「申し訳ありません」

 幽々子さんと阿求さんに土下座。

 土下座なんて簡単にするものじゃないが、この場合はそうでもしないと俺の気が済まない。

「どうか主をお許し下さい。本来止めるべき僕の責任です」

「宗司、私は」

 おろおろした様子の主が何か言おうとするのを止める。

「いいえ、パチェは悪くありません」

 この状態顔は見えないが、息を呑むのが聞こえる。

「あらあら」

 俺の土下座と謝罪を、笑顔のまま黙って眺めていた幽々子さんは、困った様に。

「珍しい、私の知り合いで本気で謝る人間なんて数える程しかいないのに。困ったわ〜。ねえ妖夢、どうしたら良いと思う?」

「幽々子様が気にして無いのなら許して差し上げれば良いと思います」

「私怒ってなんかないのだけど〜」

「でも、多分許してあげないとその執事さんずっとそのままですよ?」

「うう〜ん」

「えっと」

 ここで、測っていた様に、いや、実際測っていたんだろうけれど、阿求さんが口を開いた。

「私は気にしていないから、ちょっとびっくりしたけど」

 不思議な感覚。見た目は10代半ば、声も綺麗なソプラノで有るにもかかわらず、老成した感じを受ける。クール・・・・・・いや、冷めている。というべきか。転生を繰り返し、1000年を見てきた人間の雰囲気とは、こういう風になるらしい。妖怪にも同様の事が言えるが、こちらはれっきとした人間。

「亡霊も実際気にしていないと思う、ね? 亡霊」

「そうよ〜、あんまり頭下げてると頭に血が上っちゃうから顔をあげて」

 亡霊とは幽々子さんのことを指していたらしい。

 言われて俺は土下座を止め、上体を起こす。これがもし、尊大な許しの言葉や高圧的な物言いだったら俺は止めなかったろう。幽々子さんがそんな亡霊で無かったことに安堵する。美人なのだが、口調と笑顔のせいでやや幼く感じた。

 巫女に負けず劣らず暢気そうだ。

「有り難う御座います」

 典雅は呆れた様に俺を見ていたが、特に何も言わなかった。『そういうとこは変わらない』とでも言いたげな顔だ。昔とじゃ心情は全く違うけれど。

 改めて辺りを見渡す。部屋は6人入っても充分な広さを持った和室。中央に檜の机。上座に神棚、そんなものか。れっきとした客室である。

 机にはいつの間にか新しい茶菓子が用意されていた。

「それじゃあ」

 特に何事も無かったかのように話し始める幽々子さん。

「妖夢からだいたいの話は聞いたけれど〜。あなた達は死人と、最近来た怪しい人物について聞きに来たのね?」

「そう」

 と、主。まだ動揺している感じは受けるが、会話がするくらいには回復したようだ。まぁ、その辺は俺が全部引き受けたわけなんだけど。

「でもその前に」

 主は阿求さんの方を見る。

「さっきの今でこんな事言うのは自分でもどうかと思うけど。なんで貴女が此処に? こんな所に居て良い人間じゃないでしょう」

 鋭い声。

 パチュリー様がそう言うのももっともである。

稗田阿求。

幻想郷縁起の編纂者。そもそも幻想郷縁起とは何か。人間の為に妖怪の実態を記した書物である。妖怪の事を詳しく知っていれば危険回避が容易になるからだ。現在はそこまで危険ではないものの、やはり凶悪な妖怪というのは存在する。そのため、稗田阿求・・・・・・阿礼乙女の存在は人間にとって無くてはならない存在だ。

彼女は生粋の人間である。いくら転生する能力をもっていても、阿求さんはあくまで「人間」。普段は人間の里に住み、そこから出てくる事はまず無い。ある意味、主と似たような人だ。

だがそれは出るのが面倒とかそういう事ではなく・・・・・・。転生術の制限に寄るところが大きい。

死ぬ前に転生の許可を閻魔様に貰い、死後、次の肉体を用意して貰うおよそ100年の間、閻魔様の下で奉公する。

つまり、生きているうちに閻魔に許しを請う必要が有るのだ。もしそれが出来なかった場合、容赦なく冥界に送られる。不慮の事故など起こってはならないのである。

だから阿礼乙女の住む稗田家の警備は凄まじいものであり、一般の人間はおろか、妖怪でも入り込むことは不可能なのだ。八雲紫を除けばだが。と、ここまでは幻想郷縁起後書きからの受け売り。

その阿礼乙女が、護衛も付けず白玉楼にいる。異常事態、と言っていいだろう。

 だから主の声の鋭さは、敵意や猜疑心では無く、心配から。

 パチュリー様からの問いに、阿求さんは苦笑。

「お久しぶり、魔女。100年ぶりかな?」

「ええ、お久しぶり。あの時は阿弥だったかしら」

 ややはぐらかされた感があるものの、主は応じた。

って。

「お知り合いだったんですか?」

 口を挟む。そんな話は聞いたことが無い。言わなかっただけかもしれないが、お互いファンである以上、会ったことが有るという自慢くらいされていても良いモノだが。

「そうね。知り合いといえば知り合い。さっきは宗司に邪魔されたけれど、謝らせて貰う。あの時はごめんなさい」

「良いの、気にしてないから」

 本当に気にしていない。というより、興味のない感じ。

 何の話だが全く解らないが、過去に何かあったらしい。サインを求めたのは照れ隠しみたいなもの、か? それにしちゃテンションは凄かったけど。

「で、何で?」

「私も、あなた達のお手伝いが出来そうだから」

 阿求さんの言葉に眉ひそめる主。

「どういう事? 貴女に手伝って貰う様なことは無いと思うのだけど」

「だから死人の話。多分私は、その死人を識っている」

 識っている。そう、阿求さんは言った。それはつまり、詳しいと言うこと。

「・・・・・・なんですって?」

 面食らったのか、やや間があってからの返事。かく言う俺もかなり驚いていた。阿求さんが識っている程の死人。なのに、幻想郷縁起にその名前が出てきた事はない。つまり・・・・・・。

「だから来て貰ったのよ〜。典雅からあなた達が来ることは聞いていたから〜」

 俺の思考を遮るように、幽々子さん。

成る程。実に手際が良い。

「成る程、手際が良い」

 コレは主。

なんだかパチュリー様の物言いが俺に似てきた気がするのは気のせいか? 特に思考の仕方が。元々似た部分はあったけれど。

俺の思考をトレースしても特にメリットがあるとは思えないのだけれど。

 っと、何考えてるんだ、俺は。

「私の話より、先に亡霊から話して貰った方が解りやすいと思う」

「どうして〜? 私の話なんてしなくてもいいでしょう?」

「新人さんが居るみたいだし、ね」

 と言って俺と典雅を交互に見る。目。入ったときは緊張しているように見えたが、勘違いだった。これは観察している目だ。注意深く、その人物が何者であるかを見抜こうとする目だ。

 値踏みする、目。

 正直、あまり気分の良いモノではないが、その気遣いは有り難い。俺も典雅も、幻想郷の仕組みを全て理解している訳ではない。パチュリー様は知っているが、その道のスペシャリストでも当事者でもない。そういう意味で、幽々子さんの話を聞く価値はある。

 それよりも。

「自己紹介が遅れました、僕は文車宗司。パチュリー様の執事をさせていただいております」

「森崎典雅さ。宜しく」

 俺に続いて典雅も短く。値踏みされていることに気付いていない。いや、気付いていたとしても元々気にする様な奴じゃないか。

「文車・・・・・・森崎・・・・・・。成る程。私は稗田阿求。説明は、不要かな」

 それだけ言うと、もはや興味を失ったとでも言うように。もはや観察すべき所は観察したと言わんばかりに、俺と典雅から視線を外した。

嫌な感じだ。

「宗司」

 小さく、ともすれば聞き逃してしまいそうな小声。

「はい」

「気にしちゃ駄目」

 ・・・・・・。主はお見通しだった。どうやら、顔に出ていたらしい。

「そうねぇ。どこから話したらいいものやら〜」

 どこからか豪奢な扇子を取り出し、口を隠すように広げる幽々子さん。動作のひとつひとつが優雅だ。

 この人が居なければ俺はイライラを隠そうともしなかったろう。

「幻想郷で死ぬとね、まず三途の川を渡り、十王の裁きを受けて、地獄、冥界、天界の三界のうちどれかに送られるわ〜」

 そこは、予備知識として既に知っている。

「私はその内冥界の管理を任されているの。だから冥界で知らない死人はいない〜」

 ぱしんと、扇子を閉じる。

「でもあなた達が会ったと言う死人を、私は知らない」

 突然、鋭い口調になる。でもそれは一瞬の事で、次に口を開いた時には、もう元の調子に戻っていた。

「正確にはここには居ない、といった方が正しいかしら〜」

「知ってるの? 知らないの?」

「知らないの〜」

「でもさっき正確にはって」

 主はそこまで言って、ゆるゆると首を振る。

「いいわ、貴女が知らないと言うなら知らないのでしょう」

 さっきから微妙に話について行けない。幽々子さんの独特の語りもそうだが、パチュリー様から幽々子さんの人となりについて何も聞かされていないから。

 俺が悪いんだけど。

「でも『彼』に会った事はあるわ〜」

「あるんじゃない」

 なんだ? 嘘つき、なのか?

 いや、そんな馬鹿な。だとしてもこんな浅い嘘は無いだろう。

 意味として考えろ。知っているのに、知らない。でも会った事がある。と言うことは・・・・・・。

恐らくその死人について「知っているべき事を知らない」ということか。
 なら。

「すいませんパチェ。僕から、良いですか?」

 主は黙って頷き、幽々子さんは此方に視線を移した。

「なぁに?」

「天界か、地獄の住人という事ですか?」

 すっと、目を細める幽々子さん。口元は笑ったまま。そういう表情だと、妖艶な感じに見える。

「違うわ〜」

「では今貴女は『彼』という言い方をしましたが、同一人物ですか」

「そこまで推測出来るなら、良いかな」

 答えは別の所から来た。

 稗田阿求が。

 笑って。

 値踏みするような目を。俺に向けて。

「馬鹿じゃないみたいだし」

「お褒めにあずかり光栄です。ですが」

 口調を変える。

「それはウチの主が馬鹿ってことか?」

「ちょ、宗司!」

 パチュリー様が止めるが、俺は構わず続ける。

「だとしたら納得いかないね。話を聞きに来ただけなのに試されるってのは気分が悪い。先に礼を失したのは此方だし、俺は構わないが、パチュリー様を貶める事を言うなら、幾ら阿礼乙女といえど、」

「ごめんなさい」

 阿求さんはぺこりと、頭を下げた。一気に毒気を抜かれる。

「そんなつもりじゃなかったの。どうも私は人付き合いが下手でね。まいった。主従揃って怒られるとは」

 ・・・・・・?

「ちょっとデリケートな問題だから。試すような事をしたのも、さっきの誤解をうけるような発言も謝る」

 ふうん。まぁ、いいか。そんなに怒っていた訳じゃないし。気分は悪いけど。

「いえ、こちらも少し興奮してしまいました。申し訳御座いません」

「宗司くん短気なんだからさー。にゃだにゃだ」

 典雅が此方を見て笑う。誰のせいだ、誰の。

 というのも典雅は爆発寸前だったのだ。この娘は自分が何を言われても平気なのだが、友人が貶められるのを極端に嫌う。俺が先に言わなかったら、典雅は手を出していた。さっきの俺の台詞はむしろ、典雅の台詞だ。

俺は主が貶められたなんて発想は、さっきの台詞からは出てこない。阿求さんに対する心証は悪くなっていたろうが。

「パチェ、ごめんなさい。出過ぎた真似をしました」

「いい。宗司の気持ちはわかる。典雅もね」

 察してくれたようだ。パチュリー様は阿求さんに向き直ると、

「阿求、話してくれるかしら? 馬鹿な私はこれ以上回りくどいと解らない」

 しっかり皮肉った。

「悪かったって。ちゃんと話す。亡霊、いいね?」

「言いも何も〜。そのために呼んだんだから〜」

 今のちょっとした騒動でも表情ひとつ変えなかった幽々子さん。

 実はこの人に対して一番失礼をしているのだが。後でちゃんと謝ろう。

 阿求さんは居住まいを正して、言った。

「おそらくその死人は、ある能力者の傀儡」

 一息。

「外の世界からの、ね」


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