苛立ち
「れいむー、遊びにきたぞー!」
突然、少女の巫女を呼ぶ声と共に、がらりと障子が開いた。
現れたのは、小柄な少女。長く伸びた薄橙色の髪、幼い顔つきの目は薄い茶色。袖の千切れたワイシャツ。体に対して大きめな紺色のスカートをやはり大きなベルトで止めている。腕にはアクセサリーのように鎖分銅を巻き付けている。腰に酒ひょうたん。そして、側頭部に生えた一対の大きなねじれた角。鬼。伊吹萃香(いぶき・すいか)だ。
幻想郷ただ一人の鬼と言われて居たが、現在は3人いる。星熊勇儀と・・・・・・。
「あれ? 宗司君じゃん?」
萃香さんの後ろにフルスロットル娘の典雅がいた。呑んでいるのか顔がほんのり赤い。
「なんだれいむー。客かー? おお! パチュリー! ひさしぶりー」
萃香さんはそういってちゃぶ台に付くと、勝手にたくあんを口に放り込む。ぼりぼりといい音をたてて咀嚼しながら。
「ほうひはんはめふらひー」
「霊夢に話を聞きに来たのよ」
聞き取れたんかい。やや迷惑そうな表情の主。萃香さんはごくりとたくあんを飲み込むと、今度は俺に話を振ってきた。
「んー、文車までいるじゃないか」
「お久しぶりです、萃香さん。相変わらず呑んでますね」
酒臭いのは相変わらずだ。
「にゃははー。宗司も呑むかー?」
言ってひょうたんを左右に振る。いくらでも酒が出てくるという不思議なひょうたんだ。
「遠慮しておきます」
付き合わされたら死ぬ。酒は強い方だがこの鬼とは絶対呑みたくない。
「萃香、行儀悪いわよ。貴女の分も用意するから待ってなさい。あ、典雅。勿論あなたの分もね」
巫女は萃香さんをたしなめると、奥に向かった。典雅とは顔見知りらしい。
「有り難う霊夢ちゃん。よろしくー」
ややろれつの回らない口調で典雅。いやはや、この二人が現れた瞬間場の空気が一気に変化した。むしろこっちが本当の能力なんじゃ?空気を変える程度の能力。
「宗司君何凹んでるのさぁ?」
がばっと、典雅が後ろから抱きついてくる。背中におっぱいの感触。やっぱりでかいな・・・・・・。じゃなくて!
「やめてください典雅!」
「恥ずかしがるなよー」
口調が萃香さんと同じだ。つまり酔っている。いや、マジ止めてくれ! パチュリー様の視線が痛い! 抵抗するも力は彼女の方が上だ。がっちりとホールドされている。
「胸あたってますよ! 恥ずかしくないんですか!?」
「あててんのよ」
うぎゃー! 完全に出来上がってやがる! エロゲのキャラか!? しらふならこんなしつこくくっついて来ない。さらにタチの悪いことにほっぺたをこすりつけてきた。しっとりすべすべ・・・・・・じゃなくてだ!
「うふふ〜。宗司くーん♪」
「だから止めてくださいってば! しまいにゃ怒りますよ?」
「嬉しいくせに〜」
しぎゃー! 萃香さんはにやにやしながらこっちを見てるだけだし、パチュリー様は・・・・・・。
「んんっ!」
目をつむって大きく咳払い。それに反応して典雅が主の方を向く。俺に抱きついたままではあるが。
「ん? 誰?」
誰? じゃねえ! 失礼にもほどがある!
「僕の主パチュリー・ノーレッジ様です! だから離してください!」
典雅には事情を話してあるからこれで離れてくれるハズ。
「ふーん」
だがしかし俺から離れようとしない。そのままあいさつを始めた。
「初めましてー。森崎典雅と言います。宗司君がお世話になってるみたいでー」
対してパチュリー様は努めて涼しい顔を装って返す。
「パチュリーよ。むしろ世話になってるのは私の方だけど・・・・・・そういう貴女は魔術師協会時代の知り合いと聞いたけれど?」
「パートナーかな。宗司君と一緒にあんな事にゃこんな事もしたし」
誤解を招くような言い方をしないでください! そう言おうとしたが、いつの間にか典雅の腕が俺の口元に回ってふさがれていた。フェイスロック。痛くはないがじわじわと締め上げられてきている。おいおいおいまさか!?
「・・・・・・宗司から離れてもらえるかしら?」
「なんでさ?」
「なんでって、嫌がってるでしょう」
肯定しようにも口を塞がれているのでもごもごとした音しか出せない。つうか険悪な雰囲気になりつつあるんだが・・・・・・。
「え? 宗司君は嬉しいんだよ? ねー?」
ロックした頭を無理矢理上下に動かす典雅。ごきりと首が嫌な音を立てる。ひぎぃ!?
「ほら、そう言ってるし」
「今のは貴女が動かしたんでしょう?」
「あんたに宗司君の何が解るのさ?」
ぎりっと、腕に力が入る。痛い痛い! パンパンと典雅の腕を叩いてギブアップを伝えるが、気付いた様子がない。いや、意図的に無視された感じだ。
典雅の言葉に気圧された感じのパチュリー様。とくに典雅の口調が変わった訳ではないし、多分典雅も勢いで言ったのだと思うが、その言葉に答えられない。いや、答えたくない、のか?
「・・・・・・」
パチュリー様は俺の方をちらちらと伺っている。やっぱり、俺には言いたくない『何か』があるらしい。言葉ではなくて、何か、感情?
「ふうん」
主の様子に、典雅は何か得心したようだ。フェイスロックを外すと、反射的に文句を言おうとした俺に指先を突きつける。
「宗司君」
「な、なんです?」
典雅はにっこりと笑うと、俺に突きつけた指を障子の方へと向ける。
「ちょっと、席外して貰って良い?」
「はぁ!?」
なんだこの傍若無人っぷりは!?
「いきなりなんですか!? こんな状況で僕が離れられるわけないでしょう!?」
こんな悪い空気の中にパチュリー様を残して出て行ける訳がない。だが典雅はしょうがないなーみたいな感じで。
「君がいたら主さんも上手く話せないんだって。だから、ね?」
「ね? じゃなくてですね!」
「宗司」
主から、声が掛かる。下を向いているので表情は解らない。
「外で待ってて」
・・・・・・。
「解りました。では外で待機していますので。何かあればお呼び下さい」
立ち上がって、振り返らず外に出る。背中にパチュリー様の視線を感じたが、無視。後ろ手に障子を閉めて、靴を履いて少し離れる。
思い立って、振り返り再び近づこうとするも、何かに阻まれるように足が前に出ない。典雅が能力を発動したようだ。
「・・・・・・っ!」
思わず拳を振り上げるも、下ろし所が無いことに気付く。
「っああ! くそっ!」
思い切り玉砂利を踏み散らして、社の方へ向かう。
くそっ! なんだってんだ!? 典雅の奴! いきなり入ってきて主に喧嘩売ったと思ったら今度は俺に出て行けだって? 俺が居ると話が進まない!? なんなんだよ! パチュリー様もパチュリー様だ! あそこで黙る意味が解らないし、何より俺に出てけってどういう事だよ! 常に側にいろっていう縛りはどうなったんだ!?
八つ当たり気味に玉砂利を蹴り飛ばす。
「ふぅぅぅぅぅぅぅ」
血が上った頭をさまそうと努力。コレじゃみっともないだけだ。冷静になれ。子供か、俺は? こんな事でテンパッてどうするよ・・・・・・。
まず、パチュリー様の安全。恐らく問題ない。典雅と主はちゃんと話がしたいために俺を追い出したんだから。典雅の結界もあるし、中には萃香さんもいる。大丈夫だ。歩調を落ち着けて、参道の鳥居にたどり着く。俺は鳥居の土台に腰を下ろした。
「でもなぁ・・・・・・」
状況を整理しても、俺がないがしろにされた事は事実。そこは頭で納得出来ても感情的には落ち着かない。
盛大にため息をついて、頭を抱える。
良いじゃないか。俺は主の命に従っただけだ。主が席を外せと言ったから外したのであって、俺が口を挟む理由は無い。俺が怒るのは筋違い・・・・・・。
「なわけあるか!」
思わず声を荒げる。だからといってひとつも状況は変わらないが、なんか、やるせない。つうか何で俺はこんなに怒ってるんだ? 不満はあるから多少イライラするのは解るが、此処まで激怒する意味はないだろうに。どうも主が絡むと感情のコントロールが下手になるな、俺。
俺はパチュリー様に惚れてる。認めよう。だからこそ俺はクールにやらなきゃならんわけで。ここで激昂するのは駄目だ。さっきだって出て行く時になんでちゃんと障子を閉めなかった。後ろ手に閉めるなんてそんな失礼な事、やっちゃならんだろうに。出て行く時の台詞にしたってあんな冷たい声色で言ったら、私は不機嫌ですって言ってるようなものだろう。
怒りの代わりに今度は後悔してきた。テンションが一気に下がる。抱えた頭はそのままに、頭の位置が下がる。両膝と両肘をくっつけた姿勢。
「あーうー・・・・・・」
正直、こんな所を人に見られたら最悪だ。恥ずかしくてしょうがない。まぁみんな中にいるし、大丈夫だろう。
「どうしたの? そんな私は凹んでます。みたいな格好で」
ってぎゃー! 博麗霊夢!? 何時の間に? いやいやいやいや、そんなことより!
俺は即座に立ち上がり、背筋を伸ばす。右手を胸に当てて優雅に一礼。良し! 後は。
「っdどどどどどうなさいました? 僕はすこsk少しk考え事をしてしししていたのデスよYO?」
ひぎぃ? 言えてない!?
「・・・・・・あの・・・・・・強く生きてね?」
そんな哀れみの目で俺を見ないで!? ええい、少し落ち着け! 俺。
「お見苦しい所をお見せしました」
なんとか意識を落ち着けて絞り出す。嫌な予感はこっちが本命か。盛大なる自爆。博麗霊夢さんの瞳は哀れみの色を残したままだ。うう。
「別に良いけどね。それより、急に居間に入れなくなったんだけど、なにか有ったの?」
「えーと、多分それは典雅の結界です」
「結界?」
俺は典雅の能力と事のあらましをかいつまんで説明した。もちろん俺が先ほどの事態に陥る経緯は省いている。
「成る程。で、貴方は追い出されてそこで凹んでいたのね」
・・・・・・流石にわかるか。
「仕方ない、話が終わるまで待つか」
そう言って、先ほど俺が腰掛けていた鳥居の土台に座る巫女。今まで気付かなかったが、彼女は手に盆を持っていた。茶のセットと煎餅が乗っている。恐らく、萃香さんと典雅の分だろう。彼女は2つの湯飲みに茶を注ぐと、ひとつを俺に手渡してきた。
「有り難う御座います。でも、博麗さん」
「霊夢で良いわ。博麗なんて呼ばれると何かくすぐったい」
「では、霊夢さん。良いんですか?」
「何が?」
「自分の神社で勝手なことされて。いや、僕もその一人になるんですが」
霊夢さんは茶を啜り、ため息。
「こんな事は日常茶飯事よ。もう慣れたわ」
「はぁ」
「良く花見とか宴会の場所に使われるし」
お嬢様が度々出かける理由はそれだ。
「そのくせ準備から片付けから全部私がやるんだから、たまったもんじゃないわ」
不満顔でぶーたれる巫女。まぁ、お嬢様から聞かされた宴会に出ているメンツを考えれば至極当然かもしれない。
「だから貴方みたいな人がいてくれると助かるんだけど」
「謹んで辞退させていただきます。僕はパチュリー様の執事ですから」
「そうよね」
言ってみただけ。といった感じだ。
「そんなに大変なら誰か雇っては?」
「やってみたけど駄目ね、妖怪が居着く神社ってことで怖がって誰も来ない」
ああ、そうか。そう言えばパチュリー様もそんな事言ってたっけ。ふと、気になることがあって、霊夢さんに聞いてみたくなった。
「霊夢さん、お聞きしたいのですが」
「ん?」
「あなたは妖怪の事をどう思っているんですか?」
「退治するモノ」
即答。うん、だからこそ聞きたいのだが。
「その割には妖怪と仲良くされてますよね? どういう事です?」
俺の質問に、霊夢さんは困った顔で答えた。
「別に好きこのんで仲良くしてるわけじゃないわ。勝手に向こうからやってくるだけ。それに、問題起こす様子もないならほっといてもいいんじゃない?」
おいおいおい、それでいいのかよ。暢気と呼ばれる所以はここか。
「八雲紫も?」
ぴくり、と反応する巫女。苦々しい表情で。
「私もあいつが何を考えてるのか解らない時があるわ。でも、あいつが関わった事は大抵上手く収まるのよね。不愉快な事に」
「・・・・・・」
「だから今回も丸くおさまるんじゃないかしら。不愉快な事に」
「そんなに不愉快なんですか?」
「私が目立たないじゃない」
さいですか。真面目なんだか良くわからない。でも、コレが霊夢さんのスタンスなのだろう。不愉快と言えば・・・・・・。
「お嬢様と喧嘩なさったそうですが」
「ああ、それは・・・・・・」
その時、全身が総毛立つ。参道の下からものすごい妖気が立ち上ってきた。思わず身構える。霊夢さんも立ち上がり、いずこからか御幣を取り出した。
参道をゆっくりと上ってくるのは、筋骨隆々の、土気色の肌をした、巨体。
俺には、そいつが死神に見えた。