日回り草2

「貴女、自分が何を言ったか解ってる?」

 一歩、小悪魔に向かって踏み出す幽香。両口の端はつり上がり、それだけで不気味な表情になって見える。

 あ、地雷踏んじゃった。

 気圧されながらも、どこか冷めた思考で小悪魔は考えた。身がすくんで動けない。特にさっきと何が違うというわけでは無いのに、だ。

「え、えとえと、あの」

「私に私の(モノ)を要求するなんてね。身の程知らずというか・・・・・・」

 また一歩、近づいてくる。

「愚かねぇ」

 嘲笑。

 ざわりと、周囲の向日葵がいっせいに此方を向いた気がした。否。実際に此方を向いている。幽香は花を飛ばして攻撃したりもするという。小悪魔には向日葵の花が、丸いチェーンソウの様に見えた。

「だから私の名前は風見幽香っていうんだけど、知ってたかしら?」

 小悪魔は言葉を発しようとするが、言葉が出ないようだ。まるで声帯に何かが絡み付いてしまったかのように。

「あ、あうあう」

 がくがくと、全身が震え出す。あまりの恐怖に逃げ出す術さえ忘れている。気がつけば、ほんの数センチの所まで、幽香は迫っていた。目の前に顔。幽香の方が背が高いために、前屈みの姿勢で顔の高さを合わせている。

「そう言えば悪魔を食べるのは初めてね、いったいどんな味がするかしら?」

 舌なめずりをする幽香。どこか卑猥な感じを受けるが、それは食欲というモノが表に現れているに過ぎない。

 あああ私ってばいくら怖くないからっていきなりそんなこと言ったらおこるにきまってるじゃないですかぁこんな事なら体重とか気にせずにおなかいっぱい食べておけば良かったなんて考えてる場合じゃないぃ? なんか息が掛かってるしでもいい匂い・・・・・・じゃなくて! でもでもさっき我慢した咲夜さんのチーズケーキ美味しそうだったな帰ったら沢山食べようふふふー。

 まるで緊張感の無い現実逃避を始める小悪魔。そんな小悪魔の妄想に委細構わず幽香はさらに詰め寄り、唇が触れそうな位置まで近づいて・・・・・・。

「とまあ脅かすのはこのくらいにして」

「ふえ?」

 ぱっと、幽香が身を離す。

しかし小悪魔は固まったまま動けないでいた。

「ぅえ? あ、あれ?」

 目を白黒させている。幽香の表情も軟らかなものに戻っているし、向日葵も幻覚だったかのように太陽の方を向いている。そもそも幽香はそこまで威圧していたわけではなく、小悪魔が勝手に幽香を怖がっていただけだ。風見幽香という名前に。

 そこまで解っても緊張が抜けきらないのか、未だ固まっている。

 そんな小悪魔を見て、幽香はにたりと、レミリアによく似た底意地の悪い笑みを浮かべた。

「小悪魔ちゃんどうしたの〜?」

 再びつかつかと近寄って、小悪魔の顔を覗き込む。

「へ?」

 その瞳を見て、悪戯をする目だと悟った時には既に遅し。

「はむっ」

 耳の翼を甘噛み。

「ひうっ!?」

 そのまま唇で挟み込み、もむもむと唇で咀嚼する様な動きで、耳の外側に向かう。

「・・・・・・! ・・・・・・!」

 断続的なリズムで背中にぞくりと電流が奔る。そのたびに頭とは別の思考体が、勝手に身体を跳ねさせた。

 その幽香の動きが耳の先端まで達し、解放する直前。

 置きみやげとばかりに先端をれろりと舐められた。

「んあっ・・・・・・」

 反射的に、甘いモノが混じった吐息が漏れてしまう。一歩離れた幽香は、そんな小悪魔の反応を満足げに見て。

「どう? 目がさめたかしら?」

 小悪魔は頬を蒸気させて俯いている。幽香の方から表情はみえない。その小悪魔が突然、ふらりと揺れたかと思うと、幽香に体重を預けるかのように、ぽすんと身を寄せた。

「ふふふ、ちょっと刺激が強すぎたかしらあんっ!?」

 びくりと、今度は幽香の身体が跳ねる。

「今度はこっちの番ですよ〜♪」

 幽香の大きな胸元から小悪魔が無邪気な表情で見上げている。

「あっ? ちょっ、やめ・・・・・・」

「駄目ですよぅ。やめたげませ〜ん」

「う、くうぅっ」

 馬鹿な!? この私が押されているッ!?

 因みに小悪魔が触っているのは幽香のおなかである。普段触られたところで別段どうということはない箇所が、小悪魔の手にかかって甘美な感覚を伝えてくる。

 恐るべき技術だ。

「や、め、なさいっ!」

 飲まれそうになる自分を振り切って、傘を持っていない方の手で何とか小悪魔を突き飛ばす。

 突き飛ばされた小悪魔は華麗に半回転して着地。

うふふ〜。と楽しげに笑う。

「はっ、はっ、や、やるわね!」

 肩で息をしながらも、優雅に傘を差し直して見せる幽香。頬には一筋の冷や汗が伝っている。

対する小悪魔は腰を低く落とし、顔の前で両腕をクロスさせ、オープンハンドで構えている。プロレスラーがタックルに入る前の様な姿勢。

「うふふ〜。このこあちゃんハンドに掛かって無事でいられると思わない事です」

 流し目で睨めあげる小悪魔。

「次はその豊満なお胸ですよ〜。骨抜きにして差し上げますから覚悟しちゃってくださいね♪」

 構えのまま手をわきわきとさせる。その言葉の軽さとは裏腹に、しっかりと幽香の胸を猛禽の目でロックオンしていた。

さきほどの小悪魔とはまるで違う。どこかでスイッチが入ったようだ。

 幽香の背に、ぞわりと悪寒が奔る。

 おなかだけでもあんな威力(かいかん)だったのに。胸なんか攻撃(あいぶ)されたらどうなるのか。

「なん・・・・・・ですって?」

 小悪魔に聞こえないよう、口の中で呟く。

どこか期待してしまっている自分に愕然とする幽香。

 幽香は考えを改めることにした。この娘は自分の縄張りに迷い込んだ子猫ではない、攻め入ってきた猛獣なのだと。

微妙にアホな思考をしている辺り、自身がすっかり小悪魔のペースに嵌っていることに気付いていない。

「いいでしょう、私も本気で相手してあげるわ・・・・・・来なさい」

 傘をたたみ、ざくりと地面に突き立てる。片手が塞がっていては、この悪魔の手をかわすのは難しいと判断したためだ。

 いつもの、相手を見下したような表情。幽香は自分が認めた相手にしかこの表情はしない。だが幽香は何をもって小悪魔を認めたのか。

「ならばこちらも全力で()せてさしあげますですよー」

 ぴり、と空気が緊張する。

「ふぅん、いってくれるじゃない。素直なお願いだったから種の少しなら分けてあげようかと思ったけど、止めた。種が欲しいなら私を打ち(おし)倒してご覧なさい

「あ」

 幽香の言葉に、声をあげる小悪魔。

「何よ?」

「そう言えばそうでしたね、すっかり忘れていました」

 ずっこける幽香。さっきまで小悪魔は幽香をいかにして攻撃(あいぶ)するかしか考えていなかったのである。

「あ、貴女ねぇ」

 さしもの幽香も、この反応には参ったようだ。だが直ぐに気を取り直し。

「やめる? いまなら大人しく玩具になるだけで種をあげるけど?」

 この流れからすると微妙に卑猥な言葉だ。もちろん本人に自覚はない。めいっぱいの侮蔑を含んだ表情で続ける。

「目的を忘れてしまうような貴女には、それくらいがお似合いかもしれないけれど?」

「むぅ」

 その言葉に一瞬むすっとした小悪魔だったが、直後に悪魔らしい表情を浮かべ。

「幽香さんこそ、こあちゃんハンドの威力におそれをなしましたか?」

「なんですって・・・・・・ふふふ・・・・・・」

「うふふ〜♪」

 両者、同時に構える。

『あははははははははははっ!』

 それが、激突の合図だった。

 激しい戦いの結果。マウントポジションで相手を組み伏せていたのは小悪魔の方だった。弾幕バトルや力比べでないこの超変則的でしょーもない戦いでは、幽香も本来の実力が出せず、小悪魔に圧倒されてしまったのである。
 見た目はちゃんと立ち技で格闘していた。ただ、攻撃の質が違っただけ。多分。

 ダメージを蓄積された幽香には、小悪魔のハイスピードタックルを受けて立っていられる体力が残っていなかった。

「んあっ・・・・・・はぁ・・・・・・いいわ、私の、負けよ・・・・・・好きに、なさい、んっ」

 何故か赤く上気した顔で、幽香が負けを認める。

「はっ、はぁ〜・・・・・・ゆ、幽香さんも、んんっ・・・・・・。的確な攻撃でしたよぅ」

 こちらも何故か疲労とは違う荒い息を吐いて、小悪魔は相手を讃えた。

 そして、小悪魔は何もせずに立ち上がった。

 訝しげな表情で幽香が尋ねる。

「どうしたの? 貴女が狙いを定めたこの胸はまだ無傷のままよ?」

 どうやらそこだけは死守したらしい。

 そんな幽香に、小悪魔は爽やかな笑顔で手をさしのべる。強敵を友と読む少年のように。

「良い戦いでしたー。そこは今度にとっておきます」

 小悪魔の言葉に、幽香はふっと笑い、手を取って起きあがる。ライバルと認めた敵役のように。

「ふふふ・・・・・・次回もこう上手く行くとは思わない事ね」

「うふふ〜♪ 楽しみにしてますよ〜」

 固い握手と共に、再戦の約束がされた。勝者は背を向けると、紅魔館に向かって飛び立つ。向日葵の畑を振り返り、次の対戦に期待で胸を膨らませながら。

 敗者は思った。

 次回までに蛍の妖怪で練習しよう、と。

 幽香は赤く染まり始めた太陽に、そう、誓った。

 そして地下大図書館。

「小悪魔、種は?」

「あ!」

了?


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