白玉楼
「だから誤解ですって!」
「・・・・・・」
白玉楼へ向かう道のり。白玉楼は冥界に有るので、歩きではなく飛行中。目の前をパチュリー様が飛んでいる。そんなにスピードは無いが、風の音がやけにうるさい。眼下を美しい緑色の景色が流れているが、俺は必死なので見入っている暇は無い。
「パチェ、何度も言いますが、僕はこあに頼まれて耳掃除をしていただけです」
「・・・・・・」
主から応答はない。あの後、俺の返事も聞かずに黙って出で行った主の後を慌てて追ってきたのだが・・・・・・。
喋りかけても応答無し。空気になった様な気分だ。
「下心なんて有りませんでした。人の耳掃除なんて滅多にやらないので緊張して震えていたのです」
嘘は言っていない。多分。
「・・・・・・」
主は此方をちらりとも見ようとしない。博麗神社を出る頃にはいつもの調子に戻りかけていたのに、またやってしまった。いや、でも今回のは完全に事故だと思うのだけど。
「パチェ、兎にか」
「文車宗司」
俺の言葉を遮って、冷えた声で言う。
「はい」
「煩わしい」
「ぐはっ!」
精神的ダメージで精霊の制御が甘くなり、墜落しそうになるのを慌てて立て直す。よりによって煩わしいと!? 食事中の蝿と同レベルですか!?
「話しかけないでくださる? ついていらっしゃるのは勝手ですが、私の飛行の邪魔はしないで下さいな」
「敬語!?」
他人行儀過ぎる!? うわぁ・・・・・・半端無く怒っておられる・・・・・・。主の敬語なんて初めて聞いたぞ? 付いてくんなって言われるよりはマシだけれども。
「りょ、了解いたしました」
「話しかけないでと言ったはず」
「・・・・・・」
泣いて良いなら号泣している。獣耳の謎も解けなかったし、パチュリー様を怒らせてしまうし。散々である。自覚の無い行動ってのはああいうのを言うのか? いや、だが、あう。もー!
思考だけでもだえながらも主について行く。辛いが、もしここでふてくされて帰ったりなんかしたら余計に怒られることは火を見るより明らかだ。つうか絶対やっちゃいかん。
それから文字通り何事もなく、飛ぶ。程なくして冥界に入った。冥界は思ったより変化が無い。木々は茂っているし、空も特に変わったところはない。ただ、生き物の気配は感じられない。代わりにちらほらと幽霊や亡霊達が漂っている感じだ。もしかしたらこの木々も幽霊なのかもしれない。
やがて大きな屋敷が見えてきた。紅魔館とは違い、和風の作り。遠くて良くわからないが、中庭は枯山水になっているようだ。
じょじょに高度を落とし始めるパチュリー様。俺もそれにならう。近づくと、典雅が門前でぶんぶか手を振っているのが見えた。
「冥界は何時来ても辛気くさいねぇ」
俺たちが降りると、典雅はそんなことを言った。
「そうかしら? 私は静かで好きなのだけれど」
「僕も・・・・・・」
「黙って」
・・・・・・。
おおう・・・・・・。
いつまで有効なんだ、さっきの命令・・・・・・。
さっさと入っていってしまうパチュリー様。しょげかえる俺。どうしようもねえ・・・・・・。
そんな俺たちを見ていた典雅が、耳打ちしてくる。
「宗司くんまた何かにゃったのさ?」
「やったというか・・・・・・これこれこんな感じで」
「これこれこんな感じ?」
「ですです」
「ふーん・・・・・・ってわかるかっ!」
典雅が突っ込んだ!?
「漫画やアニメじゃないんだから解らないっしょ!?」
「馬鹿な!? この僕の完璧かつ流麗な説明で理解出来ないなんて?」
「腹いせにあたしで遊ぶな!」
怒られた。
「あたしは真面目に聞いてんの。なにがあったかきりきり話しなさい」
腕を組んで、此方を睨み付ける。どうやらマジで怒っている様だ。典雅が怒るのはよっぽどの事。観念して委細漏らさず説明することにする。
なんだか最近女性を怒らせてばっかりな気がするが・・・・・・。
俺の話を聞いた典雅は深いため息を吐くと、一言。
「ばかちん」
「ばっ・・・・・・!?」
ネタ抜きでばかちんて言われたのは初めてだ!
「パッチェちゃんが何で怒ってるか解らないようなばかちんはばかちんで充分」
「は?」
「・・・・・・やっぱばかちんだわ」
肩をすくめてもう一度ため息をつくと、俺に背を向けて、まだ門に入った辺りできょろきょろしていたパチュリー様に飛びつく典雅。
「パッチェちゃーん☆」
「わっ? 典雅? 何?」
飛びつかれた衝撃でよろける主。
「宗司くんみたいなばかちん待ってないで早く入ろうよー」
「べっ、べつにあんな変態、待ってなんかない」
此方を見て慌てたように言うパチュリー様。
・・・・・・。
変態とでもちゃんと認識されていたことが嬉しい俺は変態か?
「典雅さん、人の家の中で変態的行動は控えてください」
呆れたような声。
出てきたのは、白髪のおかっぱ頭に白い肌。空を映したような水色の瞳、パフスリーブのホワイトシャツに濃緑色でノースリーブのブレザー。同色のフレアスカート。腰に太刀を佩(は)き、背中に異様な長さの刀を背負っている。背は高くない。少女。傍らには大きな幽霊が付き従うように浮いている。半人半霊の証だ。
紅魔館の夜会で西行寺幽々子と共に見たことが有る。魂魄妖夢(こんぱく・ようむ)。この白玉楼の庭師で、刀を使わせたら幻想郷の右に出る者はいない、らしい。
白い少女は此方に頭を下げた。
「パチュリーさん、文車さん、白玉楼へようこそ。典雅さんから話は伺っております、こちらへ」
「お邪魔致します」
うっかりすると忘れてしまいそうになるが、靴を脱いで上がる。紅魔館ではベッドに入るときと風呂に入るとき以外は靴を脱がないので。うっかりすると土足であがりそうになる。靴は脱いで上がりましょう。
板張りの廊下を進む。作り自体は博麗神社と似ているが、広さが段違いだ。上空から見えた枯山水作りの中庭を横目に、奥の一室の前に通された。
「幽々子様、紅魔館からのお客様がいらっしゃいました」
「どうぞ〜」
どこかのんびりとした、涼やかな声。
「失礼致します」
妖夢さんが襖を開けると、中には2人の人間。先客の様だ。
1人は、やはり紅魔館の夜会で度々見掛ける亡霊、西行寺幽々子(さいぎょうじ・ゆゆこ)。薄桃色のロングヘアー。同色の怪しく光る瞳で、柔らかな笑顔を浮かべている。白い蝶の模様が印象的な、青を基調とした洋風にアレンジされた単衣。頭には渦巻き模様の天冠を付けた帽子を被っている。ゆったりした和服の上からでもはっきりと解る見事なプロポーション。アンダー65のEと見た!
・・・・・・自重。
もう1人は・・・・・・こちらは初めて見る顔だ。黒髪のショートカットに、小花があしらわれたかんざしを刺している。吸い込まれるような黒瞳。萌葱色の着物に紅色の帯、緋色の袴。肩から山吹色の菊模様が入った打ち掛けを羽織っている。こちらはやや緊張した面持ち。
主の、息を呑む音が聞こえた。
「稗田阿求(ひだ・あきゅう)・・・・・・!」
「え!?」
幻想郷縁起、幻想郷聞録、等の筆者。
阿礼乙女と呼ばれ、幻想郷を代々綴る役割を持ち、約1000年前から転生を繰り返して元代で9代目とか。
実は俺もパチュリー様もこの阿求の大ファンである。文章構成、考察、何より文章自体がとても美しく、読む者を引きつけてやまない。
主が我に帰るのと、俺がミーハー心を発揮して動き出すのとほぼ同時。
『サインくださいっ!』
2人して懐から幻想郷縁起を取り出す。因みに主は常に持ち歩いている。
「え、あの?」
びっくりして目を丸くする阿求氏。
「宗司! 私が先!」
「いいえ、こればっかりはいくらパチェでも譲れません!」
「何よ! そんなコピー本じゃ失礼じゃない!」
「失礼な! 僕の引き出す本はあくまで本物ですよ!?」
「口の減らない執事ね! 良いから私が先なの!」
「僕です!」
「私!」
いち早く阿求氏のまえに出ようと押し合う。
うお!? パチュリー様のどこにこんな力が!?
「あー・・・・・・あのさ、2人とも」
典雅が声を上げる。
「典雅はちょっとだまってて!」
「そうです! 僕たちは己の名誉にかかわる戦いをしているのです!」
「・・・・・・あたしが言うのもなんだけどさ、痴話げんかは後にしようよ。流石に失礼だと思うのさ」
『・・・・・・』
とっくみあいになり、パチュリー様が俺のマウントをとった所で、やはり同時に我に帰る。
呆れた顔の典雅、あっけにとられている阿求氏と妖夢さん。変わらぬ笑顔の白玉楼主。
「ふたりとも元気ね〜。生きてるってすばらしいわ〜」
痛烈な皮肉が、俺とパチュリー様をえぐった。