絶命呼ぶ狂気

 のまれた瞬間、意識を失っていたらしい。

 気がつけば、中空に放り出されていた。眼下には枯れた芝。高さはそれほどでもないが、勢いが付いている。落ちたらまた気を失ってしまう。

「おいおいっ!」

 むりやり身体を捻る。幸い横に飛び出したので受け身が取れそうだ。

 衝撃。

 ごろごろと転がって勢いを流し、膝立ちの姿勢でブレーキ。

 ふう、何とか上手くうけみが。

 どんっ!

「ぎゃふっ!?」

「きゃん!」

 背中に衝撃。誰かが落ちてきたらしい。俺は為す術もなく地面に突っ伏す。

 ぐえ、土喰っちゃった、じょりじょりする。

「いたた・・・・・・」

 俺の背中の上で誰かが起きあがる気配。

「ここは・・・・・・随分紅魔館から離されたみたいね」

 辺りを見渡せば、だだっ広い冬色の草原。遠くに木々が見えるが、直ぐにいけるような距離ではない。狭い幻想郷の中にこんな場所があったのかと思われるほど、此処は広かった。

「出来れば誰かと合流したいけれど・・・・・・宗司とか」

 俺の背に乗った人物。いや、パチェなのだけれど。合流したいと言った本人の背中に座っていると気付いてもいないようだ。何となく悲しくなったのでそのまま黙って様子をみてみる。

「変ね、飛ばされたのなら直ぐにでも襲われて良いはずなのだけれど。ここでは広いから奇襲には向かないし。分断という意味では正解か。まずい。私1人だと接近戦になったときに不利になる。敵もいないようだし急いで帰った方が、いえ、飲み込まれた時点で皆も違う場所に飛ばされたとみるべきね。こんな事なら目印のひとつでも作っておくべきだったかしら」

 途切れずに独り言が続く。

「パチェ」

 いい加減気付きそうにないのでこちらから声を掛けてみる。思考状態のパチェは無防備にも程があるからかなり危ない。まあ、俺も辺りを探って誰も居ないようなので様子見に出ているのだが。

 俺の言葉にぴくっと反応した気配。恐らく辺りを見渡している。

「幻聴・・・・・・? 駄目ね。こんな事では宗司に笑われてしまう」

 いえ、笑いません。

 笑いませんがいい加減気付いてください。

「パチェ、下です、下。下を見てください」

「え?」

 間。

「・・・・・・宗司、いつからそんな趣味ができたの?」

 ため息と共にそんな言葉がはき出された。

 違うし!?

「全く、いくら何でもそれは無いと思うのだけれど?」

「理由はちゃんと話しますから、取り敢えずどいていただけますか?」

「冗談よ」

 そう言って、俺の上から立ち上がってくれた。

 身体を起こし、燕尾服に付いた泥やら草やらをぱむぱむと払う。

 あー、やっぱり残るか。ちゃんと洗濯しないと。

 改めて辺りを見渡す。ホントに何もない。ただただ広い枯れた草原が続いている。冬が近いので吹く風は心地よいと言うよりも、肌を刺激して通り抜けてゆく感じ。人もこないのか、道らしき物はない。幻想郷は狭いといってもこんな場所が多くある。

「で、理由は?」

「冗談じゃ無かったんですか?」

「貴方がなんで倒れていたかよ」

 えっと、それも本気で・・・・・・この目は本気だな。

「僕が飛ばされた所にパチェが落ちてきたんですよ」

「ふうん」

 そのこと自体にさほど興味は無いのか、あっさりと流すパチェ。何か考えがあるらしい。

 今はそれよりも、だ。

「パチェ、この現状をどう思います? こんな事するくらいなら始めから僕だけを分断すれば良かったと思うのですが」

 いいつつ、周囲の警戒は怠らない。とはいえ、360度警戒するのは少々辛いし、あまり意味があるようにも思えない。こんな身を隠すような場所も無いところでは、遠くから来れば一発で気がつく。

「そうね・・・・・・紫がこんなミスをするとも思えないから、何か意図があってのことなのでしょうけれど。今何もしてこないのが逆に不気味ね。何かを誘っているか」

「先に紅魔館を制圧、もしくは破壊するつもりかもしれませんね」

「それはない」

 パチェはきっぱりと言い放つ。

「正確には出来ない。どんな大魔法をもってしても、その前にレミィかフランが止める。自分の住み処を壊されるほど間抜けじゃない」

 ふむ。

「お嬢様たちもどこかに飛ばされていたとしたら?」

「それこそ意味がないわ。誰もいない城を奪ったところで貴方は手に入らない」

 それもそうか。いまいちピンと来ない。自分がねらわれているのは解るが・・・・・・それなら広い所に飛ばしたら余計に意味がないだろう。

 ここで八雲紫が手助けをしてくれたという可能性も出てくるが、傍観者とはいえ、むこうに協力している以上、その可能性は無い。

「どうします? 今できることは紅魔館に戻るか、このまま待ちかまえるか、皆さんと合流を考えるか、それとも逃げるかになりますが」

 現状はそれ以上のことは出来ない。儀式魔術で罠をはるなりも出来るが、空振りに終わったり、その途中で来られたら目も当てられない。

「そうね」

 パチェは目をつむって考えている。そして同時に答えが出た。

「現状維持」

 紅魔館に戻るのが最良の選択かもしれないが、それこそ罠の可能性が高い。先ほど意味がないとは言ったが、紅魔館で罠を張られていたらそれはそれでやっかい。

 ならば現状維持の方が良い。待ち伏せるには悪くない場所だから。

 どの選択肢もたいして代わりがないのだ。体力は極力消耗しない方が良い。俺とパチェの場合、精神よりも体力の方が先に摩耗するからだ。

「動かないにしても時間を決めないとですね、まさか夜まで待つわけにもいきません」

「1時間で移動しましょう。そこまで何も起こらなければ、どう転んでも決着はついているはず」

「ですね」

 そこで気を抜いた訳ではない。ちゃんと周りも警戒していた。ちゃんと気配がないか気を配っていた。なのに。

 いや、こればっかりは俺の認識の甘さとしか言いようがない。

 表面上でも八雲紫がむこうについているというのなら。

 ひゅん。という風切り音。

「え?」

 という声だけを残し、パチェが視界から消えた。

 正確には、よこから吹っ飛ばされたのだ。

 間抜けにも、そちらを向いてしまった。本来なら攻撃のあった方向をむくべきだったのだ。それなのに俺は。

 飛ばされ、空中であっけにとられているパチェの顔が見えた。続いてまたもや風切り音。今度は殺意がこもった、先ほどよりも鋭い、鋭利な、尖った音。

 確かめるまでもない、リベリオンの剣風だ。

 無数のかまいたちがパチェに襲いかかる。

 為す術もなく直撃。

 中空に、赤い華が咲いた。

 ローブはボロボロに破れ、あちこちから出血したパチェは更に吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 勢いでごろごろと転がって、うつ伏せに倒れたまま、ぴくりとも動かない。

「え・・・・・・?」

 間の抜けた声。

 それが自分の出した声だと気付くのに、数秒を要した。

「よーう、フグルマ」

 聞きたく無かった。その声。だが聞くだろうなと思っていた、その声。

「どうした? 貴様の大好きなパチュリー様とやらは死んでしまったよ?」

 馬鹿な、まだ死んでなどいない。とっさに障壁を展開して自分を庇ったのは見えていたんだ。

「無駄だよ、致命傷とまではいかないが、すぐに手当しなければ死んでしまうだろうね」

 確かに、出血量がやばい。このままではいけない。

 が、俺は振り向いた。今パチェの元に駆け寄れば、俺ごと殺される。

 それくらいの殺気がリベリオンからは放たれていた。

 境界の中から半身だけ乗り出し、ごついバスタードソードを振り下ろした状態で、こちらを見ている、

 こんな時だというのに俺は相手を観察していた。

 基本は前回対峙したときと何ら変わりは無い。ただ、得物が儀礼用のレイピアでは無く、無骨な片手用バスタードソードになっている。本来は大きな変更だが、それが些細に見えるほど、ある一点が豹変していた。

 目だ。

 狂気に彩られた、異様な輝きを放つ瞳。

 リベリオンはゆっくりと境界から全身を現し、こちらに剣先を突きつける。

「良い気分だよ良い気分だよ。その顔。その顔こそ私が化け物に与えるべき物。さあ、早く死ね。貴様が死ねばレミリア・スカーレットにたどり着ける」

 何を言っている?

「だが未だ死ぬなよ? 貴様の為にとっておきを用意してきたんだがら」

 そう言って、懐から無数の投擲剣を取り出した。一目見ただけで、それは金行の儀式を受けた、木行を殺すための物だと解った。

 リベリオンがそれを放り投げると投擲剣は落下せずに、こちらへ剣先を向けて滞空する。猛禽類のような投擲剣。

「さあ、たっぷり苦しめ、そして、早く死ね、もだえる様をじっくりと見せろ」

 狂った復讐鬼。

 最低の執事。

 それでも俺は、薄く笑みを顔に貼り付けた。


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