南瓜

「とりっくおあとりーと!」
 いきなり声を掛けられて、椅子に腰掛け分厚い魔導書に目を通していたパチュリーはびっくりしてそちらを見やる。
 そこには小悪魔が両手を差し出してにっこりと構えていた。
「・・・・・・何?」
 パチュリーの素っ気ない答えに、小悪魔は笑顔のまま対応する。
「何ってハロウィンですよぅ。パチュリー様今年は準備なさって無いんですか?」
「ああ」
 言われて気づいたか。納得した様子。
「というわけでとりっくおあとりーとなのですよぅ!」
 ずずぅいと、さらに手を差し出してくる小悪魔。よく見ると手の平には「おかしよこせ!」と書いてあった。思わずこめかみを押さえる。
「貴女ねえ・・・・・・まぁ、いいわ。こないだ咲夜に買ってきて貰ったお菓子、食べていいから」
「やたーっ! じゃあいただきますねー」
 軽い足取りで給湯室に向かう小悪魔。しまってあるお菓子を紅茶で食べるのだろう。
「小悪魔ー。私にも紅茶ねー」
「はーい」
 書棚から顔だけのぞかせて返事をして、またすぐに引っ込んだ。パチュリーは魔導書を閉じて、その辺に積んであった別の本を開く。
「ハロウィン、あるいはハロウィーン。万聖節、いわゆるカトリックの諸聖人の日の前晩、10月31日に行われる伝統行事の事。諸聖人の日の旧称"All Hallows"のeveつまり前夜祭であることから、Halloweenと呼ばれるようになった・・・・・・と」
 指先で文字をなぞりながら口に出して読む。新たに知識を入れるというよりは、知っている事を確認しているようだ。一通り読み終えると、パタンと本を閉じた。
「ううん、毎年思うのだけれど、何か足りない・・・・・・」
 首をかしげて悩んでいると。
「パーチュリーっ!」
 突然うしろから抱きつかれた。首をひねって横を見ると、無邪気に笑っているフランドールの顔があった。
「あら。どうしたの?」
「トリックオアトリート?」
 小悪魔よりも多少良い発音。
「私は悪戯でもかまわないけどー」
 きゃはは、と首に回した腕に多少力を込めながら言う。ぞっとしない台詞なのだが、パチュリーはフランドールのこんな行動には慣れっこだ。
「はいはい、今小悪魔が紅茶とお菓子持ってくるから。それまで待って?」
「わーい! 有り難う! パチュリー!」
 その言葉に何故か悪寒を感じたパチュリーは椅子に沈み込むように体をずらし、細腕の中から抜け出す。直後に背後でぐしゃっという音。
「あ・・・・・・」
 立ち上がって見れば、フランドールの腕の中で帽子がぐしゃぐしゃになっていた。三日月の飾りも既に原形をとどめていない。
「ごめん・・・・・・」
 気を落とすフランドールに対し、パチュリーはため息を吐きつつぼろぼろになった帽子を受け取ってそのまま頭に乗せる。
「いい、何となく予想はしてたから」
「でも・・・・・・あ、そうだ!」
 ぱんと、手の平を合わせて。
「せっかくハロウィンなんだから直すまで何か仮装したらいいと思う!」
「かそう? それだ!」
 
「仮装?」
 レミリア・スカーレットは理解できないという顔で、地上に上がってきたパチュリーを眺めた。
「そう仮装毎年何か足りないと思って居たのだけれどいままで仮装をしてなかったのこれでやっとすっきりするわというわけで仮装しましょう仮装」
「パチェ、テンション高いのは解るけど息継ぎしないと死ぬわよ?」
 レミリアは自分の着いているテーブルの正面を、傍目からは興奮しているようには見えないパチュリーに勧めると、隣で控えている咲夜に紅茶を持ってくるよう促す。
「なにいってるのいままでのもやもやがすっきりしたのに貴女はよろこんでくれないのレごふがふっ!?」
「だから言ったのに・・・・・・咲夜、水と薬に変更ね」
「かしこまりました」
 と、咲夜は一礼して退出。なおも咳き込んでいるパチュリーをあきれた目で見ながら。
「仮装って言ってもねえ。あれって確か人間が妖怪の格好したりして悪いモノを怖がらせるのが目的でしょ?」
「ごふっ、ごふっ・・・・・・う゛あー」
「だったら私たちには意味なくない? ヴァンパイア、魔女、小悪魔、妖怪、妖精・・・・・・まぁ、咲夜は人間だけど」
「お待たせいたしました、パチュリー様」
 咲夜の持ってきた薬を難儀しながらも飲み、まだしばらくぜいぜいと肩で息をしていたものの比較的早く復活する。
「違うのよレミィ。仮装することに意義があるの。確かにそうではあるのだけれど、それを言ったら年中行事の殆どが意味が無くなると思うのだけれど?」
「そうだけどねぇ・・・・・・良いんじゃない? 悪戯かお菓子かで?」
 ごねるレミリアに何かを感じ取ったのか、パチュリーは目を光らせた。
「みんなに好きな格好させたりしたらおもしろいと思うけれど」
「そうかしら?」
「レミィ・・・・・・もしかして仮装するの、嫌?」
 レミリアが新しいことに難色を示すのは珍しい。それに否定するのにちゃんと理由が付いているところも怪しい。
「そんなわけない、でしょう」
「何、今の間?」
「私が仮装なんかしたら紅魔館の威信が」
「今更よね」
「今日は騒ぎたくない」
「嘘吐かない」
「仮装なんかしたらみんな卒倒するわ!」
「そう? 是非見てみたい」
「う・・・・・・さ、咲夜!」
 たまらず咲夜に助けを求める、が。
「お嬢様はどんな衣装がお好みですか?」
 にっこりと、逆に返されてしまった。レミリアは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「解ったわよ! 仮装でも何でもしてやろうじゃないの! 咲夜! やると決まったからには完璧な仮装をしてやるわ。いいわね」
「はい、承知いたしました」
 メイドは深々と頭を下げると、姿を消した。消える寸前に見た顔が満面の笑顔だったことは気のせいだろうと、レミリアは願った。
「決まりね、じゃあ私も準備してこよう」
「待った」
「なに?」
「パチェの仮装は私がリクエストするから、そのくらいの我が儘はいいでしょ?」
「別にかまわないけど・・・・・・なに?」
 仮装でとんでもない事にはならないだろうと思って承諾したパチュリーだったが、レミリアの顔に浮かんだ邪悪な表情にすぐさま後悔した。

 紅魔館正面玄関ホール。今夜は仮装パーティーということで、いつもとは違った様相になっていた。
 黒と茶色の飾り付け、あちこちにコウモリやかぼちゃのお化けが乱舞している。もちろん両方とも本物だ。コウモリはともかくかぼちゃのお化けは西行寺家に頼んで幽霊を無理矢理仮装させたモノ。
 幻想郷の有名どころはだいたい集まっている感じだ。おのおのが楽しんでいる様子が見て取れる。
 その中に、紅美鈴と小悪魔の姿があった。
「美鈴さんすごく格好いいです!!」
「いやー照れますね。でも小悪魔もとっても可愛いですよ!」
 きゃぴきゃぴとはしゃぎ合っている。ちなみに美鈴は黒いスーツにマント。髪の毛は後ろになでつけている。所々ファーなどが付いていて北欧の悪魔のようだ。
 対して小悪魔は黒いレオタードに網タイツ。衣装が変わっただけだが、小悪魔という表現がぴったり来る。
「そういえば、パチュリー様はいらっしゃってないんですか?」
 あたりを見渡しながら美鈴。確かに、パチュリーの姿が何処にも見あたらないのだ。
「パチュリー様はお嬢様と一緒にお着替えになっているようですから、そろそろいらっしゃると思いますけど」
 やや不安そうに小悪魔が言ったとき、すべての照明が落ちた。
「!?」
 美鈴が敵襲かと身構えるも、直ぐに正面の大階段にスポットが落ちる。そこにはフランケンシュタインのメイクをした咲夜が居た。服装はメイドのままだが、そのミスマッチ感が良い味を出している。手にはマイク。
「皆様お楽しみの所申し訳ありません。ここで少々紅魔館の主、レミリア・スカーレットがささやかですが余興を用意いたしました。お楽しみ頂ければ幸いで御座います」
 おおお、と辺りからどよめきがおこる。
「ではまず、紅魔館地下大図書館が主、パチュリー・ノーレッジの仮装で御座います」
 軽快な音楽と共に、スポットがもう一つ落とされた。そこには・・・・・・。
「わ、わおぉぉぉぅ」
 狼女が居た。
 おそらくはボディスーツなのだろうが、ふさふさとしたてがみがちゃんと付いているし、質感も獣に近い感じだ。顔は特殊メイクで髭と耳をを生やしている。
 スポットに照らされた青紫色の狼女は、妖艶な美しさをたたえていた。ただボディースーツのために体のラインがはっきりと出てしまっていて、本人はものすごく恥ずかしそうだ。
 会場からはどよめきが漏れる。普段とのギャップに、パチュリーをよく知るものでさえため息を吐いていた。
「は・・・・・・恥ずかしい・・・・・・ってそこ鼻血垂らさないで!」
「はい、有り難う御座いましたパチュリー様〜」
 照明が戻される。パチュリーはさっさと下がろうとしたが、待ち構えていた小悪魔と美鈴にずるずると引っ張られて会場内にひっぱりこまれた。
「パチュリー様すっごくケモイです!」
「ケモイってなに!?」
 がばっと小悪魔に抱きつかれ、目を白黒させているパチュリー。
「わーいもふもふー♪ にくきゅうぷにぷに〜♪」
「ああもう、好きにして頂戴・・・・・・」
 パチュリーの言葉に呼応するように耳が垂れ下がるのをみて、美鈴が苦笑。
「さて続きましては我らが主! レミリア・スカーレットとその妹君のフランドール・スカーレット様の登場です!」
 どん! と紙吹雪がどこからとも無く吹き出し、辺りを覆う。それがうすれ、スカーレット姉妹が姿を現す! そこにいたのは・・・・・・。
「うわぁ・・・・・・」
「ひっ!」
「あーあ・・・・・・」
 そこにいたのは、ゾンビの姉妹。いや、もともと吸血鬼なのだからアンデットには変わりないのだが、いかんせんリアルすぎた。
 頭が割れて脳が隙間から覗き、片目はこぼれ落ち、内蔵が腹からはみ出ている。おまけに血まみれ。むろん特殊メイクなのだが、あまりにもリアルすぎて目を逸らしてしまう客が続出。
 おまけに二人して「あー」とか「うー」とか言いながら階段をゆっくり下りてきたのだからたまらない。3分の1位いた人間の客は慌てて逃げ出していく。平気な顔をしているのは紅白の巫女と白黒の魔法使いくらいだ。
 中には元は人間を主食にしていた妖怪もいるから反応は半々という所ではあるのだが・・・・・・。
「あー・・・・・・確かに完璧ではあるけれど、完璧過ぎね」
「・・・・・・」
 小悪魔はカタカタと震えながらパチュリーにしがみついている。すっかりおびえてしまったようだ。
「さすがにKYですよねぇ」
 美鈴も冷や汗を垂らしながら苦言。
 いつの間にやら紅い姉妹は演技をやめて、けらけらと笑いながら逃げ惑う客を追いかけ回している。
 まだ震えている小悪魔の頭をなでて、微妙にカオス空間になった玄関ホールを見渡して、パチュリーはため息を吐くもどこか満足そうにつぶやいた。
「まぁ、楽しそうだからよしとしましょうか」

    
                                                                              了

目次へ戻る

トップへ