社の裏には母屋があった。長屋みたいな作りで、人一人住むには充分な広さを持っている。土間は無い。俺と主は茶の間に通された。部屋の真ん中にちゃぶ台。奥には茶棚。飾り気は特にない。あえて言うなら、茶棚の上につつじの花が飾ってある位だ。

 畳の部屋に上がるのは久方ぶりなので、ちょっと嬉しい。俺は畳好きなのだ。でも燕尾服で正座をするとズボンが・・・・・・。だからってあぐらをかくわけにもいかないので、我慢して正座。パチュリー様もなんの違和感も無しに正座していた。慣れて居るようだ。

 特に会話もなく、巫女がやって来るのを待つ。さっきまで饒舌だったが、やっぱり必要な事以外は話そうとしてくれない。むぅ。

 ちょっと息苦しくなってきたタイミングで、巫女が戻ってきた。

「お待たせ」

 手にはお盆。俺たちの向かいに座ると、湯飲みに茶を注いで出してくれた。茶菓子は薄皮饅頭とたくあん。甘い物、しょっぱい物、苦い物。うん、完璧。

「どうぞ」

 言われるままに、お茶に手を伸ばす。パチュリー様もだいぶ喉が渇いていたらしい、慎重に茶をさましてから啜る。

「それで」

 巫女も一口茶を啜ると、話を振ってきた。

「私が今回の異変に関わっていない理由、だったっけ?」

「そう。いつもならいの一番に駆けつける貴女が動かない。被害も大きい。紅魔館は2回も襲われている。しかも一週間後にはまた襲われるわ。助けを求めに来た訳じゃないけれど、貴女が動かないのは不自然過ぎる」

 淡々と話す主。

「・・・・・・」

「烏天狗も号外をまいているし、隙間の妖怪と仲が良い貴女が今回の異変を知らないってことはないはず。むしろ貴女は何か知ってるんじゃない?」

「別に紫と仲が良いわけじゃないけど」

 巫女は苦笑すると、茶をもう一口。

「私も悔しいのよ」

 眉間にしわを寄せた、苦々しい表情。予想していなかった返答だったのか、パチュリー様も似たような顔。

「どういう事?」

「2ヶ月くらい前かな? 突然、紫がやってきて、ってあいつが突然来るのはいつもの事か。近いうちに異変が起こるけど、貴女は大人しくしていなさいって」

「八雲紫が・・・・・・」

 2月前といえば、だいたい俺が来た時期と一致する。やはり最初から八雲紫も一枚噛んでいるのだ。魔術師協会と八雲紫。何処で繋がっているのか。

「ふざけるなって思った。異変が起こるのに、黙って指をくわえて見ているなんて私には出来ない」

 思い出して苛立って来たのか、ちゃぶ台を指先でトントンとたたき始めた。パチュリー様は黙って耳を傾けている。

「そうでしょう? 異変を放置なんかしたらこちとら商売挙がったりよ。何人か同じ事を聞きに来た奴もいたわ」

「魔理沙ね」

 主が聞くと、巫女はこくりと頷いた。魔理沙さんはしょっちゅう神社に出入りしているから、当然、巫女に何かあれば一番に気付く。

「本人から聞いたの?」

「ええ、でも魔理沙は良くわからないとか言ってた」

「魔理沙らしい」

 どうやら、昨日来たときに話はしていた様だ。そりゃそうか。気付かなかった俺は間抜け過ぎる。

「続けるわ。そう言ったら紫、貴女に人間が倒せる? だって」

「ああ」

 パチュリー様は得心したようだ。同時に、俺も気付いた。今回の騒動はあくまで人間のやっている事であって、妖怪が起こした事ではない。高位の妖怪たちが起こす気まぐれでもなければ、下位妖怪の悪戯でも騒ぎでもない。完全に侵略に来ている。

「相手はルールも何もない、ただ幻想郷に攻め入る人間。私に力が有っても止める術が無い。しかも本来護るべき人間が相手。お手上げよ」

「さらに貴女の株が下がりかねない、と」

「そ」

 俺の言葉に、巫女は短く答えた。それに対し、主が怪訝な顔をする。

「何で?」

「なんで、って・・・・・・あ」

 そうか、パチュリー様は妖怪側の人だ。

「人間というのは自分勝手な生き物です。ですから自分を護っていた対象が同族に攻撃を仕掛けてきた場合、なんの関係も無くともその行為を責めます。この場合は相手も人間ですから、人間を攻撃した時点で博麗さんへの認識は『必要と有れば人間も襲う』人物として捉えられてしまう訳です」

「それくらい解ってる。だけど明らかに敵対しているでしょう?」

 まったく理解出来ない、という顔だ。

「もちろん、しかし、現在困っているのは妖怪だけです。妖怪が居なくなるのは人間にとって利です。お互いに利があるのが幻想郷ですが、それを理解していない人間の方が多い。彼らに博麗さんの行動は、人間を裏切る行為に映るでしょうね」

 そう、今回の騒動。一般人に被害が出ていない。こういう言い方は宜しくないのだが、彼らからしてみれば「一部のトチ狂った連中が勝手に死んだ」だけで、普通に暮らしている人間に害は無い。雑貨屋のおっちゃんだって妖怪の仕業だからああいう反応をしたのだ。撃退したのが巫女なら、また反応は違ってくるハズ。人間そう都合良く出来ていない。

魔術師協会は幻想郷の人間も生かしておくつもりは無いだろうが、彼らの優先度は妖怪の方が高い。力を持たない人間など眼中に無いだけで、掃除の対象から外れているわけではない。それを説いたところで意味はないだろうけれど。自分に被害が無い限り動き出さないのも特徴だ。遠い国の戦争にさして危機感が無いのと同じ。危機感だけで動かれるのは迷惑だけど。それはただのパニックだ。

話がそれた。

博麗霊夢は大きく頷く。

「文車、だっけ? 彼の言うとおり。だから私は動けない。悔しいけどね。人間が起こしたものであろうと異変は異変。動きたいのはやまやまだけど、私が人間故に動けない。皮肉よ」

「馬鹿馬鹿しい」

 パチュリー様は切り捨てる。巫女の言い分に対してでは無い。人間に対してだ。

「そんな事にも頭が回らないわけ? 霊夢もよくそんな連中を護る気になるわね」

 ・・・・・・嫌な予感はコレか。パチュリー様は気付いていないだろうが、精神的に俺は半分どころか殆ど人間なのだ。あまり気分の良いものではない。「人間」にたいして嫌悪感を抱かれるのが、俺には辛い。博麗霊夢さんにしてみたって面白くは無いだろう。だが。

「だからよ」

 巫女は静かに答えた。

「人間がもっと強かったり、もっと頭が良かったりしたら、私の様な存在は要らないでしょ? 人間が弱いから私は人間を護るの。だからそいつらが本当に人間を襲ったならば、私は誤解を受けてでもそいつらを打ち倒しに行く」

 微笑んだ巫女の言葉は、強かった。

「ふうん・・・・・・ただの暢気な守銭奴かと思っていたけど、案外考えてるのね」

「狡猾なだけ。あと守銭奴は余計よ」

 巫女は苦笑。確かに。最初から手助けしてくれれば良いモノを、襲われてから、である。どちらにせよ巫女の株陥落は免れないと言うことだ。だが、やりようが無いのも事実。

「だから、私の人気を落とさない為に、人間が襲われる前にあなた達がんばって!」

 さっき良いこと言った口で随分な事を言う。苦笑いするしかない。

「身勝手な事を・・・・・・まあ良いわ。こっちは貴女が動かない理由が知りたかっただけだし。その様子だと八雲紫とも会ってないんでしょう?」

「ええ、忠告受けて以来姿を見せないわ」

「そう」

 茶をひとすすり。取り敢えず、巫女に話を聞いて解った事は、やはり八雲紫が絡んでいるということ。そしてかなり深い所で繋がっている可能性があるということだ。それと・・・・・・中核に俺が居る。あらためてそう思う。俺がここに飛ばされたのと八雲紫が巫女に忠告した時期の一致。八雲紫の発言。エリニュスの言葉。まったく、そんな大層な存在になんて成りたくはなかったのだけれど。

 まるで誰かに運命でもいじられたみたいだ。

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