死人(しびと
)


 

 冷や汗が、背筋を伝って行くのが解る。ひと目見ただけでこいつはやばいと本能が訴えかけてきた。

ぼさぼさの長い毛、鋭い牙を生やし、土気色に見えた肌は、上ってくるにつれて赤銅色であることが解った。ぎらぎらと光る暗く赤い目。手にはのこぎりのような剣を持ち、上半身は裸で、腰巻きに脚絆を付けている。呼吸と共に、蒸気が口の端から漏れだしていた。

「なんなのよ、あいつ・・・・・・」

 同じく額に冷や汗を浮かべた霊夢さんが険しい表情で呟く。

「お知り合いじゃ無いんですか?」

「いくら私でもあんな知り合いはいないわよ」

 俺の軽口にそう答えると、霊夢さんは一歩踏み出し、そいつに声を掛けた。

「なんの用かしら? お賽銭くれるなら歓迎するけど?」

 そいつは足を止め、こちらを見上げた。目を細めて、口を開く。

「博麗霊夢と、ほう、文車宗司もいるか。手間が省けたな」

 聞き取りにくいしゃがれ声で、そんな事を言う。霊夢さんはともかく俺まで知っている? 

「誰よ」

 霊夢さんが短く言う。放たれた殺気で、何をしに来たかは明確だ。

「我は死人(しびと)汝らを黄泉へと誘いに来た

「幽々子の差し金かしら? あいつとはなるべく仲良くしてるつもりだけど?」

「否、彼女は関係ない。我は我で貴様らに用がある」

「そう、素敵なお誘いだけどお断りするわ。まだあの閻魔の世話にはなりたくないの」

 うんざりした表情の霊夢さん。どうやら閻魔様と面識があるようだ。

「四季映姫か。安心するがいい。遅いか早いかの違いだ」

 死人は跳躍。30段くらいは残っていた階段を一気に跳び、さらには鳥居の高さをも超えた。

「ちょっ!? 嘘でしょ!?」

 さしもの霊夢さんも度肝を抜かれたらしく、落下予測地点から素早く飛び退く。俺も霊夢さんと逆側に跳び退き、同時にグリモアを引き出す。精霊術の書。

 ずどん!

 大上段からの振り下ろしで剣を地面に叩きつけると、石畳がクレーター状に割れた。マジか!? 着地と同時に魔術を叩き込もうと思っていたが、飛び散った石つぶてに回避を余儀なくされる。

「っこの!」

 石つぶてを回避した霊夢さんが放射状に赤い札を投げる。どうやらあれが彼女の弾丸の様だ。着地の衝撃か、動かない死人に全段命中。しかし、その筋肉に全て弾かれる。ダメージが通った様子もなく、死人はゆっくりと身を起こした。

 あれじゃ弾丸は牽制にもならない。ならば!

「雷よ、縛れ!」

 青い雷が掌から放たれる、ダメージと同時に電流で無力化する魔術。雷は死人に直撃、蛇のようにからみつく。幾ら堅くとも体に電流を流されてはひとたまりもない。

「ぬ」

 死人は一言呻くと、眉をしかめる。くっ、その程度しか効いてない!?

「霊夢さん今です!」

 叫ぶ。一瞬とはいえ動けないハズ。この間に何か・・・・・・。俺の叫びに反応して霊夢さんはスペルカードを取り出した。

「霊符『夢想妙珠』!」

 無数の大きな七色の光玉が霊夢さんの体から放出、死人に向かって飛翔する。そのまま着弾するかに見えたが、死人が左腕を振ると雷が霧散。右手の剣で迫る光玉を叩きつぶす。

 にわか仕込み・・・・・・、というか打ち合わせも何も出来ていない連携では無理があるか。そんな俺の思考を読んだか、霊夢さんが此方にウィンクしてきた。スペルカードを潰されたのに気にした様子もない。流石。

「大丈夫。これだけの騒ぎならみんな直ぐ来るでしょ」

「無いな」

 答えたのは俺ではなく、死人。ぶん! と大きく剣を大きく振ると、続きを口にした。

「結界を張らせて貰った。此処は此処であるが此処ではない」

 何処だよ? と思わず突っ込みを入れたくなるが自重。恐らく空間を切り取って外からは認識出来ないようにしたのだろう。かなり高レベルの結界。

正直、ぞっとしない。これだけの力と魔術を兼ね備えているとなると、協会の最高レベル術師に匹敵する。方向が特化されているリベリオンどころではない。戦争の最前線に立っても無傷で帰ってくるような奴らだ。比喩でなく、人間ではない。ひとつの概念と化していたり、妖怪であったり、不死身であったり。この死人もその類か。そう考えたとき、何かがひっかかった。だが今はそれを無視。

「霊夢さん」

「あによ?」

 援軍を期待していた霊夢さんは少し不機嫌そうだった。だが、俺はもっと不機嫌だ。

「こいつ、僕に任せてもらえませんか?」

「へ? 大丈夫なの? パチュリーと同じで体弱そうだけど」

「幻想郷の方に言われたくない台詞ですね・・・・・・」

 俺は死人を見据える。取り敢えず急に襲いかかってくる様子はない。こちらの会話が終わるのを待っている様だ。律儀なことで。

「僕の能力は広域殲滅向きなんです。効果範囲が広いのでおいそれとは使えませんが、結界内部なら好都合です。それに・・・・・・」

 社の裏を透かしてみる。いや、透けては見えないのだけれど。今頃母屋では俺に聞かせられないオンナノコ同士の話でもしているのだろう。

「虫の居所が悪いモノで。八つ当たり出来る物がないかと捜していたんです」

「案外根暗なのね」

「否定しません」

「まぁ、いいわ。お手並み拝見としゃれ込もうかしら」

「多分とばっちりが酷いので、構えててください」

 後ろに下がる霊夢さん。俺は死人に向き直る。

「待たせたかな?」

「貴様一人で我を倒すと?」

 口から大量の蒸気を吐き出して、死人が笑う。

「無謀にも程があるぞ」

「やってみないと解らないだろ」

「愚か者が。後悔するが良い」

 一気に、間合いを詰めてくる死人。振りかぶった剣を横凪に放ってくる。喰らえば即お陀仏だろうが、美鈴さんほどのスピードは無い。連撃がやっかいなので間合いを離すように避ける。追いすがって来る死人。そう簡単に高位魔術を使う時間は与えてくれそうに無いが、そんなことは計算済み。

「爆破」

 短く詠唱。火の精霊魔術で威力は殆ど無いが、爆風で相手を吹き飛ばす事が出来る。哀れな目つきで俺を見る死人。確かにこんな魔術では吹っ飛ばす事は出来ないだろう。だから、魔術の対象は俺自身だ。

 どん!

 爆風に押され、吹っ飛ばされる俺。その時間を利用する。自分で解っていれば、衝撃などは有る程度無視出来る。稼げる時間は短いが、その短い時間で発動出来るのがグリモアの強み。

「業火よ! 大焦熱の地獄を見せよ!」

 眼前に現れた魔法陣から特大の火球が出現、死人に迫る。死人は切り払おうとするも、剣と火球がぶつかった瞬間、白い業火が死人を包み込む。衝撃が加わると大量の炎で辺りを焼き尽くす魔術だ。白熱する炎は鉄をも溶かす。

本来こんな至近距離で撃ってはならない魔術だ。術師は自分の放った魔術に侵される事はないが、熱の余波はちりちりと肌を焦がす。初手から容赦無しだ。

「あっつ!」

 霊夢さんの悲鳴。だから構えておけと言ったのに。瞬間、炎を突き破って剣が姿を現す。直線的な、しかし速度を持った突きを、俺はすんでの所で避ける。

「っな!?」

 姿を現した死人には、焦げ後ひとつ見あたらない。それどころか髪の毛すら無事だ。腰巻きや脚絆は多少燃えているが、それだけ。原型は完全に留めている。

「魔術の無効化だと!?」

「中々熱いが、我を火葬したいなら『煉獄』クラスの熱量が必要だ」

 言葉と同時、剣が振られる。紙一重で避ける俺。スピードが無いと言っても、間合いが有る程度開いている場合の話だ。剣速はリベリオンのそれと変わらない。思考、戦闘中の思考は慣れたものだ。もちろん必死だけど。避けつつも懐に手を入れて・・・・・・待て。何のグリモアを出したら良い? 

さっきの魔術は俺の行使できる精霊魔術の中で最大に近い威力をを誇る。無効化されたとはいえ、それなりの熱は通っていたはずだ。それすら、死人の肉体に傷を付けられない。高速展開を考えなければ以前リズマンに使った錬金術の方が威力はあるだろうが、そんな時間は無い。プロセスが多いし、何より距離が無ければ硬化させる前に弾丸が当たってしまう。

無数に見える銀弧を紙一重で避ける。たまに弾丸で応戦するも、予測通り気にも留めていない。対して俺の方はどんどんと傷ついてゆく。流石に武器も持たずに剣相手は無謀だったかもしれない。

俺は腰から銀のナイフを引き抜いた、出発前に咲夜さんが持たせてくれたもの。正直、刃物は好きじゃないが、この際贅沢など言っていられない。

袈裟斬りの剣閃を受け流す。それだけで、腕の感覚が消える。受け流しは完璧だったが、それ以上に重い一撃。右腕が飛ばなかっただけ幸運だ。

「ぐうう」

 体勢が崩れそうになるのを無理矢理矯正。続いて迫る剣をなんとか避ける。なんとか、時間を稼がなければならない。いまさら一人でやるなんて言ったのをちょっと後悔。スペルカードも効きそうなものは・・・・・・あった。

「砕けよ」

 切り上げを避けた所で蹴りが飛んできた。避けられない!腹部に足裏がめり込む感覚。

「がふぅっ」

 蹴りと同時に後ろに跳んで衝撃を逃がすが、痛みで着地に失敗、膝をついてしまう。顔をあげると、眼前にはノコギリの刃。感覚の戻りきらない右腕のナイフを叩きつけて反動で横っ飛び。

「ちょこまかと」

掴みに来た腕を足場にして、その腕を蹴って後退。スペルカードを取り出す。

「流楔『五月雨』!」

 新しく作ったスペルカードだ。上空から大量の弾丸を降らせるスペルカードだ。死人は無害と判断したか、頭だけ庇って突っ込んでくる。俺は下がりもせず、本を引き出す。

「何を悠長に構えてい・・・・・・ぬ!?」

 初めて、死人の表情に苦痛の色が浮かんだ。弾丸が次々と死人の体に刺さる。弾丸を弾き、灼熱をもものともしない鋼鉄の肉体に、小さな弾丸が次々と突き立つ。

「馬鹿な!?」

 苦痛に足を止める死人。実は『五月雨』の弾丸自体に攻撃力はほとんど無い。ただ、弾丸のひとつひとつが「刺さる」という概念だけで構築されている。ダメージは残らないし、出血も無い。傷すら付けられない。だが、どんなものにでも刺さる様に作った。ダメージはなくとも刺されば痛い。直ぐに痛みは消えるが、それが雨のように降り注ぐ。対象の足を止めるためだけのスペルカードである。

 内心冷や汗だらだらだった。試射もしていなかったので賭けだったが、どうやら上手く機能したようだ。普通の相手には脅し程度にしかならないが、いままで効かなかった弾丸に痛みを感じている死人には効果大、動揺している。

「霊夢さん飛んでください!」

声を掛ける。慌てて飛翔する巫女。俺が先ほど取り出した本は「零下」。氷に関するあらゆる魔術が書かれており、魔力を流す事によって増幅、具現化させる力を持つ。強力な魔導書だが、構成や発動に必要とされる具体的な方法は自分で考えなければならないため、扱いが難しい。知識が無ければ発動すら出来ない。幸い、知識だけは有る。

「凍えた大気の荒波よ。その腕で抱き、蹂躙せよ」

 薄青色の水が、魔導書から波となって具現化。あたり一面を死人ごと包み込む。ただの水なら効果はない、が。

「ぐうっ」

 水を被った死人の体表が、白煙を上げながらみるみるうちに霜に覆われてゆく。俺が放ったのは極低温の液体だ。その正体は、酸素。

 酸素は氷点下200℃近くまで冷やされると液体酸素となる。喰らえばどんな物でも活動を停止する。さらに液体酸素は強力な酸でもあり、生物に命中すれば・・・・・・。

 魔術の無効化を行った死人が今度はボロボロと指の先から崩れていく。腐食しているのだ。液体酸素は俺が呼び出したものでも、一度液体酸素をかぶってしまえば酸化作用は単なる化学反応でしかない。為す術無く、脆いところから崩れてゆく死人。

「見事。だがそれではまだ・・・・・・」

 最後まで言葉を繋げることが出来ず、頭部から崩れる死人。元死人だった塵は、風に流され、消えていった。


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