幻想入り徒然物語 終話

開戦

「が、はぁっ!?」

 腹に突き刺さる投擲剣。

 激痛などという言葉では生温い。

 金行に特化された小さな投擲剣は俺の皮膚など容易く食いちぎり、内蔵をかき回す。

 投擲剣はその役目を果たすと消えてしまうが、腹をかき混ぜられた痛みまで消えるわけではない。

 がくりと膝が折れ、大地に跪く。

 その俺の周りには、無数の投擲剣が羽虫の様に飛び回り、主の命を待っている。

 犯せ、と。

「そうだ、貴様はそうやって地べたを這っているのがお似合いだよ」

 復讐鬼は、以前対峙したときよりも更に酷薄な笑みを顔に貼り付けて、俺を眺めている。その瞳に、最早正気の色はない。無理矢理精神を歪められた、人造の狂気。

「さあ、もっと死ね。死してもなお死ね。そこからまた死ぬが良いよ。早く貴様が死ななければ、私はあの吸血鬼を殺せない」

 全く矛盾した言葉。吸血鬼を打ち斃す事を命題としながらも、俺を嬲ることに執着している。

 もはや、以前の面影は無い。いや、在ったとしても同じかもしれないが、この狂気は醜悪が過ぎる。

 なんとかしなければならない。此処まで好きにやらせておきながら、俺にはまともな思考が出来ない。

 なぜなら。

 俺の後ろでは。

 パチェが。

 転がっているから。

 まるで。

 死体のように。

 

 その日はいつもと変わらぬ朝を迎えた。いや、正確には違った。紅魔館の面々は眠りもせず、襲撃者を待っていたからだ。

 だが一カ所にまとまって居たわけでは無く、皆いつもの受け持つ場所にいた。美鈴さんは門番、咲夜さんとイスクさんはお嬢様の側に。パチェ、俺、こあは図書館。典雅も俺たちと一緒だ。妹様はどこかで歩き回っているだろう。妖精達は、いつの間にか姿が見えなくなっていた。

 異様な雰囲気に危険を察知してどこかに逃げたのだろう。

 異様な雰囲気。

 弾幕バトルの様なルールで決められたモノではない、ただ殺伐とした雰囲気を感じ取って。

 事前の話し合いでは、作戦など決めていない。お嬢様から言われたのは、ただ、自分の身を守ること。

 この戦いにどんな意味があるか知らない。結果どうなるかも解らない。

 だから、ただ目の前に現れる敵を打ち倒せと。

 その時八雲紫が何をいうのか、それで全てを判断する、と。

 ただの純粋な闘争。

 お嬢様にしてみればただの暇つぶしなのだろうが、それでも気味の悪さは感じ取っているらしく、浮かない顔をしていた。

「シンプルな癖にシンプルにいかないのは嫌い」

 と。

「だから私はシンプルに考える。向こうの狙いは宗司。その力で全てを思い通りにしようって事はわかる。だから渡さない。紅魔館のモノを、私の許可無しに持って行くことを私は許さない」

 にたり、といつもの笑みを浮かべる。

「要は奴らに思い知らせてやればいい、この紅魔館に手を出すことが、いかに割に合わないことなのかを」

 それだけだ。

 幻想郷がどうとか、協会や教会の思惑がどうとか、そんなことは関係無しに、ただ、紅魔館のモノを奪おうとする輩を打ち倒すだけ。

 それで良いのかもしれない。

 俺は、事を細かく考えすぎているから。

 パチェや咲夜さんは納得のいっていない顔をしていたが、他に良い案が在るわけでもなく、口を閉ざしていた。

 それが昨日のはなし。そして現在。

「朝食出来ましたよ〜」

 小悪魔に呼ばれて、パチェと一緒に会議室へ。中にはいると典雅はもう座っていた。

 典雅は此方を認識すると、スパッと手を挙げて。

「おっす、おら典雅!」

「ギリギリです、止めてください」

 盛大にため息を吐きながら厨房に向かう。食器の類は並べてあったが、小悪魔の手伝いをするためだ。

「いつ来るかもしれないのに、よくそんなに元気ね」

 目の下に軽く隈を作ったパチェが気怠そうに言う。

「パッチェちゃんは気にしすぎなのさ。もっと楽に構えないと実力がでないよー?」

 などと言っている典雅も、目が充血していた。

 厨房に入り、小悪魔に挨拶。

「こあ、済みませんね、1人でやらせて」

「いいですよー。宗司さんはパチュリー様の護衛で・・・・・・」

 笑顔で振り向いた小悪魔の顔が、一瞬引きつる。

「宗司さんお嬢様に噛まれたりしました?」

「いえ? そんなことないですけど。何故です?」

 何日か前にフルボッコにはされたが。

「目、真っ赤ですよ? 兎みたいです」

 あー・・・・・・どうりで目がしょぼしょぼすると思ったら・・・・・・。

「取り敢えず行動に支障は無いですから、捨て置いてください」

 後で目薬を探そう。

 小悪魔は苦笑いをしつつ「わかりました」と、ティーポットを用意。

 今日の朝食はバタートーストにスクランブルエッグ、付け合わせのグリーンサラダ。ドレッシングはサウザンだろう。簡単なコンソメースープに、紅茶は・・・・・・ん? ダージリンっぽいけれど香りが違う。

「こあ、この紅茶は?」

「あ、気付きました? 珍しいのを見つけたので淹れてみました。カンヤム・カンニャムです」

 カンヤム・カンニャム。外の世界ではネパールのお茶で、ちょっと手に入りにくい。香りが強く、食事にはあまり合わないかもしれないけれど。

「良く見つけましたね、僕も気がつかなかった」

「アッサムの袋の中に一袋だけ埋まってましたから」

 成る程、どうりで。頷きながら食卓に運ぶ。

 紅茶を注いでまわると、やはりパチェが気付いた。

「あら? これ・・・・・・」

「こあが一袋だけあったのを見つけてくれました」

「そう、有り難う、小悪魔。随分前に手に入れて飲みたかったから。見つかってよかった」

 えへへ、と照れたように笑う小悪魔。

「さて、冷めないうちに戴きましょう」

 全員が席に着いたのを確認して、各々食事を始める。

「うえ〜。宗司君、この紅茶苦いよ。砂糖取って〜」

「馬鹿言っちゃいけません。この紅茶はストレートで飲むのが正義です」

「典雅さんは苦いのだめなんですかー?」

「酒は平気なんだけどね・・・・・・」

「意外とお子様な所があるのね」

「そりゃパッチェちゃんの年齢に比べれば?」

「失礼な」

「でも考えてみたら凄い年の差カップルだよね」

「・・・・・・」

「宗司さんはそこんとこどう考えてるんですか?」

「気にしてないですね。というよりは、パチェは可愛いので、今そうだと気付きました」

「ちょ? 宗司!?」

「いやー、朝から見せつけてくれる」

「ひゅーひゅー」

 などと。かなり騒がしい朝食に成っている。こんな状況でも騒がしいのは良い。緊張でガチガチになった食事など勘弁だ。

「そ、そんなことより、早く食べてしまいましょう? 食事中に来られるのは嫌」

 慌てて話題を逸らすパチェ。

「あら? ごめんなさいね。もう来てるのよ」

「!?」

 慌てて立ち上がる俺と典雅。パチェと小悪魔は反応できず、声のした方を呆然とみている。

 4人で固まって食事をしていて、はしの方には誰も居なかったはず!

 優雅に足を組み、何時の間に用意したのか、手には紅茶を持ち、室内だというのに傘を差した人物。

 いや、それは人などではない。声がするまで、典雅と俺が気配すら感じなかったモノを人などとは言わない。

「お待たせしたわね。さあ、覚悟はいいかしら?」

 それは、優雅に笑って見せた。


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