ほんとうのきもち2

「嬉しくても泣けるって、本当だったのね。びっくり」

 ややあってから、腕の中から此方を見上げてパチェが言う。目が赤いが、憑きものが落ちたかのように明るい顔と声。

「ですね」

 そういう俺も赤いだろう。もっとも。俺の場合は自分にかけた抑圧に負けて出た涙だから、ちょっと意味合いは違うけれど。それには同意だ。俺も嬉しくて泣いた覚えは無い。

「ねえ、宗司」

「はい」

 まっすぐ、こちらを見つめて。

「宗司は、私の事。どう思ってるの?」

 それを聞きますか。わざわざ。なんだか急に恥ずかしくなって目を逸らす。

「言わなきゃ駄目ですか?」

「駄目」

 悪戯っぽく笑うパチェ。

 まるで、今まで待たせた仕返しだと言わんばかりの。

「貴方が今抱きしめてくれているのは、私の精神を安定させるためのいわば治療。それに考えてみたら、さっき私が言った言葉はほとんど告白でしょう。私だけなんて不公平」

 思考早え! クリアになった頭は感情的になった自分の言葉さえも分析してみせた。さらには俺に言わせる口実まで用意。余計なことを考えないでいるなら、パチェの思考は相当早い。なら・・・・・・。

「ぼ」

「堅苦しい言い方したらクビ」

「・・・・・・」

 『僕はパチェをお慕いしております』と言おうとしたのだが。

 やっぱだめか。

 何となく癪に触った。もちろん怒るとかそういうレベルの話じゃなくて、悪戯程度の考え。たぶん、これからのパチェとの関係を決定づけるモノ。

「パチェ」

「なに?」

 此方を見上げてくる。俺は、パチェと目を合わせたまま暫く黙る。

 紫色の瞳にだんだんと現れる、不安と羞恥の色。よしよし。

「あの? 宗司? 何か」

 目を逸らそうとするのを、ほっぺたに手を当ててそれを制する。とたんに、小動物の様に小さくなるパチェ。

 揺れている紫色の宝石を見つめて少し微笑み、ゆっくりと、想いを口にする。

「パチェ、貴女の事が、好きです」

 一節ずつ。区切るようにはっきりと言う。

 ちょっとした間。

 みるみるうちにパチェの顔が紅潮してゆく。目をまん丸に見開いて、唇が横一直線にひきしめられる。湯気でも出てきそうだ。いや、実際ちょっと出てる。

「む・・・・・・」

「む?」

「むきゅーっ!」

 沸騰。

 再び、俺の胸板に顔を埋めるパチェ。

「なんでなんで!? 望んでいた言葉なのになんでこんなにも動揺するのっ!? 滅茶苦茶恥ずかしいんだけどっ!?」

 早口でまくし立てる。

 うむ、大成功。

 俺の思考を読み取って追いつめた所まではよかった。けれども耐性がないので予測していても効くと言うことまでは読めなかったのである。

 何をいってるんだ?

 とにかく目を合わせての言葉は思いの外威力がある。目は口ほどにモノを言うというが、言葉と合わせると効果は倍増。みんなもやってみよう!

 ・・・・・・俺も大分きてるな。

 パチェは体を軽く震わせながら素数を数え始めている。落ち着きたいのだろうけど、俺に抱かれた状況では無駄だという事が全く解っていない。

 そんなパチェの様子に少し、吹き出してしまう。

「な、なんで宗司はそんなにれいせいなのっ!」

 それを聞きつけて、上目遣いで唇をとがらせる。

「冷静じゃ有りませんよ」

 パチェの頭を抱えて、心臓の辺りに耳を押しつける。

 そこは早鐘のように鳴っていて、今にも口から出てきそうな程だ。パチェの様子が面白くて、表面上は冷静さを保ってはいるが、かなり動揺している。色々。

 勘弁して欲しい。、

「本当だ・・・・・・。でもなんだか、負けた気分ね・・・・・・」

「はははっ」

「うう〜・・・・・・。でも宗司。こんな状態じゃまともに考えがまとまらない。これからの事考えなければなのに・・・・・・」

 そうなのだ、本来なら考えるべき事が色々と有るのだが・・・・・・振ってきたのはパチェの方だろうに。

 そんなことは意にも介さず、俺に聞いてくる。

「こういう場合は、どうしたら治るのかしら」

「簡単です。離れれば良いのです」

 そう言って腕を放すが。

「嫌」

 パチェは俺の背中に回した腕を放そうとしない。それどころか燕尾服を掴む手に力がこもる。

「このままでどうにかして」

 ぐりぐりと、おでこを押しつけてくる。

「まったく、僕の主様も困ったものです」

「いいの。なんとかしなさい」

 ・・・・・・すっげえ我が儘。恥ずかしい癖に俺と離れるのが嫌。でも動悸は納めたい。なんとも贅沢な話である。つうかパチェってこんなに甘えたがりだったのか。普段は抑えてたんだろう。何か、吹っ切れたみたいだ。

だから、どうしたら治るかも、多分解って言っている。甘えモード全開だから。

 まぁ、俺もこのまま離れるのは名残惜しいわけなのだけど。

 でもなー。ちょっとなー。

「・・・・・・宗司」

 暫く俺が逡巡していると、唐突にパチェが話し始めた。

「はい」

「ごめんなさい」

「はい?」

 なぜ謝られたのかが解らない。急に、不安になる。せっかく・・・・・・。

「その・・・・・・冷たくして」

 ・・・・・・ああ。

「いいんです。僕にも自覚がなかった訳じゃ」

「そうじゃないの」

「・・・・・・」

「そりゃ、宗司の軽率な行動には臓腑が煮えくりかえるようだったけれど」

 あう。

「宗司にね、見せたかった。私が、人に頼っているだけの存在じゃ無いって事を」

 押しつけていたおでこをはなして、此方を見上げる。顔は赤いままだったけれど、瞳はまっすぐ。

「私が、ちゃんと立って歩けるって事を」

 博麗神社への道のりで俺の助けを拒んだ事。霊夢さんの安い挑発に乗ったこと。全体的に、やけに攻撃的だったこと。不器用なパチェの、示した意志。

「なのに頭がこんがらがって、自分でも良くわからない行動とかとってしまって・・・・・・ごめんなさい。そして」

 きゅ、と背中に回された腕に力がこもる。

「ありがとう。ずっと、呆れずに見ていてくれて」

「パチェ」

そうしなければならなかったのは俺のせいだというのに。それでも少女は、俺の心を気遣ってくれた。

「だから宗司。コレは、私からのお礼」

 す、と赤く染まった顔が寄ってくる。成る程、このための布石だった訳ね。だが俺はパチェの額に手を当てて止める。さっきから解っていたことだが・・・・・・。

「なに?」

 あからさまに不機嫌な表情をするパチェ。

「やめておきましょう。それは僕からでないと格好が付きませんし、なにより」

「なにより?」

 背中が痛い。

「見られてますから」

「っ!?」

 ばっと、俺から離れて、俺の背後を伺うパチェ。俺も首を曲げて後ろを見る。

wktk wktk!」

「どきどき」

 小悪魔と典雅が、書棚から半分だけ顔を覗かせて此方を見ていた。

「あ、あ、あ・・・・・・」

 パチェの体から怒気のオーラが立ち上る。

 俺は知らぬ。

「あんたたちねぇぇぇ!」

 懐から取り出したスペルカードは。言わずもがな。

日符「ロイヤルフレア」


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