博霊神社
階段を上がりきった所で、パチュリー様に纏わせていた風を解除、地面に降ろす。風の精霊の力を借りて、主を浮かせて来たのだ。飛ぶのにも魔力を消費する。最初から飛んでいたのなら問題は無いが、疲れてから飛ぶと余計に疲れるらしい。
本当はおんぶしようと思っていたのだが、主に「その背中からは下心しかみえない」と言われてこの方法にした。
流石に今の状況で下心は無いのだけれど。これ以上主の機嫌を損ねるような事はしたくない。
・・・・・・。ごめん、ちょっと期待してた。
ともかく。ともかくだ! 上がりきると、神社が現れた。それなりに広い敷地だ。階段の幅のまま、石畳が続き、他は玉石が敷いてある。石畳をまっすぐ行くと、正面にこぢんまりとした社があった。特に飾りっ気もなく、注連縄と賽銭箱位しかない。最近立て直されたのか、新しい感じを受けた。社の左側には、あれは納屋だろうか。南京錠のかけられた建物がある。
ぱっと見た感覚では、こぎれいな感じ。それだけで、とても大結界を護る巫女が住んでいるような所には見えない。霊験に大きさは関係ないと思うが、厄除け大師のような巨大な建物を想像していた俺にはちょっと拍子抜けだ。
「さて、巫女は何処に・・・・・・って何をしてるの?」
財布を取り出した俺に対して疑問の言葉を投げかける主。
「いや、せっかく神社に来たのだから賽銭をと思いまして」
「物好き」
じと目で此方を見る。
そうかなぁ。俺が住んでいた世界じゃ普通だったけど。自分が半神なためにちょっと妙な気分ではあるのだが、半分は人間なんだし。財布をあさると、小銭が500円硬貨しかなかった。まぁ、たまには良いだろう。
賽銭箱に近づいて、500円玉を投げ入れる。かたんと、乾いた音がした。どうやら空っぽのようだ。ホントに誰も入れてないんだな・・・・・・。哀れな気分になったが、気を取り直して柏手を打ち、祈る。
『紅魔館が、いつまでも無事でありますよう』
祈りや願いは個人に、ましてや自分に対して行うモノではない。というお袋の言に従い、住み処の無事を願う。平和は願っても無駄だろう。あのお嬢様が平和を望むとも思えない。
そういやここの神様は誰だろう? 大半の神社は説明書きがあるが、此処にはそれもない。八百万の神に願うのが妥当か。俺も入るが。
気付けばパチュリー様も左隣で手を合わせていた。こちらの視線に気付いたのか、横目で俺を見る。
「ついでだから私も祈らせて貰う」
そう言うと、目をとじた。だが賽銭は入れない。苦笑。確かに神様は金銭を求めたりしないが、そこは気分。幻想郷の神様はどうだか知らないけど。
そんなことを思っていると、社の裏手から人影が現れた。その人影は・・・・・・。
え?
最初に出てきたのは疑問符。服の色が全体的に紅白で、恐らく彼女が博麗霊夢だ。頭の大きな赤いリボンが印象的だったからそうだろう。ただ、俺の知っている巫女装束は白衣に緋袴だ。桜色の袴もあるがそんなことはどうでも良い。ただこの巫女の着ている装束は・・・・・・、なんというか、言葉にしづらい。
取り敢えず、白衣は着ていない。赤いノースリーブで、大きな白い襟の付いた・・・・・・シャツ? 黄色のリボンタイ。肩と肘の間あたりに白衣の袖だけが結びつけられた感じ。つまり肩が剥き出し。そして袴では無くて赤いスカートを穿いている。足下は白いソックスに赤い靴。和風にアレンジした洋服ってとこか。全体的に巫女っぽいのだが、やはり全体的に巫女っぽくない感じ。
漆の様な黒髪、濃い黒目の、東洋系・・・・・・と言うより日本人っぽい顔。魔法道具屋の苑さんの妖艶さとは違い、可愛らしい感じだ。
「お賽銭入れてくれたの!?」
がっ! と俺の燕尾服の襟に手を掛ける巫女。一瞬で間合いを詰められた。その迫力たるや凄まじいモノがある。彼女の背は高く無いので、俺は強制的にやや前傾姿勢。
「え、ええ、まぁ」
気圧されてまともに返答が出来ない。お礼を言われているのだが、なんだか脅されている気分。
「幾ら? 1円? 5円? それとも10円?」
その辺が妥当な所か。でも小銭無かったし。
「500円・・・・・・」
「ええ!? 500円!?」
巫女は俺から手を離すと、まさかとでも言うように両掌で口元を覆う。
「ホントに!?」
「ホントですが・・・・・・」
巫女は自分の肩を抱いてぶるっと身を震わせ、次に俺の手を握るとぶんぶんと上下に振った。思いの外力が強く、たたらを踏む。
「なんて良い奴なの! 是非お茶飲んでって! 茶菓子も出すわよ。あ、もし迷い込んで来たのなら泊まって行ってもいいわよ? 帰りは護衛もしてあげる!」
なんだかもう突っ込み処が多すぎて目を白黒させていると、パチュリー様が俺の背後から顔を覗かせた。巫女は右から出てきたので主は俺の陰になっていたのだ。
「久しぶりね、紅白」
やや仏頂面で主。
「えっ?」
ぴたりと、動きを止める巫女。いや、博麗霊夢。イメージとのギャップが激しすぎて、この少女をそうとは認識できないでいたが、どうやら本物らしい。
「パチュリーじゃない。どうしたの? 珍しい」
「取り敢えず突っ込ませてもらうわ。賽銭500円の対価にしては豪華すぎる。それからまだ昼前なのに泊まっていけはおかしい。夕飯まで面倒見る気?」
「サービスよ、サービス。そうすれば噂がひろまって、あそこの巫女は素晴らしい! 今度お参りにいってお賽銭いっぱいあげよう! って寸法よ!」
俺に聞こえてる時点で計画倒れだけどな。主もそう思ったのか、微妙な目つきで博麗霊夢を眺めた。
「策士策に溺れる、ね。策ですらないけど」
「良い案だとおもうけど?」
「もういい。気付いて無いでしょうけどそいつは半神だから、護衛はいらない。それから」
俺と巫女の間に視線を合わせて。
「いつまで手を握っているの?」
「へ? いや、特に意味はないけれど、何か問題あんの?」
俺から手を離して、やや身を引く。
「別に、気になっただけ」
ついと、視線を逸らす。なんだかまた少しご機嫌斜めになったようだ。巫女は訝しげな顔をして、此方を見やる。
「ふうん。パチュリーの知り合いみたいだけれど、貴男は?」
やっと自己紹介できる様だ。俺は頭を下げる。
「文車宗司と申します。紅魔館内、大図書館にてパチュリー様の執事をさせていただいてます」
「・・・・・・ああ!」
巫女は何か思い出したのか、閃いたかのように手を打つ。
「そう言えば夜会で何度か見掛けたわね。イスク以外の男が居るなとは思っていたけど」
どうやら気付いていたらしい。紅魔館に男は俺とイスクさんしか居ないから、当然と言えば当然なのだけれど。
「そっか、私は博麗霊夢(はくれい・れいむ)。この神社の巫女をしてるわ」
やはり見た感じは普通の少女だ。さっきは迫力におされて良くわからなかったが、やはりそんな大人物には見えない。巫女は俺と主を交互に見て。
「それにしても紅魔館で働こうなんて物好きね。あんなとこ辞めてウチで働けば? レミリアみたいな無茶な要求はしないし、三食昼寝付だし」
「駄目よ。宗司、騙されちゃ駄目。この巫女は自分がさぼるために宗司を馬車馬の様に働かせる気よ」
「なっ! そんなことするわけないじゃない!」
「どうかしら? 境内の掃除に宴会の準備及び後片付け、果ては食事の準備まで任せる気でしょう?」
「ふーんだ。パチュリーみたいに一から十まで小間使いの世話になってる人に言われたくありませんー」
「なんですって! 腋巫女のくせに!」
「なによ! 根暗の引きこもり!」
ぎゃあぎゃあと言い争いを始める二人。パチュリー様も随分安い挑発に乗ったな・・・・・・。そんな激昂するような事でも無いだろうに。
どちらで働こうがやることはあまり変わらなさそうだ。勿論、パチュリー様の下を離れる気なんてさらさら無い。取り敢えず収まるまで待とうか。女性の言い争いに首を突っ込んでもろくな事がない。
改めて、博麗霊夢を観察。髪留めも兼ねている、頭の大きな赤いリボン。変則的な巫女服。確かに紅白だ。ノースリーブのシャツはやや緩いのか、胸の横辺りまで見えている。さらしを巻いているので胸のサイズは判断出来ない。しかし、寒そうだ。全体的に生地が薄い感じがする。それからあの袖、動きづらそうなんだけど。
いやー、なんだな。どうしても腋に目が行くな。
「隠忍自重」
はっと、振り向くと。パチュリー様はまだ言い争いをしていた。なんだ、幻聴か・・・・・・。一瞬マジで焦った。そこまで気を取られた覚えはないのだけれど。まぁとにかく、あんまり見るのは止めよう。女性をじろじろ見るのは無粋だ。
「で? 結局あんたは何しに来たのよ?」
不毛な言い争いにしびれを切らした巫女が、終わらせるように言った。主はしぶしぶといった感じで目的を切り出す。
「あなたに聞きたい事があって来たのよ。今回の騒動について」
パチュリー様の言葉に、博麗霊夢は表情を変えた。真面目なものに。
「その話、か」
「そう、今回の騒動も立派な『異変』よ。なぜ貴女は動かないの?」
「・・・・・・」
巫女は目をつぶってしばし考えると、此方に背を向け、社の裏手の方に歩き出した。
「ちょっと、霊夢」
「あがってけば? さっきの話じゃないけど茶菓子位は出すわよ」
そのまま、裏手の方に消える。俺と主は顔を見合わせた。
「どうします?」
「せっかくだからお言葉に甘えましょ。恐らく長い話になる」
そう言って、歩き出した。俺も後について行く。
・・・・・・くそ、また嫌な予感がする。