森崎典雅&小悪魔
地下大図書館。目の前でパチュリーと宗司が境界に呑まれ、典雅と小悪魔は手出しもできずにいた。
なぜなら、そのときにはすでに敵が侵入してきていたからである。
姿はないが、あからさまな殺気が向けられているのを典雅は感じ取っていた。
「小悪魔ちゃん、ここで広い場所ってある?」
問いかけられた小悪魔が即座に答える。
「あります。ちょっと開けた場所・・・・・・魔法の実験とかする場所なんですけど、そこがいいと思います」
以前に宗司がスペルカードを作った場所である。会議室からはそう遠くない。
小悪魔には解らなかったが、殺気はそこから向けられていた。
「オーケーさ。案内して」
「はい」
慎重にドアを開け、警戒しながら進む。そのうちに典雅は小悪魔が殺気のする方向に典雅を導こうとしていることに気づき、警戒を前方だけに集中した。
さすがに小悪魔も気が付いたらしく、やや歩くペースを落として典雅に尋ねる。
「典雅さん、もしかしてこの先に・・・・・・」
「いるね。しかもあたしのよく知ってる奴が、さ。協会もやらしいことするじゃないか」
最後の本棚を横切り開けた場所にでる。果たして、その人物はいた。部屋の中央に腕を組んで仁王立ちしている。
グレーのスーツに焦げ茶色のローファー。なめらかな金髪をオールバックにして、目元は大きなサングラスに隠れている。
その人物は典雅の予想した通り、なじみの深い人物だった。
悪い意味で。
彼は典雅の姿を視認すると、両腕を迎え入れるように大きく広げ殺気を納めて口を開いた。先ほどの殺気が嘘のよう。
「やあ、典雅! 久しぶりだねえ!」
気さくに話しかけてくる男に対して、典雅は露骨に顔をしかめた。
「ソーン・・・・・・あんた何しに来たのさ?」
「君を迎えに来たに決まってるじゃないか。さあこんな所に居ないで俺と一緒に帰ろう」
芝居じみた動きで手をさしのべるソーンは敵の領域内だと言うのに隙だらけに見える。
だが、小悪魔はこの男から危険な臭いを感じ取っていた。なぜかは解らない。カンがそう告げているだけだが、まず間違いなくこの人間はおかしい。
「あんたね。あたしが魔術師協会に追われてここに居るって事解ってる?」
「もちろん」
言いながらサングラスをとると綺麗なスカイブルーの瞳が現れた。
「だから一緒に帰ろう」
「それは答えになってないんじゃ・・・・・・」
「だまれ悪魔が」
小悪魔が疑問を口にしたとたん、ソーンの空気が一変した。膨大な量の殺気が小悪魔に向けられた。それだけで人どころか悪魔をも殺しかねない指向性と威力を持った殺気。
「ひっ・・・・・・」
怯む小悪魔。典雅は慌てて壁になるように間に立って小悪魔に声をかけた。
「こあちゃん大丈夫?」
「はい・・・・・・なんとか」
「ごめんね、先にいっとくべきだった。あいつ興味のあるもの以外に突っ込まれるとキレるのさ」
「変な人ですね」
強がって見せるもその額には汗が浮かんでいた。
「まったく」
その様子にソーンは怪訝な表情を浮かべるも、どうでも良いことだと判断したのかすぐにうすく笑って典雅に向き直る。
「つまりさぁ、俺がこの館の妖怪全部ぶっ殺せば俺の地位が上がるから、ちょちょいと細工すれば君の安全は保証されるって寸法。こんな所に居る必要なんてなくなるんだ」
「馬鹿じゃないの?」
酔ったように語るソーンを一言で切り捨てる典雅。
「あんた、あたしたちが協会でどんな目に合ってたかくらいしってるでしょ? あんな所になんか戻らないさ」
「そんなもの従順な振りをしていれば良かっただけじゃないか。君は不器用なんだよ」
「人間のあんたはそれで良かったかもしれないけどあたしみたいのはそういかなかったのさ。あんたなにみてたの?」
得意げに語るソーンと対照的に典雅の機嫌はどんどん悪くなっていく。
このソーンという青年は人間の魔術師である。ただ素行が宜しくないので人間の魔術師の方ではなく、もっぱら人外組の方に顔をだしていた。もちろん歓迎されているわけではなかった。
典型的な妖怪より人間の方が優れていると思っているタイプである。お山の大将だ。典雅は別に嫌っていなかったが、どうにもしつこく話しかけてくるので辟易していた。
「全部見ていたよ。君が文車宗司とかいう屑といつも一緒に居たこととかね」
「はぁ?」
まるで予想だにしていなかった答えに思わず声を上げる。
「なにいってんの?」
「前から聞きたかったんだけど、どうしてあんな君に対して何も出来ないゴミ妖怪の何処が良いんだい? あんな奴より僕の方がよっぽどいいと思うんだけどね」
「あんたに宗司君の何が・・・・・・ああ、もう。こあちゃん」
「はい?」
急に声をかけられて目を丸くする小悪魔。小悪魔には解らなかったが、典雅の声のトーンはかなりやばい部類の物になっていた。
「ちょっと耳ふさいでて」
「は? はい」
言われて耳を押さえたのを確認して、典雅は口を開く。
「ソーン」
「なんだい?」
「あたしの事が解ってるなら、あたしの前で仲間の悪口を言ったらどうなるか解ってるはずだよね」
「仲間? 文車宗司はただの妖怪だろう? 君の仲間のはずがない」
「それならあたしも鬼なんだけど?」
「なら君のその醜い角をとってあげよう。そうすれば人間と変わらない。その醜い角の負い目で文車なんかの事を好きになってるんだろ? 君はすてきな女性だ、僕にこそふさわしい。あんな訳のわからない紙屑妖怪なんかの事を無理に好きになる必要なんてなくなる」
「黙るさ、人間」
ついに、典雅の堪忍袋の緒がキレた。
「今すぐここから消えろ。そうすれば貴様の数々の暴言を聞かなかったことにして見逃してやるさ」
普段の典雅からは想像も付かない、絞り出すような怒声。
対してソーンは心外だと言わんばかりにオーバーアクションで両腕を広げる。
「典雅、何を言ってるんだい? 暴言? すべて君のために言っていることだ。勘違いは良くないな。それに・・・・・・君が僕にかなうわけないじゃないか」
「戦線布告と受け取った。問答は無用さ」
言葉と共に低い姿勢で突っ込む典雅。それに併せて詠唱しつつ距離をとるソーン。
「雷精」
伸ばされた指先からまばゆい光を伴って電撃が走る。典雅は右手に魔力を込めて払い散らすも、緩和しきれなかった電撃に足が止まってしまった。
「くぅ?」
「くくく・・・・・・文車はこんなに早く展開出来ないだろう?」
続けて詠唱し始めた時には、すでに魔力が収束している。宗司がグリモアを取り出して詠唱するより早い。もちろん手がふさがる事もなく、指定のページを開く手間もない。さらに威力も高いとなれば、確かに宗司よりも優れているといえるだろう。
「蜘蛛」
続けて伸ばした腕から放たれたのは魔力で編まれた蜘蛛の糸。放射状に広がったそれは、動きの止まった典雅を包み込んでがんじがらめにしてしまう。
「くく、君はそこで見ていると良い」
そう言って小悪魔に足を向ける。慌てる典雅。
「何するつもりさ!」
「そこの悪魔が目障りなんでね。消しておこうと思って。気になって君とゆっくり話すことも出来ない」
等の小悪魔は身構えてはいるのだが、典雅から見てそれはあまりに不格好だ。あれでは何も出来ないままやられてしまうだろう。
「あんたどこまで・・・・・・」
抜け出そうと必死でもがく典雅だが、もがくほどに蜘蛛の糸は絡みついてくる。
「もともと俺の任務はここの化け物共を駆逐することだ。氷精」
言うが早いが。小悪魔に向けて一抱えはあろうかというつららを打ち出す。
つららは高速で飛翔、小悪魔は微動だにすることも出来ずに胸板を貫かれ、背後の本棚に縫い付けられる!
「ん・・・・・・?」
つららを放ったソーンは眉根を寄せた。何か違和感を感じ取ったらしい。磔刑にあったような小悪魔歩み寄り触れる。
するとそれは、砂のようにぼろぼろと崩れてしまった。外側だけで中身がなかったようだ。
「ふん、逃げたか。まあ良い、これで話が出来る。なあ典雅」
鼻を鳴らしてあざ笑い、振り返るソーン。
だがそこに出迎えたのは典雅の鉄拳だった。
ごしゃっと、もろに顔面にクリーンヒット。もんどりうって吹っ飛ぶソーン。
「な、なんだ!?」
慌てて身を起こし、殴られた方を見やると小悪魔が典雅の拘束されていた位置に立っていた。どうやら拘束を解いたのは彼女のようだ。
「私だってパチュリー様をお守りする立場です。これくらいのことはできます」
「悪魔が・・・・・・俺を見下すんじゃねえ!」
飛びかかろうと立ち上がったソーンの前に、典雅が立ちふさがる。
「おっと。あんたの相手はこのあたしさ。さっきみたいなドジはふまないよ」
「揃いもそろって俺をこけにするか」
「まさか、少しあんたを嘗めてただけさ」
「典雅ぁ!」
激昂したソーンに対し、典雅は冷えた目で相手を見据えた。
目次へ戻る
トップへ