夜の紅魔館

 

 熱い。

 ただ熱いだけではなく、湿度も高い。

 髪を振り乱し、額に汗を浮かべ、恍惚とした表情で、手をふり腰を振る・・・・・・。

 男の群れ!

「はーい! 私の歌聞いてくれてありがとー! みんなぁ、まだまだ元気かなー!」

『妹様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』

「私の次はパチュリーの出番だよ! みんな聞いてあげてねー!」

 マイクを持った妹様が声を張り上げる。服装はいつもと替わらないが、装飾が色々増えている。羽にまでリボンを結びつけていた。

「なに!? パチュリーが!」

「日陰少女が歌うと言うでござるか!」

「大丈夫なのか? 死んじゃうぞ」

「俺の嫁キター!」

「パチュリー様ぁぁぁぁぁぁ!」

「馬鹿野郎! パチェはぼくちんのお嫁さんだ!」

「うっせピザ野郎! お前なんかにパチェはやらん!」

「じゃあ小悪魔は俺が貰う!」

「紅魔館は俺の嫁」

 そこかしこで喧嘩が始まる。と言っても口げんか程度だけど。

「はいはい喧嘩しなーい! さぁ! パチュリーの登場だよ〜!」

『おおおおおおおおおおおお!』

 汗くさい。いや、男汁臭い。俺は顔をしかめて、こうなった経緯を思い出す。

 

「げほっ、けほっ・・・・・・うー・・・・・・」

 辛そうな咳。俺は手ぬぐいを絞ってパチュリー様の頭に乗せる。パチュリー様の寝室。風邪を引いて寝込んでいる主の看病をしている訳だが。掛け布団と毛布を被ってうんうん言っているパチュリー様を見てるのは心苦しい。普段から虚弱体質では有るのだが、病気に成るのは珍しい事だ。

「頭痛い・・・・・・」

 目元を押さえてうだるように言う。

「自業自得です」

「そうだけど・・・・・・」

「全く、眠れないからって図書館で薄着のまま本読んでそのまま寝ちゃうからいけないんです。発見したとき死体かと思いましたよ」

「懇切丁寧に言わなくても良いじゃない。確かにうかつだったけど」

「病気を治す魔法とかないんですか?」

「無い」

 目元をおさえたままあっさりと言う。

「風邪っていうのはウィルスによるもの。魔法で体力を回復するとウィルスも活性化してしまう。だからウィルスを殺せば良いのだけど、体内のウィルスだけを狙って攻撃するのは難しくてね。失敗すると抗体まで攻撃してしまうの。だから大人しく抗体が出来るまで寝ていた方がいいのよ・・・・・・けふっ」

「成る程」

 だから以前小悪魔が風邪を引いた時にも特に何もしなかった訳か。その小悪魔には永遠亭に風邪薬を買いに行って貰っている。丁度風邪薬が切れていたためだ。永遠亭の薬は良く効く事で有名だ。なんでも風邪を治す薬も有るらしいが、眉唾ものである。

「宗司」

「はい」

「頭痛い」

「はい」

「喉痛い」

「はい」

「関節痛い」

「はい」

 誰しも病気になると寂しくなる。でも人がいると愚痴っぽくなる。解っているから、パチュリー様の愚痴を黙って聞いていた。パチュリー様が愚痴をこぼすのは俺か小悪魔くらいだ。つうか全部から風邪くるのかよ。痛いところだらけじゃないか。

「宗司」

「はい」

「アイス食べたい」

「おなか冷やすから駄目です」

「むきゅー・・・・・・」

 ぷしゅーと、空気が抜けるような音を出して呼吸するパチュリー様。どうやらほっぺたをふくらまそうとして失敗したらしい。重傷だなぁ。

「ただいまもどりましたー」

 扉を開けて、小悪魔が帰ってきた。手には袋を抱えている。

「こあ、早かったですね」

「宗司さんが風邪で弱ったパチュリー様にいけない事をしないか心配で。EXスペシャルスーパーグレートこあちゃんブースターDXで行ってきました!」

「しません。それからネーミングセンスが幼稚園児並みです」

 きょうび小学生でもそんな拡張詞はいれない。

「じゃあ超瞬歩で飛んできました」

「飛んで来たんですか? 歩いて来たんですか?」

「どうでもいいから薬頂戴・・・・・・」

 いかんいかん、小悪魔と会話するとどうも目的が遠くなる。小悪魔が袋の中をごそごそとやって取り出したのは、茶色の瓶に入った液状の薬。

「いつものと違いませんか?」

 普段永遠亭で出しているのは丸薬が主だ。液状のものは初めてみる。

「何でも最新の風邪薬で、風邪を治してしまうお薬だそうです。効果は菓子折り付とか」

「折り紙付きですね」

 それだとサービスだな。でも、本当に有ったのか。

「それだけじゃないんです! なんと元気まで出るそうですよ! 普段の100倍元気になれるらしいです!」

「怪しすぎませんか?」

 麻薬じゃ? しかし小悪魔は興奮した様子で。

「永琳(えいりん)さんが自信を持ってだしてくれたんですよ? あの姫様が『働きたいでござる!』って言ってアルバイト探し始めたらしいですから」

「マジですか!?」

「マジです」

 そいつあすげえ! あのニート姫が働きたいなんて言い出すなんて!

「だから普段から病弱なパチュリー様には丁度いいんじゃないかと」

「あー・・・・・・ちょっと怖いわ」

 明らかに引いた様子のパチュリー様。

「でも永琳が出した薬なら大丈夫でしょう。頂戴」

 そう言うと、ベッドから身を起こして薬を受け取り、飲む。

「ど、どうですか?」

 ごくりと、喉を鳴らして反応を待つ小悪魔。いや、そんなに早く効果は出ないだろうに。案の定、パチュリー様は再び横になる。

「苦い」

「良薬口に苦しと言いますからね、良く効くでしょう」

「ならいいのだけれど」

 そういうと目を閉じる。

「そう言えば宗司さん。今夜の話聞きました?」

 唐突に小悪魔が話を振ってきた。ああ、そういえば。

「ええ、コンサートやるとか、どうとか」

 ご存じの通り、紅魔館では毎晩のようにパーティーが開かれているが、今夜はコンサートらしい。お嬢様と妹様がソロで歌うとか。プリズムリバーという騒霊楽団も呼ぶらしいからかなり本格的なものになりそうだ。

「さっき咲夜さんに言われたんですけど、宗司さんには警備をお願いしたいそうです」

「警備なら美鈴さんが居るんじゃ?」

「それがですね、今回は男性のお客さんが異様に多いらしいので・・・・・・」

「あー・・・・・・成る程」

 幻想郷にもちょっと特殊な、はっきり言ってしまえば変態が存在する。そんな連中に掛かれば紅魔館の面子も萌え対象でしかないのが恐ろしい。一度美鈴さんにフルボッコにされてからMに目覚めたハンターもいるくらいだ。

「イスクさんといっしょにステージ前でガードマンをして欲しいそうです」

「了解しました。後で咲夜さんに伝えに行ってきます」

 たまに来るフンドシ姿の変態来るかなぁ。来るんだろうな・・・・・・。

「宗司さんはお嬢様達の歌を聴くのは初めてでしたっけ?」

「ええ、鼻歌くらいなら聞いたこと有りますが」

 特に妹様は良く鼻歌交じりに歩いていることが多い。

「凄いですよ〜。心に響くってこういうことなんだと思いますもん」

「ほほう、それは是非とも聞いてみたいですね」

「ガードマンなら凄い近くで聴けますよ!」

 特等席だ。いいねー、やる気が出てきた。

「私も出る」

 突然、パチュリー様の声。振り向くと、主がベッドの上で仁王立ち。何故か斜め上を向いている。

「え? ちょ、パチェ?」

「宗司、小悪魔、私も今夜は歌うわよ!」

 なんですと!? それを見た小悪魔が怪訝そうな顔で。

「パチュリー様風邪は・・・・・・」

「治った」

 嘘!? さっきまでかなりの高熱だったはず。だがベッドの上で仁王立ちをしている姿は、見るからに元気そう。普段から白い肌も、なんだか急に血色が良くなっていた。パジャマ姿というのが間抜けだが。

「今なら連続で10曲は歌えそうな気がする!」

「凄い! ホントに効きましたよ!」

 感心したのか、そう小悪魔が言うが、俺としてはかなり怖い。なんつう薬だ。

「何をぼさっとしているの! 早く準備を!」

 うおう。ホントに元気になってる? こんなにはっきりと喋るパチュリー様は見たことがない、でも元気が出たと言っても虚弱体質は変わらないだろう。

「いや、パチェ。体力を考えてください、無謀にも程がありますよ?」

 歌うと言うのは殊の外体力を使う。コンサート形式で10曲も歌ったら間違いなくぶっ倒れると思うのだが・・・・・・。

「あ、そうですよ! 無茶ですよ」

 小悪魔も無茶だと思ったらしい、だが当のパチュリー様は瞳を輝かせ。

「大丈夫。今の私なら月までだって飛べる」

 それは死にます。なんだか・・・・・・元気になりすぎじゃないか?

「いやいやいや! 無理ですって」

「出来るわ!」

「無理ですよぅ」

「でーきーるー!」

 うー! と唸って、ベッドの上で暴れ出した。

「私もうーたーうーのー!」

 なにいいいいいい!? パチュリー様がだだっ子になった!?

「やーるーのー!」

 俺と小悪魔は唖然。絶対にお目にかかれない光景である。元気になったというよりは性格が反転した感じだ。やっぱりまずかったんじゃないか、あの薬。

「こあ」

「はい・・・・・・」

 暴れるパチュリー様は取り敢えず放置。気付かれないように小声で小悪魔に話しかける。

「どうしましょう?」

「どうしましょうと言われても」

 小悪魔も参った顔だ。

「以前もこんな事あったんですか?」

「まさか! こんなパチュリー様初めて見ました」

 ですよねー・・・・・・。とにかく、こんな状態になってしまったものはしょうがないし、小悪魔を責めてもなんにもならない。ここは・・・・・・。

「参加してもらうしかないですかね」

「いやでも」

「あの状態のパチェを何とか出来ますか?」

「・・・・・・無理です」

 横目でパチュリー様をみた小悪魔が絞り出すように言った。暴れ出すのを止めて、今度は座り込んですすり泣き始めていた。

「うぐ・・・・・・ひっく・・・・・・私も・・・・・・歌いたいんだから・・・・・・」

 躁鬱が激しい。永琳さん・・・・・・あんたなんてもの作ったんだ。

 俺は苦労して笑顔をつくりだし、パチュリー様に話しかける。

「解りました」

「え?」

 パチュリー様は目に涙をためて、此方を見上げる。

「パチェの熱意には負けました。お嬢様に了解を取ってきましょう」

「いいの!?」

 がっ! と俺の胸ぐらを掴んで問いかけてくる。いやあの。

「や、良くはないんですが」

 あまりにまっすぐなまなざしに目をそらしてしまう。急に、胸ぐらを掴んでいた手から力が抜ける。

「やっぱりだめなんだぁ・・・・・・」

「お、オッケーです! 大丈夫です! 思う存分歌ってください!」

 慌てて言い直す。なんなんだよー。主はがばっと顔をあげて聞いてくる。

「ホントに!?」

「ホントです」

「ホントのホントに!?」

「ホントのホントです」

「直前になって駄目とか言わない?」

「言いません」

「歌ってる途中に無理矢理止めたりしない?」

「状況によります」

「止めるんだ・・・・・・」

 しょぼーんと、一気にテンションが落ちる。

 だー! めんどくせー! 畜生ぅ! 主に対してめんどくさいとか思わせた永琳さんを恨む! 絶対今度泣かす! 姫様宛にBL同人誌送りつけてニート腐女子にしてやる!

 そんな黒い感情に飲まれながら、もはややけくそ。

「解りました! 止めません。パチェの歌を邪魔する者は僕が全力を持って排除しましょう」

「今度こそホントに?」

疑わしそうな表情を浮かべて、更に確認を口にするパチュリー様。

「天地神明に誓って」

「それじゃ足りない」

「パチェへの忠誠も乗せましょう」

「うん」

 満足そうにそう頷くと、すくっと立ち上がる。

「それじゃあ衣装を作らないと! 小悪魔、手伝って!」

 言うと同時、パジャマを脱ぎ始める。ぎゃあ!

「おっ! お嬢様の所に行ってきます!」

 俺は慌てて目を覆い、部屋から飛び出した。勘弁してくれ・・・・・・。


目次へ戻る

トップへ