十六夜咲夜

 闇に幾つもの光が奔る。輝きは何かに当たり、その何かは小さな悲鳴を上げて落下してゆく。その間を走り抜ける影がひとつ。銀髪のメイド服、十六夜咲夜。
 彼女はレミリアと一緒にいたのだが、突然境界に呑まれ、良くわからない所に飛ばされた。いや、紅魔館の中に違いは無いのだが、現在位置が把握できない。
 咲夜は紅魔館の隅々まで把握しているが、こんな場所は見たことがなかった。さらに朝だったはずなのに、窓の外から見える風景は真夜中の様だった。
「何をされているの?」
 良くわからないまま、レミリアと合流すべく歩いていると、突然何かに襲われた。羽と口だけの、小さな生き物。鋭い牙を持っていて、どういう原理か知らないが咲夜を狙い襲ってくる。
かなり走り続け、いくつかの部屋を回ったところで、自分の置かれている状況が何となくだが飲み込めた。現在位置が解らなかったのは、この世界が鏡合わせになっているからだ。全てが反転しているのである。
それともう一つ。自分は恐らく、足止めをくらっている。さっきから襲ってくる小さな生き物は大した驚異ではない物の、いっこうに数が減らない。さらには誰かに見られている感覚。間違いなく、此処には誰かがいる。
おおよそ全ての部屋を巡った所で、自分以外にはその監視している人物以外はいないことが判明した。それから、外にも出られないということ。外に通じるドアは、全て壁に化け、窓もはめ殺しになっており、あらゆる攻撃を受け付けなかった。
「どうやら理解したみたいだね」
 どこからともなく、声が聞こえた。神経質そうな男の声。
 咲夜は反射的にナイフを構える。
「誰?」
 けらけらと笑う声が聞こえた。耳障りな笑声。
「安心しなよ、ボクが頼まれたのは君の足止めさ」
「足止め・・・・・・?」
「そうさ、あの吸血鬼をリンチするためにいつもひっついている君は邪魔なんだ」
 かんに障るしゃべり方をする魔術師だ。だがこれはチャンスだ。単に足止めならば黙っていれば良かったのに、わざわざ話しかけてきた。
「随分と悪趣味なのね、こそこそとのぞき見してるなんて」
「なんとでも言うがいいさ。ボクの『ミラーハウス』に死角は無い。君はあの吸血鬼が死ぬまでここでゆっくりしていってくれ」
「なんですって・・・・・・?」
 咲夜の言葉に焦燥が混じる。それを感じ取ったのか、相手はまた愉快そうに笑った。
「お嬢様に指一本でも触れてみなさい! 容赦しないわ!」
「いいねー。良い気分だ。そうやって慌てている人間を見るのは面白くてしょうがない」
「この・・・・・・!」
 怒りに震える咲夜だが、無視するように相手は続ける。
「ボクはね、いつもゲームをするんだ。ボクを見つけられたら、この魔術を解除してあげよう。もっとも、ボクからは君が丸見えだから君が近づいて来たらにげるけどねー」
 笑う。
「さぁて、見つけられるかな? 早くしないと大変だよー?」
「待ちなさい!」
 咲夜が叫ぶも、返事は帰ってこない。もう話すつもりはないのだろう。
「やってくれたわね」
 そう言う咲夜の顔は、言葉とは裏腹に少し笑っているように見えた。

 ミュラー・ラインファルトは結界魔術師だ。といっても使えるのはこの『ミラーハウス』という結界のみ。建造物内にいる対象を取り込み、鏡あわせの世界に引きずり込む。
 八雲紫の協力が無ければあのメイドだけを隔離することは出来なかっただろうが、そんなことは些細な事だ。引きずり込んでしまえばもう自分を見つけることは出来ない。
 ミュラーは自分の結界に絶対の自信を持っていた。
 この『ミラーハウス』のなかでミュラーは支配者なのだ。建造物の間取りも、結界を張った時点で全て頭に入っている。あとは対象から常に離れた位置にいれば勝手に自滅する。
 相手を見下して快感を得るタイプの魔術師だ。はっきり言えば小物である。だが、確かにこの結界は強力だ。並みの魔術師や人外では対抗すらできないだろう。
 ミュラーは端正な顔に醜い笑みを浮かべて、館内を走り回る咲夜を見ていた。彼女は見当違いの方向に行って、しばらくは動く必要が無さそうだ。見つけた玉座が豪奢で、いかにも支配者にふさわしく、暫く座っていたかったので丁度良い。
「ひひ・・・・・・良い感じだ」
「それは良かった」
「!?」
 突然声を掛けられ、びっくりして椅子からころげ落ちるミュラー。床にはいつくばった格好。
「な、な、な!」
 謁見の間の扉を開けて入ってきたのは咲夜だった。
「なんでだ! なんで此処にいる!」
 ヒステリックに叫ぶミュラー。つい先ほどまでこのメイドは地下の方にいたはずだ。それが何故・・・・・・。あの口と羽だけの魔法生物はいわゆる目だ。沢山いるので見失うことは無いはずなのだが、地下の魔法生物からは何の映像も送られて来ていない。
 つまり、目の前の咲夜は幻影でもなんでもない、本物である。
「あら? 私が時を止められること位知ってると思ったけど」
「し、知ってたさ! でも時間なんてそんな長く止められるハズが・・・・・・」
 魔術師協会の時の魔術師でさえ、止められて数十秒のハズ。だから余裕綽々の態度でいたのだが。
「とんだ思いこみね。私はその気になればいつまでだって時間を止めていられる」
「なっ!?」
 ミュラーの一番の間違いは、此処が幻想郷だと言うことを失念していたことだ。外の世界の常識は此処では一切通用しない。もしミュラーがずうっと黙っていれば、どこか目立たないところに隠れていれば、もしかしたらやりようはあったかもしれない。
 栓の無いことだけれど。
 もちろん咲夜の焦りは演技だったが、それすら必要無かったかもしれない。
 ミュラーは軽率が過ぎたのだ。
「時間を止めて地下からひとつひとつ部屋をみてまわったのよ。でもまさか、そんなに堂々と座ってるとは思わなかったけど」
「あ、あああ・・・・・・」
「さあ、見つけたわよ。約束通りこの結界を解いて」
「ふっ、ふざけるなっ!」
 すっかり及び腰になっていたミュラーだったが、いきなりキレ始めた。
「ふざけるなふざけるなふざけるな! ボ、ボクはここの支配者だぞ! お前は大人しくあわてふためいて彷徨って居れば良かったんだ!」
 ミュラーの幼稚な憤りに、冷めた目でそれを見る咲夜。いちいち付き合っていられないと、その目が雄弁に語っていた。
「な、なんだその目はっ! ボクを馬鹿にしたな! 許さないぞっ!」
 叫んで、膝立ちの姿勢をとって詠唱を始めるミュラー。
その眼前に、大量のナイフが突然現れた。
「ひっ?」
 大量のナイフは全てミュラーを掠めて後ろに抜けてゆく。タタンと、後ろの壁や床に、ナイフの突き立つ音が聞こえた。
 それがわざと外した物であることを、流石のミュラーも理解した。
「あのね、坊や」
「ぼ、坊やだとっ!?」
 言葉に反応したミュラーに対し、うんざりした表情を浮かべながら。
「なりだけ大きくても中身がともなって無ければ坊やなのよ。いい、坊や? 坊やは私に見つかった時点でもうおしまいなの。わかる? 解ったらさっさと解いて頂戴」
「い、嫌−」
 先ほどと同じ光景。
 大量のナイフが現れ、ミュラーを掠めてゆき、背後に刺さる。
「だ?」
 目の前に刃物がいきなり現れるというのは何度見ても慣れる物ではない。
 咲夜はつかつかと、ミュラーの目の前にやってきて、見下ろす。
「三回目は無いわ。殺しはしないけれど。そうね、ちょっと痛い目に遭うけど、どうする? 今度は当てるし、刺さってから時間を動かす」
 あからさまな脅しに、ミュラーは精神崩壊寸前だった。
「あなた達如きにお嬢様が遅れを取るとはおもわないけど。単に私が不愉快なの」
「う・・・・・・あ・・・・・・」
 咲夜はミュラーの首筋にナイフを突きつけ、にっこり笑って。
「どうする、坊や?」
 ミュラーは、自分の心がぼきりと折れる音を聞いた。

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