スカーレット

 魔術師協会副協会長、及び教会神威執行部隊副隊長、マティエル・ハザー。銀髪に鋭い青瞳、白いカソックを着た背の高い壮年の男。教会から派遣され魔術師協会を乗っ取り、教会の一部に組み込んだ人物である。
 彼は常に2番目の地位を好んだ。理由は簡単。実質実権を握るのはいつも2番手だからだ。教会でも実力的には一番で有りながら、あえて副隊長となり部隊を動かす。魔術師協会に入ったときもいつも通り副会長に就任、あとは実権を握るだけだったのだが、思った以上に協会長が手強かった。権力の半分も握れていない。それでも協会長が教会に対してさほど抵抗はしなかったためある程度は自由に出来た。
 しかし今回、本来ならば全精鋭部隊を引き連れて来るはずがかなり少数になった。協会長の発言と、あの無能な隙間妖怪のせいだ。文車宗司を捕獲、あるいは殺害するついでに幻想郷も支配下に置いておきたかったのだが、これではそれもままならない。だがどちらにしろ文車宗司がこちらの手に落ちてしまえば関係ない。徹底的に強化したリベリオンならば文車宗司など赤子の手をひねるようなものだ。死体がなくなってしまってはかなわないので隙間妖怪が回収する手はずになっている。
 あとはこの館の主、レミリア・スカーレットとかいう吸血鬼を滅してしまえばもはや驚異は無くなる。連れてきた魔術師はくせ者揃いで手に負えないが、実力は折り紙付き、足止めどころかすべて滅してしまうに違いない。イスク・秦については閉じ込めてさえおければ良い。後のことは教会本部がなんとでもするだろう。
 あとは、目の前の吸血鬼を滅すればいい。と、彼は考えていた。
 思惑の9割が失敗してしまうわけだが。
 そんなことになるとは夢にも思っていないマティエルは、他の者達のあとに従者二人を引き連れ紅魔館謁見の間に隙間から進入する。 
  正面には玉座に腰掛けた一匹の吸血鬼、レミリア・スカーレット。足を組み、肘掛けに腕を乗せて片手で頬杖を突いていた。その顔はマティエル達をにやにやと眺めていた。
「貴様がこの館の主か?」
「そうよ」
 確認する。マティエルは銀製の長剣を掲げると、朗々と語り始めた。
「貴様の従者共はもうおらぬ、我々が神に代わって成敗してくれよう。おとなしく滅殺されるが良い」
 びっと、剣先をレミリアに突きつけ。
「行け!」
 両脇の従者2人に命令する。この2人は結界魔術師で、主に防御とサポートを担当する。マティエルは万能型なので攻撃特化というわけではないが、この組み合わせで幾多の功績を挙げているのだ。攻撃に特化する必要は無い、リスクなく勝つのが王道というのがマティエルの考えだ、その考えは間違っていない。
 が。
 ずどん!
 防壁の結界を張った魔術師が謁見の間のドアに叩きつけられる。
 レミリアの投擲した深紅の槍が、防壁を貫いて肩口に直撃、貫通し、その勢いで後ろに吹っ飛ばされたのだ。死んではないようだが完全に戦闘不能である。
 圧倒的な力の前には、それは小細工にもならない。
「なん・・・・・・?」
 マティエルはレミリアから目を離していなかった、にも関わらずレミリアが槍を生成、投擲するまでのプロセスがすっぽり抜け落ちていた。
 レミリアはフォロースルーの体勢から、ゆっくりと上体を起こす。
「今殆どの戦いを見ているけど、私に当てるなら美鈴に当てた騎士か図書館のキザ男の方が良かったわね。その方が私ももっと楽しめたのに」
 さも残念そうにつぶやき、魔力を右手に集中、それを握るとそこには先程投げた紅い槍がまた生成された。
「使い魔も使わずぶ、物体生成だと!? 貴様吸血鬼では無いのか!」
「失礼ね、どっからどう見ても吸血鬼でしょうが」
「情報と違いすぎる!」
「情報? ああ、あのときは手加減してたから。今回はそんなめんどくさいことはやめたの。スペルカードルールに縛られる必要もないみたいだし」
「ありえん! 貴様の様な吸血鬼などいるものか! ええい! いったん引くぞ!」
 どごっ!
「どうやって?」
 もう一人の魔術師も、壁に叩きつけられる。槍ではなく、左手から放っただの魔力の塊。それだけで、魔術師は吹っ飛び、気絶してしまった。
「おまえはよっぽど鈍い吸血鬼しか相手にしてこなかったようね。それもそうか、あっちにいる吸血鬼は過去の栄光にしがみついている駄目吸血鬼共だし。満足に動けないような吸血鬼いたぶって悦に入ってたんなら・・・・・・哀れよね」
 くすくすと笑う紅い吸血鬼。
 もちろん満足に動けないとはいっても吸血鬼である。人間からすればとんでもない驚異のワケだが、純正の吸血鬼というのは魔神にも匹敵する力をもっているのだ。その魔神も人間界では動きが制限されるため、簡単に封印されてしまう。それをすべてと勘違いしていたマティエルには、もはや為す術は無い。
 本来吸血鬼や魔神といった類のモノは人間がどうにかできる様な代物ではないのだ。
「さて、あんまり早く終わってもつまらないし? おまえにはちょっと遊んでもらおうかしら? 何して遊ぶ?」
 にたりと、犬歯を見せて笑うレミリア。
「く!」
 懐から閃光弾を取り出し、床に叩きつける。瞬間、辺りは太陽が爆発したような光に包まれた。これで足止めにはなるはずと、マティエルはくるりと背を向け、謁見の間から飛び出した。
「冗談ではない。あんなもの我々だけでどうにかなるものか! 情報と全く違うではないか・・・・・・こうなったら教会に戻って」
「そう、鬼ごっこが良いのね?」
 耳元でささやくような声。瞬間、マティエルは前方に身を投げ出した。転がるように受け身をとって速度を殺さず、そのまま走る。受け身をとっている最中、床に槍が突き刺さっているのが見えたが、無理矢理意識の外に追い出して走る。
「へえ、逃げるのは上手いんだ」
 笑い声と共に、後ろから声が追いかけてくる。どこか適当な窓から外に飛び出せば良いのだが、そんなことをすれば落ちている間に捕まってしまう。なんとか巻かなければならない。
 めちゃくちゃに角を曲がり、とにかく逃げる。いつしか、後ろの気配は無くなっていた。うしろを見ても、追ってくる様子は無い。なんとか振り切ったようだ。ぜいぜいとあれる息を整えて、人心地付く。だが、もたもたしている暇はない。一刻も早くここから逃げ出し、文車宗司を確保しなければならないのだ。
「よし・・・・・・あとはそこの窓から」
 先程見えた窓の方を向くと、そこには仁王立ちのレミリアが居た。
「遅かったわね」
「くそ!」
 逆方向にまた走る、何とか手立てを考えなければ、あの吸血鬼を巻くのは難しそうだ。幸い、吸血鬼は遊んでいるようだし、そこに何とか活路を見つければ・・・・・・。
 と、前方に金髪で赤い子供用のドレスを着た少女が見えた背中には奇妙な形の羽。こちらに背を向け、スキップで廊下を進んでいる。情報には無かったが、ここの住人には違いないだろうと、その少女に追いつき、首根っこをひっつかんで引き寄せる。
「へ?」
 少女は突然の事にあっけにとられているようだ。少女の首筋に剣先を突きつけ、後ろを振り向き叫ぶ。
「動くな! 動けばこの娘の命は無いぞ!」
 やや離れた位置にいたレミリアは、その光景を見て顔を青ざめさせた。
「フラン!? やめなさい!」
 マティエルはしめたとさらに続ける。このフランという少女はどうやら吸血鬼の弱点のようだ。これを利用しない手はない。
「よしよし、私がこの館を去るまで手出しはするなよ、さもなくば・・・・・・」
「ねぇねぇおじさん」
 少女が話しかけてくるが無視。どうやら状況が飲み込めていないらしく、普通に話しかけてきたが今はそれどころではない。
「おとなしくしてなさいよ、お願いだから」
 青ざめた顔のままレミリアが言う。
「何をいうか、私はこのまま逃げさせて貰おう」
「おじさん、首が痛いからはなしてもらいたいんだけど、姉様もああ言ってるし」
「いいから君はだまっていなさい」
「ふーん」
「フラン!」
「おっと、うごくなよ・・・・・・」
 マティエルは気付くべきだった。いや、この状況でそれは酷だったかもしれないが。レミリアが誰に向かって制止を掛けているのか、フランと呼ばれた少女が、今レミリアの事をなんと言ったのか。 
「さあ、お嬢さん、私についてきてもらおう」
 首根っこをつかんだ手を引き寄せようと力を込めると、すっぽ抜けたように腕だけが戻ってきた。手首から先を残して。
「は?」
 頭がついて行っていない。
 なぜだ?
 なぜ私の手がない。
 いや、何故切断されているのだ!?
 そこに彼が気付いたとき、切断面から血が噴出した。
「っぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
 同時に襲ってきた激しい痛み。たまらず剣を取り落とし、腕をつかむ。反射的に止血行動をとるマティエル。
「姉様、なにこのおじさん?」
 本当に不思議そうな目でマティエルを見下ろすフランドール。そこに安堵した表情で近寄るレミリア。
「良かった・・・・・・殺さなかったのね」
 そう、レミリアはフランドールがマティエルを殺してしまわないかが心配だったのである。もとより殺すつもりは無いのだ。
「そんなー。わたしだっていきなり殺したりなんかしないよー」
 と無邪気に笑う。少女がこんな事をさらりと言うのは恐怖でしかない。
「どうだか。私が止めなければ潰しちゃってたでしょ?」
「んーと・・・・・・あははっ♪」
 笑ってごまかすフランドール。そんな妹の様子にため息を吐きながらも、脂汗をかいて座り込んでいるマティエルに向かうレミリア。
「聞いたでしょ? こっちはおまえ達を殺すつもりは無いの。おとなしく帰ってくれる?」
「なん・・・・・・だと?」
「あの吸血鬼もどきや白髪のじじいから聞いてなかった? こっちは幻想郷にいる人間を殺せないのよ。だから私たちにかなわないって事だけ解って帰ってくれればそれでいいの。むしろ早く帰れ。じゃないと」
 マティエルの手首からあふれる血液を見ながら、舌なめずり。
「我慢できなくなる」
 ぎらりと光る瞳。
 びくっと体を震わせたマティエルだったがそれでも言い返す。
「いいのか? こちらは、文車が、手に、入ればそれで良いのだ、ぞ?」
「・・・・・・何を言ってる?」
「文車さえ手に入ってしまえばこんな所などどうにでもなると言っているのだ。今頃はリベリオンに殺されているだろうよ!」
 叫ぶマティエル。負け惜しみだったが、結果ここが消えるのならば何とでもなるだろう。
「宗司が? あの変態神父に? 負ける?」
 レミリアは小さく笑っていたが、やがて大口を開けて笑い出した。
「あはははははっ! 何を言い出すのかと思ったら・・・・・・宗司殺されちゃうんですって、フラン」
「無いよねー♪」  
 妹の方まで一緒に笑っている。
「何がおかしい! 言っておくが貴様と戦った時のリベリオンとは雲泥の差が・・・・・・」
 言うモノの、あまりにも姉妹が余裕なので自信がなくなっていくマティエル。
「あーおかしい、ふふふ・・・・・・おまえ達宗司の何を調べたのよ? あいつほどのペテン師はいないわ。人に嘘をつけないけど、その分あいつは自分に嘘がつける」
「何を言ってるのだ?」
 先程のレミリアの言葉をそのまま返すマティエル。
「だからね、あいつは自分の実力の10分の1も普段は出してないの。妖怪にはかなわない? 吸血鬼にかなうはずがない? 嘘ばっかりよ。宗司は腐っても神。それも本といういつまでも廃れることのない物の神。そんなモノが人間程度の作ったモノに負けるとでも思ってるわけ?」
「そうだよー、じゃなきゃわたしと遊んで壊れちゃうもん」
 けらけらと笑いながら、姉妹でありえないと連発する。
「な・・・・・・・ん・・・・・・?」
「無理も無いわ。宗司は人間でいようとしたのだから。でももうそんなものは無いでしょうね。パチェと契約したんだから。今のあいつは立派な幻想郷の妖怪よ。人間ごときに遅れをとることなんてないでしょうね」
 聞き届けたマティエルは、限界がきたのか、そのまま気絶してしまった。
 このままでは死んでしまうだろう。さてどうしたものかと思案していると、遠くから咲夜とイスクの自分を呼ぶ声が聞こえた。
「どうやら契約を破らずにすみそうね」
 安堵のため息をつくレミリア。
「なんでそんな契約にこだわるの? 別にこいつくらいどうしたってかまわないでしょ?」
「嫌よ。隙間妖怪に嫌みを言われるのは面白くない」
「姉様姉様」
「何よ?」
「ちょこっとだけ食べても良い?」
「駄目」



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