文車妖妃

「宗司、私が閻魔だったら貴方にこう言うわ。『貴方は少し優しすぎる。不用意な優しさは時に残酷な物と知れ』」

 引き続き図書館。入り口近くのテーブルで小悪魔の作ってくれたハーブティを飲みながらの、パチュリー様の台詞である。

「計算高いくせに他人に迷惑が掛からないとなると直ぐにそっちに行きたがるんだから。罠だって言うことくらい解るでしょうに」

 一言もない。一日に二回も説教を食らうハメになるとは。

「私や小悪魔の事ももっと考えて。独りよがりの優しさはなんにもならないわ。迷惑をかけるだなんて考えはとんだ勘違い。そんな事だからあんな女の幻覚に引っかかるの」

 あうう。

「確かに今日の私は頼りない感じがしたかもしれないけど・・・・・・」

 それも、ある。戸惑う様子のパチュリー様は普通の少女だった。いや、少女なんだけどさ。

「とにかく! 罰としてこの一週間、私の目の届くところに居なさい。共に風呂トイレ就寝以外の時は貴方にプライベートは無し。良い?」

「パチュリー様、それ、あんまり罰になってないような? というかどちらかというと私に負担がかかるような?」

 小悪魔が突っ込みを入れる。まぁ、そうだ。俺が常にパチュリー様の側に居ると成れば、本棚整理、食事準備、清掃、お茶出し全てを小悪魔がすることになるわけで。

「その場合は私も動く。別にどこでも本は読めるもの、面倒だけど」

 いやいや!?

「それは本末転倒では?」

 俺の言葉に主はこっちをきっと、睨み付け。

「いまは宗司が誰の何でどんな立場かを体に覚え込ませる事が重要なの。以前の言葉だけじゃ解らなかった誰かさんのせいなんだからね」

 あぐ・・・・・・。

「と言うわけで今から実行」

 昼間のおどおどした感じは何処へやら。方向性が明確になったパチュリー様の行動は早い。そういう意味ではこの人もヲタク気質なんだよね。

「じゃあまず手始めに今日の総括。今日有った事を私に報告して」

 背もたれに体を預けて、ハーブティを口に運ぶパチュリー様。

 言われて俺は今朝の事から順繰りに思い出す。

「えっと、お嬢様にはめられたパチェの刺客としてこあが・・・・・・」

「そこは思い出さないで!」

 顔を真っ赤にして俺の言葉を遮るパチュリー様。

「私が見てなかった所だけで良いから。ってゆうか今のわざとでしょう?」

「まさか」

 再び睨まれる。ばれたか。心の中で謝罪しつつ、ならべてゆく。

 朝、図書館から出た後妹様のお相手。

「フランと?」

「はい」

「宗司はフランが苦手じゃなかったかしら」

「そうだったんですが、お話してみるとコレが面白くて。なんか友人認定までされてしまいました」

「ふうん、そう。壊されないようにね」

 冗談ではないから恐ろしい。

 それから来客があって、射命丸さんと典雅にあったんだよな。

「典雅って?」

 聞き慣れない名前にパチュリー様が反応する。

「森崎典雅っていう、隠・・・・・・鬼の女性です。外の世界での知り合いですね」

 パチュリー様は眉を潜める。

「宗司が呼び捨てにするくらいだから、信用しても良さそうだし、仲も良いのでしょうけど・・・・・・大丈夫なの?」

 どうやら俺が最初に感じた警戒を主も感じたらしい。

「ええ、その辺は確認しましたから。大丈夫です」

「確認って・・・・・・」

「典雅とは魔術師協会に居たときのチームメイトですから。能力や癖も把握してますし」

「ふうん」

 何故か、ジト目で見られた。うーん、まだ怒っておられる。

「その辺りは後で聞くわ。続きを」

「続きと言われましても、後はパチェがご存じの通り。魔理沙さん達の訪問、僕とイスクさんの手合わせ、午後のティータイム、それから先ほどのエリニュスが来るまで何も無かったかと」

「・・・・・・そうね」

 勢いで言ったな。何とも気まずそうな顔をしている。

「その、エリニュスだったかしら? 彼女の言っていた事は本当なの?」

「と、言いますと?」

「宗司が時間や次元を移動できるとかいう話」

 ちょっとためらいがちに聞かれる。そんな隠すような事でもない。話す機会が無かっただけだから。

「ええ、おそらく。ですが今の僕には出来ません。自力でやるには数十年掛かるでしょう」

「でも、可能なのね」

「ええ」

 これはエリニュスに指摘されたから言えることでは有るのだけれど。自分の能力に対する認識が変わった今。やって出来ない事ではない、お袋がやっていたことでもある。

「そう・・・・・・なら、協会とやらの言っていることも嘘ではなさそうね」

「はい。でも今時世界征服なんて流行りませんから。まだ何かありそうですが」

「うん、それと幻想郷に興味が無いというのは嘘でしょうね」

「それは間違いなく」

 障害、危険は徹底排除が基本だ。そこは完全に俺を騙すための嘘。

「解ってるなら・・・・・・止めた。繰り返しになる」

「すみません」

 俺も、馬鹿だったとしか言いようがない。魔術師協会の内面がどんな物かは解っているはずなのに。俺自身は見ただけで、経験した訳じゃないから。

 記憶を振り払う。あまり気持ちの良い物じゃない。

 パチュリー様は一息ついて、茶を飲む。

「宗司がどんな能力を持っていようと特に変わりは無いけれど」

「パチェは、僕の能力を使って何かしようとは考えないので?」

「意味がない」

 即答。

「歴史の真実、歴史への介入、それによる現在への影響。興味は有るけど意味はないわ。歴史書が偽りだとしても、著者が何を考えてそれを書いたのか考察したほうが面白い。それこそ今の貴方の能力だけで真実か否かは判別可能でしょう? 他者の視点と考察があってこそ面白いのよ。真実だけ見たところで面白い事は何もない」

 思わず苦笑。歴史学者が聞いたら激怒しそうな発言だ。単純に歴史の真実を追い求めるのではなく、そうなるに至った経緯までを識ろうとする。

「歴史に介入するなんてそれこそ意味がない。今を変えるのは今よ。過去を変えて今を変えるなんて怠惰でしかない」

 強い言葉。

「私に必要なのは文車宗司という個人。貴方の能力だけが欲しくて側にいて貰っている訳じゃないの」

「あり」

「お礼を言うのは早いわ。それを解って」

「・・・・・・はい」

 どうやら、思った以上にパチュリー様を怒らせてしまっていたようだ。そりゃあ、そうだよな。

 さて、と主は呟くと、今後の方針に話を変えた。

「宗司、協会が攻めてくるのは間違いないけれど、どのくらいの規模だと思う?」

「そうですね・・・・・・」

 おそらく、一度に沢山は送って来れない。前回も今回も、やってきたのは少数。エリニュスは別としても、ヘルシング郷は護衛が付いていなければおかしい。協会に所属する高位の魔術師は少人数で動くことを禁じられている。ヘルシング郷は所属していないが、協会が勝手に付けるハズだ。リベリオンだけのハズはない。

 人数は送って来れないだろうが、自信満々の様子からすると、高位の魔術師を最大限に連れてくるはず。此方の戦力はヘルシング郷やリベリオンを通じて解っているだろう。だから。

「強烈な魔術師が数人。少数精鋭でしょう。ですが、それも予想です。最悪を想定するなら、十人単位ですか。手数では来ないでしょう」

「根拠はある?」

「ヘルシング郷が破れたことで、かなりの驚異と思われています。それはエリニュスが交渉に来たことで証明されます。半端なものを半端な人数連れてきても足手まといになります」

「うん」

 納得していただけた様だ。ただ・・・・・・。

「攻撃対象は紅魔館だけとは限らないのがネックですが」

「それはないわ」

「何故です?」

 俺の疑問に、主は簡単な数式を答えるように。

「宗司が第一目標だから」

 ああ、そうか。

「貴方をどこかに隠して私たちが戦うのが正解なのでしょうけど、直ぐにみつかるでしょうから一緒に戦った方が逆に安全ね」

 もとより、俺だけ安全な所に居るつもりはないけれど。

「そのあたりは明日、レミィに話しましょう。今日はもうパーティが始まってるから無理ね。機嫌を悪くするだけ」

「そうですねー。お嬢様の邪魔をする方が多分怖いです」

 小悪魔が同意する。俺も、何となくそんな気がした。

「そうなると、やっぱり巫女が気になる。何故動かないのかしら?」

「霊夢さんの事だから普通にさぼってるだけな気がします」

 小悪魔の言葉にパチュリー様はかぶりを振る。

「無いわね。死人が出ている以上、それは無い。昼間魔理沙に聞いておけば良かった」

 そうか、魔理沙さんは霊夢さんの所にも度々出入りしていると聞いたことがある。特に霊夢さんの話題は出なかった、つまり普通に過ごしている。となると・・・・・・。

「あやしいですね。何か事情がありそうな」

「そうね、様子を見に行くべきか・・・・・・。これもレミィと相談。勿論、本当に一週間の猶予が有ればの話」

「彼らは汚い手を使うくせに、戦闘に奇襲は使いません。必ず名乗りをあげます。ですから、襲撃の予告をした場合にのみ、その言葉は信用して良いと思います」

「成る程ね。なら、今日の所はコレでいいかしら?」

「ええ、多分・・・・・・ん?」

「なに?」

「いえ、気のせい、だと思います」

「煮え切らないわね、言ってみて」

 そう言われても、何か違和感があったとしか。

「解りません、多分どこかの言葉が引っかかったのでしょうけど」

 俺の言葉にパチュリー様は、そう。とだけ答えると、イスから立ち上がり。

「お風呂に入ってくる。小悪魔、宗司を見張っておいてね」

「はい! 任せてください!」

 元気の良い小悪魔の返事に、パチュリー様は満足そうに頷くと、図書館を後にした。残される俺と小悪魔。

「じー」

「・・・・・・」

「じいー」

「・・・・・・」

「じいぃー」

 ものすごく、居心地が悪い。隣に座っている小悪魔の脳は、俺を監視するモードになっているらしく、話しかけてこない。何故か見ている擬音を発しているが。

「あの、こあ?」

「はい」

 あっさり答えてくれた。

「あの、そんなに見られてると、ちょっと」

「でも私はパチュリー様からしっかり見張ってるようにって」

「逃げやしませんよ。これ以上パチェを怒らせたくはないですから」

 聞いても、小悪魔は監視モードを止めない。

「どうですかねー。女の人が出てくると宗司さん直ぐデレデレしちゃうんですもん」

「してません」

「へー」

 おおう、小悪魔にこんな目で見られるのは初めてだ。疑惑9割。

「いやいや小悪魔さん。僕はこう見えてちゃんと反省しているのですよ?」

「・・・・・・」

「ホントですって。だからそんな目で見るのは止めてください。流石に悲しくなる・・・・・・」

「・・・・・・」

 ううう。自業自得とはいえ、悲しすぎる・・・・・・。いや、でもでも。ああ、駄目か。いや、だからって、あうー。困った。

「嘘ですよ〜」

 急に、小悪魔が此方の手を掴んで言う。

「はい?」

「私が宗司さんを疑う訳無いです。パチュリー様だって宗司さんが逃げ出す何て思ってません。だけど、また不安にさせちゃったのは事実です」

 俺の手をなにやら弄りながら、告げる。

「あんまりパチュリー様を不安にさせないでくださいね? 宗司さんが来てから、パチュリー様は明るく成りましたけど、同時に不安も感じる様になっちゃいました」

「・・・・・・」

「私からもお願いします。宗司さん、しっかりしてくださいね?」

「はい」

「約束ですよ? またこんな事になったら、私が宗司さんを食べちゃいますから」

 かじりと、俺の手に軽く噛み付く小悪魔。

 そうだな、しっかりしないと。俺はパチェの執事なんだから。もう、何度も確認しているハズだが、今回はちゃんと刻み込まれた。良し。

 妙な感触を指に感じて、小悪魔の方を見ると、今度は俺の指をちろちろと舐めていた。

「こあ?」

「ふえ?」

 俺の手から口を離して、きょとんと此方を見る。

「なにしてるんです?」

「予行演習ですが?」

「なんの?」

「言わせるんですかぁ?」

 そこで顔を赤らめるな! あわてて手を引っ込める。

「こあ、言葉と行動がかみ合ってませんよ!?」

「何を言いますか。宗司さんが私の誘惑に負けないかどうか試して居るのです」

 嘘付け! 目が本気だぞ? と言うのを、喉の奥で堪える。このパターンはいつもの遊びだ。本気で突っ込んだら負ける!

「ほう、では僕が万が一本気にした場合はどうなるんです?」

「私が嬉しいです」

 事も無げに答える小悪魔。

 ・・・・・・駄目だ、やっぱりエロネタだと勝機が見いだせない。

「参りました・・・・・・」

「うふふふふふ。これで私の7勝目です。後3勝で宗司さんは私の奴隷♪」

「違うから!」

「あはは〜」

 ったく・・・・・・。最近小悪魔への突っ込みがタメ語になってきたな。いかんいかん、自重せねば。でも、あれだな。

「有り難う御座います」

「はえ? なんですか急に?」

「いや、いつもこあには元気づけて貰ってるきがして」

「それはお互い様です。私もパチュリー様も、宗司さんにお返ししょうとしてるんですから」

「そう、ですか?」

「はい、ですから、早くパチュリー様と仲直りしてくださいね?」

「精一杯、やらせてもらいますよ」

 問題が2つ。だけど、何とかなるような気もしてきた。楽観視はよくないけれど、俺の居場所を護るために。みんなを、護るために。精一杯。俺を出し尽くそう。


「そうか、交渉は決裂か」

「はい、もはや死体にしてでも連れてくるべきです」

「それは許可出来ない」

「何故です! 文車宗司と話すことなど何も無いでしょう!」

「ある」

「何を話すと言うのです」

「君には理解できんよ」

「そうですか。いいでしょう。極力捕縛しますが、事故による死亡はやむをえないものと思っていただきたい」

「・・・・・・わかった」

「ならば、私の部下全員で」

「却下する。全員出てしまったら、ここの守りが手薄になる。彼女もそんなに大人数は連れてゆけないと言っていた」

「物の怪の言うことなど信用なりません」

「彼女が居なければ幻想郷に行くこともままならないのだ。今は黙って従え」

「・・・・・・具体的にはどのくらいなら許可願えるので?」

「それも彼女に聞け。私に解るはずもない」

「・・・・・・失礼します」

「文車。頼む・・・・・・」

第弐話 了

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