デウス・エクス・マキナ
イスク・秦・パラドクスは孤立していた。
というよりほぼすべての住人が孤立している訳だが。
ほかの住人の例に漏れず、イスクも合流をしようとあたりを探り始めた。だが。
「む・・・・・・」
紅魔館の玄関ホールなのは間違いない。だがその扉のどれもがビクともしない。壊そうと試みるも、すべての攻撃がはじかれた。壁も同様、攻撃を受け付けずにはじき返される。
玄関ホールはやけに広い牢獄と化していた。
「お気に召しました?」
二階へ通じる階段。その前に緑のローブ姿の女が1人。イスクは解らなかったが、その人物は先日宗司の前に現れた魔眼使いの魔術師。一礼して口を開く。
「私、エリニュスと申します。以後お見知りおきを」
「イスク・秦・パラドクスだ」
名のるだけにとどめる。
「あら、そっけない。おしゃべりの時間ももらえないのかしら?」
「魔女相手に会話出来るほど暇ではないんでな」
「まぁまぁ、聞いて損は有りませんよ。この結界は私を倒しても元には戻りません、ですからおとなしくここで時間を潰されてくださいな。貴方に危害を加えるつもりはありません」
かまわずに喋る魔術師。
「なに・・・・・・?」
表情も動かなければ口調も慌てた様子は無い。
「吸血鬼の主様に一人になっていただければそれで良いのです。私は単に貴方の話し相手としてここにいるのですよ」
「ならば聞こう、どうやったらこの結界は解ける」
「人の話を聞いていなかったのですか? 貴方にここから出られては困るのです」
「敵がいるのに主を一人にしておくわけにはいかないだろう」
「もっともな意見ですが・・・・・・いい加減演技はやめていただけませんか? この結界の中には誰も入れない、出れない、聞こえない、みられないのです。教会神威執行部隊所属、イスク・秦殿」
神威執行部隊。教会の中で荒事を受け持つ機関、魔術師協会副協会長もここの部隊所属である。
「・・・・・・」
「数百年前にここに潜入されて殉職されたと聞きましたが、まさか化け物の執事をやっておられるとは」
イスクは何も答えない。魔術師は続ける。
「リベリオンの報告を聞いて上の方々は大層驚いておられましたよ。私はあなたのお迎えに来たのです。さあ、もう縛られる事はありません。帰りましょう」
エリニュスの話を聞き終えて、イスクは軽く息を吐いた。
「貴様は何か勘違いしているようだ」
「は?」
「己は己の意志で此処に居る。帰るつもりなど毛頭無い、いや、此処が己の帰る場所だ。解ったらさっさと結界の解除法を教えろ」
言葉を失う魔術師。
教会の、それも異端狩りを第一とする部隊の人間が吸血鬼を本気で主とあがめているのだ、そんなことなどあり得ない。あってはならないのだ。
「まぁ、私は純粋な魔術師協会の魔術師ですから糾弾はしませんが、理由だけでも教えてもらえませんか?」
内心の驚きを押さえて、努めて冷静さを装う。
「レミリアは守る価値がある、それだけだ」
「何故?」
「惚れた女の盾になって何が悪い?」
眉一つ動かさずに言い放つイスク。
「人間が!? 吸血鬼を!? 馬鹿を言わないでください! 貴殿は魅了されているだけです!」
たまらずに叫ぶ。だが彼女は、そんな教会の性質とは別のところで衝撃を受けているようだった。
「知らんな。さあ、話してもらおう」
もはやその話題は終わりと強引に会話を切る。
斬首用処刑剣を取り出し、自らの左肩口に突き刺してデウス・エクス・マキナを顕現させる。白銀に輝く異形の機械神は、ぎちぎちと音をたててエリニュスを威圧する。
「おとなしく教えてもらえないか? 実力行使が部隊のモットーだと言うことくらい、貴様も理解しているだろう?」
あからさまな脅迫。何の感情の動きも伝わってこないのが逆に不気味さを醸し出していた。
「そう・・・・・・なら人形になりなさい!」
無駄と悟ったエリニュスは戦闘態勢に入る。
くわっと目を見開き、イスクに催眠の魔眼を掛けるエリニュス。だが、イスクには何の効果も無く、素早く接近する。
「あいにくだが、その手の魔術は無駄だ」
「何でここの住人は魔眼が効かないのよ!」
悲鳴を上げつつさがるエリニュス。
高位魔術師であるエリニュスの名誉のために言っておくが、魔眼に対する抵抗はまず持ち得ない。効きやすい効きづらいはあっても完全無効は出来ないのが魔眼だ。なぜなら視線というのは遮蔽が効かず、目と目が合った瞬間に発動するので障壁や結界は無意味。上位悪魔や魔神でさえかかってしまうのが魔眼だ。
宗司は希有な耐性持ち、イスクはデウス・エクス・マキナの加護のおかげで無効化。
同じ魔眼持ちのスカーレット姉妹を除けば、ほかの住人には効いただろうが。エリニュスは運が悪かったとしか言いようがない。
同時に、イスクが魅了されていないと言うことも証明された。
「ならばっ!」
目のない化け物、そもそも精神自体存在しないモノの相手もエリニュスはしてきている。魔眼だけが武器ではない。
だがエリニュスが袖から何かを取り出そうとしたときには、既に鋭い爪に首根っこを掴まれていた。
「ひぃ・・・・・・」
「さあ、どうすれば解ける?」
淡々と、質問だけを口にする。脅しはさっき済ませた。ならば、これ以上の言葉はもはやいるまい。だが、ただでさえ禍々しい外見と駆動音のデウス・エクス・マキナは近くにあるだけでエリニュスの精神を蝕む。
「く・・・・・・死んでも吐きません。私の任務は貴殿の拘束ですから。恐れに負けたと有ればエリニュスの名が泣きます。もっとも、私を殺せばその時点でこの結界は固定化され、貴殿は永遠にここから出られなくなりますよ?」
冷や汗を流しながらも気丈に答えるエリニュス。その様子に、逆にイスクは感心してしまった。
「貴様のような魔術師が、なぜ教会に従う」
「それしか無いからです」
成る程、とイスクはそれだけで納得。恐らく、魔眼がらみで迫害されてきたのだろう。ままらないものだな、とつぶやくと、エリニュスの拘束を解いた。
腰が抜けていたのか、尻餅をつくエリニュス。
「良いのですか? 何の拘束もしなければ貴殿を撃つかもしれないのに」
「そのときはそのときだ」
それだけ言って、背を向ける。
「館が壊れると咲夜とレミリアがうるさいが・・・・・・まあ仕方有るまい」
「無駄ですよ、力業で壊せるような代物で無いことはさっき確認したでしょう?」
イスクはそれを聞き流すと、デウス・エクス・マキナを左腕から引っこ抜き、元の処刑剣に戻す。
「そう、あきらめが肝心です・・・・・・よ?」
エリニュスの言葉尻が驚愕に彩られる。なんとイスクは、事もあろうかその剣に本来の役目を果たさせたのだ。
斬首。
それも自分に。
左の首筋にあてがった刃を。
なんのためらいもなく。
斜めに引いたのだ。
イスクの首筋から鮮血がばしゃばしゃと、冗談のようにあふれ出す。
その血液は地面にこぼれる事はなく、空中で巻き戻されたかのように戻り、剣に吸収されてゆく。同時にイスクの体に変化が訪れた。剣を持った手元からモザイクを掛けたようにデジタル化、全身がモザイクに包まれると、そこから再構成が始まり固定化される。
数十秒後には全身がイスクとは別のモノに変換されてしまった。
そこに居たのは、紅の豪奢な鎧を身に纏った一匹の獣。形態としては狼に近い。大きさは狼にしてはやや大きいが、そんなことより問題は、全身が機械で出来ていることである。
まるでイスクがデウス・エクス・マキナに飲み込まれてしまったかのよう。
機械の獣は一声うなると、一直線に大扉に向かって突進、金属の爪を振りかぶり、思い切り振り下ろす。
ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぃっ!
金属と金属がこすれ合うような音を立てて、空間がゆがむ。爪の攻撃力と結界の強度が拮抗しているのだ。軍配は、機械の狼に上がった。
ぎいん!
その音を最後に、結界は消滅。扉を切り裂いた狼はそのまま、玄関ホールから消えていった。
あとに残ったのは、あっけにとられ惚けているエリニュスただ一人。
「あ、ははは・・・・・・」
理解の外ににしかないことを連続で見せられ、精神を砕かれた彼女はしばらく笑い続けていた。
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