雪の日

 白く染まった足場に、スコップを突き立てる。ざっくりとした手応え。足をかけ、体重を乗せて押し込む。スコップの頭が埋まった位の所で、持ち手を変え、足を踏ん張り、腕と腰に力を込める。

「よっ、と」

 一抱えはありそうな白銀の固まりを持ち上げて。

「そぉい!」

 湖の方向に向けて発射。もっとも、館の敷地内から外まで飛ばすのは不可能だけど。白銀の固まりは空中で分解。ばらばらと下に落ちて、地上の白と同化する。

 気温は低い。氷点下くらいだと思うけれど、額に浮いた汗を作務衣の袖で拭う。解ってはいたけれど、重労働だな。

 現在雪下ろしの最中だ。なんでもここ数年で一番の大雪とか。あたり一面銀世界。森の木々は白くデコレーションされ、湖も氷が張っている。空は雲に覆われて、山の方は地上と空の境目が曖昧になるほど。

紅魔館の屋根は雪が積もることを想定して作られていない。石造りだから、潰れるような事はないだろうけれど、劣化するのを防ぐ意味で、雪下ろしをしている。メンバーは俺と妖精たち。だけど彼女たちは重労働に飽きて、そこらで雪合戦をはじめていた。雪玉を飛ばしているために、結果、雪下ろしにはなっているが、それも微々たる量でしかない。

 普段おもしろがって弾幕バトルに横やりを入れる彼女たちである。単発の弾などに当たるハズもない。かなり高速な雪合戦が展開されている。素人があの中に入れば一瞬で雪だるまになるだろう。

 飛んでくる流れ弾を避けながら、次々と雪を落としてゆく。

「これで最後っと」

 雪をこそぐようにして下に落とす。未だ細かく残っているが、これだけやれば充分だろう。

「わっぷ!」

 下の方から悲鳴。誰かの頭上に落としてしまったようだ。屋根の縁に立って下を覗き込む。屋根の傾斜は緩いが、気を抜けば落ちそうでちょっと怖い。地上約10m。これでも低い方だ。

 体に積もった雪を払い落としているのは、美鈴さんだった。花壇の雪をのけ終えて、館に戻りかけた所に俺の落とした雪が直撃したらしい。

「すみませーん! 不注意でした!」

 下に向けて声を張り上げる。

「いえいえー! こちらこそ頭上不注意でしたー!」

 上を向いて、同じく声を張り上げる美鈴さん。ぶんぶんと手を振っている。

「手伝いにいきましょうかー!?」

「いいですよー! もう終わりですし、美鈴さんも寒いでしょうから!」

「あはは。大丈夫です! わたしは丈夫が取り柄です!」

 確かに。冬だというのに腕と足丸出しのチャイナドレス風の服は変わらない。見ているこっちが寒くなる格好だ。俺は作務衣の下にトレーナーを着込んでいるというのに。そんな事を考えていたら、突然、後ろからおされた。

体が宙に泳ぐ。

 は?

 続いて浮遊感。

当然落下。

「おおおおおおお!?」

 落下しながらもグリモアを引っ張り出す!

「風よ!」

 みるみるうちに迫る地面。10mの落下などあっという間だ。雪が積もっているとはいえ、流石に大けがは免れない。下手すれば死ぬ。

 風が網を作り、俺を受け止める。がくん、と体が急停止。反動で肺の空気が抜ける。多少咳き込んだ。気付けば、地面すれすれ、数センチの所で停止していた。

怖!

 風を解除して屋根を見上げると、妖精達がけらけらとはしゃいでいた。

「あぶないでしょう!」

 怒鳴ると「こわーい」とかいいながら逃げていった。まったく。心臓が止まるかと思ったぞ。あんまり妖精達に怒っても効果がない。精神衛生上宜しくないので放置。

 美鈴さんは、あれ? 居ない。辺りを見れば、雪に人型の穴が。どうやら埋まったらしい。凄くアートな形をしている。非常口ランプの人みたいな形。思わず観察してしまったが、起きてくる気配が無いので慌てて駆け寄る。膝上まであろうかという雪で足がもつれるが、なんとかたどり着くと、美鈴さんの姿が確認出来た。見事に埋まっている。

「もごー! もごー!」

 顔が埋まって呼吸が出来ないようだ。美鈴さんの横に立ち、腰の辺りを抱えて引っ張りあげる。

「んっ!」

「がばはつ! ゲホッ、ゲホッ!」

 口から雪をはき出す美鈴さん。

「あーうー。ありらろーござう゛ぃまずー」

 俺の脇に抱えられたまま、呼吸困難で真っ赤になった顔でお礼を言う。美鈴さんを降ろして、頭に付いた雪も払ってやる。

「あああ、すいませんすいません」

 倒れた衝撃で飛んだ帽子を拾い、手渡しながら聞いた。

「なんでいきなり埋まってたんですか?」

「いやあの、宗司さんが落ちたから助けようと思って・・・・・・」

「雪に足を取られてころんだ、と」

「お恥ずかしい」

 頬をぽりぽりと掻きながらいう。

「この雪では達人も形無しですね」

「全くです。はやく溶けないかなー」

 俺としては残っていて欲しい気もする。人の手が殆ど入っていない雪景色というのは、見ていて飽きない。元住んでいた所は雪なんて殆ど降らなかったから尚更。

「しかし美鈴さん、そんな格好で寒くないんですか?」

「寒いです」

 即答。

「でも着込むと動きにくくなりますから、それじゃあ門番はつとまりません」

 おお、プロ思考。ちょっと見直した。美鈴さんなりに門番という仕事に誇りをもっているというのが伺える。

「ならもうちょっと真面目に仕事をしてほしいものね」

 咲夜さんが現れる。こちらは耐寒装備。その言葉に美鈴さんは苦笑。

「だったら守衛室とか作ってくださいよー。一日中立ち仕事はきついです」

「そんな贅沢なモノを与えたら貴女そこで寝るだけでしょう?」

「それは、あの、あはは」

 真実を突かれたというよりは、そんな自分を想像できてしまったのだろう。益々苦笑が深くなる。咲夜さんは一度大きくため息をつくと、今度は此方に話を振ってきた。

「雪かきは終わった?」

「ええ、あらかた片付きました」

「有り難う、やっぱり人手があると早いわね」

「イスクさんも僕も居なかった時はどうしていたんです?」

「当然一人よ。時間を遅くしてね」

 それは、凄いな。いまさらながらこのメイドには頭が下がる。

「じゃあ宗司。貴方は図書館に戻って。そろそろお茶の時間だから」

「はい、では、失礼します。美鈴さんも」

「お疲れ様でしたー」

 雪を払い、長靴を脱いで館に這入ると、暖気がまとわりつく。妖精達は基本寒がりなため、室内の温度は温かく保たれている。大半の妖精は、窓に張り付いて雪景色を眺めていた。やっぱり仕事しないな、こいつら。

地下におりて図書館の扉を開けると、再び冷気が肌を刺した。冬の、しかも雪の降った後の図書館はマジで寒い。室内温度は・・・・・・やめよう、余計寒くなる。今日なんかは寒くて目を覚ましたほどだ。館内は給湯室とキッチンを除き火気厳禁な為、暖をとる手段が限られる。一番簡単なのは、温かい紅茶を飲むことだ。

「さみぃーっ」

 言いつつ、給湯室に向かう。そこにはパチュリー様がいた。やかんを火に掛けて、備え付けのイスに座って読書をしている。時間なので、先に湯を沸かしてくれていたらしい。なぜか、やかんは田舎でよく見るタイプのもの。

「ただいま戻りました」

声を掛けると此方に視線を向け、眼鏡を外して立ち上がる。

「おかえり宗司、さむかったでしょう?」

「いやもう、凄いのなんの。膝上まで雪が積もってました」

「そう、とても私は出られそうにないわね」

 眉根に皺を寄せて、自分の体を抱きしめる。想像しただけで寒くなったのだろう。思わず苦笑。普段から外に出たがらないのだから、あまり関係なさそうなものだが、気分というやつだ。

 やかんが煙を吐いて、甲高い悲鳴を上げる。お湯が沸いたようだ。

「パチェ、茶葉は何にしますか?」

 火を弱め、棚を除いてごそごそとやりながら主に聞く。すると、横からパチュリー様の手がひょいと伸びてきて、やかんを取った。ティーポットにお湯をこぽこぽと注ぐ。

「ちょ! それくらい僕がやりますから!」

「いいの」

 少女は此方を向くと、ウィンクして見せた。

「寒い中頑張って来たんだから、紅茶くらいは私に淹れさせて?」

 そう言われると此方も弱い。やっぱり労いっていうのはこうじゃないとな。どこぞのお嬢様にもぜひ見習って欲しい。あの人は即物的過ぎる。

立っているだけなのも決まりが悪いので、カップを二人分用意。

 因みに小悪魔は風邪で寝込んでいる。昨日は吹雪で外に出るなんてとんでもなかったのだが、雪が降っていると知るやいなや、小悪魔は嬉々として外に飛び出していった。何でも、

「吹雪を見ると凄く興奮するんですー! wktk wktk♪」

 だとか。おまいは小学生か。で、雪まみれになって帰ってきた小悪魔は案の定、高熱をだしてしまいましたとさ。今朝からうーうー言いっぱなし。度し難い。

 入り口近くのテーブルに、ティーセットとお菓子を並べる。パチュリー様が、並べたカップに紅茶を注いでゆく。独特な香り。多分ウヴァだ。芳醇で刺激のある味が特徴なため、ミルクティーとして用いられる事が多い。前もって暖めておいたのか、半分ほど注いだ所でミルクを入れ始める。

 そんなパチュリー様の服装を見て思った。ローブの前は閉じているが、美鈴さんと同じように、いつもの格好に見える。

「その格好で寒くないんですか? いつもと同じに見えますけど」

「ローブは変わらないけれど、中の布地が違うの。ちょっと厚手」

 成る程。そういうことか。俺はパチュリー様の為にイスを引いた。どうぞ、と声をかけるも、動く気配が無い。

「どうしました?」

 何か考えている様子だが、良くわからない。イスに座るのに躊躇う理由なんてないはずだけれど。

「・・・・・・宗司が座って」

「はい?」

「いいから」

「はぁ・・・・・・」

 言われて腰掛ける。するとパチュリー様は俺のそばに寄ってきて、俺の両膝の間に、ぽすんと腰を下ろした。大きめのイスだが、あまり余裕は無い。俺に背中を預けてくる。

「うぇ!?」

「動かないで。落ちちゃう」

 ぐらつく体を片手で支える。支えると言っても、この体勢だと腰に手を回さないとむりなので、片腕で抱くような形になってしまった。

「そう、そうやって支えていて」

「パチェ、いきなりなにを」

「なによ、寒いんだからいいじゃない。宗司は黙って私を座らせて居ればいいの」

 妙に早口だ。何かをさとられまいとしている感じ。

 苦笑。この角度だとパチュリー様の後頭部しか見えないのが残念だ。きっと赤い。俺も赤いだろうけれど。寒さで妙な気が抑えられているのが救い。

 大人しく、パチュリー様の背もたれになるとしますか。実際。パチュリー様の体温が感じられて心地よい。

あいた片手でミルクティーを飲む。お? 旨い。味も香りも損なわずにミルクティーを淹れるのは難しい。普通味が濁ってしまうものなのだが。味と、香り、体の中に熱が入ってくる感覚に思わず呆然。

「美味しい・・・・・・」

「でしょう? 紅茶好きは紅茶を知るものよ。ただ漫然と飲んでいる訳じゃないわ」

 自慢げにそういうと、自らもカップに口を付ける。

「ふぅ」

 暫く、そのままで紅茶を味わう。寒さのなかにも穏やかな空気が漂っていた。ふと、俺がここに担ぎ込まれた時の事をおもいだした。

「僕が最初に来たときも、パチェが紅茶を淹れてくれたんでしたね」

 あの時は味なんてわからなかったけれど。

「だったわね」

 くすくすと笑う。

「あの時の宗司の顔、今思うと警戒心丸出しだったのね」

「それを言うならパチェだって。がちがちだったじゃないですか」

 それなりの時間、この少女に仕えて来たからこそ解る変化だ。あの時の表情は、今は殆ど見なくなった。

「表情で感情が読まれるのはちょっと嫌」

「いつも読まれている僕の身にもなってください」

「ふふ・・・・・・。でも、宗司になら別にいいわ」

 パチュリー様は体を捻って、顔を此方に向ける。お互いの、息が感じ取れる近さ。

「今の、私の表情は読めるかしら?」

 挑戦的に、パチュリー様が問いかけてくる。

 少し微笑んで、ちょっと頬が赤い。瞳はまっすぐに俺を見ている。

「えっと」

 表情を読んでと言うより、俺の願望を口に出そうになり、目をそらした。

 逸らした先に小悪魔、目が合う。

「おわっ!?」

何とテーブルの真っ正面に首を乗っけていた。生首のようにも見える。

wktk・・・・・・ゴホッ♪」

 生首は咳き込む。咳に音符を付けるなんて器用な生首だ。じゃなくて!

「ちょっと小悪魔! 寝ていたんじゃないの!?」

 二人して立ち上がり、駆け寄る。小悪魔はよろよろと立ち上がった。

「だーいじょーぶですよー」

「そんなフラフラで大丈夫なわけ無いじゃないですか!」

 倒れそうになったので支えてやる。此方を見ると、にかっとわらって見せた。

「パチュリー様と宗司さんがいちゃらぶしている所にこあーちゃんありですよー」

「全く・・・・・・」

「ぱちゅりーさまー?」

「なに?」

「以前のクリスマスのこと、覚えてます?」

「ん・・・・・・覚えてるわ」

 どうやら、俺が来る前の話の様だ。

「まけませんよー?」

「もう、しょうがない娘ね。わかってるわ、フェアに、ね?」

 なんの話だ? まさか俺をとりあうとかそういうんじゃ在るまい。危ない危ない。危うく自意識過剰な想像をするところだった。

「うふふ〜・・・・・・すぅ」

 寝るのはや!

「抜け目の無い子・・・・・・」

 あきれた感じで、主が呟く。

「何の話ですか?」

「宗司は解らなくて良いの。さ、小悪魔を部屋に運ぶわよ」

 まぁ、女性同士の話に口出しはできないしね。小悪魔を抱き上げる。

「ちえ」

「何か?」

「なんでもない」

 今のパチュリー様の表情から読み取れる感情。

 

 ご不満。




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