回想

 予想していた事ではあった。

 予期していた事ではあった。

 そんな予感はしていた。

 そんな予測はしていた。

 だが。

 改めてそう聞くと、驚きを禁じ得ない。

「なんだ、あんまり驚かないんだ」

「いえ、驚いては、います」

 予想通りなのが、逆に。

「確認させて。その死人は、巨体で、上半身裸で、のこぎりの刃を持っていた?」

「はい」

「間違いなく?」

「間違いなく」

「ふぅん」

 阿求さんは、そこで鼻を鳴らす。何故か、悪い感じが無い。もしかしたら、少し嬉しがっているのかもしれない。

 少し考える様に目を伏せると、やがて、訥々と語り始めた。

100年前。そう、ちょうどそこにいる魔女に会ったのと同じくらいの時」

 それを受けて俺は長い話になるだろうと、身構える。

稗田家に、ある傷だらけの男が転がり込んできた。その男は自らを外の世界から来た者だと言い、同時にかくまって欲しいとも言ってきた。勿論稗田家に素性の知れない者を入れるわけにはいかない。でも、その男は此方の返答を聞く前に気絶してしまった。

私・・・・・・いえ、阿弥は気まぐれに、その男を助ける事にした。周囲の者は反対したが、阿弥には悪人に思えなかった。

男は順調に回復して、直ぐに動けるようになった。その間に、いろんな事を聞いた。外の世界の事、襲われた事、この世界に迷い込んで来た時の事・・・・・・。

男はこの世界を見たいと言い。たまさかそこに居た隙間妖怪に案内を頼んだ。彼女が付いていれば男は下手なことが出来ないし、男に手を出すことも出来ないから。

妖怪は快く引き受けてくれた。男は幻想郷の主立った場所を巡り、その素晴らしさに感動していた。

「こんなに調和の取れた世界は見たことがない」

 男は言った。阿弥は答えた。

「意味を無くしたモノが流れ込んでくるこの混沌とした世界が?」

「だからだ。それが自然に調和しているから素晴らしい」

「ふぅん」

 幻想郷しか知らない私には解らない感覚だ。そんな私に男は言った。

「この世界を、護る」

 大言壮語も甚だしいとは思ったが、なぜかその言葉に期待をしている阿弥がいた。阿弥もこの幻想郷が好きだったから。

 ある日、阿弥がどうしても出かけなければならない用事があり、人間の里の外に出た。当時は今より凶暴な妖怪が多く、阿弥の乗った馬車も襲われてしまう。

 同行していた男は、件の死人を召喚。撃退するも、護衛の人間や稗田家に関わる者達から化け物扱いされてしまった。阿弥は庇おうと努力をしたが、結局男は追い出されてしまう。

「私はもう此処には居られない。ならば外から此処を護ろう。何人たりとも、この世界をあらさせはしない」

 そんな言葉を残して、男は幻想郷から去って行った。

 最後に、阿弥に自らの名を名乗って。

「男の名は、飛騨・ラクレス・裕樹。黄泉から死者を繰る程度の能力を持つ」

 阿求さんは深く、息をついた。そして俺を見る。

「知らない?」

「いえ・・・・・・初めて聞いた名前です」

「そ」

 軽い応答だったが、とても残念そうな感じを受けた。

「でも、あなた達の話に出てきた死人は、間違いなくこのラクレスの操る死人」

 恐らく、その通りなのだろう。あんな強大な死人を操れるのは世に2人といないハズ。

「半神、貴方はあの死人を倒したんだってね」

「ええ、まぁ」

 分の悪い賭けに勝ったようなものだけれど。

 俺の返事に薄く、唇を歪める。

「さすがは神、といったところね」

 霊夢さんにも似たような事を言われたな。俺は苦笑で返しておくに留めた。

「妖夢」

 幽々子さんのたしなめるような声。

 つられて妖夢さんの方を見ると、なにやら難しい顔をしていた。空色の瞳には悔恨の色。だが、それも直ぐに収まった。

「すみません」

 深く頭を下げ、顔をあげたときには澄ました表情に。

 ・・・・・・?

 疑問を保留、というか破棄。踏み込んで聞いても答えてくれなさそうだ。

「参考になった?」

「ええ、まぁ。有り難う御座います。稗田阿求さん」

「そ」

 目を細めて、笑う。

「それは良かった」

 今度は、ちゃんとした微笑みだった。全く年相応で無いが。

 話を聞いている間、考えを纏めていたのか、おもむろにパチュリー様が口を開く。

「じゃあ、此処に死人が現れたのを聞きに来たっていうのは?」

 そうだ、それも聞きに来た。というより、典雅はむしろそのために来たはず。

 典雅は黙ってにやにやしている。俺から見れば不安なのがバレバレだ。

「あ〜、そうそう、その事ね〜。それは僭越ながら私が〜」

 そう言う幽々子さんをじと目で睨む主。

「や、やーねぇパリュリー。今度はちゃんと話すわ〜」

 おおう、幽々子さんが気圧されている。阿求さんは興味なさげにお茶を啜っていた。

「どうかしら」

「妖夢〜、お茶のお代わり〜」

「はい」

 逃れるようにお茶を頼む亡霊の管理者。妖夢さんが腰を上げると同時。

『誰だっ!?』

 俺、典雅、妖夢さんが異口同音に誰何(すいか)の声を上げる

 ばん! と障子を開ける妖夢さん。

 綺麗に整えられた枯山水の砂利を踏み、その少女は、まるで最初からそこにいたように佇んでいた。

「せっちゃん!」

 それを見た典雅が声をかける。

 光の加減で碧く見える黒髪。侍のようなポニーテイル。黒い瞳。中学生くらいにも見える幼い顔立ちと背丈。黒いタンクトップに、濃緑色で大きめのミリタリージャケットを羽織っている。同色の膝丈カーゴパンツ。ごついサバイバルシューズ。

 そして、耳元の黄色いタグの耳飾り。典雅は右耳後ろの角。この娘は、左の耳朶。

 協会時代は典雅とツートップで前衛を務めていたパートナー。

 朧雪華(おぼろ・せっか)。間違いない。

 そしてもう1人、俺の知らない顔。こちらは木の上にいた。細い折れそうな枝にもかかわらず、くつろいだ様に寝そべっている。

 茶髪に薄緑色の帽子。帽子からは黒い猫耳が覗いている。雪華よりもさらに幼い・・・・・・というより子供だ。白いブラウス。腰の絞られた赤いワンピースは、黄色の飾り付けがされ、首にはリボンが蝶々結びにされている。足下は可愛らしいソックスに、赤い靴。ワンピースの裾からは、2本の長い猫尾が垂れている。

 ネコマタ、か?

 考えながらも移動、びっくりして固まっている主の壁になるように。雪華の真意はわからないが、あのネコマタは危険な感じがする。この状況であんなくつろいで、

 ぼき。

 乾いた音を立てて、枝が折れる。どすんと、思い切り尻餅を付くネコマタ。

「いった〜い!」

 泣いてるし。

 ・・・・・・勘違いだったかな? 意識はネコマタに残しつつも、雪華を注視する。

「・・・・・・」

 声を掛けた典雅にも、雪華は落ちたネコマタに目もくれず、無表情で此方を眺めている。誰に合わせるでもなくぼんやりと。

「妖夢さん」

「はい、この人間です。橙(ちぇん)はいませんでしたけど」

 俺の聞きたいことを察して答えてくれた。ネコマタは橙というらしい。

 そうか、やっぱり雪華が・・・・・・。

「せっちゃん?」

 反応を示さない雪華に、典雅が改めて声を掛けた。

 その声に反応したのか、典雅を見やる雪華。瞳には、なんの感情も表れていない。

「あー。お話は終わったの? 待ちくたびれちゃった」

 言葉ではそう言っているが、淡々としていてそんな様子は微塵も無い。もともと、そういう娘だ。かといって阿求さんの様に冷めている訳ではなく、単に感情の起伏がおとなしいだけなのだけれど。協会時代と変わらない様子にどこかほっとするも、不安感がぬぐえない。

「典雅、宗司、久しぶりー。何年ぶりだっけ?」

「お久しぶりです、雪華。協会から脱出した時以来ですから、5年ぶりですか」

 ふーん。と頷いて、俺と典雅を交互に眺める雪華。

「あんましかわんないねー」

「せっちゃんに言われたくないさ。時間でも止めた?」

 軽口を叩く典雅だが、その通りだ。俺も典雅も多少は変わったが、雪華は何一つ変わっていない。初対面の時から外見が全く変わらないのだ。ローティーンの外見のまま。

 そうか、雰囲気だ。俺が感じていた不安はそれだ。雰囲気が、全然違う。どこが違うと聞かれたら困ってしまうのだが。纏っている空気が、俺の知っている雪華とは違っている。

「あはは・・・・・・。ねえ、2人とも」

 典雅の軽口を無視して、雪華が問いかけてくる。

 外見相応の、無邪気な笑顔を浮かべて。

「そんなに構えないでよー。怖いじゃない。僕はお話しに来たんだから」

 構えるな。というほうが無理だ。此方は既に雪華が協会側の人間だという事を知っている。俺も典雅も、答えるべき言葉を持たない。いや、何を言えば良いのか解らないというのが本音だ。あからさまに敵対しているわけでは無いから、妖夢さんも刀に手をかけたまま動けないでいる。

3人とも〜。失礼よ〜」

 そんな状態を打ち破ったのは、白玉楼の主。

「妖夢〜。お茶を追加ね〜。ほら、橙ちゃんもそこの、雪華ちゃんも。そんな所に立ってないで上がりなさいな〜」

 どうやら彼女は、2人を客人として扱うらしい。


目次へ戻る

トップへ