招かれざる者

 

「全く、燕尾服で手合わせなんて何を考えているの? 馬鹿なの?」

 咲夜さんにこってりと絞られ中。もちろん正座で。

 あの後屋敷に戻ると、俺とイスクさんの様子を見た咲夜さんが激怒。さっきから「馬鹿なの」を連発されている。

「いや、咲夜。だから己たちも配慮が足りなかったと反省」

「おだまりなさい」

 ぴしゃりと。

「反省する脳が有るなら最初から着替えてからやりなさい。それとも何? わざとやっているのかしら? 嫌がらせ?」

 何も言えない。なにも言えない状態が早1時間経過している。先ほどのイスクさんの発言はいい加減長すぎると思った為だろうが、逆効果だ。

「宗司、まだ紅魔館の礼儀が解ってないみたいね、イスクもどれだけの間お嬢様の執事やってるのよ。記憶喪失? 私が脳切開手術してあげましょうか? 麻酔無しで」

 1時間怒り続けるのは大変だと思うのだけど。美鈴さんが恐れる理由が良くわかった。こりゃきつい。つうか石床の上に直で正座ですよ? 靴履いたまま。既に感覚なぞございません。あー、そろそろお茶の時間か。解放してくれれば良いけど・・・・・・。

「宗司、余計なことを考える余裕があるならあと1時間追加するけど?」

 あうー・・・・・・。

 咲夜さんは大仰にため息をついて、やれやれというふうに首を振る。

「まぁ、もう良いでしょう。ティータイムだしね。今後、不慮の事態を除いて制服を汚さないこと。良いわね?」

「心得た」

「了解いたしました」

 というわけで解放される。暫く立ち上がれなかったのは秘密だが。咲夜さんが用意してくれた新しい燕尾服に着替えてから、図書館に向かう。腕の包帯なんか見られたらパチュリー様と小悪魔が心配するだろうから助かった。

 傷ついた左腕は止血をして痛み止めをすれば何とかなりそうだ。後で治療しよう。

 地下への薄暗い階段を下りて、図書館の入り口にたどり着く。さて、お茶の時間とはいえ、入ってもよいものだろうか? でも、もし話が終わってなかったとしたら直ぐに出て行けば良いだけか。そう判断して、扉に手を掛け、開ける。

「お・・・・・・お帰りなさいませ、宗司様」

 一時思考停止。目の前の光景を脳が受け入れていない。

取り敢えず、目の前に居るのは。パチュリー様だ。うん、パチュリー様だ。

声も、髪の毛の色もそうだ。両手を腰の前に添えて、此方に向かって頭を下げている。

 此処までは良い。あまり無いシチュエーションだが、脳が受け入れ拒否を起こす程ではない。

 じゃあ何が問題なのか?

 ずばりメイド服。

 パチュリー様がメイド服を着ていた。

 リボンを解き、ヘッドドレスにワンピースタイプのロングエプロンドレス。大きな白いリボンで腰の辺りを縛っている。清楚なクラッシックタイプのメイド服。

 パチュリー様は顔をあげると呆然としている俺を見て。

「あ、あの、どうなさいました? 宗司様」

 くいっと、首をかしげて聞いてくる。

「え、あ、あの、パチェ。ですよね?」

「もち、もちろん。そうです」

「ですよねぇ」

「あのあの! 紅茶、淹れますか?」

「いやいや! それは僕の仕事ですし」

「そんな・・・・・・私は宗司様のメイドですよ?」

 ぷしゅ!

 俺は盛大に鼻血を吹いた。やばい、しおらしく言われるとものすごい破壊力だ! 急いでハンカチで鼻を押さえる。

「だだ、だ、大丈夫?」

 慌てた様子で駆け寄ってくる。おや?

 よく見ればパチュリー様顔真っ赤だ。台詞っぽく変に噛んでるし。むりやりやらされている風では無いが、だからといって進んでやっているわけでもなさそうだ。

 状況整理。朝からパチュリー様は俺に何かお礼をしようと思っていた→俺がアドバイス「気持ちが伝われば充分です」→魔理沙さん&アリスさん訪問→俺が外に出ている間に二人からアドバイスを貰う→現在状況。ということは、だ。

「お二人とも! いや、こあ! 貴女もでしょう? でてきなさい!」

 鼻を押さえながらなのでくぐもった声になったが、周囲に呼びかける。すると近くの本棚の後ろからばたばたと音がしたかと思うと。

「やべ! ばれた!」

「いわんこっちゃない、出歯亀しようとするから」

「アリス! ずらかるぞ! また捻られる!」

「はいはい」

「あの! 私はどうしたら!?」

「適当にごまかしといてくれ! じゃあな!」

「え!? ちょっと! ひどいですよぅ!」

 どたどたどた! がちゃ。ばたーん! びゅーん!

 逃走、開扉、閉、全力ダッシュ。ってとこか。裏口からでていきやがった。

「え、え、え、え、えーと。紅茶淹れてきまーす!」

 どたどたと、小悪魔の走り去る音が聞こえた。どうやら奥の方の給湯室に向かったらしい。動揺して飛ぶことも忘れているようだ。

「はぁ・・・・・・」

 思わず、ため息。なんだってみんなパチュリー様に変な事を吹き込もうとするのか。あーもー。鼻血止まらないし。

「宗司?」

 おずおずと、上目遣いに見つめてくるパチュリー様。もう演技では無いのだろう、元に戻っている。顔は赤いままだが。思わず目をそらす。

「なんです?」

「その・・・・・・怒ってる?」

「怒ってませんよ」

「嘘、怒ってる」

「怒ってませんてば!」

「じゃあなんでこっちを向いてくれないのよ」

 いや、だから。怒ってるとかじゃなくて。

「その、格好がですね」

「この格好?」

 ちらりと横目で見やると、片手でスカート部分の中程を掴んで軽く持ち上げた。

「似合わないかしら?」

「いやいやいや! とても良くお似合いですよ」

「そう、良かった」

 そう言うと、にっこり笑って、その場でくるりと一回転してみせるパチュリー様。スカートが空気をはらみ、僅かにふくらむ。さらりと流れる紫髪。貴女は俺を失血死させるおつもりですか? 改めて見ると、印象がまるで違う。日陰少女と呼ばれて居るのが嘘のようだ。そしていつものワンピースにローブと違い、おっぱいが。いえ、何でも有りません。

「でも、やっぱりちょっと恥ずかしいかな」

 急にもじもじし始めないで!? いかん、いっこうに鼻血が止まる様子がない。追加で眉間の辺りの血管を押さえる。

「やっぱり怒ってる? 鼻血出るくらい」

 俺の様子をみて何を思ったのか、そんなことを言い始める。

「怒ってるんじゃ無くてですね、困っているのです」

「何が困るの?」

「パチェにそんな格好をされたら色々まずいのです」

「色々って?」

 わざと言ってるんじゃないかと思わせる質問攻め。そんな様子は無いのだけれど。

「えっと、その、萌えてしまうと言うかオトコノコとして夢のシチュでは有るのですがそのパチェにされるとやばいといいますか控えるべきところが調子に乗ってしまいそうになるというか自分が危険人物になってしまいそうで怖いというか・・・・・・」

 かなりしどろもどろに息継ぎ無しで言葉を並べてゆく。直接的な言葉を使って良いなら一発なのだが、それは許されないし。パチュリー様は暫く黙って聞いていたが、俺のことばが切れるのを見計らって。

「つまり嬉しいのね?」

 うお!? あれだけ支離滅裂な所から要所を引っ張り出した!?

「いえあの。はい」

「で、嬉しいけれど私にこういう事をされると理性が切れそうで困る、と?」

「・・・・・・はい」

 整理されると恐ろしく恥ずかしい。

 主はそれだけ聞いてしばし考え込むと、ちらりと此方を見上げる。

「じゃあ、どうしたらもっと喜んでもらえる?」

「はい?」

 理解してないのかこの人!? 危ないっていってるし!?

「違うの、私は純粋に、宗司がどうしたら喜んでもらえるか聞きたいのよ」

「何度も言っていますが、僕はパチェに仕える事が出来ているだけで充分・・・・・・」

「そうじゃなくて!」

 ぐい、と俺の左腕を引っ張るパチュリー様。

「あ痛゛っ!」

 パチュリー様がびっくりして手を離す。しまった・・・・・・。痛み止めをしてても引っ張られれば痛いよな。不覚。

「宗司」

 うってかわって真剣な表情。

「はい」

「怪我してるの?」

 有無を言わさぬ口調だが、変なことで心配掛けたくないし・・・・・・。

「い、いえ」

「見せなさい」

 言うが早いが、燕尾服に手を掛けられる。

「いやん★ パチェ積極的☆」

「馬鹿言ってないで早く診せる」

「はい・・・・・・」

 大人しく上着を脱ぐと、パチュリー様は袖のボタンを外して手早くまくり上げる。美鈴さんが巻いてくれた包帯をといて、傷口が晒される。

「これは・・・・・・。イスクにやられたのね」

 一瞬、パチュリー様の目に憐れむ様な色が走るが、直ぐにその色は薄れ、スペルカードを取り出す。

「喧嘩でもしたの?」

 スペルカード発動。痛みが引いてゆき、傷口の組織が再構成されていく。

「いえ、あちらも時間が有ったようなので、ちょっと手合わせを」

「勝った?」

「ええ、まぁギリギリでしたが」

 殆ど負けていたようなものだけれど。動きを制しただけだ。無力化したわけではないから、あの先があればどうなっていたかは解らない。

「そう。でも怪我したなら直ぐに言って。迷惑とか思ってないで、ね?」

「はい」

 うーん。俺はこうやって、気を遣って貰っているだけで充分なんだけど。つうかそれ以上がまずいのです。だからって、このままじゃあパチュリー様が納得しないか。さて、どうしたものか。

 傷が塞がった。ついでに鼻血も止まった。パチュリー様は一息つくと、ちょっと拗ねたように。

「私も見たかった」

「は?」

「手合わせよ。宗司が勝ったんでしょう? レミィにどれだけ自慢出来たことか」

「自慢するほどの事なんですか?」

 パチュリー様は大きく頷く。

「いい? イスクに勝ったって言うことはレミィを負かすのと同義よ。そのくらいレミィはイスクを信頼している。つまり私が信頼している宗司がイスクに勝ったって事は私がレミィに勝ったって事」

「パチェ、頭大丈夫ですか?」

 思わず聞く。いくら何でもそれは無いと思うのだけれど。暴論にも程がある。

「失礼ね。レミィ理論だとそうなるのよ。どれだけ自慢話聞かされた事か。イスクだけじゃなくて、他のことも」

 ああ、成る程。お嬢様理論なら納得。しかも自分で言いそうだし。

「でも私が見てないんじゃ意味がない。どうせ『自分が観測していないことを』とか難癖つけるに決まってる」

「えーと、仲悪いんですか?」

 たしか親友とか言ってた気が? つうか仲良いだろう、普通に。

100年間そんなこと続けてれば仕返しの一つもしたくなる」

 おおう・・・・・・それは確かに、嫌だな。つまりお嬢様は100年前からあの調子だったと言うことだ。まぁ、あの性格以外のお嬢様は気持ち悪いかも知れないが。

 ・・・・・・。だめだ、想像すら出来ない。

「お茶にしましょうか。時間もだいぶ過ぎちゃったし」

「ですね。ではこあを手伝って来ましょう。治療。有り難う御座いました」

「うん、どういたしまして」

 ああ、良いな。つとめ始めた頃なら「私がしたのだから当然」とか言ってたはず。俺に向けられる心境の変化が、なんだか心地良い。知らず、微笑む。パチュリー様が此方をじっと見て。

「そっか、そう言うことか」

 なんだか納得していた。なんぞ?

「なにがです?」

「ちょっと、お礼って言うのが解った」

「それは、重畳です」

 取り敢えず、納得したふり。勘違いしたようではないので、きっと良い方向になるだろう。さて、小悪魔の手伝いに行きますか。そう思って立ち上がると、パチュリー様に袖を引っ張られた。

「はい?」

「宗司様、紅茶なら私が淹れてきます」

 直ぐに冗談だと解る笑みで、パチュリー様は言った。

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