隙間

 八雲紫(やくも・ゆかり)。腰まである金髪にいくつものリボン。琥珀色の瞳。此方にきてから見慣れたナイトキャップのような白い帽子。赤いリボンで大きな蝶々の形をとった装飾。紫と白の派手なドレス。腕には白い豪奢な長手袋。低めのヒール。

 顔を合わせたことは無いが、この妖怪が八雲紫であることは明白だ。魔力の桁が凄まじい。普通にしていても魔力の流れが既に感じられる。

「結界張ってたんだけどなー」

 典雅が軽く言うが、表情とともなっていない。苦虫を噛み潰したよう。

「私は境界を操る妖怪。どんな強力な結界であれ、私の前では無意味よ」

 くすくすと笑ってみせる八雲紫。

「さて、始める前に質問があるのだけど、いいかしら?」

「良いも何も、貴女がやろうと思えば出来ないことなどないでしょう」

 パチェが諦めたようにため息。確かに、何かしようと思えば出来たはずなのに、この妖怪は未だ何もしていない。

 隙間の妖怪はおかしそうにくすくすと笑い、ティーカップをテーブルに置いて、こちらに向き直った。

「まずは、文車宗司君」

「はい、なんでしょう?」

 答えると、八雲紫は笑みを深くした。

「その様子だと、私の立ち位置を理解できたようね」

「ええ、貴女は敵でも味方でも、それどころか中立ですらない。ただの傍観者だ」

 びっくりしたかの様に目を丸くして。

「そこまで読まれるとはね、少ない情報量で良く出てきたもの」

「僕も妖怪の端くれですからね」

 俺は肩をすくめて見せる。

 余裕なんて無い。ただ、この状況で平然としている八雲紫に対して慌てた様を見せるのは癪に触ると思っただけだ。敵でないとしても、この妖怪は油断がならない。

「橙に聞いたわ。貴方の匂いは幻想郷の匂いだって」

 そう言えば、彼女はそんなことを言っていたっけ。結局何のことか良くわからないのだけど。

「似たようなことは最初に言われた気がしますが?」

「違う。そんな表面的な事では無くて、貴方はもう外の世界との因果を殆ど断ってしまったって事。気付かないうちにこちらに馴染みすぎたの。さて、コレを踏まえての質問よ」

 パン、とレースの扇子を開き、口元を隠す。

「貴方は、ここで生涯を終える覚悟があるのかしら? もし戻りたくても、最早世界が貴方を拒絶する」

「ありますよ」

 答える。

「僕にとって元の世界は生まれただけの場所です。父親の顔も知らないし、母親はもう居ない。僕が知り合いと呼べる人間は、殆どこちらに来てしまっている。何より」

 そう、何より。

「パチェの側を離れるつもりはありません」

 八雲紫がその答えにどう思ったかは解らない。目の色に変化は見られず、そのままパチェの方に視線を移したからだ。

「じゃあ、パチュリー。文車君はああ言っているけれど。貴女はどうなの? この騒ぎに貴女が荷担するメリットはないと思うけど?」

「宗司の敵は私の敵。理由なんて、それで充分」

 馬鹿馬鹿しい、と首を振るパチェ。この返答には、流石の八雲紫も驚いていた。実は俺もびっくりしている。

「まさか貴女から何の打算も無い言葉がでてくるなんて・・・・・・」

「打算なんて心の内に隠しておく物でしょう?」

 そういって、薄く笑って見せた。

 いかん、パチェに余裕が出てきている。これではいじれないじゃないか。

「何か言った?」

「いいえなにも」

 でもまあ、突発的なのにはまだ耐性がないみたいだし。

 って俺は何を考えている。

「じゃあ小悪魔ちゃん」

「え? 私ですか?」

「そうよ、貴女はどうなの? 宗司君達の意見に対しては。自分の意志で答えて」

 言われて小悪魔は、きょとんとした表情。

「意見に対してと言うか・・・・・・私は現状が凄く好きです。ずっと続いたら良いのにって、思ってますよ?」

 紫は苦笑い。貴女らしいわ。と呟いて矛先を典雅に向けた。

「で、貴女は? 森崎典雅。貴女の場合はそう簡単にはいかないでしょう?」

 典雅には迷いがある。何故その事を八雲紫が気付いたのかは不明だが、この戦いにおいて迷いは致命的なものになると。そう彼女は言っている。無論、典雅の事を気遣ってではない、迷いがある人間がいると困るのは彼女のほうなのだから。

 それに対して典雅は澄ました顔で。

「決めたさ」

 それだけ。数日前、鬼達と何を話していたのか知らないが、典雅にとってそれは今後をきめるだけのモノとなったのだろう。

「ふうん・・・・・・」

 目を細めて、隙間の妖怪は頷いた。

「成る程。これなら問題無いでしょう」

「ではこちらからも質問、宜しいですか?」

「何かしら?」

 こちらに向き直り、扇子を閉じる。

「貴女は、あの(はこ)開いても構わないとおもっているんですか

 匣。

 魔術師協会に保管されている最重要機密事項。人間では手に負えないモノを悉く封印していくための装置だ。中に入っているのは強烈な悪魔や妖怪とされていて、皮肉を込めてパンドラの匣と呼ばれている。

 噂に寄れば数々の魔王が封印されていて、万が一開いてしまうようなことがあれば人類は滅ぶとされている。

 何故今突然こんな話が出てきたのか。

 お嬢様はシンプルに行くと言っていたし、俺も細かいことを考えすぎだとも思ったが、敵の大目的くらいは知っておきたいとパチェと智慧を絞っていたのだ。

 小目的は俺の捕獲、及び死体の確保。これは間違いない。俺の特性を使って何かするつもりではあるのだろうが。世界征服やら全てを手に入れるだのをお偉いさんが考えているとは思えない。魔術師の最終目的はアカシックレコードへの到達だが、教会に取り込まれている以上、その目的は失われているに等しい。

 そうなると出てくるのが匣の存在だった。俺がこの存在を知ったのは協会に来て最初の最初。協会長に連れられて見せられたのだ。

飾りのないただの木箱にしか見えなかったが、それは近くにいるだけで自身が消滅してしまいそうな障気を放っていた。

「コレは現在時間軸に封印されていて、永遠に時が止まっている状態だ。だから誰にも手は出せないし、開けることも出来ない。入れるだけの器に過ぎない。まぁ、私くらいの魔術師に成れば隙間を空けることぐらいは可能だが・・・・・・君の能力はコレを完全に開けることができる可能性がある。もしその能力が花開いた場合、君はどうする?」

 当時10代前半だった俺には、匣は恐怖の対象でしかなく、障気に当てられて協会長の話も耳に殆ど入っていなかった。だからただ。

「怖い」

 と答えた。協会長は満足げに俺を見ると、直ぐにそこから離した。あと3分もいれば発狂していただろうその場所に、何故連れて行かれたか、今では解る。

 俺は世界を混沌に落とす能力を持っていて、それを自覚させる為。

 確かに協会長クラスの魔術師はちょくちょくこの匣に隙間を空けていたようだ。理由はあまりにも下らないので割愛する。

 とにかく、教会の目的は俺にこの匣を開けさせる事だろうと結論が出た。

 全人外の消去。そのために。

 勿論、今すぐの話では無い。準備も出来ていないだろうから。ただ、俺の能力は今のところ俺にしかない。文車妖妃は最早おらず。手紙に想いを乗せる事が少なくなってきた現在、新たな文車妖妃が生まれる可能性も極めて低い。

 だから先に匣を開けるための鍵、つまり俺を確保。俺が死んでいようが生きていようが変わらない。それだけの技術があちらさんには存在するから。

 ここまでたどり着いたのは、パチェのおかげ。重要な情報を俺から引き出す術を彼女は備えていた。今の関係でなければ無理な。そのくらいえぐい事を俺にしたと思って構わない。もちろん、言い出したのは俺の方でパチェは嫌がっていたが。

 その甲斐あって、八雲紫の目的も何となくだがつかめた。あくまで、なんとなく。

 そこで、この質問なのだ。貴女はあの匣を開けてどうするのかと。

 隙間の妖怪は、俺に頷いてみせた。

「ええ」

「幻想郷とは関係が無いからですか?」

「関係? 大ありね。だって、あの匣があけば幻想郷が消滅するもの」

 その言葉に、全員が固まる。

「正確には必要無くなるわね。だってそうでしょう? 魑魅魍魎が跳梁跋扈する世界が出来上がり、我々妖怪の天下がやってくる。私にしてみればどちらでも構わない」

「本気?」

 固まった表情のまま、パチェが言う。

「もちろん。幻想郷に意味が無くなっても、妖怪に意味が出来る。ならば何の問題もない」

「少なくとも貴女は幻想郷を第一に考えていると思ったのだけれど」

「なら、それは貴女の勘違いよ。私が第一に考えるのは妖怪のこと」

「そう」

「そう」

 話はそれで終わる。

「もう良いわね? じゃあ、始めましょう」

 八雲紫が指を鳴らすと、背後から巨大な境界の口がひらき、俺たちを飲み込んだ


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