その後、お嬢様に事の経緯を話すと。

「面白そうね」

 と、一言で終了。残念な事にめでたくパチュリー様も出場と相成った。あわよくばお嬢様に止めて貰おうと思ったのだが、やはりというか当然というか・・・・・・。

 そして現在。

 紅魔館の庭。花畑の横にて、コンサート・・・・・・否。ライブが行われている。相当数の照明が設置してあり、真昼のような明るさだ。かなり広いスペースなのだが、そこはあぶらギッシュな男どもで埋め尽くされていた。有る意味絶景である。五右衛門が見たら余りの絶景に卒倒するだろう。

 俺はステージの右端。すぐ前に立って、その様子を眺めていた。今のところ、ステージから一定の距離に張られたロープから此方に攻めてくる様子はない。意外と紳士的らしい。

 だが妹様の歌を聴いた影響か、いつ此方になだれ込んできてもおかしくない雰囲気だ。因みに、妹様の歌は素晴らしいものだった。総じてアップテンポのノリの良い曲で、観客を魅了。かくゆう俺も、ちょっとノってしまった。だが最後の曲で一変。やたらと早い曲調の歌詞もないようなノリのみの曲で、会場の温度が一気に上がった。外なのに。

 駄目だ・・・・・・ついていけない。あの中に入ってしまえばそんなことはないのだろうけれど。既に壁ができてしまった今、それは適わない。もちろん、ガードという仕事上、最初から無理な話ではあるが。

 耳を刺激するだみ声。人間10人でストーブ1個分と言うが、とにかく高い温度と湿度。鼻を突く汗くささ。飛び散る男汁。

・・・・・・帰りたい。

今の俺の嘘偽り無い心境である。だが次はパチュリー様の番だ。ああ誓いはしたものの、途中で倒れたりとかしたら問答無用で止める。変態が大挙して襲って来ても止める。

心配のしすぎで胃が・・・・・・。

左端にいるイスクさんを見ると、平然とした顔で立っているように見える。あ、こめかみに青筋発見。どうやらかなりイライラしているご様子。唇が動くのが見えた。

『唾と汗を飛ばすな』

 同感。

『パーチューリー! パーチューリー!』

 ものすごいパチュリー様コール。普段滅多に顔を出さないから、その期待も凄まじいものがあるのだろう。ふふん。俺は毎日見てるんだぜ。と、ちょっと優越感。いや、でも今日のパチュリー様はちょっと・・・・・・。

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』

 会場が一気に盛り上がる。パチュリー様が姿を現したのだ。

 帽子は被っておらず、髪をツインテールに纏めている。眼鏡はいつもより大きな赤フレーム。いつものワンピース・・・・・・をミニスカートにした感じのもの。ピンク色のジャケットを羽織ってはいるが、白い足が太ももの辺りまで丸見え。白いニーソックスを穿いて、靴はおしゃれなサンダル。

 短時間で仕立て上げたにしてはものすごく良くできている。すげぇ・・・・・・。パチュリー様こんな格好出来たんだ。思わず生唾を飲み込む。

「こんばんはー! パチュリー・ノーレッジでーす!」

 ステージの中央に出てくると、観客に向かってぶんぶか手を振る。

「おおお! ホントに出てきた!」

「いつか出てくると思って毎年来た甲斐があった・・・・・・」

「パチュリー! ウッ!」

「無理するなー! 死ぬぞー!」

「パチェー! こっち向いてくれー!」

 檄が飛ぶ。益々飛び散る男汁。むさいよー。俺の前と後ろで全然空気が違う。天国と地獄とはこういう事か。

「今日は調子が良いから私も歌いまーす!」

『おおおおおおお!』

「では早速―! 『drizzly rainyet another』聞いてください!」

 合図で騒霊達の演奏が始まる。やや早い綺麗なメロディが流れ、じょじょにもりあが、

『う〜!(>ヮ<)パチュリー!』

 びくっ! 大音声で観客から一斉に声が上がる。びっくりしたー・・・・・・どうやらこの歌はかなり有名らしい。出回っているのか?

『ハイ! ハイ!』

 またもやびっくり。すげえ、乱れが無い。

「遠い空の赤い月夜 そっと覗く あなたの姿・横顔」

 透き通るような高音。パチュリー様は目をつむって、感情を乗せている。

「唐突に現れて そばで笑いかけて 埃だらけの本から そっとときはなつ」

 曲調とは違い、やや緩い動きで体をゆらし始める。おそらく次でサビだ。はいると同時、パチュリー様の動きが激しくなる。

「あなたが見たら驚くように 可愛い服探してきて 私のこと忘れないでよ 泣き出す前に ぎゅっと抱きしめて!」

『う〜!(>ヮ<)パチュリー!』

 うおお! なんだか凄いことに!? 会場の意志が一つにまとまった感じ。一体感、とでも言うのだろうか。むさいし男臭くて嫌ではあるのだが、ちょっと、羨ましく感じる。

 間奏に入った、その中でも合いの手が入るらしく、観客の声がこだまする。

『ハイ! ハイ!』

『ううううううううううぅぱぁぁぁぁぁぁぁちゅぅぅぅぅぅぅぅぅりぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!』

 ひときわ長いパチュリーコール。紅魔館が揺れたかと思う様な音量。

「すげ・・・・・・」

 呟く。人間の里で巫女やお嬢様、パチュリー様のブロマイドが売られているのを見たことはあるが・・・・・・、こんなに人気あったのか。

 間奏が暫く続く。そして、音が切れた一瞬。

「ぱちゅりぃ〜」

 ウィンクと共に、パチュリー様が猫のような声を出す。

「おい! 見たか? 今パチュリーが俺にウィンクしたぞ!」

「馬鹿野郎! 俺にきまってんだろ!」

「違うな、視線は絶対に俺の方を向いていた」

「お前眼鏡の度が間違えてるんじゃないのか? 俺だって」

「パチェがお前みたいな自意識過剰にウィンクするはずがない、よって俺にだ」

「どうしてみんな俺にしたのが解らないかなー」

「むきゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 ふっ、パチュリー様がお前らにウィンクなんぞするものか・・・・・・はっ! つられて俺まで馬鹿な掛け合いに加わってしまった!

 そんな一瞬の心の隙をついた訳では無いだろうが、俺の正面辺りから人影がロープを越えて飛び出してきた。白髪。眼鏡。上半身全裸。フンドシ一丁。奴だ!

 こーりん、とかいう男で、夜のパーティーにフンドシ一丁で時折乱入してはその辺の女の子を口説き始め、そのうち怒ったお嬢様辺りにブッパされるという正真正銘の変態だ。道具屋・香霖堂(こうりんどう)の店主、森近霖乃助(もりちか・りんのすけ)に似ているが、あの人は知的でしっかりした感じの人だ。他人のそら似だろう。たぶん。

「パチュリー! 僕だ! 結婚してくれぇぇぇぇ!」

 叫びながらステージに飛び上がろうとする。そうは問屋が卸さない! 俺は素早く接近、真っ正面に立ちはだかり、みぞおちを突き上げるように掌底をお見舞いする。ヒットと同時にねじるのも忘れない。

「ぐべへいはぁっ!」

 奇妙な悲鳴と共にロープ手前まで吹っ飛ぶこーりん。腹を抱えてうずくまっている。

「はいはーい。歌い手さんに近づかないでくださーい。金取りますよー」

「な! 金だって!? 金さえあればパチュリーに触れることができるのか!?」

 うずくまりながらも、金という単語に反応するこーりん。

「ええ、100万になります」

「言ったね! 今言ったね!?」

 がばっと起きあがる。あるぇ? 10日は起きあがれない位の威力はあったはずだけど・・・・・・。まぁ、いい。

「ええ、言いましたよ」

「ふふふっ! このこーりん。こんな事もあろうかと」

 フンドシの中をごそごそとあさり始める。ばっと、取り出したのは札束。どっから出すんだよ!?

100万円、用意しておいたのさ!」

 ばばん! という効果音と共に勝ち誇るこーりん。

「んふふふふふ・・・・・・これで僕はパチェにさわり放題だね?」

「いや?」

「なんだね、100万円出したのに文句があるのか?」

 憤った表情でこーりん。対して俺はにこやかな笑みを浮かべて言ってやる。

「誰が円なんて言いました? 100万ドルになります」

「ドルぅ!?」

 ぴしっと、眼鏡にヒビが入る。騒ぎに気付いた幾人かが、こーりんの行動に対して怒りの声を上げる。

「てめえ! パチェを金で買おうなんざ何考えてやがる!」

「そうだそうだ! 変態の風上にもおけねえ!」

「なっ! 僕は彼がそう言ったから・・・・・・」

「ちょっと黙ろうか、お前に変態のなんたるかをおしえてやる」

 そのまま、ロープの向こう側にずるずると引きずられていくこーりん。

「やめたまえ君たち! パチュリーは僕の嫁なんだぁぁぁぁぁぁぁ!」 

見慣れた光景。大抵名前の部分が毎回違う。決定的に違うのは引きずっているのが妖精達ではなく、屈強な男どもと言うことだ。皆さんもマナーは守りましょう。間違ってもライブとかで悪のりしちゃだめですよ?

 気がつけば、2曲目に入っていた。先ほどとはうってかわって、静かな曲調のバラード。さっきの曲も良いが、パチュリー様にはこういう曲の方が似合う気がする。静かに、それで居て全霊を持って歌っているパチュリー様を、俺は美しいと感じた。

 それから、特に問題も無くライブは終了。お嬢様の歌もかなり激しいものが多かったというのに、観客達は疲れた様子もなく、ライブの感想などを話しながら帰って行った。俺は客出しもやっていたが、色々と声を掛けられた。

「あんたパチュリーの執事だろ?」

「はい、そうです。本日はご来場有り難う御座いました」

「ああ、あんたの主さんに伝えておいてくれ。歌、最高だったって」

「承りました、お気をつけてお帰り下さい」

 似たような会話が、いくつもあった。中には、執事にかこつけて変なことするんじゃねえぞ! なんて事も言われたが。とにかく、これだけの人にパチュリー様が愛されていると思うと、ちょっと、誇らしい気持ちになった。もちろん、同じくらい紅魔館の住人は好かれているのだけれど。それでも、自分の敬愛する人が、みんなに好かれているというのは、実に気分が良い。

 客出しも終わり、鼻歌交じりにみんなが集まっている場所に向かう。皆、ライブが終わって談笑をしていた。

「あ、宗司!」

パチュリー様が此方に気付いて駆け寄ってきた。額には球のような汗が浮いている。

「パチェ。お疲れ様です」

「有り難う」

 満面の笑みで答える。興奮冷めやらぬという感じの、上気した顔。

「お客様方も、パチェの歌は最高だったと」

「そう。よかったぁ! 人前で歌うの初めてだったから・・・・・・宗司は、どうだった?」

「びっくりしました。脱帽です」

「うふふ、頑張った甲斐がある!」

 嬉しそうに、額の汗を拭いながら答える。こんな、底抜けに明るいパチュリー様もいいな。俺も微笑んだ。が、唐突に違和感。

 待て。拭うほどの汗をかいている? おかしくないか? パチュリー様の出番は2番目。最後のお嬢様も、そう少なくない曲数をこなしている。客出しにも時間がかかった。今、こんなに汗をかいているのはやっぱりおかしい!

「あのね宗司、今度はふた・・・・・・」

 言いかけたパチュリー様の動きが突然止まり、まるで人形の操り糸が切れたかのように崩れ落ちる。

「パチェ!?」

 あわてて抱き起こすと、嫌な呼吸の仕方。額に手を当ててみれば、ものすごい熱。くそっ! 歌い終わった後の余韻に水を差すと思って、あえて様子を見に行かなかったのが裏目に出たか!

「あれ・・・・・・? 体が、動かない・・・・・・?」

 とぎれとぎれの息で、苦しそうにパチュリー様。

「喋らないで! 今医者を呼びますから!」

「どうしたの? 宗司?」

 異変に気付いたお嬢様や皆が集まってきた。お嬢様はパチュリー様の様子を見るなり、鋭い目つきで。

「咲夜、永琳を連れてきて! 急いで!」

「はい!」

 咲夜さんは答えて、一瞬でその場から消える。

「うかつだったわ、普段から動かないから、汗が引かないのだと思っていたのだけど」

 苦々しい顔でお嬢様。

「いえ、僕の配慮が足りなかったんです。無理にでも止めておけば・・・・・・」

 他にも悔やむべき所は沢山あった。

「だめよ宗司、後悔ならいつでも出来るから、まずはパチェを寝かせて」

「はい」

 大急ぎで、パチュリー様を図書館の自室に連れて行った。


目次へ戻る

トップへ