飛びかかってきたソーンを見据えて、体当たりする勢いで典雅は突進。
 激突するかと思われた瞬間、ソーンの体がぼやけて消える。幻影だったようだ。
「雷精!」
 幻影が消える瞬間を狙い澄まして雷がほとばしる。先ほどと同じ光景が展開、否。先ほどと違い直撃するかと思われた雷撃は、典雅の眼前で吹き散らされた。
 幻影ときっちり読み切っていた典雅が結界を張っていたのだ。
 だが・・・・・・。
「炎精!」
 包み込むような大火炎が典雅を襲う。ソーンの最大の武器は高火力の魔術を連発出来ることだ。
 魔術無効化の装備があろうとそれを打ち抜くだけの力がある。結界も張っている間は足が止まるために、ソーンに接近することが出来ないのだ。
 が、またもやそれは典雅の眼前で消えてしまう。既に先先程よりも典雅は距離を詰めてきている。とうに結界の範囲外の筈だ。にもかかわらず、炎はかき消された。典雅が結界を張り直した様子もない、となると。
「結界と一緒に移動しているのか!」
 恐るべき事である。普通結界と言うのは場を守るモノであって、起点と終点が必ずある。典雅の結界には終点が無い、というより移動しているのだ。本人が結界を纏っていると言った方が正しい。まぁ、幻想郷では動く結界は珍しくないが、纏ったまま動けるのは典雅位のものだろう。
「戦闘中悦に入ってあたしを見てなかった証拠さね」
 滑るように典雅は接敵。ソーンの胸ぐらを掴みに行く。ちなみに典雅に遠距離攻撃は殆ど無い、近接攻撃を得意とするインファイターである。
 その手をいなしてゆくソーン。余裕はなさそうではあるが、きっちりと掴みに来る腕をかわしている。
「やるねぇ」
「ふん、近接戦闘が出来ない魔術師等三流だよ」
「なるほど、じゃああんたは三流さ」
 典雅がソーンの頭を掴み無理矢理頭を下げさせ、覆い被さるように動くと、脇の下から腕を差し込んで左右の腕をロック、一瞬腰を落として伸び上がるようにソーンの体を引っこ抜く!
「!?」
 ソーンの体は綺麗に弧を描いて図書館の石床に背中から叩きつけられた。
「ごぶっぅ!?」
 いくら魔力壁で防御しているとはいえ、完璧にダブルアーム・スープレックスをくらっって堅い石床に落とされたために肺から空気が抜ける。それでも飛び退きながら立ち上がり、呼吸を整えるのは流石といえよう。ただ単に傲慢なだけではない。
 同時に立ち上がった典雅は追撃もかけずにその様子を眺めていた。
「くそ・・・・・・何故だ」
 それは典雅が追撃を掛けてこないことに対してではなく、一切反撃が出来なかった事にである。掴みに来ることは解っていたはずなのだが、捕まれてから何もすることが出来なかった。かろうじて魔力壁を張ることは出来たが、それだけだ。反撃として用意していた筈の魔術でさえ発動できないでいた自信に疑問を抱くソーン。
 そしてまさかのプロレス技。ショーの要素が強くつかんでから投げるまでが長いため、一部の技を除いて実戦ではまず決まらない。さっきのようなハデな投げは尚更だ。それでも、殆ど何の抵抗も出来ていない。
「飛び道具が無駄なのはわかったっしょ? ほら、かかってくるさ」
 ブルース・リーよろしく手招きをしてみせる典雅。
「・・・・・・」
 近づくのは危ないと、ソーンは直感で思う。だが近づかなければ話にならない。結界を吹き飛ばすほどの魔術もあるにはあるが、それでは自身も巻き込まれる。
「こないならこっちからいく」
 大股でずかずかと近づく典雅。今度は掴まれた時点で体を帯電させる魔術を使おうと準備。接近している間は典雅も結界を張ることが出来ない。手を伸ばして来たのに対して内心ほくそ笑む。
 しかし予想に反して典雅は目の前で手を引っ込め、横にスライド。かがみ込んで後ろに回り込む。
「なっ?」
 後ろからがっちりと腰を抱え込まれ、やはり抵抗も出来ずに床から引っこ抜かれる。非常に高いブリッジのジャーマン・スープレックス。今度は首から落とされた。
「ぎっ」
 すぐさまごろごろと転がり、距離を取る。
 まただ、張ったままの魔力壁での防御しかできていない。最初に後ろに回り込まれた時点で、目で追う以外の行動が出来なくなってしまった。
 補足だが典雅は鬼である。その膂力が常軌を逸しているのは言うまでもない。ましてやリングマットではなく、非常に堅い石床だ。魔力壁を張って居ない状態で喰らったら何処かしらの骨は折れてしまうだろうし、並の人間なら最初の技で巨大コンクリにでも潰されたようになっている。
 ソーンの魔力壁がいかに優秀かがわかるが、これ以上のダメージを受ければそんなモノは関係なくなる。
「何故、何故だッ!?」
 膝立ちの姿勢でソーンは典雅に向かって叫ぶ。まるで理解できないという顔。
 対して叫ばれた本人は涼しい顔。
「さあ、なんでだろうねぇ?」
 とぼけた口調で言いながら、またもやゆっくりと近づく。髪の毛をつかんで引きずり起こすと、くるりと後ろを振り向き、両腕で頭を肩に乗せてホールド。ジャンプして前方に体を投げ出すようにして倒れ込む。首からひっぱられたソーンはそのままうつぶせに倒れ、典雅の肩に顔面を強打。さらに石床にもはたきつけられる。新型エース・クラッシャーだ。
 顔面を押さえてのたうち回るソーン。今ので魔力壁は限界に達している。
「っっっっっっっっっっっっっ!?」
 もはや満足に立つことも出来ない。典雅はゆらりと立ち上がり、のたうち回るソーンを虫でも見るような目で眺めた。
「こあちゃんをいぢめた分。あたしの角を馬鹿にした分。宗司君を屑呼ばわりした分。しっかり返させてもらったさ」
「ぐぉ・・・・・・」
 鼻血を垂らしながら何とか身を起こすソーン。だが脳を揺らされ、首を強打しているソーンは朦朧としてこらえきれず、がくりと膝を突き典雅を見上げる。
「だから・・・・・・何故なんだ・・・・・・?」
 それでもなお、疑問を口にする。コレばかりは魔術師の性だ。
「あたしの能力さ。あんたはあたしのすることに対して何も出来ない。そういう能力」
「馬鹿な・・・・・・そんな能力があるはずが無い」
「でもあんたは実際何も出来なかったじゃないさ?」
「・・・・・・」
 もちろん嘘である。典雅の能力はすべてのモノの接近を拒む結界。それは相手の歩みを止めるということ。つまり、進化を止める事に繋がる。
 典雅と対峙したモノは、しばらく反応のすべてが遅れ、それ以上の学習が出来なくなる。たとえ同じ技を2回かけられても対処法が思いつけなくなってしまうのだ。
 典雅がプロレス技を使うのはそのため。初見の技ならば切り返しが全く出来なくなってしまうからだ。実戦で、しかも魔術が横行する世界でプロレス技など使うモノは居ない。例外的に1人使い手を典雅は知っているが、逆に言えばその人物だけである。
 もちろん典雅が無類のプロレス好きというのもあるが。
 ともかく、接近戦において典雅に勝つには彼女以上の膂力を持つか、コンマ1秒以内の反応速度を持ち、かつそれに対応できる体を持っているかのどちらかしかない。それでも五分だ。
「さ、あとはまだ一つ残ってたね」
 その場で屈伸を始める典雅。ソーンはただそれを見ていることしかできない。
「宗司君の事を何も出来ないとか言っていたけど、宗司君が居なかったらたぶん、今のあたしは無い。つじつまが合えば元恋人を疑う様な事までする奴だけど、それがあたしたちを救った」
 軸足に力を込める。
「あんたのひとりよがりなんかと宗司君をいっしょにするんじゃないさ」
 ダッシュ。超速で接近、ソーンの膝に左足を乗せ、踏み台にして右の膝蹴りをソーンのあご下に叩き込む! 
ごしゃっと、鈍い音。
 シャイニング・ウィザード。
 もんどりうって倒れるソーン。綺麗に着地する典雅。
 カウントはいらない、既に、ソーンの意識は彼方まで飛んでいた。
「うぃ・・・・・・いかんいかん」
 指で狐を作って両腕を広げようとしたところで慌ててストップ。唖然として見ていた小悪魔はそこで我に返った。
「す・・・・・・すっごいです! 典雅さんすごい!」
「へへー。もっとほめてさ」
 自慢げに胸を張る。
「でもこの人、鼻血出してる以外怪我がありませんね」
 倒れたソーンをのぞき込み、首をかしげる小悪魔。
「そいつの魔力障壁がそれだけ優秀ってことさ。まぁ、ダメージを軽減出来ても意識刈り取られたんじゃ意味が無いけどね」
 言いつつ。ソーンから上着をはぎ取ってひもを作り、拘束する。ついでに猿ぐつわもかませてぐるぐる巻き。
「さて、宗司君とパッチェちゃんを探しに行かないと、ってこあちゃん?」
 みれば小悪魔が胸を押さえて苦しんでいた。慌てて駆け寄って様子を見る。
 呼吸が荒い、ぜいぜいと風邪の様な呼吸、顔が真っ青だ。
「典雅、さん・・・・・・急いでください、パチュリー様が」
 それだけ言うと、小悪魔は気を失ってしまった。パチュリーの身に何かあったに違いない。そう判断した典雅は舌打ち。
「あの馬鹿! なにやってるのさ!」
 典雅は小悪魔とソーンを抱え上げると、地上に向けて走り出した。



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