紅魔館に住む鬼

  ちりん。

 ノーレッジさんの持った鈴が鳴る。

すぐにでもその主とやらに会いに行くのかと思ったが、「時間帯が悪い」とのことで雑談をしていた。雑談と言っても俺についての事だ、主に説明するのに都合が良いとのこと。

 文車宗司(ふぐるま・そうし)。元の世界では樋口(ひぐち)姓を名乗っていたが、ここでは意味がないだろう。黒に近い茶髪に黒い瞳。自分で言うのも何だがイケメン。多分。以前「偽イケメン」なんて言われた。それから自信が無い。

背は高い方。肉付きは良くない。細いと言うわけではないが、平均男子にすれば見劣りする。

樋口古書という古本屋を営んでいる。破壊されたけどな。

 魔術師協会におそわれた所を魔法使いのおっさんに助けられ、幻想郷に飛ばされる。あとは知っての通り。おっさん?ああ、自称「無限に列なる平行世界を旅する魔法使い」とか第二魔法の使い手みたいな事を言っていて、嘘だと思って相手にしていなかったが、まさか本物だとはねぇ・・・・・・。

 そんな話をしていると、紅茶が切れた。冒頭のノーレッジさんの鈴の音に戻る。

「はーい、何ですか?パチュリー様」

 ひょこっと(ホントにこんな擬音が聞こえてきそうだった)本棚の陰から姿を現した少女は、赤いロングストレートの髪に、赤い目。黒いエプロンドレスに白いカッターシャツ。リボンと言って差し支えのないタイ。顔はやや幼い顔立ちだが清楚な感じを受ける。

 目を惹くのは背中の大きな悪魔の羽と、人間の耳にあたる位置から飛び出している小さな、やはり悪魔の羽。髪の毛掻き上げたらどうなっているのだろう?

悪魔の少女? は俺の存在に気がつくと「あっ」と声を上げて棒立ち。

そんな反応をされると俺も困る。

「小悪魔」

ノーレッジさんが声をかけると小悪魔と呼ばれた少女は我に返ったのか。

「あ、はっ!こっここここ、こんにちはっ!パチュリー様の(しもべ)で小悪魔と言います!」

動揺、というか動転している。顔真っ赤で。萌えボイス。秋葉原辺りの住人なら「キター!」とか言いそうなシチュエーション。俺には度し難いけど。

「こんにちは、文車宗司と申します。どうか落ち着いて」

 柔らかい声で対応する、が。

「はいっ!あの、具合はどうですか?ふぎゅりゅまさん?」

盛大に声が裏返っている上に噛んだ。

そんな自分のようすがあまりにも恥ずかしかったのか、

「あうー」

 と言って下を向いてしまう。やべぇ、ちょっと可愛い。

そんな小悪魔さんの様子など意に介さず、ノーレッジさんは声を掛ける。

「小悪魔、紅茶が切れてしまったのだけれど、新しいのを用意してくれるかしら?」

 小悪魔さんは上目遣いにノーレッジさんを見る。

「もう、この方が起きたら知らせるって言ったじゃないですか〜。びっくりしました」

「そうよ、だから今呼んだの」

 さらっと、いや、ぬけぬけと、か。

「あう、紅茶持ってきます。ちょっと待ってて下さいね?ふぎ、ふぎゅ、ふぎゅぎゅ?」

ああ、もうこの娘はっ!

「宗司で良いですよ、小悪魔さん」

 そういうと、申し訳無さそうな顔をしながらも明るい笑顔になる。

「有り難うございます、宗司さん」

そういうと、ティーセットを抱えて走っていった。

「紹介しようと思ったのだけれど、自分でしちゃったわね、あの子。ごめんなさい」

「いえ」

 遠くで「きゃー」なんて悲鳴。転んだか。 完 璧 だ な 。

「あの子は・・・・・・」

 あきれ顔をするノーレッジさんだったが、俺は全く別の考えに至った。

「いや、しかるべき業界に行けばトップ獲れますよ、彼女」

「どんな業界よ、それ」

 ため息とともに「外の世界はわからないわ」なんて呟きも聞こえた。

俺は苦笑いするしかない。そんなことを言っていても、小悪魔を見送ったノーレッジさんの表情は軟らかい。それだけでも、小悪魔が愛されているのがわかる。

 多少、ここの主に対する緊張感が薄れた。悪い主ではあるまい。

 
 などと思っていたのが大間違い。俺はガチガチに緊張していた。ぬるい、恐怖していた。

ノーレッジさんと小悪魔のおかげで軽い気持ちで主の間に通された訳だが。

 豪奢なシャンデリア、規模は小さいが玉座の間を彷彿とさせるデザイン。きらびやかな内装で、素人目にみても飾ってある調度品は高級なもの。偽セレブでは実現出来ないような懲りようだ。まったく、どこにこんな金が有るのか、なんて疑問は、主と思われる少女を目にした瞬間ふっとんだ。

 あり得ない。いや、あり得ない話ではない。ここは幻想郷だ。話に聞いていたじゃないか。小悪魔が余りの萌え属性を有していたので油断した。不覚。不覚。不覚。

 見た目は主なんて言葉の似つかわしくない少女。

浅葱色のショートカット。紅の瞳、リボンのあしらわれたナイトキャップにも似た帽子。薄い桃色のツーピースのドレス。やはり所々にリボンがあしらわれている。

 此処までは良い。口元から覗く長い犬歯。加えてコウモリの翼。さらには凄まじいまでのプレッシャー。玉座に足を組み、笑みさえ浮かべて座っているというのにこの迫力。そんな中にも怪しい美しさがある。それは人外のモノの美しさだ。

 ヴァンパイア、ヴァンピード、ドラキュリア、呼び名はたくさんあれども、やはり一番恐ろしいのは吸血鬼の名で呼ばれている事。血を吸う鬼。ザ・ナイトウォーカー。見た目通りの年齢ではあるまい。

 両脇に隻腕の執事らしき男と、メイドを従えている。

「それくらいにしたらどうだ?レミリ」

「イスクは黙って」

 傍らの執事が何か言ったようだが俺には聞こえていない。飲み込もうとした唾が、出ていないことにも気づかない。そして、吸血鬼が口を開く。

「ようこそ、紅魔館へ。私がこの館の主。レミリア・スカーレットよ」

とても綺麗な、よく通るソプラノ。ただしその美しさは研ぎ澄まされた刃物の輝きに似る。

「察しの通り、ツェペシュの末裔。吸血鬼よ」

顔には笑顔をたたえたまま、恐ろしい事を口にする。

ツェペシュの末裔だと!? ブラド=ツェペシュといえば完全にオリジナルの吸血鬼じゃないか! 歴史上単なる暴君とされてはいるが、事実、吸血鬼である。

歴史的背景の強い悪魔は比例して強い力をもつ。そんな有名処の吸血鬼のいる世界に飛ばしてくれるとは、恨むぜ、おっさん・・・・・・。

「どうしたの?だまっていたら解らないわ?名前を教えて頂戴」

「彼は」

「パチェ」

 紹介しようとしたノーレッジさんを制して、レミリア・スカーレットは続ける。

「私は彼に聞いているの。パチェも口出しは無用よ」

 此方をみたまま、だ。俺は視線も動かせない。かろうじて、ノーレッジさんから訝しげな気配を感じる事は出来た。畏怖などではなく、疑問。なんだ?違和感を・・・・・・。

「さあ、名前は?」

きらりと、紅の目が金色に変わり、怪しく光る。

魅了の魔眼。見つめた者を操り人形に変えてしまう能力。

 この・・・・・・舐めるなっ!

意志力を総動員にして魔眼をはね除ける。

自尊心に触れられた怒りで逆に闘争心に火がつく。別に戦う訳じゃない、此処にいる許可を貰いに来ただけだ。装え! クールだ! 踏ん張れ宗司!

「文車宗司と申します。パチュリー・ノーレッジさんに命を助けて貰い、感謝とともに恩返しをしようと思うに至り、願わくは住み込みの許可を頂きたく、参上いたしました」

 馬鹿ーっ! なにこの変な言い回し! 古風過ぎて笑いがでるわ! 巫山戯てるのか!俺!?

もー無理。殺される、俺絶対殺される。お袋ごめん、家訓守れそうにない。おっさん死ね。こんな化け物のいるところに飛ばしやがってくれた御礼に七代祟ってやる。俺で末代だがな!まさに外道!?

 などとパニックになった思考でぐるんぐるんしていると、耳に笑い声。

あー、もう幻聴まで聞こえてくるとは。

「あははははっ!」

あれ?幻聴では、無い?

気づけばプレッシャーも消えている。笑い声の主はレミリア・スカーレット。

「聞いた今の? 頂きたく参上しましたって。いつの人よ」

「レミリア・・・・・・」

隻腕の執事があきれたような声をだす。

「ちょっとからかっただけでしょうに、良いじゃない。ねえ咲夜?」

 と隣のメイドに声を掛ける。ちょっと?あれが?

咲夜と呼ばれた女性は諦めたような顔。

「あまり良い趣味とは言えませんね」

ため息。

「ですが、お嬢様の魔眼をはね除け、要求をはっきりと口に出したのは評価出来ます。きちんとした意志がなければ、口を開く事さえ出来なかったでしょう」

 こちらを見据えて、メイドが言う。

「別に追い出すつもりなんて無かったわ。男手はあって損は無いもの。なによりパチェの客人を無下に扱う訳ないじゃない。ちゃんと敬語も使うしね」

 ちらりと、隻腕の執事を横目で伺う吸血鬼。

「・・・・・・(おれ)のコレは性分だ、仕方あるまい」

 ややぶすっとしたような顔で応える執事。表情が実に読みづらい。

「レミィ、良いの?それで」

怪訝な表情のノーレッジさん。どうやら、いつもと態度が違う様だ。

「いいわよ、そこの男はまだ信用ならないけど、パチェは信頼しているもの、それで十分」

ふむ、と鼻をならす。

「だそうよ、良かったわね」

 此方を向いて、相変わらずの表情。

 大きく息をはく。どうやら、許可が出たようだ。

 それから、レミリア・スカーレットに色々と説明された。あんまり頭に入っていない。

取り敢えずは、

1、紅魔館で働く事を許可

2、衣食住の保証

3、基本はノーレッジさんの専属執事、但し主にも服従すること

4、しばらくは教育係兼監視役として咲夜をつける

こんな感じだ。

隻腕の執事。イスクとか言ったか? は、主のお気に入りらしく、色々と確認もしていた。

 いかん・・・・・・。

「こんなところかしら? 私の事はお嬢様でも主でも好きに呼ぶ・・・ん?」

 ぐらり、と視界が揺れる。左半身に衝撃。どうやら転倒したようだ。

あー、やべー・・・・・・。実は魔眼を弾いた時点で腹部の傷口が開いたらしい。直接的には殴られて無いから、最初の爆裂で出来た傷だろう。出血が・・・・・・

「ちょっ! イスク! そんな目で見ないで!? 私何もしてないわよ!?」

限界、既に視界はブラックアウト。

「こら! 何とか言いなさいよ! ふぎゅるま!」

 あんたも噛むのか

目次に戻る

トップ