり笑うと。

「じゃあ私が癒してさしあげますっ!」

「は?」

 唐突に何を言い出すんだ、この娘は。

「マッサージでもしていただけるので?」

「やだぁ、宗司さん・・・・・・性感マッサージだなんて・・・・・・」

 ほっぺに手を当てていやいやしてみせる。こらこら。

「性感などとは一言も言ってませんよ!?」

「でも、宗司さんが望むなら私は・・・・・・」

 拳を口に当てて、瞳を潤ませて横目で此方を見やる小悪魔。

「良いですよ?」

 くらっ。

「というのは冗談で」

 解ってたけど。解ってたけど! ちょっと傾いた自分が憎い。しかし・・・・・・今回は一歩、踏み込まれた感じだ。まぁ、俺も突っ込み入れてたわけで。良いんだが。でも、ちょっとな。

「ハーブティ飲みます? いきなり元気が出たりはしませんけど、リラックス効果は抜群ですから」

「おお、良いですね。みんなで飲みましょう」

「はい! あ、でもまだお仕事残ってますよね?」

「後は奥の低い本棚ですから、一人で大丈夫ですよ」

 ホントに奥の方にあるやつだ。そんなところから引っ張り出してくる魔理沙さんはある意味凄い。その内の一冊、タイトルは「正しいツチノコの探し方」

 ・・・・・・ちょっと興味がある。正しいもなにも居るかどうかも怪しい。

「はい、じゃあ作って待ってますから、終わったら来てくださいねー」

 小悪魔と別れ、一番奥の本棚に向かう。この辺は掃除でしか来ることが無い。パチュリー様もこの辺りの本には用がないみたいで、全て把握してはいるが、あまり来ることも読むこともない。そんなわけで、ちょっと生活感が薄くなっている。

 手入れはしてあるが、少し埃っぽい感じ。明かりは充分にあるが、少し薄暗い印象。主が居るのに、本達はどこか寂しげ。そんな一角。本の認識票を確認して、開いたスペースに本を戻す。こんな一角に有る本でも、もとあった場所に戻ると安心するのか、さいしょからそこにあったかのように、ぴったりと収まっていった。

「ん〜・・・・・・」

 伸びを一つ。首をならして、右腕をぐるぐると回す。

 本棚の整理も終わった、近くには主も同僚も居ない、そして殆ど忘れられたような一角。

 さて、と。

「出てこいよ」

 本棚の方を向いたまま、気配の方向に声を掛ける。

「人が仕事している間ずっと覗いていやがって。なんのつもりだ?」

「ほう」

 簡単の声。真後ろから、その声は聞こえた。恐らく、夕方辺りからずっと感じていた気配の主。誰も気付いていないし、殺気もないようだったので、あえて無視していた。

「気付いていましたか。このまま気付かなかったらどうしようかと思いました」

 女の声だ。嫌らしい敬語。表面だけの、内面を取り繕うためだけに使っている。

「魔術師協会か?」

「ええ」

 その肯定の言葉を聞いた瞬間、振り向きざま懐に手を突っ込む。

「止めてもらいましょうか」

 穏やかな制止の声。本来なら無視して攻撃する所だが、声に含まれた物騒な響きに、振り向いた所で動きを止めた。

 そいつは、深緑色のフード付きローブを纏った金髪の若い女。緑の瞳、白い肌に、真っ赤な唇。最も、魔術師ほど外見が当てにならない生き物もいないが。頭頂部で髪をまとめている。

 手には、一抱えはある巨大なグリモア。既に開かれている。

「そのまま動かないで貰いましょうか。貴男になら、この本の怖さが解るはずです」

「・・・・・・」

 俺が動きを止めた最大の理由は、そのグリモアを見たからだ。「煉獄」のグリモア。煉獄とはカトリック教において、死者が天国に入る前に、その霊が火によって浄化される、天国と地獄の間の事だ。そう聞くと浄化系のグリモアに聞こえると思うが、実際はこの世のあらゆる炎を召喚する純粋な破壊のグリモアだ。発動すれば、館どころか湖一帯が蒸発する。

 煉獄という名前は、その中でも使用者だけが生き残るために、皮肉で付けられたに過ぎない。その巨大さ故、携帯は難しい。だが運ぶ根性さえあれば、簡単に都市一つを簡単に壊滅できる。もちろん禁書。

「図書館と一緒に消し炭にはなりたくないでしょう?」

 朱すぎる口唇を歪めて、女が言う。

「禁書まで持ち出して。そんなに俺が怖いのかね」

「怖いですよ」

 俺の皮肉に対して、あっさりと女は認める。

「ですからこうやって無理をしてでも『煉獄』をもって来たのです。貴男と話をするために」

「俺には無い」

「私は別に、直ぐにこのグリモアを発動してしまってもかまわないのですよ?」

 む・・・・・・。

「ご理解、有り難うございます」

 俺の無言を勝手に肯定と判断して、言葉だけの礼を述べる女。いや、そうでもないか。向こうとしても俺と話せなければ困るが、最終的に俺を殺しても問題はないのだろう。黙って殺されるつもりもないが、紅魔館に被害が出るのは避けなければならない。

「ああ、自己紹介が遅れてしまいました。私、エリニュスと申します」

「なっ!? トップクラスの魔術師だって!?」

 にたりと、ますます唇を歪める女。

 エリニュス。魔術師協会で五本の指に入ると言われる実力者だ。あまり表に出てくる事はなく、ただ名前が知られている。常に単独で任務に就き、実績はあるものの、それを観測した人間はいない。ただ、物の怪の死体だけが物語ると言われる。

「脱走者にも知られているとは光栄です。文車宗司」

 嫌な汗が流れ出す。高位の魔術師は何をしてくるか予想が付かない。魔法みたいな事も平気でやってのけるんだから。

「そんなに身構えないでくださいな。私は貴男とお話に来たのです」

「・・・・・・」

「単刀直入に言います。私と魔術師協会に来ていただけませんか?」

「なに?」

「魔術師協会は貴男の力を必要としています。大人しく来ていただければ、こちらも音便に事を済ませられます」

 これは、予想外だ。単純に潰す、もしくは捕獲に来ると思っていたのだけれど。まさか交渉に来るとは思わなかった。もっとも、最後は実力行使だろうけれど。

「俺の力なんかたいしたものじゃないでしょ」

「貴男は自分の力の恐ろしさが解っていない」

 緑瞳の瞳孔が縦に細くなる。蛇のようだ。

「いいでしょう、少し教えて差し上げます。貴男は、グリモアを取り出して魔術を行使しますね」

 確認するように問いかけて来るが、俺は沈黙。答えを期待していなかった様で、エリニュスはそのまま話を続ける。

「グリモアだけではなく、普通の書物も取り出せるとか。貴男、ここに来て元住んでいた所の書物は取り出せましたか?」

「だから、なんだ」

 ヘルシング郷のメモ、その友人の日記、オカルト雑誌、漫画。確かに取り出している。わざわざ教える事でも無いが。

「出来たのだとしたら、それは驚異です。場所どころか次元を越えて書物を取り出している」

「それはコピーだからだ。別次元からそのまま引き出している訳じゃない」

「自分が全く知らない書物でも?」

 ・・・・・・。まさか!?

「最近、貴男の細胞から文車妖妃の能力を解析することが出来ました。本を取り出すには過去の書物に干渉し、それを元にコピーする。それがその能力の原理です」

 そんな事は俺自身解っているが、その意味まで考えては居なかった。瞬時に、その意味を悟る。肌が泡立ち、冷や汗が流れ出す。パチュリー様も、お嬢様も、このことには気付いていないだろう。外の世界からしょっちゅう物が流れ込んでくるため、不自然さは殆どない。

「つまり何か、俺の能力が次元干渉能力だと?」

 あらゆる次元から、あらゆる時間軸から、その時代の書物に干渉し、コピーして取り出す能力。

「そうです。理論上、貴男自身が別次元に干渉することが可能でしょう。それどころか時間軸まで移動出来るはずです」

「馬鹿な、そこまで出来るハズが無い」

 否定。冗談じゃない。

「貴男の母親は? そんな能力ありませんでしたか?」

 ある。本を通じて、その本が書かれた時代に行くことができたはず。

「理解しましたか? 貴男の能力、過去はおろか、未来の書物も引き寄せてその時代に移動することが出来る」

「・・・・・・」

「魔術師協会はその能力が喉から手が出るほど欲しい。最高待遇で迎えましょう」

 ならば、なおさらだ。何に使われるかなどわかった物ではない。

「断、」

「それに」

 出鼻をくじかれた。エリニュスは此方を諭すように、更に言葉を重ねた。

「魔術師協会は既に幻想郷に興味はありません。最初は貴男の弱点を調べ上げるのが目的でしたが、どうやら事は違う方向に動いた様です」

 ・・・・・・なんだって?

 グリモアを広げたまま、エリニュスは近づいてくる。

「貴男が大人しく私に付いてきていただければ、今後幻想郷に手を出すことはないでしょう。貴男の能力さえ手に入ってしまえば、もはや別次元などどうでも良い。全てを意のままに出来ます」

 濃緑の目が、怪しい光を放つ。吸い込まれる様で、身動きが取れない。

「悪い話では無いでしょう。我々に協力していただければ、貴男の慕う人物が脅かされる事もなく、さらには貴男の身の安全も保証される」

 気がつけば、エリニュスはどこかへとグリモアを消し、此方に手を伸ばしてきた。

「いいえ、身の安全どころか、魔術師協会において高位も与えられる。貴男に手に入らない物はなくなる」

 エリニュスの細い指が、俺の頬にのびる。

「さぁ」

「そこまでよ」

 ぴくっと、俺の頬に触れる寸前で止まる。

 制止の声はパチュリー様。エリニュスの後ろに現れていた。腕を組んで、眠たそうな目でエリニュスを眺めている。

「従業員を勧誘するのは営業妨害よ。直ぐに出て行ってもらえるかしら?」

 エリニュスはゆっくり首だけ巡らせて、パチュリー様を見た。

「貴女が主さんかしら? 随分可愛らしいのですね」

「少なくとも貴女よりは長生きね」

「ふふふ、魔女の外見など当てにならないですか」

「それはお互い様」

 笑うエリニュス、眠たそうなパチュリー様。それなのに空気は、何時爆発してもおかしくない感じだ。

「とにかく宗司から離れなさい。それは図書館のものよ。もって行かないで」

「貴女こそ邪魔をしないでください、私は文車宗司と話をしているのです」

「話なんてどうでもいい。貴女が宗司の側に居ることが不快なの」

「不安ですか? 彼が離れてしまうことが」

 エリニュスは続ける。

「文車宗司は自分の意志で此処を離れようとしています。それも貴女のために。ならば貴女が口を出す事は出来ないでしょう?」

「どうかしら?」

 エリニュスの言葉にも、パチュリー様は相変わらずの表情。

「私の意志は宗司の意志、宗司の意志は私の意志よ。聞いてみたらいいじゃない」

「言われなくとも」

 やや怯んだ様子のエリニュスだったが、此方を向き、再び聞いてきた。

「さあ、私と共に」

「断る」

 俺は即答。同時に鉄板表紙の辞書を引き出して、横殴りにエリニュスへ叩きつける。

「ぎっ!?」

 図書館の壁に激突するエリニュス。危なかった・・・・・・。

「申し訳ありません、パチェ。油断しました」

 すっと、パチュリー様の横に移動する。どうやら催眠術をかけられていたようだ。主が注意を逸らしてくれたおかげで、何とか抜け出せたけれど。パチュリー様は此方の手を握ると、横目で見上げてきた。

「馬鹿。しっかりしてよ」

「はい」

 壁に叩きつけられたエリニュスは、口元から血を流しながら呻く。

「私の魔眼が不完全だったと?」

 やはり、魔眼か。おそらく煉獄のグリモアもイミテーション。俺の動きを止め、後は会話に引き込んで、魔眼を発動。

「もともと精神干渉には耐性があってね。協会では隠していたけど」

 耐性があると言っても、不意を突かれれば効いてしまう。だが主のおかげで跳ね返す事ができた。

「不覚でしたね・・・・・・でも良いのですか? 話していませんでしたが断った場合、相応の手段をとらせて頂くことになりますよ?」

 口元の血を拭いながら、エリニュスが警告してくる。相応の手段。魔術師連中が攻めてくるということ

「主に許可は頂いた。俺の意志はパチェの意志。矢でも鉄砲でも持ってくればいいさ」

 俺の言葉に、パチュリー様はこくりと頷く。

「来るなら来なさい。そんなのに飢えてる連中ばかりだから」

「愚かな、後悔は先に立ちません」

 言葉だけ聞こえた。全く知覚できずに、魔眼の魔術師はその場から消えさった。

「猶予を差し上げます。一週間。せいぜいあがくと良いでしょう」

 どこからとなく、声が聞こえた。おそらくは既に外。もはや気配も感じない。

「宣戦布告しちゃった。レミィは動いてくれるかしら」

 それはまずいのでは・・・・・・?


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