紅美鈴
美鈴はいつも通りに起床、いつも通りに洗顔し、いつも通りに服を着替え、いつも通りに門前に立つ。
気負いは無い。彼女はいつも通りに仕事をするだけ。紅魔館にやってくる者を判断し、問題が無ければ通し、危険ならば止め、必要ならば排除する。
それが紅魔館門番、紅美鈴の仕事。
「だったんだけど」
美鈴は独りごちる。手汗を腰で拭って、緊張をほぐすために深呼吸。
ここに来て何年になるかは美鈴も覚えていない。最初はただ、言われたことをこなすだけで良かった。自分に選択肢など無いのだから当然だと。だがいつからか、その考えは徐々に変わっていった。住人と良く話をするようになり、花畑の管理もし始めた。
紅魔館も人が増え、色々と楽しいと思うことも増える。いつしか、紅魔館の門番であることに誇りさえ感じ始めていた。
今、紅魔館が狙われている。正確には文車宗司が狙われている。でも、紅魔館の一員が狙われていると言うことはそれと同義なのだ。だから美鈴は緊張していた。護る戦いはいつものことだが、やはり不安だ。
「らしくないなぁ。こんなことじゃあみんなに心配されちゃう」
ぽりぽりと、後ろ頭をかきながら美鈴は苦笑。自分が門番を張る以上、住人に外敵からの心配などさせたくはないのが本音だ。だが八雲紫の協力がある以上、正面から来るとは考えがたい。
「瞬間移動とか卑怯極まりないよね」
「ならば正々堂々戦おうではないか」
目の前に境界の裂け目。そこからぬっと現れたのは、青銀色の全身甲冑を纏った巨漢。山のよう、と表現しても良い。横にも縦にも兎に角大きい。2メートル半近くはあるだろう。右手にはハルバートを携え、左手には楕円形の盾。面に隠れて顔は見えない。
美鈴は知るよしもないが、これでもれっきとした魔術師である。
「我が名はアリオデウス。妖怪よ、我が全力を以てお相手しよう」
現れた相手に多少びっくりした表情の美鈴だったが、包拳礼をとって自らも名乗る。
「華人小娘、紅美鈴と申します・・・・・・以外と礼儀正しいんですね」
アリオデウスはがちゃりと斧槍を構える。
「否、これ以上の言葉を化け物と交わすつもりは無い。早々に構えられい」
「貴方も人間には見えませんけどね」
内心苦笑しつつ、いつも通り八極拳の構えをとる。ずっしりと腰を落とした構え。
見方によっては分が悪いように思えるが、そもそも八極拳は敵の防御を打ち破るというもの。妖怪が扱うなら強固な鎧すら紙に等しい。
知ってか知らずか、アリオデウスはじりじりと間合いを詰めてくる。
美鈴は何度もこんなタイプのハンターと戦ったことがあり、その悉くを退けてきた。どんなに防御を固めようと美鈴の打撃は防げないし、重い鎧を着ていては攻撃を当てることも出来ない。
だからといって油断は出来ない。何しろ得体の知れない連中なのだ。美鈴は一挙一動見逃すまいと目をこらす。
が。
殆ど知覚も出来ずに吹っ飛ばされた。
「な!?」
吹っ飛ばされ、仰向けに地面に倒れる。反動を利用して後転、素早く立ち上がって構え直す。
アリオデウスは先ほど美鈴が立っていた位置に、盾を振り上げた格好で止まっていた。
そして今更、美鈴は何をされたか理解。盾で打ち上げられたのだ。身体が勝手に防御行動をとったのでダメージは無いがしかし・・・・・・。
「とんでもない速さ・・・・・・」
アリオデウス。魔術師協会トップクラスの1人。その戦術は、重装甲、高攻撃力、超スピードを旨とする魔術師。自らの重さを消し、さらにスピードを上げ、且つ対魔術を展開する。常に魔術の三重発動をしているという化け物。
「ふん、防いだか」
盾を構え直し、先ほどと同じ姿勢。恐らく本来は斧槍の方で攻撃されていたハズだ。その事実に美鈴は憤慨する。舐められた、と。
だが先ほどの超速攻撃に対応仕切れなかったのも事実。
体内で練っている気を、外に放出する。感覚領域を広げる為だ。普段はやらない。集中力がいるので普段はやらないし、攻撃には向かないからだ。
だが、そうしてもアリオデウスの接近は早すぎた。感覚領域に入った瞬間には、既に目の前にいるのだ。
広げてやっと五分、いや、見えていない分、美鈴の方が分が悪いか。
超速で繰り出される突きを内側に避けて反撃の左の単把、だが反応して盾を突き出された為にヒッティングポイントがずれて只の打撃になってしまう。
美鈴もそれを読んでいて、それはフェイント。身体を捻り右こぶしを叩きつける!
手応え無し。
アリオデウスは一歩後退して美鈴の間合いから離れたのだ。鎧の重さばかりか攻撃後の体重移動まで思いのまま。
「ふっ!」
結果カウンター気味に袈裟斬りで振り下ろされる斧槍。何とか身をかがめてやり過ごすも、右肩を掠められる。
「ぐぅっ?」
その衝撃だけで、右腕が使い物にならなくなったのを美鈴は悟った。恐るべき攻撃力である。妖怪の身体を掠めただけで破壊する打撃。伊達に魔術師協会のトップクラスは張っていない。
美鈴は直ぐに退避。追いすがる青銀の魔術師。
次々と繰り出される斧槍を、美鈴は紙一重で避けていく。一撃でも受けば恐らく、美鈴の身体は四散する。
美鈴は反撃の機会をうかがっていたが、その隙が見いだせないでいた。
先ほどの反撃を受けて、青銀の魔術師は更に攻撃の回転スピードを上げ、まるで槍衾の如く斧槍を繰り出してくる。
当然避けきれない攻撃も出てくる。いなして逸らしたりはするものの、左手一本では追いつかない。槍衾の一本が、美鈴の脚を掠める。ぐらりと、美鈴の身体が泳いでぐらついてしまった。
その隙を逃さず、アリオデウスは踏み込み、盾で下から美鈴をかち上げた。
もろに攻撃を受けた美鈴はその場で高く浮かされてしまった格好。このままでは避けることも防御することも適わない。
青銀の魔術師は身体を撓め、落ちてくる美鈴を見据えて槍に力を込める。
「おりゃあ!」
突き出される斧槍。迫り来る斧槍を、美鈴はやけに冷静な目で見据えていた。
左手を広げ、まるで槍に自ら刺さりに行くかのよう。
その左手に斧槍が突き刺さるかと思われたその時。
ぱりん。
「ぬ!?」
乾いた音を立てて、斧槍が砕け散った。徹底的に強度を高め、さらに魔術で保護してある斧槍が簡単に壊れた。
すとんと、アリオデウスの目の前に着地する美鈴。ゆらりと立ち上がって、左手一本で構えをとった。
「どうしました? まさか武器を失った程度で手詰まり、と言うわけではないでしょう?」
言葉に嫌味は無い。むしろ敬意さえ感じられる。
もちろん、アリオデウスにはまだ武器がのこっているし、こうなったときの対処もあるが・・・・・・。目の前の妖怪に何か不気味なものを感じていた。何より、自慢の斧槍を不可解な方法で壊された事に驚愕していたのだ。
「どんなまやかしを使った・・・・・・?」
「別に何も。貴方の攻撃を避けている間、気を練っていただけです」
その言葉に愕然とする魔術師。あの猛攻を避けながら気を練るなど。それをさせないための連続攻撃だったというのに、この妖怪は平然とそれをやってのけたのだ。
「化け物め」
「・・・・・・負けを認めますか?」
「ありえんな」
言うと同時、盾を前面に構えて突進するアリオデウス。全身を弾丸に変えての体当たりだ。普通なら何をされたかも解らずに死ぬような攻撃だが、美鈴はそれに対して左手を軽く突き出しただけ。
それだけで、アリオデウスの突進が止められる。衝撃も何もない。完全に、正面から受け止められたのだ。
「・・・・・・ぐ!」
「八極門の神槍・李書文は」
ゆらりと、壊れたはずの右腕を上げる。
「弐の打要らずと呼ばれたそうです。全ての敵を一撃の下に葬ってきたとか」
肘が曲げられ、こぶしの形をとる。
「私がその域に達しているか解りませんが、貴方の強さに敬意を払って」
ゆっくりと突き出されたこぶしが、鎧に当たる。
「が?」
ぐしゃりと鎧がひしゃげ、盾も破壊される。いくら強度を上げようと、対魔術を施そうと、全力で練り上げられた美鈴の気には耐えられない。青銀の魔術師はがくりとその場に膝をつき、それ以上は動けなかった。
「が・・・・・・ぐ・・・・・・なぜ殺さない」
「必要が無いからです。貴方に抵抗する術はもはやありませんし、もう立ち上がることも出来ないでしょう。貴方に私の家族を傷つけることは出来ません」
淡々と美鈴は喋る。だが、家族と言う言葉が、この紅美鈴の意志を雄弁に語っていた。
「その内あの隙間妖怪さんが助けてくれる・・・・・」
そこでいったん言葉を切る。
「かもしれませんから」
頭をかきながら申し訳なさそうに言う。
「・・・・・・」
アリオデウスは何も言えない。これだけの力を見せつけられては、呪いの言葉のひとつだってはけるハズがない。あるのは、敗北感と恐れだけ。
それを余所に美鈴は気を探る。紅魔館の住人たちの安否を測るためだ。みんな戦闘中なのは解るが、宗司とパチュリーの気が感じられないことに気がついた。探る範囲を広げる。
大分遠いところに飛ばされたようだが・・・・・・。
パチュリーの気は消えかけ、宗司の気はしぼんでいるように感じられた。
「いけない!」
脇目もふらず、美鈴は駆けだした。