あやかしの想い。鬼の迷い2
どちらからともなく、紅茶を一口。
典雅は心配そうに此方を伺いつつ、再び口を開く。
「ごめんね。パッチェちゃんといい仲になった早々にこんな事言って。でも、だからこそ、宗司君はどうするのか気になって。君は、優しいからさ」
矛盾。
でも、典雅の危惧は良くわかる。
彼女が俺のことを優しいと言ったのは褒め言葉ではない。優柔不断という言い方を避けただけだ。自分に近しい人物が絡むといつも、迷いが大きいから。
今までは俺個人の事だったけれど、今度は幻想郷全体での話だ。魔術師協会、いや、教会という得体の知れない組織が、幻想郷を狙う。俺たちの所為で。
そんな典雅に、俺は少し笑って見せた。
「典雅」
「なにさ」
俺の表情に不穏なものでも感じたのか、戸惑うように答える。
「僕は今から非常に非論理的な事を言いますが、よろしいですか?」
「ふうん。いいさ」
「僕はね、典雅。そんなことにはならないと思うんです」
「・・・・・・はぁ!?」
ティーカップを置いて立ち上がる典雅。
「なに言っちゃってるのかな宗司君は? 君ならわかるっしょ? 楽観的な事なんて言えるような事じゃないって!」
いきり立つ典雅をおれはまぁまぁとなだめる。
「最後まで聞いてください。楽観論は貴女の得意技でしょうに。お茶のお代わりは?」
「・・・・・・もらう」
そう答えて一気に紅茶を煽る典雅。ずいと、目の前にティーカップが突き出される。受け取って注ぐ間に典雅は腰を落ち着けた。
「あたしだって世界のひとつを相手取って楽観視なんてできないさ」
「謙虚な事で」
「宗司君?」
「はいはい」
全く、人が怒ってるのはスルーするのに自分が怒ってるの無視されるとすねるんだから。めったに怒らないからいいけれど。一日で二回も怒ったのは新記録である。
「今日色々と幻想郷を見て回って、思ったんです。此処の住人達は、恐らく典雅や僕が思っている以上に、強い」
典雅が黙って聞いているのを確認してから、続き。
「勿論物理的な強さも、精神的な強さも併せてです。西行寺幽々子や、博霊の巫女、伊吹萃香、ウチのお嬢様」
そして。
「八雲紫」
ぴく、と典雅の眉が動く。どうして敵の名前なんか、ってとこだろう。それでも聞く体勢でいてくれてるのは有り難い。
「どなたも癖の強い方ばかりです。観測されているだけでも1000年間。1000年ですよ? 幻想郷を維持してきている。軽く稗田氏の本に目を通しましたが、かなり危険な状態にあったにも関わらずこうして今も続いている」
「だから今回も平気だって?」
「ええ、そのくらいの余裕を、僕は皆様から感じました」
「うん」
思い当たる節があるのだろう、典雅も頷く。
「変に禍根を残すような、そんなツメの甘い結末をあの方々が許すとは、僕には思えないんです」
博霊霊夢も、西行寺幽々子も言っていた事。紫がからむと何故か丸く収まる。特に西行寺幽々子は八雲紫とは懇意のようだから、その言葉にはある種の信頼さえ感じられた。
「幻想郷がどうこうなんて僕如きが考えて良いことだとは思えない。もちろん、僕もこの世界の住人ですから。関係ないなんて言いません。だから、今は僕が出来ることに集中しようと思います」
「成る程ねー」
典雅は紅茶を啜ると、感心したように俺を眺めてみせた。
「宗司君もそんな考え方出来たんだ、意外」
「僕自身不思議ですよ。こんな事で納得しちゃってるんですから」
「昔は1から10まで理詰めだったのにさ」
「流石にそれは言い過ぎですよ」
苦笑。そんなに堅い男に見えてたのかね。
「宗司君が私に告った時くらいかな?」
「あの時は典雅が僕に告白したんでしょう?」
「えー? だって宗司君てばあたしを熱っぽい視線で見ながら『典雅、君の瞳を見ていると、どきどきするんです。その豊満なおっぱいで僕を』」
「そんな奇っ怪な事は言ってません」
「そんなに恥ずかしがるなよー」
「恥ずかしいのは典雅の頭です」
「ほらほら、πタッチオッケーだよ? 今ならブラしてないしー?」
「昔の恥ずかしい話から何故そうなるんですか!」
「ぜったい宗司君が先だって」
「いきなり戻されても」
「じゃあどうしろっていうのさー!」
「逆ギレ!?」
「宗司君なんか機雷だー!」
「字が違います」
「間違えた。気合いだー」
「何故離れる」
「キカイダー!」
「ネタ古っ!」
そのうちバロムワンとか言いそうだ。
「なんにせよさ」
典雅は咳払いをひとつ。
「宗司君は幻想郷の住人として生きてくんだね」
「・・・・・・ちょっと纏め方に無理が有りますが、そうですね。そう決めました。パチェの為に生き、パチェの為に逝きましょう。それが、僕の我が儘ですから」
リベリオンに対して言った言葉を、改訂して再び。面と向かってパチェには恥ずかしくて言えないけれど。もう、揺れはしない。
それを聞いて典雅は少し鼻白んだが、ふっと笑う。
「うらやましいなー。でも、そのためにも、勝たないとね」
「ええ、何を持って『勝ち』かは正直曖昧ですが、精一杯やらせていただきましょう。典雅も、手伝ってもらえますか?」
「言ったはずさ、なんかあったら呼べって。あたしが何の為に此処に来たと思ってるのさ?」
豪快に上腕部を叩いて、ガッツポーズをしてみせた。
細腕だが、これ以上の凶器はないと個人的には思っている。
「有り難う御座います」
「わかってないなー。あたしが勝手に手伝うだけだし。協会の奴ら相手に暴れるのも」
にやりと、笑う。
「悪くないさ」
典雅の様子に方をすくめる俺。
「さっきまで不安な女の子してたのにもう復活ですか?」
「それはそれ、これはこれ。あたしもパッチェちゃんと宗司君の為なら鬼になるさ」
ぐいっと、豪快にカップをあけると立ち上がる。
「じゃね、早くやすみなよー」
そう言って出ていこうとする典雅に、声を掛ける。
「典雅」
「んー?」
「典雅は、どうするんですか? このゴタゴタが片付いたら」
さっきの言葉。「宗司君は幻想郷の住人として生きていくんだね」。
じゃあ、典雅は、どうするんだ?
「ん・・・・・・」
少し考えて、典雅は言った。
「わからないさ」
答えた表情が、印象的すぎて。
「んじゃ、おやすみぃ〜」
お休みも返せずに、ドアが締まる。
取り残された錯覚。紅茶を一啜りしてそれを振り払う。
「そんな寂しそうな表情するなよ・・・・・・」
無理か。ここに来るだけでもかなり迷ったんだろうし。
・・・・・・。
ゴメン、典雅。やっぱり俺は、優しくない。