く、空気が重い・・・・・・。

 紅魔館から歩いてまだ15分もたっていないだろう。だけど俺には1時間にも感じられている。ずっと会話が無い。それだけならばまだしもパチュリー様の雰囲気も重い。なんだかなー。飛んで行けば早く着くし、主の負担も少なくて良いと思うのだけれど。

「飛んだら道を覚えないから駄目」

 だそうだ。そういう所を気遣ってはくれるのだが、会話が無い。雰囲気重い。どうしろと? 確かに自分の所為なんだけど・・・・・・。ううむ。これじゃあ僕が何者か解らせるというか、ちょっと趣旨が違う気がするぞ。

 だからって経験上、こういう雰囲気の時に下手な事を言えば益々機嫌を損ねかねない。なんとか打開したいが。ねぇ? 何となく、歌でも口ずさんでみる。

「あーるーはれたー ひーるーさがりー」

 ドナドナは駄目だ! 余計凹む! 主に俺が! そうとう俺も参ってるな。無理にでも明るい曲ってえと。

 どうにも思い出せないので適当に鼻歌をやっていると。

「宗司。うるさい」

 主が人差し指をたてて唇に当てた。いわゆる「しー」ってやつ。

「・・・・・・申し訳ありません。自重いたします」

 まぁ、そうだよなぁ・・・・・・。どうしようもなく、暗い気持ちになる。開き直って普通にしてればいいのだろうけれど、パチュリー様が相手だとそれもままならない。てゆうか。やだ。

 ・・・・・・うーん。もっと器用に振る舞えたはずなんだけどなぁ。最近ちょっとおかしいぞ、俺。こんな時こそクールにいくべきだろうに。

 おそるおそる主をみると、向こうも此方をみていた。反射的に目をそらしてしまう。こっちを見ていたのだから別に良いだろうに!? なんで逸らすかな? 俺?

 そんな俺の様子に何を思ったか、主は少し微笑むと。

「宗司」

「はいっ!」

 声が裏返った。自分のテンションを全く制御出来ていない。

「貴男は良く『自重します』って言うけれど。四文字熟語で有るのも知ってる?」

 幾分か柔らかい声。

「ええ、確か・・・・・・『おんにんじちょう』でしたっけ?」

 正直うろ覚えだが。主の方から話しかけてきてくれたのが妙に嬉しくて、自信がないながらも答える。

「おしい」

 くすりと笑う。む、やはり違ったか。

「正確には『いんにんじちょう』よ。字は『隠忍自重』確かに読めないこともないけれど、知っておくと良いわ」

 人差し指を目の前に立ててレクチャーを始める。

「はい」

「じゃあ意味は解る?」

 それなら問題ない。

「『隠忍』は自分の苦しさを外に出さないで耐えること。『自重』は自分の行動を慎む事ですね。合わせて、何か有っても我慢して軽々しく行動をしないこと、です」

「完璧、良くできました」

 教え子が難問を解いたときの教師見たいな顔。あ、そのままか? 教え子ではないけれど。

「類義語には『克己復礼』、対義語だと『軽挙妄動』ね。だから宗司」

 すっと、目を細めて此方を見る。

「昨日みたいな事があっても『軽挙妄動』せずに『隠忍自重』してね?」

「ぐぁ・・・・・・」

 結局パチュリー様はそれが言いたかったらしい。思わず頭を抱える俺を尻目に、すたすたと歩いてゆく。なんだよー。せっかく話しかけてくれたと思ったらコレですか。おいていかれてはたまらないので、多少ふらつきながらも後をついて行く。幸い、主の歩くスピードはゆったりしたものなので、付いていくのに苦労はしない。

 うーん。昨日のあれは軽挙妄動と言うほど酷いものだったのか? 確かに軽率な部分はあったけれど。いや、俺が執事である以上はあれも充分軽率だったか。

 昨日から何度もこんな思考の繰り返しだな・・・・・・。ああ、もう!

 苛立つ思考を鎮めようと辺りを見渡す。まだ見慣れた風景。このまま行けば人間の里だ。遠目に家屋が見え始めている。博麗神社はその先にあるらしいが・・・・・・。

「人間の里に寄るんですか?」

 少し前を歩く主の背中に声を掛ける。流石に一言で斬って捨てられはしないだろう。

「寄らない」

 切って捨てられた!

「左様で御座いますか・・・・・・」

「さっさとあの紅白巫女に尋問して帰る。無駄な時間はとりたくない」

 確かに望んでの外出ではないが、そこまで嫌がらなくても。襲撃に備える時間は有った方が良いとは思うけど、だったら最初から飛んで、いや、これも繰り言か。にしても・・・・・・。

「パチェ、その、紅白巫女というのは?」

「博麗霊夢の事。私が最初に会ったとき、紅白の巫女装束だったからそう付けた」

 何て安易、

「安易なネーミングセンスだと思った?」

 ・・・・・・。

「申し訳ありません」

「良いじゃない。幻想郷に巫女は彼女しかしないし。良く特徴を掴んでると思うけど?」

 いや、悪いなんて一言も言ってないし? まぁ、紅魔館の夜会で見掛けた分には確かにそんな感じだった。話したこともないし、遠目から見ただけだから細部はわからないけれど。

「えっと、僕は博麗霊夢さんをよく知らないのですが、どんな方なんです?」

 言ってからしまったと思う。ここでこんな事を言ったら・・・・・・。

「なに? 紅白巫女に興味があるの?」

 低いトーンの声。やっぱり!? 頭を高速回転させて不自然では無い言い訳を考える。

「そりゃあ有ります。異変解決には必ず絡み、外の世界(あちら)幻想郷(こちら)の結界に住んでいる。何よりお嬢様と喧嘩して無事でいるような人間です。興味も湧きますよ

 こう言えば、正当性は俺の方にある。ふつうこんな言い方したら怒られるかもしれないが、パチュリー様なら大丈夫だと思う。案の定、少し間をあけながらも。

「そうね、少し話しておきましょうか」

 良し。回避! 実際に興味はあるので有り難い。

「彼女は博麗神社の巫女。博麗の大結界を護る者よ」

「博麗の大結界?」

 初めて聞く単語だ。

「さっき貴男が言ってた結界の名前。この結界が崩れると幻想郷が崩壊すると言われているわ。博麗霊夢はその守護者。だから幻想郷の誰も彼女には逆らえない」

 うえ、大人物じゃないか。主は続ける。

「異変には敏感で、強い力も持っている。弾幕バトルなら右に出る者は居ないわね。だけど普段は縁側で緑茶啜って寝ているらしいし、お金お金いってるから、とてもそうとは思えないのだけれど」

 確か一番最初に聞いたときにそんなこと聞いたな。元の世界に戻るのに金をとるとかなんとか。

「性格は・・・・・・陽気ね。いえ、むしろ暢気ね。それから短気。八つ当たりで被害にあった妖怪、妖精、幽霊、亡霊、魔法使いは数知れず。あと酒好き。べろんべろんに酔っぱらってケタケタ笑ってるのを良く見掛ける」

 酷い言われ様だ。大人物でも性格に難がある、と。そういうことか?

 ここでパチュリー様は進路変更。人間の里の裏手に行く道に入る。ここから俺は道が解らない。

「博麗神社は参拝客が少なくて、お賽銭も入らないから異変解決を生業にしている」

「神社なのに?」

「あそこは力の強い妖怪が集まるの。鬼とか、今回の騒動の原因であろう八雲紫とか。それで変な噂がたって、人間は近寄らない」

 暫く進むと、辺りは薄暗く、道も獣道の様に草木が生えている。あまり人が通った様子もない。

「この道も人間が近寄らない理由のひとつね。この辺りは危険な妖怪もいるから」

 確かに、いくつか視線を感じる。そこから読み取れる感情は、恐れ。

「私たちは人間じゃないから。そうそう襲ってはこないわ。普段は飛んで行くからこんな不愉快な視線に晒される事もないけれど」

 本当に不愉快そうだ。煩わしそうに進路上の枝を手で払う。

 しっかし、本当に人が通った気配が薄いな。たしかにこれじゃあ進んで神社にいこうという人間も少ないだろう。よほどせっぱつまっていない限りは。

パチュリー様を見ると、肩で息をしていた。そんなに長距離ではないが、普段からあまり動かない主にはきついか。さっきからずっと喋ってるし。俺がしゃべらせたんだけど。

「パチェ、辛いなら背中貸しますよ?」

「いい」

 前を向いたまま、主は答える。短い言葉は、強い拒絶。

「歩かせて」

 だがそれは俺を嫌ってとか、そういう類のものではないみたいだけれど。声色が幾分優しい。以前似たような状況があったけど、その時はあからさまに拒絶されてたからな。そう思うと余計に飛ばない意味が解らない。単に道を覚えさせるのが目的というわけではなさそうだ。

 でもなぁ、これ以上無理させると喘息が再発しそうだし。最近は調子よさそうだが、あんまり無理をさせる訳にもいかない。ちょっとでも咳をしたら問答無用でおんぶ。

 そう考えていたが、主は意外なタフさを見せ、それからしばらくは無言で歩いていた。俺も辺の妖怪に気を配りながらなので、あまり話をしようという気にはならない。この辺は不幸中の幸いと言うべきか。

 程なくして、急に視界がはれる。ちょっとした広場の様な場所に出た。

「着いたわ」

 足を止めて見ると、大きな鳥居。そこから伸びる長い階段。どうやら参道のようだ。階段の上の方にもひとつ、鳥居が見えた。

 おお、如何にも神社って感じだ。階段も朽ちた様子が無く、葉の落ちる時期だというのに、きちんと手入れされている。聞いた限りだとかなりいい加減な感じだったが、掃除はマメにしているようだ。常緑樹からの木漏れ日が良い感じに幻想的な雰囲気を演出していて、これからお参りをするんだという気持ちにさせる。階段脇に並ぶ葉の落ちた木々は、恐らく桜。春に来たらさぞかし綺麗だろう。

 足を止めて眺めていると、パチュリー様から声が掛かる。

「宗司、行きましょう」

「はい」

 だが、そのパチュリー様の足が進まない。階段の前で止まったままだ。

「どうなさいました?」

 階段を睨み付ける主。何かいるのか? 妖怪の気配は消えていないが、階段の方からは特に危険なにおいはしてこない。なんだ?

「宗司」

「はい」

「流石に上がるのは無理。なんとかして」

「かしこまりました」


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