甘党
2月の紅魔館。猛威を振るっていた吹雪はすっかり大人しくなり、湖の氷も溶け、残雪が寂しげに佇んでいます。それでも、2月という気候上、寒いことには変わりありません。図書館内の温度は低いままだし、息を吐けば幽霊のように息が白く染まります。
皆様ごきげんよう。小悪魔です。
今日は外の世界で言うバレンタインデーに当たります。なんでも好きな人にチョコレートを送るのが慣わしだとか。パチュリー様はチョコレート会社の戦略がどうの、とか言って居ましたが、そんなことは関係ありません。宗司さんにアタックを掛けるチャンスです!
パチュリー様に傾きつつある宗司さんの心を、この機会に取り戻します! うふふふふふふふふふ〜。すっごいチョコレート作りますから、待ってて下さいね、宗司さん♪
ぞくっ!
背筋に悪寒。図書館の寒さは今日も平常運行。肌を刺す鋭利な刃物のような冷気が感じられる。冷やす魔術は有っても暖める魔術は無い。なぜなら火を使った方が早いからだ。発電技術の未熟な幻想郷では、夏場の涼を取ることが難しいので冷房の魔術が発達している。逆に暖めるとなると火の魔術は破壊力重視なので暖を取るどころか黒こげだ。もっとも薪に火をつけるには便利なのだけれど。
急に走った悪寒に体をこすると、パチュリー様が怪訝な顔で此方に目を向けた。
「どうしたの? 急に?」
「いえ、悪寒が走りまして」
「そう、まだ寒いから。気を付けて」
そう言うと、読んでいた本に目を落とす。イスに座ったパチュリー様はストールを追加で羽織って、膝にはブランケットを掛けた完全防備。図書館内は火気厳禁。重ね着は基本である。
だが、今の悪寒は殺気に近い何かを感じ取ったものだ。狩られる草食動物は肉食獣の気配をこんな風に捕らえるに違いない。でも、近くにいるパチュリー様は何も反応していないし、俺も不思議と危機感は無い。なんだろう? 嫌な予感しかしない。
「そう言えば、こあの姿が見あたりませんね」
もしや小悪魔の身に何か有ったんじゃ? しかしその考えは杞憂に終わる。
「今日はバレンタインだから、チョコレートを作るとか言って厨房に引きこもってるわ」
「ああ、成る程」
すっかり忘れていた。そして、どうやら小悪魔は日本のバレンタインデーを基準としているらしい。
諸説あるが、俺の認識としては普段お世話になっている人に何かを送る日だ。魔術師協会時代はいろんな人種がいたから、贈り物も様々で面白かった気がする。
「全く、チョコレートを送るなんて企業の罠でしょうに。人間の里では大にぎわいでしょうね。自分たちが踊らされているとも知らず」
「随分辛口ですね。そういった物は率先してやるイメージがあったんですが」
年中行事の指揮を執るのはパチュリー様だ。準備までで後はお任せって感じだが。だが今日についてはまるで動こうとしない。だから俺も忘れていた。
「バレンタインだけは本来の意味を失っているから。他の行事は歪められてはいても、ちゃんとその本質は残っているもの。でもバレンタインは完全に浮いている。本来は家庭と結婚の女神ユノの祝日なの。翌日の豊穣祭の始まりの日。それがいつの間にか、恋人達の誓いの日、みたいになっている。それが納得いかなくてね」
「成る程」
頷く。お嬢様や妹様あたりは面白くないだろうけれど。言われて見れば確かにその通りだ。そう思っていると、図書館の扉が開いた。
「宗司、居る?」
咲夜さんが入ってきた。手には綺麗にラッピングされた包みが2つ。
「何でしょう?」
出迎えると、咲夜さんは手にした2つの包みを俺に差し出した。
「はい、バレンタインのチョコ。お嬢様と私からよ」
用意していてくれたのか・・・・・・。話を聞いた後でもやはり嬉しいものは嬉しい。こればっかりは男の性みたいなものである。
「あ、有り難う御座います。って僕が何も用意してませんね・・・・・・」
受け取ったは良いが、ど忘れしていた俺は何も準備していない。
「え? 男の人はホワイトデーに返すものでしょ?」
そういやあったな、そんな日。確か日本にしか無い日だと思ったけれど。パチュリー様に言わせれば、ホワイトデーこそ企業の罠なのだろう。
「そうですね。ではその時に」
「ええ、それとお嬢様から伝言。『解ってると思うけど、義理だから。それとお返しは3倍返しと言うけど、私の場合は30倍返しだからね』だそうよ」
「・・・・・・頑張りましょう」
凄まじい話だ。どうせこのチョコレートも咲夜さんに作ってもらったんだろうに。イスクさん辺りは300倍返しとか言われてるに違いない。
「そーおっし♪」
開いた扉から、妹様が入ってきた。後ろ手に手を回して、スキップで。
「あ、咲夜。もう渡したの?」
「はい、レミリア様の分と一緒に」
「何それ。姉さんも手渡しであげれば良いのに」
言われた咲夜さんは苦笑。釣られて俺も苦笑。あのお嬢様が手渡しするなら呼び出すだろうし。そもそもそんな思考が無い可能性が高い。
「私は手渡すもーん。はい宗司、フランちゃんの手作りチョコレートだよー」
そう言って手渡されたのは、予想に反してちゃんとラッピングされた包み。妹様の事だから、どんな物が出てくるか恐々としていたのだが。あ、値札シール付いてる。
「有り難う御座います。妹様から手作りで頂けるとは、恐縮です」
此処は気付かないふりをするのが男というものだ。妹様は、にぱっと花の様に笑う。
「いつも遊んでくれるお礼だよー。お返しもいつもの3倍遊んでくれればいいから♪」
「・・・・・・善処します」
気の抜けないホワイトデーに成りそうだ。そして予想通り、三人目の訪問者が現れた。
「宗司さん居ます・・・・・・皆さんおそろいですね」
扉から顔を覗かせたのは美鈴さんだ。手には布を乗せた何かを持っている。サイズ的にトレーに何か乗せてる感じだ。
「あら、美鈴、貴女も?」
咲夜さんが声を掛ける。
「はい、私はチョコレートが作れないので、市販のものをちょっと改造してみました」
照れた感じで俺の前に来ると、トレイの布を取り払う。その場にいる全員が、息を呑んだ。
現れたのは、チョコレートで作られた龍の彫り物。大きく開けられた口はまるで咆吼しているよう。かぎ爪は素材がチョコであるにもかかわらず、触れれば切り裂かれそうな迫力。躍動感溢れる体は、今にも動き出しそうだ。イメージは神龍。
「すげぇ・・・・・・」
「流石ね・・・・・・」
「ほわー・・・・・・」
3人とも、感嘆の言葉しか出てこない。美鈴さん職人過ぎる。
「いやー、照れます」
ぽりぽりと、頭をかく美鈴さん。いやいや、コレは普通に販売しても文句のない出来だし。つうかチョコレートで作られてるのが逆にもったいない。
「ちょっと大きすぎるから、皆さんと食べようと思いまして」
確かに、5人くらいで食べたら丁度良さそうな感じ。とわいえ、食べるのがもったいない。
「あとで崩して持ってきますね。宗司さん、どのパーツが良いですか?」
「え、あ、あの、尻尾の方で」
「えー、頭とか格好いいですよ?」
確かにそうだが、なんだか怖い。
「ちょっと、読書の邪魔よ。用が済んだなら出て行って」
いきなり、パチュリー様から声がかかる。言葉には、露骨な棘があった。こちらからではパチュリー様の後ろ姿しか見えない。
「なによパチュリー。そんな言い方しなくても良いじゃない」
憤慨した妹様を咲夜さんが止めた。妹様の耳元に口を寄せて。
「妹様、どうやらパチュリー様はまだ宗司に渡して無いみたいですわ。私たちに先を越されたものだから、きっと嫉妬していらっしゃるのですよ」
それを聞いた妹様は、にやぁっと、姉そっくりな笑い方をする。
「そっか、そういうことか。それにもしかしたら、チョコレート以外の物を送るのかもしれないわねー?」
「妹様鋭いですわ!」
「流石にそれは無いと思いますけど・・・・・・」
2人の会話に苦笑いを浮かべながら美鈴さん。
「いい加減にしないとほっぽりだすわよ」
パチュリー様から黒いオーラが放たれはじめる。ひいい! 本格的に怒っておられる!?
「あらあら、これ以上は待ちきれないと」
「おじゃまみたいだし、失礼しよっか?」
「あの・・・・・・宗司さん、頑張ってくださいね?」
一人だけ事態を察している美鈴さんが心配してくれるが、助けてはくれないのね・・・・・・。
「では、ごゆっくり〜」
咲夜さんがトドメの台詞を残して、三人が図書館から出てゆく。扉が閉まると同時。
「宗司」
「はいいっ!」
俺が恐れる理由は何一つとして無いのだが。むしろノリ的には俺のほうが正義な訳で。いやでも主は怒ってる訳であり・・・・・・。
パチュリー様がイスごと此方を向く。特に怒っている様子は無い。おや?
「宗司は・・・・・・」
閉じた本を口元に当てて、横目で此方を伺う。
「宗司も、チョコレート貰うと、やっぱり嬉しい?」
「は? いや、あの、まぁ、それは、嬉しいですが・・・・・・」
「・・・・・・」
「学生時代なんかはチョコレートを貰った数がステータスみたいな感じがありましたし・・・・・・」
じっと、此方を見つめてくるパチュリー様。俺はとにかく何か喋る。
「魔術師協会に居たときも、一部ですがありました。典雅もくれましたね。何を勘違いしたか手錠を渡されましたけど」
やば、話題としてまずかったか? パチュリー様の目が一瞬険しくなる。だが、一度ため息を吐くと、立ち上がって此方に向かってきた。目の前でまで来ると、なにやらローブの中をごそごそとあさる。取り出し、差し出されたのは、紫色のリボンで装飾された小さな包み。
「・・・・・・え?」
「あげる」
視線を横にそらして、ぶっきらぼうに言う。
「ホントは一番最後にあげようと思ってたけど、なんか悔しいから今あげるわ」
「あの、でもさっきは」
「演出よ。それなのに貴方ったら・・・・・・」
再び、盛大にため息。どうやら色々とぶち壊しにしてしまったみたいだ。
「す、すみません。有り難く頂戴します」
受け取る。
「開けてもいいですか?」
「うん」
リボンをほどいて、包みを開ける。箱を開けると、小さめの板チョコがひとつ。
『Happy Valentine! and Tank you!』
拙いが、そんな言葉が彫られていた。なんでだろう、すげー、じんわりくる。心のどこかで、やっぱり主から欲しいと思ってた自分がいたらしい。一口かじると、ほろ苦い甘さが口の中に広がった。俺好みのセミスイート。
「有り難う、御座います」
「ふふっ。どういたしまして」
「お礼は何倍がよろしいですか?」
「宗司だから遠慮しないよ? 10倍返しで」
「かしこまりました」
とっておきのスイーツでも、つくりますかね。
そのころの小悪魔。
「あああ! また食べちゃいましたよぅ!」
作った側から自分で食べていた。
「うー、今度こそちゃんと・・・・・・でもおいしい〜☆」
翌日、小悪魔がおなかを壊したのは言うまでもない。
了