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付喪神
それでも俺は、薄く笑みを顔に貼り付けた。
瞬間。
「が、はぁっ!?」
腹に突き刺さる投擲剣。
激痛などという言葉では生温い。
金行に特化された小さな投擲剣は俺の皮膚など容易く食いちぎり、内蔵をかき回す。
投擲剣はその役目を果たすと消えてしまうが、腹をかき混ぜられた痛みまで消えるわけではない。
がくりと膝が折れ、大地に跪く。
その俺の周りには、無数の投擲剣が羽虫の様に飛び回り、主の命を待っている。
犯せ、と。
「そうだ、貴様はそうやって地べたを這っているのがお似合いだよ」
復讐鬼は、以前対峙したときよりも更に酷薄な笑みを顔に貼り付けて、俺を眺めている。その瞳に、最早正気の色はない。無理矢理精神を歪められた、人造の狂気。
「さあ、もっと死ね。死してもなお死ね。そこからまた死ぬが良いよ。早く貴様が死ななければ、私はあの吸血鬼を殺せない」
全く矛盾した言葉。吸血鬼を打ち斃す事を命題としながらも、俺を嬲ることに執着している。
もはや、以前の面影は無い。いや、在ったとしても同じかもしれないが、この狂気は醜悪が過ぎる。
なんとかしなければならない。此処まで好きにやらせておきながら、俺にはまともな思考が出来ない。
いや。
そんなことはない。
ここまで来て思い悩む事など無いのだから。
まだ人間でいることの癖が抜けて居ないらしい。
ここで人間として戦う必要なんて無いのだから。
自分の力を制限する必要なんて無いのだから。
大地にぼたぼたとこぼれる血。
さすがにこれを一瞬で止める事など出来ないし、目の前の神父は驚異だということは事実。
これは踏まえなければならない。
「さあ、抵抗して見せろ、私はそのことごとくを止めて見せようじゃないか」
「うっさいな」
俺はゆらりと立ち上がる。腹から血が流れたままだが、この際ちょっと我慢するしかない。
「それ以上動いていいのかね? 今回はグリモアを取り出す暇など与えないよ」
飛び回っている投擲剣のいくつかがこちらに狙いを定める。何か行動すれば直ぐにでも飛ばしてくるつもりなのだろう。
俺は黙って、手の平を下にして右腕を伸ばす。どうやら攻撃行動とは見なされなかったのか、リベリオンは反応してこない。ただ、こちらを見て嗤っているだけだ。
「そこからどうするつもりだ? そこからじゃなにもできないだろうに」
ぱっと、手の平を返す。そこには開かれたグリモアが現れていた。
「む!」
反応するように投擲剣を飛ばしてくるがもう遅い。
「燕落とし」
展開。範囲内の飛翔する物体を落とす魔術だ。本来は矢とか飛んでくる物体にカウンターで発動する魔術。
「懐に手を入れなければグリモアが出せないなんて俺は一言も言ってないけどな」
ぼとぼとと落ちてゆく投擲剣。何かに触れた時点で魔術が解ける仕組みになっていたようで次々と消滅していく。
それを見届けるまもなく、リベリオンが剣を振りかぶり間合いを詰めてきた。
「貴様をいたぶる時間が減っただけのことだよ。さっさと貴様も魔女も殺す」
よほど気に入らなかったのだろう。目の色が怒りで8割しめられている。
「焦るなよ、まだ早いって」
先程のグリモアをしまい、新たに風のグリモアを引き出す。いつぞやヘルシング郷に当てたような風の塊ではなく、壁のように広げた物を形成。押し戻すように飛ばす。
勢いを殺せずに風に飲まれるリベリオン。だが剣風でその風を切り裂き、さらに接近してきた。
「この身にもはや魔術は効かんよ、おとなしくなます切りにされるといい」
魔術の無効化? いや、恐らくあのバスターソードが強力な対魔術剣なのか・・・・・・。
胴を払うように斬りかかってくるのに対し、スウェイバックで避ける。さっき貫かれた腹が激痛を訴えて来るが今は無視。
リベリオンの斬撃に意識を集中する。以前の様に剣風は飛ばしてこない。得物が変わって連発が出来なくなったみたいだ。だがその分、一撃が重い。慎重に軌道を見切る。イスクさんや美鈴さん、協会長の死人と戦って居なければ今頃喰らっていたかもしれない。
袈裟斬りに来たのを身をかがめてやり過ごし、返す刃をリベリオンの横に回り込むように避ける。いっこうに当たらないが、リベリオンは余裕の表情で語りかけてきた。
「くくく・・・・・・おまえでは私の剣に反撃は出来ないだろうよ。そうやって逃げ回っているうちに、貴様とあの魔女の命はどんどん削れていく」
結果なぶっていることに喜悦を覚えたのか、瞳から怒気が薄れまた狂気に染まってゆく。もっとも、そのうちの一つは完全に勘違いなのだが。
「いたた・・・・・・」
背後で身を起こす気配。どうやらパチェが復活したようだ。
「何!?」
パチェがさしてダメージもなさそうに立ち上がったのに気を取られてリベリオンの動きが一瞬緩くなる。
その隙を見逃さず、突きに来ていた腕を捕って引き寄せ、懐に潜り込んでみぞおち辺りに思い切り肩をめり込ませる。
「ごふっ?」
よろよろと後退し、膝を付くリベリオン。中国拳法の「靠」に近い。ちなみに美鈴さんがやったらこんな物ではすまないだろう。俺は気の使い方が解らないので単純な打撃にしかならないが、効果はあったようだ。
俺は大きく飛び退ってパチェの隣に着地。リベリオンに注意を払いつつ声を掛ける。
「パチェ、ご無事ですか?」
そう言うとパチェはこちらを恨めしそうに見上げながら。
「無事よ、でも100パーセントあなたの言った通りになるとはね」
「ご不満でも?」
「気絶するって脅しかと思ったの」
ああ、成る程。
ちなみに何故パチェが無事かと言うと、以前にも言ったが準備の完成した魔術師は鉄壁となる。今回は徹底的に防御面を強化、貫かれても反応で再生する魔術をかけていた。パチェが気絶していたのは単純に衝撃による物である。
そんなわけでパチェは現在無傷。ローブだけがぼろぼろになってしまっているが、気にするほどではない。
「くくく・・・・・・2人で協力して私を倒すか?」
「どうかね・・・・・・」
立ち上がったリベリオンは剣を構え直す。接近戦に持ち込めば部があると思って居るのだろう。徹底的に洗脳強化されているのに判断が効くというのはリベリオン自身の強さのたまものだろう。
「パチェ、少しで良いので時間を稼いで頂けますか?」
「解った、だけどあまり長くは無理よ」
「ええ、よろしくお願いします」
「了解」
短く答えると素早く詠唱を始める。超高速詠唱。はたから聞くと早送りをしているようにしか聞こえない。スペルカードでは無いので詠唱が必要だがその分ある程度の調整とアレンジが効く。
「土火。ラーヴァクロムレク」
2つの異なる属性を同時発動したというのに詠唱時間には3秒もかかっていない。本来は焼けた泥の弾を多数射出する魔法だが、コレはスペルカードではない、灼熱した巨大な土の塊を打ち出す魔法である。
パチェの眼前に現れた巨大魔方陣から現れた土塊は、地面の枯れ草を焦がしながら高速でリベリオンに向かって飛んでいく。
さすがにコレは切り払うことが出来ないと判断したか、防御姿勢を取るリベリオン。恐らく剣の恩恵と自らの魔力を合わせて相殺するつもりなのだろう。
直撃の瞬間、パチェが指を鳴らすと土塊は無数に分裂、雨となって降り注ぐ!
「ふん」
防御態勢を解いて迎撃の構えをとるリベリオン。隙間無く降り注ぐ着熱の土弾を次々と切り払っていく。その方が簡単だとでも言うような。
その様子を見たパチェの顔がややゆがむ。
「あの調子だとそんなにもたない、急いで」
もちろんぼけっと見ていたワケではない。新たにぼろぼろの本を取り出して魔力を練り込んでゆく。
「・・・・・・その本は?」
やはり見慣れない本が気になるのか、土塊の制御をしつつもこちらに目を向けるパチェ。
「古い日記ですよ」
中世ヨーロッパ時代の物だ。見てくれが悪いのはこの年代のモノでないと意味が無いからである。
パチェは納得のいかない顔をしていたが、リベリオンへの手が緩くなったのか集中に戻る。
今やろうとしているのは召喚魔術だ。コレを行使するためには被召喚者との契約かそのものとの縁の品が必要となる。この日記はそれにあたる。
「英雄と称され永きを語り継がれた2人の騎士よ。私が望むのは貴殿らの騎士道。どうか力をお貸し願う」
練り上げた魔力を解放、まばゆい光を放ち始めた光を日記を開き地面に置く。
「おいでませ! 白騎士! 黒騎士!」
ぼむ! と白煙が上がり、煙が薄れるとそこには。
純白の全身甲冑を身に纏った騎士と、漆黒の全身甲冑を纏った騎士。
白騎士ヴァイセンと黒騎士シュヴァルツァー。初代ドイツ騎士総長ハインリヒ・ワルポット・バッセンハイム直属の部下だった騎士。
2代目総長の手記にその活躍が記された2人である。
「ふむ」
「おお」
呼び出されるなり俺の方を見おろして簡単の声を上げる両騎士。
「文車宗司か、見違えたぞ」
兜のせいでややくぐもった声の白騎士。それでもその声だけで誠実さが感じられる。
「我らを呼んだと言うことは決心が付いたのだな?」
厳格な印象の黒騎士。二人とも背が高いのでちょっと怖いが。
「ええ、この力も僕の力だと納得しました。また力を貸してください」
『承知』
自分の力。この強力な2人を呼び出すことは自分の力では無いと思って今まで避けていたが、出来ることがあるならばそれを使わずにいる方がもったいないと言うことに最近気付いた。使わずに死ぬ方が間抜けなのだから。
両騎士は腰の剣に手を掛け、引き抜いた。
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